Episode 1
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
Episode1「Miniature garden①」
気づけば見慣れた部屋の中に立っていた。またか、とため息を吐く。新月の夜くらい、夜道の散歩を許してくれたって良いじゃないか。彼の過保護っぷりは数百年経った今でも変わる様子はない。ぐるりと室内を眺めて、自分が外出する前と何ら変わりがない事を認めると、正面へ顔を戻した。
「……私はもう子供じゃないのよ。」
その人は腕を組み、片足に重心を傾けた姿勢で佇んでいる。仮面の下に隠れる両目が、どこか拗ねているように細められた。顔が見えなくとも、手に取るように感情の変化が分かってしまう自分に、どこか途方もない時の流れを感じてしまったのは最早お約束。悲しみで枕を濡らさなくなったのはいつ頃からだったか。
「一人で出歩くのはあれ程控えて欲しいと言ったはずです。」
「ええ。けれど私は一度たりとも頷いた事なんかいないわ。」
先ほどにも増してご機嫌が悪くなる。私は一言も嘘なんか言っていない。この話をするのも何度目になろうか。
「私は、あなたのことを心配して言っているんです。」
「分かってますとも。あなたはいつもそう言うわ。」
「なら、どうして従ってくださらないんです?」
「あら、不思議な事をおっしゃるのね。……あなた、私と出会って何年経つと思っているの?」
私が頷くわけないじゃない。こちらも負けじと腕を組んだ。バチバチバチと二人の間で火花が散る。双方、譲る気配は微塵もない。10センチ以上背丈の差がある故、彼女は男の顔を下から睨み上げた。しかもクイッと片眉を上げるおまけ付で。お安い挑発に乗るほどお互い子供ではない。しかし、見るからにイラッときたらしく、細い目がさらに細くなる。
「だいいち、私が自由に出歩けるのなんて、こんな日の夜くらいよ。たまには息抜きもしなしゃ死んでしまうわ。」
「ですから、散歩がダメとは言っていません。『一人で出歩く』のは控えていただきたいと言っているのです。」
それでは息抜きの効果が半減してしまうではないか。この分からず屋!と心の中で文句を言う。今の私には、ひとりの時間が明らかに不足していると言うのに。
「……いやよ。」
「……なんですって?」
「だから!そんなの御免だって言ってるの!どうして分かってくれないのよ!!」
いつにも増してこのやり取りが激しくなるのは、きっと、私の姿を探してくれたあの子達が今夜はいたからだ。久しぶりのお客様、という言い方が正しいのかは定かではないが、新しい変化に心が踊ったことは事実。久方ぶりに感じた興奮の余韻に、許されるのであれば浸っていたいと思った。そんな最中に目の前にいる男が迎えに来てしまったのである。タイミングの悪さも、病気並みの心配性と同じく昔と変わらない。
数十年一緒にいる仲でも滅多に見ない彼女の姿に、男、改めディア・クロウリーはたじろいだ。普段はおっとりしている彼女だが、意外と頑固な面がある事を思い出す。
「私は人間よ!鳥籠の中の鳥じゃないわ!!」
「私だってそんな事、一度も思ったことなんてありません!」
「じゃあ、どうして行動を制限するの!」
「心配なんですよ!」
「限度ってものがあるでしょう!」
「限度?そんなもの知りません!!だって……だって……。」
お互い肺が酸素を求めて肩が大きく上下する。
「だって……だって……、あなたを失えば、私、本当にどうしたら良いのか。」
泣く子も黙る勢いで言い合っていたのに、その声は今、小鳥のさえずりよりも小さい。組んでいた腕を解き、両目を黒い仮面の上から鉤爪のついた手で押さえる。嗚咽こそ聞こえないが、絶望が体から滲み出ていた。綾鷹は思わず溜息を吐く。
「まったくもう、私は突然消えたりしないし、今更あなたの側を離れる気はないわ。何度言い聞かせれば分かってくれるのよ。」
西校舎から強制送還された時以来、縮まなかったお互いの距離が彼女によって短くなる。迷うことなく彼の腕へ手を置いた。
「ねえ、ディア?貴方は私がいなくなると困ると言うけれど、それは私も同じ事なのよ?」
幼い子供に言い聞かせるような口調で、綾鷹はクロウリーへ話しかけた。
「……ですが、貴方には帰る”世界”がある。……私は其方へ渡ることができません。……置いていかれるのはとても嫌です。」
甘い声でそう擦り寄られる。思わず苦笑が漏れた。
「そうね。だけど、今更戻ったところで私に”帰る場所”なんてもう無いわ。人間の寿命は高高100年程度よ。空気は同じでも、そこはもう異世界も同然だわ。」
言ってて悲しくなる。それと同時に、今日出会ったあの少女の顔が思い出された。彼女には私と同じ道を歩んでは欲しく無いものだ。
そんな事を考えていると、彼が手袋をいそいそと脱ぎ出す。黒い皮の手袋から出てきたその白い手は、さも当たり前のように頬へと伸びた。愛おしそうに親指の腹で撫でられる。
「ああ、私の愛しいファム・ファタール(運命の人)。どうか、この長い夢が終わらない事を。」
ゼロ距離まであと僅か。その合間に仮面を外すことなんてお手の物。今夜も、ちょっとしたイレギュラーはあったが、いつもの如く仲直りだ。