まっしろ
白いシーツをかぶって自分の布団の上に座り込む俺を見て、マツバは笑った。
「どうしたの? おばけごっこ?」
そういえばもうすぐハロウィンだね、と言うと、彼はこちらに歩いてくる。足音と畳が鳴る音でわかる。
「違うよ。今日お昼に干してたから、太陽のにおいがするなって」
シーツの中で、抱えた膝に顎をつけたまま俺は返事をした。声がシーツの中に籠って響くのが心地よい。
「ああ、天気よかったもんね、今日」
足首のあたりにひんやりとした空気を感じた。マツバはシーツを持ち上げて俺と同じように頭からかぶる。そして隣に座ると膝を抱えた。これも俺と同じ。
「本当だ、太陽のにおい。あと、ちょっと暖かい」
涼しくなったと感じた覚えもないくらい、急に冷え込み始めた。ここ数日、ポッポたちはいつも風の当たらない場所を探して身を寄せ合っている。ポッポたちだけではない。マツバと俺もなんとなく一緒にいる時間が増えて、隣にいる時間が増えて。それは今日だって例外ではない。俺はマツバに寄りかかる。触れ合っている腕が温かくなっていく。
「寒いよね、最近。明日は鍋が食べたいな」
「普通の寄せ鍋でいいなら」
「いいよ。肉団子も入れたやつにしよう」
「あと白菜な。買っておくよ」
「うん、ありがと」
楽しみ、と言ってマツバは大きなあくびをした。
「風邪引くといけないし、そろそろ寝るぞ」
「そうだね」
マツバは四つん這いで外に出る。温まった空気が外に逃げていき、冷えた空気が入り込む。体を震わせてシーツを体に巻きつける。息苦しい。隙間から顔だけを出すと、布団の上でヘアバンドを外すマツバが見えた。マツバは俺の視線に気付いたのか顔を上げた。落ちてきた前髪を耳にかけながら彼は微笑む。
「ウエディングドレスみたいだね」
真っ白、と呟き、広がるシーツを持ち上げて見せる。確かにそれはウエディングドレスの裾に見えなくもない。本物を見た事はないけれど。マツバは膝立ちになって俺の方へと近づく。向かい合わせになって、俺の目を覗き込む。
「なんだったかな、あれ。えっと、健やかなる時も、病める時も」
「あー、聞いた事あるなあ。うーん……富める……? 時も、貧しい時も」
「そうそう。それから……喜びの時も、悲しみの時も」
後は思い出せないや、とマツバは首を傾げた。金色の髪が柔らかく揺れる。その髪に触れようと手を伸ばした。温まった腕が冷えていく。指先で髪を撫でる。ゆるく巻いた髪の感触が指に伝わる。マツバの髪。俺にはないもの。俺たちは違うもの。
「……その命ある限り、これを愛する事を誓いますか」
マツバは俺の手を握った。俺の薬指をなぞりながら、額にそっと唇を落とす。
「誓います」
透き通った紫の目が俺を見つめる。胸が詰まり、俺は彼から目を逸らした。俯くとぽたぽたと微かな音がして、シーツにしみが一つ、二つ。
「ハヤト?」
驚いているような、心配しているような。普段よりも上擦った声。涙は止まらない。次々と落ちては跡を残す。
結婚なんて、できるはずがない。それぐらいは俺にだってわかっている。だからどんな言葉をもらったって意味がないのに。それなのに、マツバのくれた言葉が嬉しいと思ってしまった。そう思えば思うほど苦しいだけなのに。
「ごめんね、嫌だった?」
彼は手を離そうとした。それを離すまいと繋ぎ止めて、俺は首を横に振る。
「嬉しい、から」
「うん」
「どうにも、ならないのに」
手を繋いだまま、マツバは片手を俺の背中に回す。引き寄せられて、マツバの胸に寄りかかる。背中をとんとんと軽く叩かれ、子供扱いするなと怒ってやりたかったけれど、言葉にはできなかった。
「……どうにもならないんだけどね」
僕もわかってるんだけどね、と苦笑混じりににマツバは呟く。
「それでも一緒に生きていけたらいいなあって思うんだよ。……僕はね」
繋いでいた手を離す。マツバの背中に両手を回す。しがみつくように抱きついた。深呼吸を一つする。声が震えてしまわないように、ぐっと腹に力を籠めた。
「俺も」
そう返事をしたらまた涙が溢れてきた。マツバは俺の名前を呼んで、あやすように背中をさすってくれる。目を閉じて、マツバの体にしっかりと抱き着いたまま祈った。顔も知らない、遠く遠くの神様に。
普通の幸せではなくたっていい。それでもいいから。マツバの隣にいさせてください。俺が死んでしまうまで、ずっと、ずっと。
(END)
