この朝を羨め
目覚まし時計を放り投げ、布団から飛び出し階段を駆け下りて、そのままの勢いで居間へと続く扉を開く。ちょうど台所から茶碗を持って居間に入ってきた彼に、うるさい、と窘められる。
「朝早くから騒々しいなあ。あと寝癖ひどいぞ今日」
茶碗を机に置いて僕の頭に両手を載せる。どうやら寝癖で膨らんだ髪を大人しくさせようとしているらしい。
「ふ、フワライドに留守番してもらってたの忘れてて」
手持ちの中で唯一「そらをとぶ」を覚えているその子は、いつも僕が出かける時にはふよふよとついてくる。だけど昨日はとてもいい天気で余程上空が心地よかったのか、僕が手を振ろうと名前を呼ぼうと浮かんだまま戻ってこなかった。そんな気分の時もあるよな、と思って徒歩でのんびりハヤトの家まで来て……その事をすっかり忘れていつも通りに起きたのが今というわけだ。
「うわ、今から歩いてエンジュまでって事か。うーん、ピジョットなら今朝も早くから飛び回ってるから、乗せていけると思うけど」
既にエンジンがかかっているらしい。全力で走っても間に合うかどうかの状況下では非常にありがたい申し出ではあるけれど、以前に同じような状況で乗せてもらった時に、うまく指示を出せずエンジュの街の真ん中に降りてしまった事を思い出して固まってしまう。あの時の周りの視線の痛さといったら。……ジムリーダーが堂々の朝帰りだなんて。あの時はまあ、自分で言うのもなんだけれど、日頃の行いが大人しかったせいか問題にはならなかった。だけど、もう二度目はないだろう。
「……あー、大丈夫。自分でなんとかするよ。ありがとうね」
「わかった。じゃあ、とりあえず着替えてこい」
くるりと体を反転させられ、思い切り背中を叩かれる。僕より体は小さいけれど力は強いんだから、もう少し手加減してほしい。入ってきた時と同じぐらいの勢いで部屋を追い出される。階段を登る時に寝間着の裾を踏んで転びかけたけれど、なんとか事なきを得た。
慌ただしく着替えて、今度は叱られないように多少は静かに階段を下りる。寝癖はもうあきらめるとして、せめて顔だけは洗っていこう。洗面所に向かうと、どうやら他の子たちよりものんびり屋らしいペリッパーが何故か風呂場に頭を突っ込んだまま寝ていた。起きなさい、とくちばしを指でつついてやると一度半分目を開けて力の抜けた鳴き声を上げたけれど、また目を閉じてしまう。起こしてあげたいのはやまやまだけど、これ以上構っている時間はない。
顔を洗って口をゆすぐ。鏡で見ると確かに髪は大変な事になっている。ポッポが住めそうだな、と以前ハヤトに笑われたのを思い出しながらヘアバンドでまとめてなんとかごまかす。イタコさんたちには見つかってしまいそうだけれど。
ぐっすり眠っているペリッパーの背中を最後に一度くすぐってやってから居間へと向かう。
「お邪魔しましたー」
居間から繋がっている台所に向かって声をかける。冷蔵庫の前に立っていたハヤトが慌てて振り返った。
「え、もう行くのか?」
「だってもう遅刻しちゃうよ」
「ちょっとだけ待って……あー、すぐ行くから玄関にいてくれ」
引き止められるなんて珍しい。だからこそ、待っていなければならない。靴を履いて立ち上がり、鏡の前で寝癖を相手に悪あがきを始めるとすぐに彼の足音が聞こえた。手にはスーパーの袋を下げている。
「弁当。あと、朝飯代わりに」
押し付けられた袋の中には紺色の包みが入っていた。中身は多分弁当箱だろう。そしてその包みとは別に大福が一つ入っていた。
「いいの? これハヤトのでしょ?」
「いいよ、別に。俺はちゃんと朝食べていくから。朝飯、大福だけでもちゃんと食べろよ」
「うん、わかった。ありがとう」
「もうジムで食べるしかないだろうけど、挑戦者とかジムトレーナーには絶対に見つからないように。ジムリーダーがジムの中でお菓子を食べてたなんて知られたら大問題だから。あ、あとゲンガーたちからばれるかもしれないからできるだけ見られないようにな」
まるで口うるさい母親みたいにそんな事を彼は言う。母親、と思うとなんだか面白い。確かに家事は得意だけれど、僕より年下で、しかも男の子なのに。
「聞いてるか?」
ぼんやりとハヤトを見つめていた僕に彼は不機嫌そうな声をかける。腰に手を当てて怒る仕草も母親のよう。
「聞いてる聞いてる。ありがとうね」
一段高い所にハヤトは立っている。背伸びをして頬に口づけた。離れるとぽかんとした彼の表情が一転して、みるみるうちに赤くなっていく。
「聞いてない!」
「聞いてるってば」
玄関の扉を開ける。肩を怒らせてわめく彼に、いってきます、と残す自分の声はやけに幸せそう。真っ赤な顔でこちらを睨みつけている彼に笑いかけながら扉を閉める。うらやましいでしょう、と誰に向けるでもなく胸の中だけで呟いて、朝日で光る街を駆けていく。
