Episode 1
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Episode1「Miniature garden③」
「あれから大分、時間が経ってしまったこと……。」
綾鷹は困ったように手を頬に当てた。その仕草が大変様になっている具合から、何年も何年も同じ事を繰り返してきたのが良くわかる。
場所は西校舎。今は午後の授業が丁度始まったばかり。うっかり学生とご対面、なんて事は無いはず。多分。
「ははは。何年経とうと、姫の悩みは尽きませんな。」
金でできた豪華な額縁の中で、自慢の豊かな髭を撫でながら男は笑ってみせる。
「あのお方の強すぎる想いにも、困ったものです。」
「全くだわ。歳を取ればそれなりに穏やかになるかなって。けど、いっこうに治らないんですもの。」
いやいや、その逆では?と思ってしまったのは私だけだろうか。
「男という生き物はそういうモノなのです。ただでさえ、姫とあの方では年齢が離れていらっしゃる。それに、生きる時間も異なります。いくら魔法で時を遅めていようと、それは仮初の姿でしかない。」
あの男は不安でしょうがないのだ。本当の本当に彼女と離れてしまう時が。
「最高のパートナーを失う悲しみは底知れない。どうか分かってやってください。」
出会った当時、あの男も唯の学生だった。元々才能はあったが、熱意に欠ける少年だったと記憶する。それが一体どうしたことか。今やこの世界きっての魔法士養成学校の責任者だ。相当努力もしたし、それなりに苦労もあったはず。それもこれも全て、貴方を守るためだと知ったら、彼女はどんな顔をするだろうか。いやはや、愛とは恐ろしい。
「力が有ればあるほど、本当に欲しい物は遠ざかってしまうものだ。」
「そうかしら。」
「そういうものです。」
いささか納得がいっていない顔をする。そんな表情も、もう立派なレディーだ。子供の成長とは早い早い。親の気持ちがよく分かる。
「ところで、こんな時間に出歩くなんて珍しい。あの人が許可を?」
「いいえ、許可なんて初めから取ってないわ。」
おやおや、それは大丈夫だろうか。男の不安そうな様子を見て、綾鷹はクスリと悪い顔で笑う。
「あの人、人様の授業を見て回るのが趣味でしょ?今頃、どこかの教室へ突撃しているはずだわ。『お邪魔しますよ!』なんて言いながら。」
「違いありませんな。」
ありありとその光景が目に浮かんだ。流石は姫。伊達に長年あの男の手綱を握っていない、と感心する。
「……それに、丁度咲き頃だと思ったのよ。」
後から続いた言葉に、嗚呼、と声が自然と出た。立ち話の最初から、彼女は腕いっぱいに季節の花を抱えていたからだ。
「今年も美しいですな。特にラベンダーが上出来だ。」
「ふふふ、そうでしょう?力作なのよ。」
庭のようにこの学園を知り尽くしている。そんな彼女には、誰にも知られない場所に温室が与えられていた。ここでも「誰にも知られない場所」というチョイスがあの男らしい。執着心の塊である。そこで彼女が季節の植物を育て始めたのは、確か数十年前からだ。
「去年は紫陽花でしたな。あれもあれで可愛らしかった。」
「あら、覚えててくださったの?」
「勿論ですとも。」
私なんかはこの場所から動くことすら叶わない。そういう定めだと受け入れているから、不満などありはしないのだけれど。それでも、毎月のように色とりどりの花を携えて、コッソリとやってくる彼女に、期待するなと言うのは無理な話。老いぼれの数少ない楽しみの一つだ。この時間が長く続けばいいと願ってしまう。
「あ!クマノミちゃんじゃん!久しぶり。」
まあ、期待は最初からしていない。お約束のように裏切られるのがオチだ。
廊下の先からやってきたのは、オクタヴィネル寮の生徒である。
「あら、誰かと思えば。おサボりウツボのフロイドじゃない。」
「ええ!その言い方ひどーい。」
抗議の声を上げるものの、その顔は嬉しそうに緩んでいる。190㎝近い体の大きな青年だが、中身は17・8の子供だ。まだまだ甘えたいのだろう。二人は随分前から面識があるようで、打ち解けた様子が会話の所々から窺えた。
「何も間違ってないわよ。授業はどうしたの?」
「授業?うーん、気分じゃないから休んじゃったあ。」
こら!と綾鷹が叱る。全く、学生の本分を蔑ろにするとは何事か。
