あふれる想いを

「だからね、ミナキ君」

 軽音楽部の練習場所である音楽室の真ん中で、ミナキ先輩は正座をさせられている。その前にはマツバ先輩が仁王立ちをしている。全身から放たれる威圧感とは対照的に、顔には笑みが浮かんでいる。
 そう、それはもう冷たい笑みが。
 原因はミナキ先輩が書いてきた歌詞にある。2ヶ月後に行われる文化祭ライブに向けて新作を作ろう、という事になったのだが、ミナキ先輩の書いてきた歌詞は、なんというか、……ひどかったのだ。それしか言葉が思いつかない。

「一体どういう事なの? 歌詞の大半が『スイクン』という言葉で埋められているように思うんだけど」

 マツバ先輩が頭を抱えながら見せてくれた紙を思い出す。まさにマツバ先輩の言葉通りの惨状がルーズリーフの上に広がっていた。ミナキ先輩がスイクン好きなのはもはや学校中の人間が知っているぐらいだが、ここまでひどいとは思わなかった。
 でも、それだけ好きだという事なのだ。

「スイクンが好きなのはわかるよ。だけど、いくらなんでもこれは学祭で演奏するにはちょっと無理があると思って欲しかったんだけどな」
「す、すまない」

 マツバ先輩の氷のように冷たい笑顔を見て、さっきまでは抵抗を続けていたミナキ先輩もついにおとなしくなった。直接怒られているわけではない俺もなんだか背中が冷たいぐらいだから、当然か。

「ま、マツバ先輩、すごく怖いんですけど」

 隣で正座をしているツクシが小声で言う。わずかに声が震えているのはきっと気のせいではない。

「目を合わせちゃダメだ。殺されるぞ」

 答える俺の声も震えていた。

「ハヤト何か言った?」
「言ってません! 言ってないです!」

 向けられる視線が怖い。本当に怖い。父さん、俺はもうダメかもしれない。

「そう、ならいいけど」

 ふい、と視線が俺から離れていく。安心した、けど、なんだか寂しい。
 さっきから、ミナキ先輩を見つめてばかりじゃないか。そんな事を考えてしまい、そんな考えを振り払うように頭を二、三回振った。

「ハヤト先輩、大丈夫ですか?」
「あ、あぁ、大丈夫だ」

 知られてはいけない。誰にも、知られるわけにはいかないんだ。

 だけど、マツバ先輩には知って欲しい。いや、やっぱりダメだ。知られてしまったら、もうこうして同じ空間にいる事さえできなくなってしまうかもしれない。それぐらいだったら、この気持ちは無理やりにでも押し込めて、絶対に、絶対に隠し通す。でもやっぱり……。
 終わらない自問自答。知られたくない思いと、気づいて欲しいという思いのせめぎあい。
 苦しい。

「あ、そうだ。ハヤト、ツクシ」
「っ、あ、はい」
「何ですか?」

 こうやって名前を呼ばれたら、そんな苦しさも消えてしまう。

「よかったら、書いてみない? 歌詞」
「え……」
「せっかくだから、みんなが書いた歌詞見てみたいな」
「う、僕ちゃんと書けるかなぁ」

 もしも。

「いいよ、好きなように書いてくれれば。ミナキ君みたいに大暴走さえしなければ大丈夫」

 もしも、ルーズリーフいっぱいに俺の思いを書いたとしたら。
 この人は、気づいてくれるのだろうか。

(END)
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