Episode 1
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
Episode1「Miniature garden②」
白く柔らかい石灰岩を容赦無く地面へ擦り付ける。夢中で俯く男の額には興奮とも取れる汗が浮いていた。頬を隠してしまう程度の前髪が彼の動きに合わせて揺れている。大きな円をあちらにも、こちらにも、と描いては顔を上げ、再び俯いたかと思えば、幾何学模様にも、文字にも見える柄を書き足していく。時折、手にしているメモを確認し修正を加えるあたり、やり慣れた作業ではないらしい。そのぎこちなさに何処か妙な胸騒ぎを覚えた。
「できました……。」
どっぷりと日が暮れて、あたりが真っ暗になった頃。少年とも青年とも見える男はようやく顔を上げる。その独特な風体は一度見れば忘れ難い。まあ、この学園の中では彼も”普通”の生徒である。もっと印象的な奴らが五万といるのだから。長時間の労働を終え、ひとまず伸びをする。曲がりっぱなしだった背中が気持ちいい。コキコキと首を左右へ振り、満足そうに足元を見た。
「我ながら、上出来。」
一本しか持ってきていなかったチョークはそこら辺の砂利に紛れるほど小さくなって、最早どれだか見分けがつかない。その代わり、彼の目の前には廊下いっぱいに魔法陣が広がっていた。
「初めてのことですからねえ。……一体どうなる事やら。」
白い指先を顎に当て、少し考える素振りを見せつつ呟く。不安を口にする割に、その表情は待ち切れない様子だ。今から何が始まると言うのか。徐に空を見上げて、今度はハッキリと笑みを浮かべると、男はいそいそと準備を始めた。
「リコリスの根、月の泉から取った砂、塩、ワイン、千年生き続けると言われる亀の髭に少々のスパイス。そして……私の血を数滴。」
スパっと潔く指先の皮を小刀で切り、2・3滴魔法陣の上に垂らす。懐からハンカチを取り出して軽く指を押し当てると、月光を背に定位置についた。ここまでの一部始終、これが一体何なのか、何を今からするつもりなのか。学園の創立以来、この壁で生徒たちの成長を見守ってきた私にはよく分かった。
嗚呼、汝、天地一切のものと和解せよ。汝の身は我が手元へ、我の心臓は汝の血肉へ。唯一のモノとの契約を結ぶ。……応えよ!境界の彼方から来れ、時の渡手よーー。
召喚魔法は禁戒ではない。だが、同じように推奨される行為でもない。なぜなら、まだ解明されていない部分が多くあるからだ。この世界ではミドルスクールから召喚術、ないしは召喚魔法について学び始める。しかしながら、実演が許されるのはハイスクール以上の教育機関で、尚且つ特別な許可が降りた学校のみ、と限定的であった。そこまで召喚術に対する警戒が高い理由には、大きく分けて2つある。
1つは材料の調達が大変困難な場合が多い事。呼び寄せる獣が上級になればなるほど、必要資材は高価になり、魔法陣も複雑になる。ただでさえ貴重な生き物や植物を保護していこう、という動きが近年活発になりつつあるというのに、あちこちで召喚行為が行われると、保護もできないという話。本末転倒である。
2つ目はそれ相応の魔力と体力が必要であるという事。特に魔力の未熟な者が出来心で行うには、あまりにも負担が大きい。その上、何が召喚されるのか分からないという場合もある。オーバーブロットを早めるきっかけとなるには十分だ。また、召喚後に行う召喚獣との契約の失敗により、命を落とすケースもある。未熟な錬成による失敗例は残念ながら後を絶たない。それゆえ、未成年の召喚行為には必ず補助がつく。ナイトレイブンカレッジの召喚部も活動の際には、必ず担当教諭が側につく決まりとなっていた。
しかしながら、この場に彼以外の魔法士は見当たらない。単独召喚と見ていいだろう。呪文を唱え終えると同時に魔法陣が鮮やかな秋色に輝き、瞬く間にあたり一面光の世界へと飲み込まれた。思わず両腕で顔を覆う。特別な塗料で描かれた私にも、その光が持つ生命の力強さが痛みを伴ってこの薄い体を通り抜けた。これほどまでの強い想い。果たしてこの生徒は何を呼びたかったのか。恐る恐る視界から腕を退け、再び魔法陣を確認する。するとーー。
「……あの……、どちら様でいらっしゃいますか?」
キラキラと光の粒が舞い残るそこに、麗しき幼い乙女が独り。見るからにか弱く、ふっと息を吹きかけただけで消えてしまいそうな姿。眩いまでの登場とは裏腹に、目の前には魔法も使えぬ軟弱な生き物がそこにあった。
「何と……。」
今までなんとか口を閉じていられたが、その姿を認めるやいなや、私はそう呟いていた。召喚した本人は未だ何も言わない。ただジッと少女を見つめたまま、その場に佇んでいる。嗚呼、何と残酷な事を。年端かもなく、魔法も使えない少女をこの世界へ呼ぶなど。この男は悪魔の生まれ変わりだろうか。そんな私の心中など伝わるはずもなく、二人はただただ見つめ合う。
「……初めまして、お嬢さん。」
私はディア・クロウリー。ナイトレイブンカレッジの生徒です。
さて、あなたのお名前は?
その場にそぐわない飄々とした態度に、狂気さえ感じた。右も左も分からずとも、乙女は理解する。
運命は狂い出してしまったのだと。