よわむし
優しい言葉も仕草も、どこか冷たかった。冷ややかというわけではなくて、何もない、空っぽの、そういう冷たさだった。
『ほら、君は愛されていないんだよ』
心の中の俺が言う。違う、と俺は首を振る。
愛されていないのなら、あの優しさは何だと言うのだ。好きだよ、というあの言葉も。大丈夫。俺はちゃんと愛されている。
『もしかしたら、最初はそうだったかもしれないね。でも今はどうかな』
嘲笑う。耳をふさいでも聞こえてくる。俺は、俺の中にいる。
『彼は、君を見てはいないだろう?』
「言うな!」
耳をふさいでいるから、その声は俺の中に響く。だけど、笑う声は消えない。やめろ、と弱々しい声がこぼれた。それは、笑い声の中に消える。
『好きだと言ってしまったから、後戻りができなくなっただけなんだよ。いや、彼はあえて退路を断ったのかもね。頑張って好きになろうとしたんだろうね。その対象に選ばれた事だけは誇ってもいいと思うよ』
聞きたくない。聞きたくない。誰か、助けて。無理矢理にでも眠らせて、何もわからないようにして。何も聞こえないようにして。
「マツバは、ちゃんと俺の事」
『君は物分かりが悪いね。だから、もう、無理だよ』
子どもに語りかけるように、わざとらしく言葉を区切りながら俺は言う。
『君は愛されていないよ』
「うるさい! 俺は、マツバを信じる」
『信じる? うん、いい言葉だよね、それ』
馬鹿にするような口調。
『信じてどうするの? 空っぽの優しさに溺れるの?』
何も言えない。その通りだった。嘘の優しさを信じ込みながら、彼の隣に居座るつもりだった。
ふん、と鼻で笑う音が聞こえた。
『弱虫だね。俺なら、こうするよ』
耳を押さえる手に力を込める。無駄だとはわかっていた。だけど、もう限界だった。マツバが俺を見てはいないという事を認めたら、ダメになる。これ以上揺さぶらないで。信じさせて。信じていたい。大丈夫だって。
怯えながら待った。だけど、俺の声は聞こえてこない。聞きたくないと思っていたはずなのに、何故か不安になり、耳に当てていた手を外した。
『……甘いね』
「っ!」
不意に低い声が聞こえた。背中が一気に冷たくなった。
『だけど、まあ、すぐに聞こえなくなるよ』
心の中の俺の声。体なんて持っていないはずなのに、苦しそうな息の音が聞こえた気がした。
『俺が死ぬという事は、心が死ぬというだからね。ああ、でも安心して。君の心は死なないよ。口うるさい半分がいなくなるだけだよ』
だけど、ね。雑音が混じった声が言う。
『俺は死んだら、彼と同じになれるんだ。ねえ、君はどうする?』
「どういう事、だよ」
『俺は俺の心の半分。君は残り半分。俺が死んで君も死んだら、俺の心には誰もいなくなる。空っぽ。彼と同じだよ』
彼と同じ、という言葉がひどく魅力的だった。もしもマツバと同じになったら、マツバは俺の事を愛してくれる?
俺が死ねば。だけど、それじゃあ。
「お……、俺は、嫌だ。だって、マツバは優しくしてくれる。嘘でも嬉しいんだ。違う。嘘だっていうのが、ただの勘違いだって事も」
俺は心底おかしいといった様子で笑う。
『君はどれだけ臆病なんだ! だけどもういいよ。俺はいなくなるから』
さよなら、お幸せに。そう残して声は聞こえなくなった。
弱虫な俺だけが残った。
(END)
『ほら、君は愛されていないんだよ』
心の中の俺が言う。違う、と俺は首を振る。
愛されていないのなら、あの優しさは何だと言うのだ。好きだよ、というあの言葉も。大丈夫。俺はちゃんと愛されている。
『もしかしたら、最初はそうだったかもしれないね。でも今はどうかな』
嘲笑う。耳をふさいでも聞こえてくる。俺は、俺の中にいる。
『彼は、君を見てはいないだろう?』
「言うな!」
耳をふさいでいるから、その声は俺の中に響く。だけど、笑う声は消えない。やめろ、と弱々しい声がこぼれた。それは、笑い声の中に消える。
『好きだと言ってしまったから、後戻りができなくなっただけなんだよ。いや、彼はあえて退路を断ったのかもね。頑張って好きになろうとしたんだろうね。その対象に選ばれた事だけは誇ってもいいと思うよ』
聞きたくない。聞きたくない。誰か、助けて。無理矢理にでも眠らせて、何もわからないようにして。何も聞こえないようにして。
「マツバは、ちゃんと俺の事」
『君は物分かりが悪いね。だから、もう、無理だよ』
子どもに語りかけるように、わざとらしく言葉を区切りながら俺は言う。
『君は愛されていないよ』
「うるさい! 俺は、マツバを信じる」
『信じる? うん、いい言葉だよね、それ』
馬鹿にするような口調。
『信じてどうするの? 空っぽの優しさに溺れるの?』
何も言えない。その通りだった。嘘の優しさを信じ込みながら、彼の隣に居座るつもりだった。
ふん、と鼻で笑う音が聞こえた。
『弱虫だね。俺なら、こうするよ』
耳を押さえる手に力を込める。無駄だとはわかっていた。だけど、もう限界だった。マツバが俺を見てはいないという事を認めたら、ダメになる。これ以上揺さぶらないで。信じさせて。信じていたい。大丈夫だって。
怯えながら待った。だけど、俺の声は聞こえてこない。聞きたくないと思っていたはずなのに、何故か不安になり、耳に当てていた手を外した。
『……甘いね』
「っ!」
不意に低い声が聞こえた。背中が一気に冷たくなった。
『だけど、まあ、すぐに聞こえなくなるよ』
心の中の俺の声。体なんて持っていないはずなのに、苦しそうな息の音が聞こえた気がした。
『俺が死ぬという事は、心が死ぬというだからね。ああ、でも安心して。君の心は死なないよ。口うるさい半分がいなくなるだけだよ』
だけど、ね。雑音が混じった声が言う。
『俺は死んだら、彼と同じになれるんだ。ねえ、君はどうする?』
「どういう事、だよ」
『俺は俺の心の半分。君は残り半分。俺が死んで君も死んだら、俺の心には誰もいなくなる。空っぽ。彼と同じだよ』
彼と同じ、という言葉がひどく魅力的だった。もしもマツバと同じになったら、マツバは俺の事を愛してくれる?
俺が死ねば。だけど、それじゃあ。
「お……、俺は、嫌だ。だって、マツバは優しくしてくれる。嘘でも嬉しいんだ。違う。嘘だっていうのが、ただの勘違いだって事も」
俺は心底おかしいといった様子で笑う。
『君はどれだけ臆病なんだ! だけどもういいよ。俺はいなくなるから』
さよなら、お幸せに。そう残して声は聞こえなくなった。
弱虫な俺だけが残った。
(END)
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