(END)
「朝早くから騒々しいなあ。あと寝癖ひどいぞ今日」
茶碗を机に置いて僕の頭に両手を載せる。どうやら寝癖で膨らんだ髪を大人しくさせようとしているらしい。
「ふ、フワライドに留守番してもらってたの忘れてて」
手持ちの中で唯一「そらをとぶ」を覚えているその子は、いつも僕が出かける時にはふよふよとついてくる。だけど昨日はとてもいい天気で余程上空が心地よかったのか、僕が手を振ろうと名前を呼ぼうと浮かんだまま戻ってこなかった。そんな気分の時もあるよな、と思って徒歩でのんびりハヤトの家まで来て……その事をすっかり忘れていつも通りに起きたのが今というわけだ。
「うわ、今から歩いてエンジュまでって事か。うーん、ピジョットなら今朝も早くから飛び回ってるから、乗せていけると思うけど」
既にエンジンがかかっているらしい。全力で走っても間に合うかどうかの状況下では非常にありがたい申し出ではあるけれど、以前に同じような状況で乗せてもらった時に、うまく指示を出せずエンジュの街の真ん中に降りてしまった事を思い出して固まってしまう。あの時の周りの視線の痛さといったら。……ジムリーダーが堂々の朝帰りだなんて。あの時はまあ、自分で言うのもなんだけれど、日頃の行いが大人しかったせいか問題にはならなかった。だけど、もう二度目はないだろう。
「……あー、大丈夫。自分でなんとかするよ。ありがとうね」
「わかった。じゃあ、とりあえず着替えてこい」
くるりと体を反転させられ、思い切り背中を叩かれる。僕より体は小さいけれど力は強いんだから、もう少し手加減してほしい。入ってきた時と同じぐらいの勢いで部屋を追い出される。階段を登る時に寝間着の裾を踏んで転びかけたけれど、なんとか事なきを得た。
慌ただしく着替えて、今度は叱られないように多少は静かに階段を下りる。寝癖はもうあきらめるとして、せめて顔だけは洗っていこう。洗面所に向かうと、どうやら他の子たちよりものんびり屋らしいペリッパーが何故か風呂場に頭を突っ込んだまま寝ていた。起きなさい、とくちばしを指でつついてやると一度半分目を開けて力の抜けた鳴き声を上げたけれど、また目を閉じてしまう。起こしてあげたいのはやまやまだけど、これ以上構っている時間はない。
顔を洗って口をゆすぐ。鏡で見ると確かに髪は大変な事になっている。ポッポが住めそうだな、と以前ハヤトに笑われたのを思い出しながらヘアバンドでまとめてなんとかごまかす。イタコさんたちには見つかってしまいそうだけれど。
ぐっすり眠っているペリッパーの背中を最後に一度くすぐってやってから居間へと向かう。
「お邪魔しましたー」
居間から繋がっている台所に向かって声をかける。冷蔵庫の前に立っていたハヤトが慌てて振り返った。
「え、もう行くのか?」
「だってもう遅刻しちゃうよ」
「ちょっとだけ待って……あー、すぐ行くから玄関にいてくれ」
引き止められるなんて珍しい。だからこそ、待っていなければならない。靴を履いて立ち上がり、鏡の前で寝癖を相手に悪あがきを始めるとすぐに彼の足音が聞こえた。手にはスーパーの袋を下げている。
「弁当。あと、朝飯代わりに」
押し付けられた袋の中には紺色の包みが入っていた。中身は多分弁当箱だろう。そしてその包みとは別に大福が一つ入っていた。
「いいの? これハヤトのでしょ?」
「いいよ、別に。俺はちゃんと朝食べていくから。朝飯、大福だけでもちゃんと食べろよ」
「うん、わかった。ありがとう」
「もうジムで食べるしかないだろうけど、挑戦者とかジムトレーナーには絶対に見つからないように。ジムリーダーがジムの中でお菓子を食べてたなんて知られたら大問題だから。あ、あとゲンガーたちからばれるかもしれないからできるだけ見られないようにな」
まるで口うるさい母親みたいにそんな事を彼は言う。母親、と思うとなんだか面白い。確かに家事は得意だけれど、僕より年下で、しかも男の子なのに。
「聞いてるか?」
ぼんやりとハヤトを見つめていた僕に彼は不機嫌そうな声をかける。腰に手を当てて怒る仕草も母親のよう。
「聞いてる聞いてる。ありがとうね」
一段高い所にハヤトは立っている。背伸びをして頬に口づけた。離れるとぽかんとした彼の表情が一転して、みるみるうちに赤くなっていく。
「聞いてない!」
「聞いてるってば」
玄関の扉を開ける。肩を怒らせてわめく彼に、いってきます、と残す自分の声はやけに幸せそう。真っ赤な顔でこちらを睨みつけている彼に笑いかけながら扉を閉める。うらやましいでしょう、と誰に向けるでもなく胸の中だけで呟いて、朝日で光る街を駆けていく。
(END)
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