十月の幽霊



赤い花畑の中に佇む男が居た。
男の言葉は聞き取れない。
とても大切な言葉であった筈なのに、まるで声を花に吸われているようだ。
「―――」
唇を読もうとしても、まるで霧の中のように、男の顔はぼやけて見えない。
「文次郎」
名を呼んでも、返事はない。
ただ、聞こえない大切な言葉を叫ぶだけだ。
「―――」
この風景を、この彼岸花の花畑を、私は文次郎と見たことがあっただろうか。

「―――」

あの時の記憶を、思い出す。
あれはもう、十年も昔の話であった。
松葉の衣を纏った、夢を追いかけていた日々。
忍務の帰りに見つけた彼岸花の花畑。
思い出した。忍務で疲れた私は、時間があるのをいいことに、ほんの少し、眠ったのだ。

「起きろ」

思い出した。
私は、起きなければならないのだ。

「お前も生きてたか」

彼岸花に囲まれて、まるで幽霊のようだったと呟くと、ばかたれ、俺もお前もまだ死なん、と情けない声が聞こえた。

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