Episode 1
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Episode1「Uber peace②」
「信じらんねえ。」
「頑張って、フロイド。」
灼熱の太陽が降り注ぐ砂の大地。肌色の地平線が見渡せる場所で、綾鷹とフロイドは作業をしていた。先程までいたポムフィオーレ寮との環境差に、若干、変温動物の気が残るフロイドは音を上げる。
「こんなとこに花なんて生ける意味あんの?」
「そうねえ。スカラビア寮は年中暑いから。ちゃんと世話しても、あまり長くは保たないわ。」
全身汗だくになりつつも彼女は手を止めない。その上、彼女の口から出た台詞は、フロイドの質問の答えにはなっていなかった。いつもなら、しつこい程に答えを迫っただろうが、今はそれすらままならない様子。慣れない暑さにやられて、頬は赤く火照っていた。
「もう!暑いの嫌いっ!!」
ばーん、と床へ大の字に寝転んで、とうとうフロイドは職務を放棄する。元々着崩している制服も心なしか、いつも以上に乱れていた。大理石が敷き詰められた床は思いの外冷たかったらしく、無意識にうつ伏せになる。
「ねえ、クマノミちゃーん。」
「なあに?」
「クマノミちゃんは暑いの平気なの?」
パタパタと掌で風を作りながら、屈んで作業を続ける綾鷹へ気怠げに尋ねる。パチン、パチンと鋏を使って、花瓶の高さに合わせて茎の長さを調節していた手が、ふと止まった。
「そうねえ。……私の故郷は季節がはっきりとしていたから。暑いのも寒いのも、慣れっこなのよ。」
「ふうん。なんだか大変。」
「あら、どうしてそう思うの?」
「だって、暑いなって思ったら、今度は寒くなるんでしょ?そんなのイライラするじゃん。」
なんともフロイドらしい意見だ。どうやら”彼も”また、四季折々と言う言葉とは無縁らしい。さて、なんと反論しようか。
「悪いことばっかりじゃないわ。四季があるって言うのはね、季節ごとに育つ植物や獲れる食材が違うってこと。だから、いつだって美味しいご飯にありつける。景観だってガラリと変わるから、その変化を楽しむことだって出来るし、その美しさに浸っても素敵よね。それに、遊びだって沢山できるわ。夏は海に行って泳いだり、冬はスケートを楽しんだり。……ね、面白そうでしょ?」
ふーん、なんて力の抜ける返事が返って来た。それ以上、何も言うことが無いようで、フロイドはトロンとした目を瞑る。何処かからかエスニックな音楽が微かに聞こえる。スカラビア寮生の誰かが、伝統楽器の練習でもしているんだろうか。止めていた手を再び動かすと、辺りは綾鷹の手元からする作業音のみ。元々、口数の少ない彼女のことだから、黙々と花を生ける。しばらくの間、心地いい静粛が漂っていた。
スカラビア寮の花瓶は、壮大な造りの寮舎に対してとても小さい。一輪挿しほどでは無いけれど、大輪の花を2・3本生けるのが精一杯であった。水が大変貴重な風土らしく、元来、花など愛でる文化が希薄である、と以前クロウリーが話していたのを覚えている。瑞々しいソレは、高級品なのだ。それ故、花瓶そのものがあること自体が奇跡らしい。その話を聞いたときは、大変驚いた。己にとっての当たり前は、当たり前ではなかったのだと。
”花”に馴染みがないのなら、真面な世話は最初から期待していない。案の定、月に一度の訪れの際に、花瓶に先月生けた花が残っていることはほとんど無かった。最初は残念に思っていたが、今では気にする事はなく、むしろ処分の手間が省ける、と前向きに捉えている。
「……ねえ、まだ終わんねーの?」
こちらへ来て殆ど何もしていないフロイドが、久しぶりに声をかけた。
「ちょっと待っててね。もう少しで終わりだから。」
綾鷹の返事に若干不満があるようで、うつ伏せの体勢から、のっそりと胡坐をかくため体を起こす。
「そんなちっこい花瓶、すぐじゃん。何に悩んでんの?」
「あら、小さいからこそテクニックが必要なのよ。」
テクニック?と聞き返す。
「そうよ。テクニック。バランスを見て、生ける花達を選ぶの。そうすると、小さくて素朴な花瓶でも、それ以上に華やかに美しく見える。存在感を生み出すの。」
「へえ、どうやんの?」
「ふふふ、知りたい?……こっちへいらっしゃい、フロイド。」
ちょいちょいと手招きをする。素直に寄ってくる彼が、綾鷹には尻尾を振った犬か何かに見えた。兄弟がいれば、こんな感じかなと薄ら考える。
「見ててちょうだい。今回の主役はラベンダー。その周りに小ぶりの花を散らすように入れるのよ。そして、あえて蕾の残る子達も一緒に加えてーー。」
覗き込むように綾鷹の手元を見る彼へ、分かりやすく解説をつけながら完成させる。フロイドは直ぐに飽きてしまうかな、と思っていたけれど、意外にも最後まで付き合ってくれた。さらに、作品が完成すると、小さく「おお!」と歓声を上げてくれる。なんだか誇らしくなった。
「クマノミちゃん、案外やるじゃん。」
上から目線で、ちょっと生意気なところは多めに見よう。ここは大人の余裕で、ありがとう、と大きな器で受け止めてやることにした。