「どうしたの? おばけごっこ?」
そういえばもうすぐハロウィンだね、と言うと、彼はこちらに歩いてくる。足音と畳が鳴る音でわかる。
「違うよ。今日お昼に干してたから、太陽のにおいがするなって」
シーツの中で、抱えた膝に顎をつけたまま俺は返事をした。声がシーツの中に籠って響くのが心地よい。
「ああ、天気よかったもんね、今日」
足首のあたりにひんやりとした空気を感じた。マツバはシーツを持ち上げて俺と同じように頭からかぶる。そして隣に座ると膝を抱えた。これも俺と同じ。
「本当だ、太陽のにおい。あと、ちょっと暖かい」
涼しくなったと感じた覚えもないくらい、急に冷え込み始めた。ここ数日、ポッポたちはいつも風の当たらない場所を探して身を寄せ合っている。ポッポたちだけではない。マツバと俺もなんとなく一緒にいる時間が増えて、隣にいる時間が増えて。それは今日だって例外ではない。俺はマツバに寄りかかる。触れ合っている腕が温かくなっていく。
「寒いよね、最近。明日は鍋が食べたいな」
「普通の寄せ鍋でいいなら」
「いいよ。肉団子も入れたやつにしよう」
「あと白菜な。買っておくよ」
「うん、ありがと」
楽しみ、と言ってマツバは大きなあくびをした。
「風邪引くといけないし、そろそろ寝るぞ」
「そうだね」
マツバは四つん這いで外に出る。温まった空気が外に逃げていき、冷えた空気が入り込む。体を震わせてシーツを体に巻きつける。息苦しい。隙間から顔だけを出すと、布団の上でヘアバンドを外すマツバが見えた。マツバは俺の視線に気付いたのか顔を上げた。落ちてきた前髪を耳にかけながら彼は微笑む。
「ウエディングドレスみたいだね」
真っ白、と呟き、広がるシーツを持ち上げて見せる。確かにそれはウエディングドレスの裾に見えなくもない。本物を見た事はないけれど。マツバは膝立ちになって俺の方へと近づく。向かい合わせになって、俺の目を覗き込む。
「なんだったかな、あれ。えっと、健やかなる時も、病める時も」
「あー、聞いた事あるなあ。うーん……富める……? 時も、貧しい時も」
「そうそう。それから……喜びの時も、悲しみの時も」
後は思い出せないや、とマツバは首を傾げた。金色の髪が柔らかく揺れる。その髪に触れようと手を伸ばした。温まった腕が冷えていく。指先で髪を撫でる。ゆるく巻いた髪の感触が指に伝わる。マツバの髪。俺にはないもの。俺たちは違うもの。
「……その命ある限り、これを愛する事を誓いますか」
マツバは俺の手を握った。俺の薬指をなぞりながら、額にそっと唇を落とす。
「誓います」
透き通った紫の目が俺を見つめる。胸が詰まり、俺は彼から目を逸らした。俯くとぽたぽたと微かな音がして、シーツにしみが一つ、二つ。
「ハヤト?」
驚いているような、心配しているような。普段よりも上擦った声。涙は止まらない。次々と落ちては跡を残す。
結婚なんて、できるはずがない。それぐらいは俺にだってわかっている。だからどんな言葉をもらったって意味がないのに。それなのに、マツバのくれた言葉が嬉しいと思ってしまった。そう思えば思うほど苦しいだけなのに。
「ごめんね、嫌だった?」
彼は手を離そうとした。それを離すまいと繋ぎ止めて、俺は首を横に振る。
「嬉しい、から」
「うん」
「どうにも、ならないのに」
手を繋いだまま、マツバは片手を俺の背中に回す。引き寄せられて、マツバの胸に寄りかかる。背中をとんとんと軽く叩かれ、子供扱いするなと怒ってやりたかったけれど、言葉にはできなかった。
「……どうにもならないんだけどね」
僕もわかってるんだけどね、と苦笑混じりににマツバは呟く。
「それでも一緒に生きていけたらいいなあって思うんだよ。……僕はね」
繋いでいた手を離す。マツバの背中に両手を回す。しがみつくように抱きついた。深呼吸を一つする。声が震えてしまわないように、ぐっと腹に力を籠めた。
「俺も」
そう返事をしたらまた涙が溢れてきた。マツバは俺の名前を呼んで、あやすように背中をさすってくれる。目を閉じて、マツバの体にしっかりと抱き着いたまま祈った。顔も知らない、遠く遠くの神様に。
普通の幸せではなくたっていい。それでもいいから。マツバの隣にいさせてください。俺が死んでしまうまで、ずっと、ずっと。
(END)
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