俺とお前の食生活

「ミナキ君、ちゃんと食べてる?」

 久しぶりに家に遊びに来たミナキ君は、前に見た時よりも少し痩せているように見えた。もともと細いのに、これ以上痩せたら確実に体によくない。

「……マツバ、知っているか」
「何を?」
「人間は、塩と水があれば一応生きてはいける」

 ダメだこのミナキ君。早くなんとかしないと死ぬ。今日の夕食は何かお肉を使うものにしよう。

「あのね、ミナキ君。一応理論上はそうなってるかもしれないけど、普通はそんな生活してたら体壊すよ」
「だけど、のんびり食事なんてしていたらスイクンが逃げてしまう」
「それはそうだけど、体を壊したらスイクンを追う事はできなくなる。本末転倒だよ」

 せんべいの入った器を差し出しながらそう言うと、ミナキ君はうう、と唸った。食事を犠牲にしてスイクンを追うか、スイクンが離れていくのを覚悟で食事を取るか。その間で揺れ動いているのだろう。
 普通は後者を取る、と言いたいところだが、ミナキ君の気持ちもわかるのだ。僕だって、ホウオウに会うために必要ならば食事を抜く事ぐらいは喜んでするだろう。そういえば昔は修行の時間を取るために食事を抜いたり、ほんの少しで済ませたり、なんて事はよくしていた。人の事は言えないようだ。だけど言わずにはいられない。

「そういうマツバはなんだかふっくらしてきたんだぞ」
「ふっくら?」

 太ったという自覚はないのだが、自分で気づいていないだけだろうか。

「なんというか、健康的になった。血色がよくなったという感じだな。いいものを食べているのだな」
「……そんなところかな」

 台所に立つ彼の姿が浮かんでくる。早くに母親を亡くしているせいか、彼は料理が得意だ。一昨日は肉じゃがを作ってくれた。ほくほくのジャガイモがおいしかった。

「ふむ、ハヤト君か」
「うっ」

 ミナキ君は心が読めるのではないだろうか。そう思うようなタイミングだった。別に隠すつもりはないけれど、わざわざ話すのも恥ずかしい。

「まあ……、そうだけどさ」

 照れ隠しにせんべいをかじる。割れたせんべいが歯ぐきに刺さった。

「うらやましいんだぜ」

 口を押さえて身悶えている僕をほったらかしにして、ミナキ君はぺたんと机に突っ伏した。溜め息をつき、伸ばした両腕をバタバタとさせながら叫ぶ。

「私もスイクンの手料理が食べたい!」
「……スイクンって、何食べてるのさ」

 歯ぐきの痛みも忘れて突っ込みを入れる。というかスイクンの手料理とは一体どういう事だ。もうどこから突っ込めばいいのかわからない。

「……霞とか、そういったものだろうか」
「なんとなく間違ってはいないような気はするけど……」
「ずっとスイクンを追いかけていたが、食事をしているところは見た事がないんだぜ」

 そうか、もしかしたらスイクンは食事をしないのかもしれない! とミナキ君は目を輝かせた。

「だったら、私と同じだな!」
「スイクンはポケモンでミナキ君は人間」
「関係ないんだぜ」
「関係なくないよ。ちゃんと食べないと本当にいつか病気になるよ」
「それは困る。私はまだスイクンを追わなければならないからな」
「じゃあしっかり食べる事」

 そろそろ夕食の準備をしなければならない。買い出しに行こう。

「今日は、うーん、めんどくさいから鉄板焼きでいいよね? お肉食べよう」
「めんどくさいなんてひどいんだぜ。自分だけ愛情たっぷりの料理を食べておいて」
「僕の愛情たっぷりの鉄板焼きだよ。文句あるの?」
「スイクンの愛情がいいんだぜ」

 じゃあ食べるな、と言いたいところだが、ついさっきまでちゃんと食べろと言っていた手前言えなかった。代わりに思い切り溜め息をついてやった。

「買い物に行ってくるから、留守番よろしくね」
「わかったんだぞ」

 モンスターボールからゲンガーを出す。買い物行くよ、と言うと、彼は嬉しそうに笑い、元気よくミナキ君に手を振った。ミナキ君も手を振り返す。
 家を出ると、日が沈む直前の不思議な青をした空が迎えてくれた。その色は、ミナキ君が求めてやまないものの色に似ていた。

「……こんなに近くにあるんだったら」

 少しぐらい、ゆっくり食事をする事だってできるのに。

「あんまり心配掛けさせないで欲しいね」

 ね? と声を掛けると、隣を歩くゲンガーは大きくうなずいた。

(END)
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