Beast

 彼は皿を床に叩き付けた。音を立てて皿は砕けた。

「……見せてやるよ。俺は、人間じゃないんだよ」

 皿の破片を乱暴に掴み、その手でブラウスの袖を引き上げる。白い手首が、腕が、現れて。

「人間じゃないんだよ!」

 きつく目を閉じて彼は叫んだ。尖った角を腕に突き立て、力を込めて引く。
 彼の腕が裂ける音が聞こえた気がした。赤く濡れた破片が床に落ちて、その上にまた同じ色の液体が零れ落ちる。ぼたぼた、と。音を立てて。
 あまりにも綺麗な赤に、眩暈がした。

「……何を、してるの? 痛いでしょ?」

 眩む視界を、ふらつく体を無視して、手当てをしようと彼に近付く。腕に触れた途端、その手は振り払われた。

「痛い」

 彼の呼吸は乱れている。額には冷や汗も浮かんでいる。

「うん、だから、ね。ちゃんと手当てしないと」

 呻く声が聞こえ、彼の背中が大きく震えた。嘔吐くほどの痛みなのに、今すぐにでも解放されたいだろうに。だけど彼は、触れさせてはくれない。

「痛い、痛い。なのに、どうして」

 声は涙に染まっていく。

「どうして、死ねないんだよ!」

 悲鳴のような声を上げながら、彼は傷口に爪を立てた。

「ハヤト、やめて」

 細い手首を両手で掴む。渾身の力を込めて傷から手を離していく。彼は喚きながら首を振り、体を捩る。

「放せよ! このままじゃ」

 息を飲む音がした。彼の視線の先にはさっきの傷口、そして。

「う……」

 傷口は、端から勝手に塞がっていく。それを見て彼はまた声を上げた。

「なんで、どうして、どうして!」

 こんな体はいらない。化け物の体なんていらない。彼はそう叫んだ。泣き叫んだ。

「俺は、普通の人間でいたい! こんな化け物、誰も……」

 愛してはくれない、と弱々しく震える声がした。僕は彼の背中に手を回す。その手を上げて、頭を抱いてやりながら、囁いた。僕の声も震えていた。

「人間じゃなくてもいい。僕は、ハヤトの事が好きだ」

 嫌、と彼は首を振る。

「嘘だ。……嘘だ」
「嘘じゃない」

 強く頭を抱いた。彼の肩が跳ねた。やがて僕の背中にも彼の手が回される。

「だけど、マツバは俺を置いていく」
「置いてなんていかないよ」
「それは嘘になるんだよ。だって、俺は死なない」

 この先、何十年も、何百年も。

「それでも、傍にいる」
「どうやって」

 僕は彼の血で濡れた破片に手を伸ばす。縁に指を滑らせれば、簡単に切れる。
 赤色が滲んだ指で、彼の唇に触れた。

「僕が死んで骨になっても、ずっとずっと傍に置いて」

(END)
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