臆病な見鬼
「こわい」
文次郎がそう仙蔵に呟いたのは、井桁を纏って間もない頃だっただろうか。
井戸の中から覗く指先が怖い。池の中からこちらを見つめる目が怖い。厠へ行く廊下で出会った知らない童が怖い。
それらは文次郎の近くに常に有り、目を合わせては怯える文次郎を放っておいてはくれない。
「せんぞう、こわい」
だから、付いてきて欲しい。
膀胱の小さな幼子は夜の尿意の我慢も難しい。
怖くとも厠に行くしかないのだ。
「お前、これから忍びを目指すのだろう?」
この学園で夜の厠が怖いなど、許されるのは今だけだ。これから夜の闇に生きる者となるための学び舎なのだから。
怖がりの同室を諫める大人びた子供は自分の見る世界しか知らない。信じていない者にとっては文次郎の怖い物などただの臆病な弱虫にしか見えないのだ。
「だって、」
だが、ほかの同級生たちとは違う。根拠のない恐怖ではないのだ。あれらは文次郎に手は出さないが、気づいてくれる文次郎を気に入っている。いつでも”こちら側”においでと手招きしているのだ。
「仕方のない」
このまま部屋で小便を漏らされても困る、仙蔵はため息をつきながら厠への同行を請け負ってくれた。
「すまん」
文次郎とてこのままではいけないことくらいは分かっている。それでも、わからないのだ。
あれの手招きについて行ってしまったら。いつかあれが手招きだけではなくなったら。あれに捕まってしまったらどうなるのだろう。
恐怖は常に文次郎の傍にある。
厠から戻ってくると、仙蔵はまだほのかに温かい布団に戻りながら、衝立越しの文次郎に声をかけた。
「怖いことなど何もないだろう?お前が見ているものは、私には見えない。見えない私は特に不利益を被ったこともなければ、それらに危害を加えられたことも無い。お前の言うやつらは、私の思うに見えない者に興味はないのだろう。ならば、見えないふりをすればいい」
この言葉は、文次郎にとって目から鱗であった。見えないふりをする。目を合わせなければいい。見えないことによって仙蔵になんの危害も及ばないのであれば、仙蔵の言う通り、見えない者にあれらは興味がないのだ。
「だから、これからはそんなやつらのせいで怯えることなどない」
この夜から既に長い時が経った。
見えないふりというものは案外難しく、最初はまだまだあれらと目が合ってしまったり、つい避けてしまったりもした。
しかし、避けるということは見えるということ。
それを学び、あれらを居ないものとして扱う術を身につけ、その間に九字や経やら、あれらを退ける術まで知った。
仙蔵はたまに一人で話している文次郎を見かけてまだまだ危なっかしい男だと溜息をつきながらも呆れているが、以前よりは上手くやっているのだろうと見守ることにしている。
あの怯えた井桁の童は、もうどこにもいない。
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