ひとつ

 ふと寝返りを打った時に、肩と腰が痛んで目が覚めた。喉も痛いし、なんだかひどく疲れている。風邪でも引いたのだろうか。

「あ」

 近くで声がした。重たい瞼を押し上げて目を開き、声の方を見る。少し不健康にも見えるほどに白い肌がまず目に映った。

「起こしちゃった?」

 マツバは首を傾げる。ヘアバンドをしていないせいか、いつもよりも髪が長く見える。ふわふわとした金色の髪が首に触れていて、くすぐったくはないのだろうかと思った。

「違う……」

「それならいいんだけど……、ああ、そうだ。おはよう」

 うん、と言葉になっているようないないような言葉で返事をし、また目を閉じる。とにかく眠かった。マツバがくすりと笑って、俺の剥き出しの肩に布団を掛け直してくれる。それからくしゃくしゃと頭を撫でられた。子犬の頭を撫でるような手つきだけど、文句を言う気にはならなかった。もっと撫でていてほしい、触れていてほしいと思ったぐらいだ。

 撫でてほしい。触れてほしい。いつかにも同じ事を思っていた気がする。

 いつかにも。そのいつかがいつだったかを思い出した瞬間、眠気は一気に吹き飛んだ。慌てて体を起こす。途端に目眩がした。傾いた体をマツバに支えられる。俺の頬がマツバの胸に触れた。肌と肌が触れ合う感覚。目眩はますますひどくなる。

「大丈夫?」

「大丈夫じゃない……」

 掠れた声でそう答えるのが精一杯だった。恥ずかしさと、節々の痛みと、倦怠感。いろいろなものが入り混じって、頭の中はもうぐしゃぐしゃだ。

「今日は一日ゆっくりしてたらいいよ。僕も夜までここにいるから」

 俺を布団に寝かせながらマツバは言った。いつも通りの口調なのが憎らしい。俺はこんなにも動揺してしまっているのに。

 昨日の夜。正しくは今日の深夜。日付が変わってすぐ。俺が昨日よりも一つ年を取った後。俺はマツバと。

「痛かった?」

 また俺の頭を撫でながら、少しの申し訳なさを滲ませながら、マツバは問い掛ける。

 痛かったかと問われれば、痛かったと答える。どこがかはあまり言いたくないけれど。

 半分ぐらいは俺が望んだからかもしれない。マツバとこうなるのを今まで待っていなかったなんていう事はない。怖かったけれど、恥ずかしさもあったけれど、それでもずっと期待をしていた。触れたい。触れてほしい。熱に浮かされた意識の中で何度かそう伝えた事も、うっすらと記憶に残っていた。だけどマツバが与えてくれたものは、俺が求めたものよりもずっとたくさんのものだった。わかりやすく言えば、それなりに辛い事をされた。おかげで肩も腰も痛い。喉が痛いのも多分その影響だ。叫んではいなかっただろうけれど、自分の声がひっきりなしに部屋に響いていたのは覚えている。

 痛かった、と答えてやろうと首だけを動かしてマツバを見上げる。俺の頭から手が離れる。手首の辺り、白い肌にくっきりと赤い痣が浮かび上がっていた。

「それ」

「ああ……平気だよ」

 その答えを聞いた途端、手のひらに彼の汗ばんだ肌の感触が蘇った。痛いのと、苦しいのと、……気持ちが、よかったのとで、無意識のうちに彼の手首を握り締めていたらしい。

 重い腕を持ち上げ、指先で彼の手首の跡をなぞる。

「痛かった?」

「大丈夫」

 マツバは微笑んでそう答えるけれど、未だに跡が残るぐらいだ。痛くなかったはずはない。自分で言うのもなんだけど、鍛えているから握力はそこそこあるだろうし。

「別に」

「え?」

「別に、俺も平気だから」

 痣から離れて、彼の指先に辿り着く。指を絡められる。骨ばった指が、彼と比べると頼りない俺の指を包み込む。絡めた指を子ども同士の指切りみたいに軽く揺する。

 ありがとうね、と呟く声を聞いたら、何故だか鼻の奥が痛くなった。潤んだ目を見られないように腕に顔を押し付ける。胸が苦しい。息が苦しい。

 涙が引いていくのを待って、俺はまた起き上がる。マツバの手が咎めるように肩に触れたけれど知らないふりをした。絡めた指を離して彼の首に両手を回す。髪が俺の腕をくすぐって、その感覚に今度は笑えてきてしまった。

 感情がころころと変わっていく。だけどその原因は全部、幸せだという事。こうして触れ合った肌が、鼓動が、伝えてくれればいい。何にも遮られる事なく、一直線に心臓まで。

(END)
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