同室の話

文次郎はよく"誰か"と話しをしている。
もちろん"誰か"とは留三郎や伊作や仙蔵などではない。誰も知らない誰か。
仙蔵は忍術学園に入学するまでそのような存在を信じてはいなかった。今でも完全に信じているわけではないが、文次郎を見ていると完全な否定もしきれなくなっていた。

***

そもそもの原因は入学した直後のことである。
親元から離れてこれから実家よりも長く過ごす同室の相手、それが潮江文次郎だった。
仙蔵は初めて文次郎に会った時に「はずれ」だと感じていた。暑苦しい性質に堅苦しい態度。これは自分とは到底仲良くなれる人間ではないと思い、入学して早々にこれからの学園生活を憂いた。

「おい、お前は今日から私の同室だ。だが、お互いの領域には踏み込むな。この衝立の向こうに入ることも話しかけることもしないからお前もするな」

当時の仙蔵が文次郎に言った言葉である。我ながらかわいげもなければ初対面の人間にかける言葉でもない。だが、文次郎の返事は仙蔵の予想の斜め上だった。

「そりゃいいんだがこの部屋、衝立も一つ足りないし机も何もかも足りなくはないか?」

意味が分からなった。文机はちゃんと二つあるし、衝立も一つの部屋を二人で分けるならば一つで十分だろう。
仙蔵は当時文次郎の粗野な雰囲気から数が数えられないかものがよくわかっていないのだと考えて返事をしなかった。
それから三日後、文次郎はまた意味の分からないことを言った。

「すまん立花、話しをかけるなと言われていたのだが少し気になることがあるのだが、あっちにいた、あー、***とかいう同室のやつはどこ行った?」

やはり仙蔵には意味が分からなかった。むしろわかりたくなかった。
二人部屋だと聞いていたのに文次郎は三人部屋だと思っていた。
つまり、文次郎が見たあと一人とは何なのか。

「おい、潮江。この部屋は最初から二人部屋だ。意味のわからんことを言うな」

努めて冷静に返事をした。
仙蔵にとって知らない"あと一人"は信じたくないし、信じられなかったのだ。

***

それから六年、仙蔵は幾度となくそれを見てきた。
存在しない誰かと会話をする文次郎、ふと見ると人ではない誰かを見つめている文次郎。
妄言のすぎると考えていたが、六年もすると諦めるようになった。
それは自分にとって理解の範疇を超える何かなのだと思うよりほかなかった。

「しっかしなぁ、あの入学して三日でいなくなった同室。あいつどうしてんだろうなぁ・・・」

それよりも文次郎に自覚が少ないことが現在の悩みの種である。
1/1ページ
    スキ