太陽色の幸せを
「……どうしたの、その格好?」
呆然としている、と自分でも感じられる程に気の抜けた声が漏れる。彼は振り返ると素っ頓狂な声を上げた。
「うわ、わ、なんで、いるんだよ!」
レースの手袋に覆われた両手で顔を覆う。髪につけた白い花飾りが、彼の首の動きに合わせて揺れる。
「アカネに呼ばれたんだよ。面白いものが見られるって言うから」
「なんでそれで素直に来るんだよ……。アカネがそんな事言う時は誰かが犠牲になってる時だって、マツバだってもうわかるだろ!」
「うん、まあ。でも面白いって言うから」
最悪、と彼は唸る。その気持ちはよくわかる。僕だって、こんな姿を見られたくはない。
「なんでウエディングドレスなの?」
コガネジムの奥に佇む彼は、真っ白なウエディングドレスを着ていた。胸元にあしらわれたフリルと、細かい刺繍の施された裾が印象的な、可愛らしいドレスだ。
「……アカネが親戚から引き取ったんだって。親戚の人は置き場所に困ってきたし処分しようか、って言ってたらしいんだけど、このまま捨てちゃうのはもったいないからって」
「なんでそれをハヤトが?」
「貰ってみたはいいものの、行き遅れるかもしれないからまだ着たくないって話になったらしくて……で、今朝アカネに呼び出されて……」
わけもわからず来てみたら、こうなったという事らしい。
「やってられないよ、本当に」
床に落ちていた上着を拾い上げると、階段の上に敷く。その上に腰掛けて、彼は大きく溜め息をついた。
「上着、汚れちゃうよ?」
「ドレスが汚れるよりはいいだろ。まだアカネが着るかもしれないし」
このドレスを着るアカネを想像してみる。可愛い子だからきっと似合うだろうけど、なんだか違和感がある。本人に言ったら叱られるだろうけど、おしとやかな格好は似合わない。ハヤトの方が余程似合うだろう。それもおかしな話だけど。
「アカネが、ねえ」
「どんな人になるんだろうな、アカネの結婚相手」
「喜んで振り回されてくれる……うーん、元気な人?」
「それか、文句言いながらも振り回されてくれる優しい人か」
「ハヤトみたいな?」
「……俺は心の底から振り回されたくなかったんだけどな」
彼はドレスの裾を膝の上に纏めた。その手を離すと、裾は自然と広がる。さらさらと流れる裾を見ていると、女の子がウエディングドレスに憧れる気持ちが少しだけわかるような気がした。
「でも、似合ってるよ」
髪飾りに手を添えると、驚いたのか彼は少しだけ肩を震わせた。
「あ、化粧もしてるんだね」
「してるんじゃなくて、されたんだ。本当にひどい目に遭ったよ。来るなり取り囲まれてさ」
また溜め息を一つ。
「まさかドレスを着る日が来るなんて思わなかった」
「貴重な体験だね」
「まあ、そうかもしれないな」
諦めよう、と溜め息まじりに彼は言う。ドレスの裾を気にしながら立ち上がろうとしている彼に、ごく自然に手を差し出してしまって、なんとなく雰囲気に呑まれてしまっている自分に気付く。そして僕の手を取った彼も、やっぱり雰囲気に呑まれている。ここには十字架の一つだってないけれど、彼の着ているドレスだけで十分だった。それだけで、現実から切り離されたような気分になっていた。
「貴重な体験、で思い出した。俺、あれやってみたかったんだ。ブーケ投げ」
彼は屈み、階段の陰に置かれていたブーケを取り上げた。オレンジと黄色が中心の、丸い形をしたブーケだった。
「アカネたち、ブーケまで用意してたの?」
「そうだよ。ちなみに俺の報酬はこれだけ。散々遊ばれたのに」
綺麗だけどさ、と唇を尖らせる。
「ブーケ投げね……確かに、僕達には縁がないね」
結婚式に出席した事はないけれど、テレビで見た事はある。ブーケを取ろうと必死になった結果噴水に落ちた女の人の映像を思い出して、思わずまた笑いが込み上げてきた。唇を噛んでなんとか堪える。
「投げる事も受け取る事もないからな」
片手にブーケを持ち、反対の手で裾をつまみ、彼は階段を上る。5段目ぐらいで立ち止まり振り向く。いつもよりも艶のある髪を見て、髪までしっかりとセットされている事に気付いた。跳ねた髪がいつもよりも大人しい。
「落とすと花が傷むから、ちゃんと取ってくれよ」
「頑張る」
「じゃあ、行くぞー」
