にゃんにゃん

 テレビの画面の中で蠢く肌はさすが職業にしているだけあって綺麗だったし、鼻にかかった甘い声も、息遣いも、いやらしい気持ちになるには十分だった。……隣に人さえいなければ。

 彼は膝を抱えてテレビの画面を見つめている。何を考えているのかはわからないけれど。

「この人可愛いねえ」

「うん」

 そう答える声はいつも通り。特別真剣に見ていたわけではないようだ。青白い光で照らされる横顔をぼんやりと眺めているうちに映像は終わる。再生を止めてチャンネルボタンを一つ押した。ニュース番組が映る。かっちりとスーツを着込んだニュースキャスターが真剣な面持ちで経済について話していた。冷え込んでいると言われたって、この仕事をしているとあんまり実感は湧かない。ジムさえ作ってしまえばあとはそれほど経費がかかるというわけでもないし。この前は自転車にぶつかられて壊れた扉を直したけれど。

「やっぱりもっと胸が大きい方がいいなあ」

 無意識のうちに、まるで現実逃避みたいにニュースについて考えていた僕を彼の言葉が引き戻す。

「巨乳好きなの?」

「別にそこまでではないけど、ないよりあった方が嬉しいだろ」

 彼は机の上の湯呑みを手に取り、口をつける。すっかりぬるくなったお茶に顔をしかめながら。

「マツバは?」

 そう問い掛けられ、思わず呻くような声が漏れる。

「改めて聞かれるとなんだか恥ずかしいね」

「俺は答えたぞ」

「ハヤトは勝手に言い出したんでしょう」

 僕の反論など意に介さず、彼は質問を繰り返した。一体何を言わせたいのか。彼の目はいつもよりも更に鋭く、食べられるのだろうかと思う。

「……大きいのはあんまり好きじゃないかな」

 口に出してから、想像以上の恥ずかしさに後悔した。伏せた顔がみるみるうちに熱くなっていく。やっぱり黙秘し続けるのが正解だったのではないだろうか。今までこんな話をした事なんてない。……ないのに、なんで彼は突然こんなものを持って家にやってきたのか。いきなりハードルが上がりすぎてはいないだろうか。

 もうやめようよこの話。そう言おうとして顔を上げた僕の目に彼が映る。さっきまでの鋭さを保ったままの目がぎらりと輝いた。あ、これは、食べられる。そう思うと同時に彼の手が僕の肩に伸びて、そのまま体重をかけられ倒される。いわゆる押し倒された状態。

「こら、ちょっと」

 肩を押し返して抵抗するも、小柄な体格とは裏腹に力の強い彼には残念ながら敵わない。

「いや、貧乳好きなら俺でもいいかなって」

「そりゃあ確かにハヤトなら胸大きくないけど!」

 そういう問題ではないだろうに。至極真っ当なはずの僕の意見などは相変わらず全く聞く耳を持たない。自由奔放というか勢い任せというかなんというか。自分とはかけ離れた言動だけど、だからこそ、惹かれてしまうのだろうと思う。例えば僕がもう一人いたって友達にすらなりたくないし。

 そういえばミナキ君も僕とは反対だよなあと考える。そうしたら、それを見透かしたかのように彼の顔が迫ってきて、耳を軽く噛まれた。別に何も起きていない。心臓がせわしなく動いてなんかいない。

「ねえ、マツバ」

 耳元で声がする。まだ少し大人にはなりきれていない声。無邪気さを孕んだ声。なるほど無邪気か、と妙に納得した。悪気なんていっさいなくて、ただちょっとあの毒々しい映像に触発されてしまって、いわゆる気持ちのいい事がしたくなってしまって。それだけなんだろう。こちらの痛みは知らないものだから。僕だって身をもって知っているわけではないけれど。……知らないでいられるのももはや時間の問題な気もするけれど。

「変な事してもいい?」

「ダメって言ってもするでしょう、もう」

「嫌ならちゃんと我慢するよ。……俺と違って一応胸がある女の子のがいいって言うなら」

 僕の体の上からどかないまま、眉を寄せて唇を噛む。だまされないぞ、と思う自分とだまされてやろうか、と思う自分。さて、どうしようか。

「ハヤトはどうしたいの?」

「……巨乳じゃなくてもマツバがいい」

「ここにアカネがいたとしても?」

「う」

 彼の表情が凍りつく。ここまでしておいて揺らぐなんてなんて奴だ。僕が女の子だったら頬を張り飛ばして最低と罵って出ていく所だけれど、彼女でもないしそこまで子供でもない僕はただ彼を見上げる。まばたき。泳いでいた目がまぶたに隠れる。次の瞬間、目を開けた瞬間には、もう彼は僕だけを見ていた。

「触るならマツバがいい」

 マツバの肌が一番綺麗だ、とアカネに聞かれたら張り飛ばされるでは済まないような言葉を呟いて、僕の喉に口づける。吸う。その頭を抱いて僕は掠れた声で笑った。

 合格だよ。好きにしていいよ。僕だって、触れ合うなら君がいい。それを言葉にさせてみせてよ。

(END)
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