トマトの夕焼け

 夕方の傾いた太陽が町を照らしていた。僕らの歩く道の先を。知らない人の家の屋根を。錆びついた標識を。

「トマトのスープみたいだ」

 そう呟いた彼の視線は、誰かが趣味で手入れをしているのであろう狭い畑に向けられていた。白菜とネギが淡いオレンジ色に染まっているのを見て、彼の言葉に納得する。

「なるほど、確かにね。また作ってよ。この前のおいしかった」

「……わかった。けど、今日は寿司と蕎麦だからな」

 彼の指先にぶら下がったビニール袋の中には蕎麦とネギとかまぼこが無造作に入っている。かつおぶしはまだ冷蔵庫にあったはずだ。

「もう今年も終わっちゃうね」

 今日は一年で最後の日。明日からはまた新しい一年が始まる。そして気が付いたら来年も最後の一日を迎えているのだろう。僕はあっという間に年をとっていく。ハヤトもどんどん大人になっていく。

「寂しい?」

「うーん、よくわからないや」

 あんまり実感も湧かなくて、と彼は首を傾げた。髪が揺れて隠れていた耳が覗く。うっすらと赤く縁取られた耳は、触れるまでもなく冷たいのだろうと予想がついた。僕は思わず手を伸ばす。指先がかすかに痛んだ。びくりと彼は肩を揺らす。

「うわ、なんだよ!」

「冷たそうだなって思って」

「そりゃあ冷たいけどさ……」

 そう呟きながらも、耳をつまむ僕の手を振り払う事はしなかった。

「温かくなった?」

「マツバの手が冷えてるから全然」

「あ、ごめん」

 そういえば冷え性だったと思い出した僕は手を離した。指が冷えていては、いくら触れていても温かくなどならないだろう。手袋をしてくるんだったと考える。まだ夜にはなっていないから大丈夫かと思ってしまったのが甘かった。夕方の空気はもう十分に冷たい。

「寒いね」

「そうだな。帰ったら吸い物も作ろう」

 ハヤトは袋を逆の手に持ち替えて、赤くなった指先に息を吐きかけた。どうやら彼も油断したらしい。

「手でも繋ぐ?」

「……いきなり何言い出すんだよ。まだ明るいし、誰かに見られるぞ」

「こんな寒い中出歩く人なんてそんなにいないよ」

 彼は振り返って僕たちが歩いてきた道を見た。それから辺りを見回して、しばらくマフラーに口元を埋めて黙り込んだ後ようやく手を繋いでくれた。

「冷たい」

 不機嫌そうな低い声でぼそぼそと彼はそう言った。

「放す?」

「いい。このままでいい」

 そう、と答える自分の声が想像していたよりも柔らかい。口元が緩んでいる事はなんとなくわかった。僕の手は冷えているし、彼の手だって温かいとは言えない。けれど、多分温かいというのはそういう表面上の温度だけはないのだろうと思う。感じる。

「来年もよろしくね」

 返事は聞こえてこなかった。それでも僕の視界の隅には、確かに首を縦に振った彼がいる。

(END)
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