僕に背を向けたまま、ブーケを投げる。同時に落ちた髪飾りに気を取られた隙に、ブーケは目の前に迫っていた。わ、と思わず声を上げてしまう。が、なんとか受け取れた。
「お、さすが」
危なっかしい足取りで階段を下りてきた彼に、ブーケを投げる。うまく受け止めて彼は笑う。
「ブーケを受け取ったって事は、次に結婚するのはマツバか。それで次が俺だ」
ブーケを宙に投げ上げては受け止める。それを繰り返しながら、彼は呟いた。
「マツバのお嫁さん、どんな人なんだろうな」
彼の頭を軽く叩いてから、落ちた髪飾りを拾う。突然叩かれて驚いているハヤトの髪に、髪飾りを留め直す。
「どうしてそんなに薄情な事言うかな、ハヤト」
普段よりも柔らかい髪を指で梳く。
「……だって、マツバも俺も、ジムの事とかあるだろ」
「僕は構わないよ、って言ったら?」
足元に視線を落として、彼は考え込む。しばらくの後、覚悟を決めた表情で顔を上げた。
「父さんに、相談してみる」
一気に現実が戻ってきたような気がした。浮かされたような今までの自分がおかしくて、笑ってしまった。
「ああ、そうだね。お父さんに聞かないとね」
「うん、大事な事だからな」
「相談する時は呼んでよ。ハヤト君を僕に下さい、って言わないといけないから」
彼は恥ずかしそうに視線を泳がせた。いや、とか、それは、と言いながらドレスの裾を握っている。
「……俺とじゃ、式も挙げられないぞ」
「いいよ、もう満足。ドレス姿も見たし、ブーケ投げもしたし」
後はあれだね、と遠回しに言ってみた。途端に彼は口を押さえる。
「まだ何も言ってないけど」
「だって、そういう事だろ」
くぐもった声で、噛み付くように言われた。そうだね、と軽く答えて顔を近づける。
「じゃあ今回はこっちでいいや」
額に口付けた。いつもとは違う、薬のような味とにおいを微かに感じた。
「お父さんが認めてくれたら、もらうよ」
「……どうして俺が取られる方なんだよ」
「もらう方になりたい?」
「取られるばかりは嫌だ」
彼は僕の肩に手を置いて、思い切り背伸びをする。頬に触れて、離れていく。
「その日が来たら、俺もちゃんともらっていくからな」
(END)
呆然としている、と自分でも感じられる程に気の抜けた声が漏れる。彼は振り返ると素っ頓狂な声を上げた。
「うわ、わ、なんで、いるんだよ!」
レースの手袋に覆われた両手で顔を覆う。髪につけた白い花飾りが、彼の首の動きに合わせて揺れる。
「アカネに呼ばれたんだよ。面白いものが見られるって言うから」
「なんでそれで素直に来るんだよ……。アカネがそんな事言う時は誰かが犠牲になってる時だって、マツバだってもうわかるだろ!」
「うん、まあ。でも面白いって言うから」
最悪、と彼は唸る。その気持ちはよくわかる。僕だって、こんな姿を見られたくはない。
「なんでウエディングドレスなの?」
コガネジムの奥に佇む彼は、真っ白なウエディングドレスを着ていた。胸元にあしらわれたフリルと、細かい刺繍の施された裾が印象的な、可愛らしいドレスだ。
「……アカネが親戚から引き取ったんだって。親戚の人は置き場所に困ってきたし処分しようか、って言ってたらしいんだけど、このまま捨てちゃうのはもったいないからって」
「なんでそれをハヤトが?」
「貰ってみたはいいものの、行き遅れるかもしれないからまだ着たくないって話になったらしくて……で、今朝アカネに呼び出されて……」
わけもわからず来てみたら、こうなったという事らしい。
「やってられないよ、本当に」
床に落ちていた上着を拾い上げると、階段の上に敷く。その上に腰掛けて、彼は大きく溜め息をついた。
「上着、汚れちゃうよ?」
「ドレスが汚れるよりはいいだろ。まだアカネが着るかもしれないし」
このドレスを着るアカネを想像してみる。可愛い子だからきっと似合うだろうけど、なんだか違和感がある。本人に言ったら叱られるだろうけど、おしとやかな格好は似合わない。ハヤトの方が余程似合うだろう。それもおかしな話だけど。
「アカネが、ねえ」
「どんな人になるんだろうな、アカネの結婚相手」
「喜んで振り回されてくれる……うーん、元気な人?」
「それか、文句言いながらも振り回されてくれる優しい人か」
「ハヤトみたいな?」
「……俺は心の底から振り回されたくなかったんだけどな」
