嘘つきだらけ

「ハヤトがいなくても、生きていけるよ」

 あまりに何気ない口調でそんな事を言われたから、俺もうっかり聞き流してしまった。

「そうか」

 そういえば、今晩の食事はどうしよう。近所の子供たちが摘んできたツクシをたくさんくれたから、卵とじにでもしようか。卵とじとなると……ああ、炊き込みご飯でも作ろうか。それにすまし汁と、食後のデザートには桜餅があるな。よし、とりあえず炊き込みご飯の仕込みからだ。人参がないから買いに行こう。

「ポッポ、買い物行くぞ」

 ポッポはこの上なく嬉しそうに鳴き、ちょんちょんと飛び跳ねながら部屋に入っていく。少し経ってから、買い物袋とポイントカードをくわえて戻ってきた。俺の肩に乗り、頬に体を擦り寄せる。

「ご機嫌だなあ」

 庭から直接玄関に回る。通りに出ると、咲き始めの桜が迎えてくれる。暖かくなってきた。春になったと実感する。カレンダーの4月の文字をいくら見つめていたってわかるものではない。外に出ないと、窓を開けないと、わからない。
 深呼吸をする。ほのかに酸っぱい、草のにおいがした。肩から力が抜けていくのがわかる。だけど、心は。

「……遠まわしに、いらないって言われたな」

 言われた時にはなんとも思わなかったのだ。それこそ聞き流してしまえるぐらいに。マツバの態度だって、そんなに真剣には見えなかったし。それに、別に、俺がいないと生きていけない、なんて言われたいわけではない。……ないけれど。それでも。いらないと言われたくはなかった。不要と言われるよりは必要と言われたい。泥の中に少しずつ沈み込んでいくみたいに、ゆっくりゆっくり気分が沈んでいく。
 足元に視線を落とす。溜め息をつく。

「ハヤトさん!」
「わ!」

 急に声を掛けられ、肩が跳ねる。ポッポが飛び上がり、頭上を一周してから頭の上に収まった。

「この前あげたツクシ、食べた?」

 ジムの近くに住む男の子。どうやら鳥ポケモンが好きらしく、よくジムに遊びに来る子だ。将来が楽しみ、なんて俺は勝手に思っている。

「あ、ああ。今日いただくよ。ありがとう」

 そう答えると笑顔を浮かべてくれた。素直でいいなあ、と思う。それから少しだけ、暢気でいいな、なんて。

「そういえばね、兄ちゃんのホーホーがヨルノズクに進化したんだ!」
「えっ、本当か!」

 ヨルノズク、という単語に反応し、顔を上げる。マツバが隣にいたら、君も暢気じゃないか、なんて笑うのだろうか。そんな考えが一瞬頭をよぎった、が、今はそんな事どうでもいい。だって、ヨルノズクだ。あのたくましい体の、賢そうな顔つきの、仕草の、ヨルノズクだ。

「ハヤトさん、見に来る?」
「行く!」

 思わず勢いよく首を振ってしまう。すると、彼は声を上げて笑い始める。

「ハヤトさん、今日は4月1日だよ」
「えっ……? それぐらい知って……あ!」

 4月1日。その日付の意味。

「エイプリルフールだよ、ハヤトさん」

 騙すのに成功したのが嬉しいのだろう。それはもう嬉しそうな顔をする。正直な所少し……いや、だいぶ悔しい。

「なんだよ、ヨルノズクは嘘かあ」
「そうだよ。兄ちゃんのホーホーはまだホーホーのまま」
「本当に進化したら教えてくれよ。お祝い持って見に行くから」
「うん、わかった」

 少し離れた店から彼を呼ぶ声がする。お母さんだ、と呟いて走っていく。

「ハヤトさん、またね!」
「ああ。ツクシありがとうな」

 彼に手を振り、母親には軽く頭を下げる。ポッポは肩に戻ってきた。

「エイプリルフールか……」

 エイプリルフール。嘘をついてもいい日だ。……嘘をついてもいい日だ。
 気付いて、思わず頭を掻いた。ついていいのは罪のない嘘だけだというのに。馬鹿。
 来た道を戻る俺に驚いてか、ポッポはバタバタと羽を動かして空中にホバリングしながら俺の後ろ髪を引っ張る。

「忘れ物したから」

 ポッポはまた肩に戻り、首を傾げる。

「でかい忘れ物。どうして忘れてきたんだろうな、俺」

 顔を上げて歩いていく。咲き始めの桜にお帰りと迎えられて、真っ直ぐに庭を目指す。縁側で膝を抱えて空を見ているマツバが見えた。落ち込んでいる。本当に馬鹿だ。

「買い物には行かない」

 俺が戻ってきたのに気付いていなかったようだ。声に驚いてか、目を丸くする。

「マツバと一緒に行きたくない」

 彼は目を数回瞬かせて、それからほっとした顔をして、微笑みを浮かべた。

「じゃあ、ついていかない」

(END)
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