夢喰い

 俺は昔からよく寝る子供で、彼は昔から寝ない子供だった、らしい。

「……マツバ?」

 だから、泣きながら眠るマツバを見つけたのは偶然だった。俺にしては珍しく、本当に珍しく夜中に目が覚めて、ふと隣で眠る彼を見たら、彼は泣いていた。
 しゃくりあげるでもなく、声を上げるでもなく、ただ静かに涙を流していた。
 悪い夢でも見ているのだろうか。子供みたいだ、と思う。

「泣かないで、マツバ」

 母親にでもなった気分だ。手を握って、逆の手で背中を軽く叩いて。
 俺の母さんもこうしてくれたのだろうか。そして、マツバの母さんは、どうだったのだろう。
 彼は自分の過去について多くを語ろうとしないから、俺はほとんど何も知らない。
 だけど想像はつく。特別な力を持って生まれてきた子供が、どのように扱われたか。小さな頃からエンジュで修行をしていた、と言っていた。それまではどこにいたのか聞いてみたら、彼は微笑んで首を横に振った。

『覚えてないんだ。もう、ずっと昔の事だから』

 彼自身も覚えていないくらい昔。まだ甘える権利が、義務が、あった頃。そんな時期にはもう親とは離れていた。
 辛くなかったはずはない。悲しくなかったはずはない。と、俺は思う。だけどマツバは辛くも悲しくもなかったかのように振る舞うから、それは俺の勝手な想像なんだと思っていた。
 だけど、本当は違ったのかもしれない。ずっとこうして泣いていたのかもしれない。
 怖い夢も、現実も、自分一人で抱え込んで、朝になったら、何もなかったかのように笑う。
 怖いものはどこへ行った?
 全部、全部、彼の中だ。
 救ってくれる手はなかったのだから。

「っ、」

 唇に触れたのは初めてだった。だけど、恥ずかしいとかそんな事は考えていなかった。
 食べてあげないと。彼の中に溜まった悪夢を、全部。飲み干して、何もなかった事にする。悪い事なんて何一つなかったんだよ、って。そう言って、晴れやかに笑ってやる。
 ねえ、そうしようって思っていたのに。

「……どうして」

 離した唇に残るのは、温かさだけだった。もっと苦ければ、苦しければ、痛ければ。彼の悪夢を食べたって思えるのに。そう思いたかったのに。

「どうして、こんなものしかくれないの?」

 受け取りたかったのはこんなものじゃない。こんなに優しいものは、いらない。

「……ハヤトには、これしかあげないよ」

 彼の甘い声が聞こえた。
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