彼はドレスの裾を膝の上に纏めた。その手を離すと、裾は自然と広がる。さらさらと流れる裾を見ていると、女の子がウエディングドレスに憧れる気持ちが少しだけわかるような気がした。
「でも、似合ってるよ」
髪飾りに手を添えると、驚いたのか彼は少しだけ肩を震わせた。
「あ、化粧もしてるんだね」
「してるんじゃなくて、されたんだ。本当にひどい目に遭ったよ。来るなり取り囲まれてさ」
また溜め息を一つ。
「まさかドレスを着る日が来るなんて思わなかった」
「貴重な体験だね」
「まあ、そうかもしれないな」
諦めよう、と溜め息まじりに彼は言う。ドレスの裾を気にしながら立ち上がろうとしている彼に、ごく自然に手を差し出してしまって、なんとなく雰囲気に呑まれてしまっている自分に気付く。そして僕の手を取った彼も、やっぱり雰囲気に呑まれている。ここには十字架の一つだってないけれど、彼の着ているドレスだけで十分だった。それだけで、現実から切り離されたような気分になっていた。
「貴重な体験、で思い出した。俺、あれやってみたかったんだ。ブーケ投げ」
彼は屈み、階段の陰に置かれていたブーケを取り上げた。オレンジと黄色が中心の、丸い形をしたブーケだった。
「アカネたち、ブーケまで用意してたの?」
「そうだよ。ちなみに俺の報酬はこれだけ。散々遊ばれたのに」
綺麗だけどさ、と唇を尖らせる。
「ブーケ投げね……確かに、僕達には縁がないね」
結婚式に出席した事はないけれど、テレビで見た事はある。ブーケを取ろうと必死になった結果噴水に落ちた女の人の映像を思い出して、思わずまた笑いが込み上げてきた。唇を噛んでなんとか堪える。
「投げる事も受け取る事もないからな」
片手にブーケを持ち、反対の手で裾をつまみ、彼は階段を上る。5段目ぐらいで立ち止まり振り向く。いつもよりも艶のある髪を見て、髪までしっかりとセットされている事に気付いた。跳ねた髪がいつもよりも大人しい。
「落とすと花が傷むから、ちゃんと取ってくれよ」
「頑張る」
「じゃあ、行くぞー」
僕に背を向けたまま、ブーケを投げる。同時に落ちた髪飾りに気を取られた隙に、ブーケは目の前に迫っていた。わ、と思わず声を上げてしまう。が、なんとか受け取れた。
「お、さすが」
危なっかしい足取りで階段を下りてきた彼に、ブーケを投げる。うまく受け止めて彼は笑う。
「ブーケを受け取ったって事は、次に結婚するのはマツバか。それで次が俺だ」
ブーケを宙に投げ上げては受け止める。それを繰り返しながら、彼は呟いた。
「マツバのお嫁さん、どんな人なんだろうな」
彼の頭を軽く叩いてから、落ちた髪飾りを拾う。突然叩かれて驚いているハヤトの髪に、髪飾りを留め直す。
「どうしてそんなに薄情な事言うかな、ハヤト」
普段よりも柔らかい髪を指で梳く。
「……だって、マツバも俺も、ジムの事とかあるだろ」
「僕は構わないよ、って言ったら?」
足元に視線を落として、彼は考え込む。しばらくの後、覚悟を決めた表情で顔を上げた。
「父さんに、相談してみる」
一気に現実が戻ってきたような気がした。浮かされたような今までの自分がおかしくて、笑ってしまった。
「ああ、そうだね。お父さんに聞かないとね」
「うん、大事な事だからな」
「相談する時は呼んでよ。ハヤト君を僕に下さい、って言わないといけないから」
彼は恥ずかしそうに視線を泳がせた。いや、とか、それは、と言いながらドレスの裾を握っている。
「……俺とじゃ、式も挙げられないぞ」
「いいよ、もう満足。ドレス姿も見たし、ブーケ投げもしたし」
後はあれだね、と遠回しに言ってみた。途端に彼は口を押さえる。
「まだ何も言ってないけど」
「だって、そういう事だろ」
くぐもった声で、噛み付くように言われた。そうだね、と軽く答えて顔を近づける。
「じゃあ今回はこっちでいいや」
額に口付けた。いつもとは違う、薬のような味とにおいを微かに感じた。
「お父さんが認めてくれたら、もらうよ」
「……どうして俺が取られる方なんだよ」
「もらう方になりたい?」
「取られるばかりは嫌だ」
彼は僕の肩に手を置いて、思い切り背伸びをする。頬に触れて、離れていく。
「その日が来たら、俺もちゃんともらっていくからな」
(END)
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