「まだ始まったばっかりでしょう。今からなら間に合うわ。」
「ええー、今から行ったら遅刻になっちゃうじゃん。」
「もう!遅刻とサボりはどっちがいけない事なのよ。」
うんとぉ、としばらく悩んで、遅刻!と答えた彼に二人して頭を抱えた。
「ていうか、さっきからスゲえ匂い。」
キュッと眉間にシワを寄せ、指先で鼻を摘んで見せる。
「あら、良い匂いでしょ?ラベンダーよ。」
「うげええええ、クマノミちゃん鼻バカになっちゃったの?」
綾鷹のポジティブな反応とは裏腹に、フロイドはますます顔色を悪くする。ラベンダーの香りがどうやらお気に召さないらしい。
「どうしてよ。ラベンダーの香りには癒しの効果もあるのよ?」
「知ってるよ。イシダイ先生(クルーウェル)が前の授業で言ってた。」
おや、授業を頻繁にサボる割に、先生の話はよく覚えているらしい。お頭の出来は思ったよりも良いようだ。同じことを彼女も考えたのか、意外そうな顔をしていた。よくよく考えると、これだけサボり癖があるにもかかわらず、留年する気配がない。どこかの寮長と比べればマシと言えるか。正確には、彼も決して頭が悪いわけではない。ただ少し、心のあり様が定まらないだけだ。けれども、理由はなんにせよサボりは感心しない。
「花の匂いっていつになっても好きになれないんだよねえ。なんでだろう?オレ、2年も人間やってるのに。」
「あら、そうなの?」
綾鷹は不思議そうに、もう一度ラベンダーの香りを嗅ぐ。こんなに優しい匂いなのに。と不思議そうな表情で腕の中を見つめた。
「うむ。珊瑚の海に花は無いからじゃあなかろうか?」
謎が解けない様子に、少々知恵を貸してやることにする。もとより、私には匂いすら判断つかないのだが。
「そうなの?フロイド。」
「あ、そっか。海の中に花なんて咲くわけないか。」
あっさりと解決だ。フロイド自身もその理由で納得がいったようで、再びヘラヘラと笑い出した。今にもホワホワっと小さな花が飛び散りそうな勢いである。こう言うところは、素直に可愛らしい。綾鷹も綾鷹で目の前の青年を幸せそうに見ていた。こんな姿をあのお方が目撃でもしたら、どうなることか。嫉妬に狂ってしまうのか、はたまた子供のように泣いて拗ねてしまうのか。それとも、1大人として、彼女の喜ぶ姿を受け止めることができるのか。とりあえず、今、この場に居ないことが何よりの救いである。
「ねえ、クマノミちゃん。そんなにお花抱えてどうするつもり?」
長い両腕をごく自然な流れで彼女の肩に回す。抵抗を見せない姫に、少しばかり危機感を覚えたのは私だけだろうか。しかし、教えてやることはできない。私にはお喋り以外、どうすることもできないのだから。己の言動に責任が持てない以上、二人の関係に口を出すことは許されていない。
「あ、そうだった。今から各寮の談話室へ生けるつもりだったのよ。」
「おやおや、それでは私は足止めをしてしまったわけですな。気づかずに申し訳ない。」
お昼の授業もそろそろ中盤に差し掛かる。もう少しすれば、生徒たちが次の授業へと移動してしまう。そうなっては、彼女は身動きが取れない。あの男は、彼女の姿を執拗に隠したがるからだ。
「気になさらないで。久しぶりにお話しできととても楽しかったわ。」
ラベンダーの花以上に優しく微笑む。きっとあの男も、この顔にやられたのだろう。
「けど、今からじゃあ全部の寮を回るのは難しいと思うよ。」
フロイドの言う通りだ。彼女は気にするな、と言ってくれたが、予定を狂わせてしまったことに違いはない。どうしたものか、と考えを巡らせる。
「あ!そうだ。オレいい事思いついちゃったあ。」
「何かしら?」
「一人で全部やろとするからいけないんだよ。」
額縁を通して、綾鷹とフロイドを見る。どうすると言うのだろうか?
「オレと二人で回れば、それなりに早く終わるんじゃね?」
オレ、あったまイイ!!と何食わぬ顔で言ってのける。それこそ、少々まずい展開にならないだろうか。先ほどの危機感はより具体的な姿へと形を変えようとしていた。彼女の反応が気になり、再び綾鷹へと視線を戻す。
「あら、フロイドにしては良い考えじゃない!二人なら、お花を運ぶのも楽だわ。」
ああ、姫。そんなに楽しそうにしてしまって。
こうして、私の心配を他所に、二人の「お届け!お花のデリバリーサービス」が始まったのである。