彼らの関係
「潮江文次郎、立花仙蔵、お前たちに頼みたい忍務がある」
そう言われたのは昨晩のこと。急ですまないという教師の言葉と共に渡された密書を読むと、文次郎は何も言わずに紙を火にくべた。
「おい、どういうことだよ」
「楽しそうではないか」
見合わせた顔は正反対の表情をしていた。
「さて、文吾。行くぞ」
「……わかりました、若様」
忍務の内容は、とある城の若君の逃亡の手助けをすること。
幸いに若君はまだあまり公的な場に出ておらず、城の関係者以外は顔を知る者はいないとのことだった。
それならば影武者などいらないと思うのだが、現在の城周辺の情勢が不安だと城主が学園に依頼したらしい。
「それで、依頼は俺らにか」
「先生の人選は間違っていなかったように思うぞ」
若君の年齢は十五歳、この二人なら十五歳の若君とお付きの侍に見えなくもないだろう。文次郎も気づいてはいるものの、気持ちとしては複雑である。
「さて、ここからは私は若君、お前はお付きの文吾だ。言葉遣いに気を付けろよ」
仙蔵は笑いながら文次郎に念を押す。文次郎がそのようなへまはしないとわかっていての言葉だ。
「わかっております、若様。若様も道中油断なされぬよう」
学園から一度城へ行き、翌朝先に仙蔵たちが敢えて裏門から出立してから本物の若君が馬借に交じって城の正門から堂々と出ていく作戦となった。学園から加藤村にも協力を頼んでいたらしい。
「それでは若様、くれぐれもお気をつけて」
家老に見送られて仙蔵と文次郎は裏門から城を出た。
仙蔵は若君の影武者とはいえ、逃亡をするのだ。服装は庶民には上等すぎる、いかにも金持ちが庶民に成りすますために選んだような、敢えて下手な変装に使うような服を選んだ。
文次郎も同じく庶民には上等、といった風に仙蔵の服装に合わせて違和感のない着物を選び、敢えて腰に刀を差して変装をした護衛を装う。疑われればそれだけ、注意を向けられるのだ。
城を出てからの仙蔵はあえて歩みを遅くし、文次郎はそれにつき従う。会話は全て矢羽根で行っている。
『文次郎、気づいているな』
『気配も消せねぇ素人だ、当たり前だろ』
下手な変装がいろいろなものを呼び寄せるのは予想済みだ。金持ちに見えるようにしているのだから。
「若様、行きますよ」
「わかった」
騒ぎにはしたくない。若様が逃げ延びるまで、正体がばれるわけにはいかないのだ。
本当は退治したい文次郎だが、仕方なく山賊を適当に撒いた。
恐らく大した腕ではない相手だが、これは忍務だ、仕方がないのだ、と言い聞かせ、仙蔵の手を引いて逃げる。
「文吾っ」
まるで走ることに慣れていないような仙蔵の演技に文次郎が笑いを堪えつつ、山を下りる。
若君は二日ほどで身内の寺に着くため、そこまで適当にどこかへ行くふりをすれば問題ない。
『文次郎、あとは適当な村にでも向かうぞ』
『わかった』
***
「それで?文次郎はどうしてそんなに不機嫌なわけ?」
忍務が終わって二日後の夜、六年長屋では飲み会が行われていた。
の中にいるのはいつもの面子だが、文次郎の不機嫌な顔といつも冷静な仙蔵の満面の笑みがあった。
「いやぁ、それがだなぁ」
***
忍務が終わり、常の形に戻る。
「文次郎、もう従者は終わりか?」
「当たり前だ。そうそうお前を主人扱いなんぞできるか」
「それにしては板についていたがな。さすがは私の下僕だな」
***
「それで怒ってるの?文次郎も可愛いねぇ」
伊作が笑うと、仙蔵がさらに笑みを深くした。
「その上あいつはなんと言ったと思う?あのな」
「おいっ!仙蔵っ!」
(下僕じゃねぇ、相方だ)
「本当に可愛いだろう、私の相方は」
「言うんじゃなかった」
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