Episode 0
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Episode0 「Seven wonders④」
未だ復活の様子が見られないグリムを抱えて、ジャックの背中を追う。こいつ、もしかして寝てるんじゃないか?と言う気がしないでもないが、今はそれどころじゃなかった。
「は、速すぎるぅぅぅうう。」
狼の特徴を持つジャックを追いかけるのは、かなりキツイ。元々、男女では筋肉量や体力の面で差が出てしまう。その上、彼はサバナクロー寮の生徒で、ガチガチのスポーツマンで、毎晩ランニングと筋トレを欠かさないマッスルヲタクだ。バルガス先生といい具合に張り合えるのでは、と思うのだが。本人は一向に認めたがらない。なぜだ。バルガス先生良いじゃないか。個人的には好きなんだけどなあ。あの吹っ切れた感じとか特に。
無駄な事を考えていると、とうとう息苦しくなってきた。たまらず足を止める。今この瞬間、グリムを抱えて走るのは金輪際やらないと決めた。ちなみに、先頭を走るのは勿論ジャックだ。その後ろにはデュースが、そしてエースと続く。ビリは勿論ユウだ。あの二人もよく考えれば、運動は得意の部類に入るだろう。エースはバスケットボール部所属だし、デュースも陸上部員。もっと言えば、デュースはヤンキー時代に培った体力がものを言っている気がする。両者とも涼しい顔をして走っていた。
「……なんか、追いつこうとするのが馬鹿らしく思えてきたかも。」
ある種の悟りに至ったら、走る意欲も自ずと失せる。ノコノコと自分のペースで歩くことにした。
ゆっくり歩いているうちに、痛かった心臓も楽になった。ただ、体はポカポカと暖かく、じんわりと汗をかいた首元が涼しい。先に行ってしまった3人はと言うと、廊下の突き当たりにあるバルコニーでしゃがみ込んで外を見ていた。
「ねえ、何かあったの?」
「しっ!……おせーぞ、ユウ。」
「やっと来たか。……ほら、あれ見ろよ。」
エースには静かにしろ、と口元に指を当てられ、ジャックには言外にノロマと言われた。何だよ、ちょっと聞いただけじゃないか。と少しムクれる。けど、指差された方へ顔をむけたとき、あっと声が漏れそうになった。
「……匂いの正体はあれだ。」
「本当だ。女の人?……だよね。」
闇色一色のバルコニーの外。そこにホワッと明るく暖かい光を纏った女性が一人立っていた。よく見ると、彼女の周りを蛍のような小さな光の粒が無数に舞っている。後ろ姿だが、はっきりと目で確認できるほどその輪郭は明確であった。
「……本当に居たんだな。西校舎の美女。」
「後ろ姿だから、美女かどうかわからんがな。」
「絵画のおっさんが言うとおり、空を見上げているな。」
な、お前もそう思うだろう?とデュースが隣にいるユウへと問いかけた。
「……ユウ?黙りこんで、どうした?」
彼女から反応がないことに不思議に思ったデュースは顔ごと隣を向く。
「うん……居たね。けど、何でだろう。……何だかーー
とっても懐かしい気がする。
バルコニーの柱を両手で掴み、皆と同じようにその光景を眺めていたユウは、泣きそうな表情だった。ギョッとエースが慌てて声をかける。
「お前っ。何で泣きそうになってんだよ。」
「ご、ごめんねっ。自分でも分からないんだけどさぁ。」
ゴシゴシと滲んだ目を袖で擦る。彼女の異変に気づいたジャックも心配そうに見ていた。
「どうした?走ったせいで気分が悪くなったか?」
違うよ、と首を左右に振る。けれど涙は一向に止まらず、とうとう頬を伝って服越しのグリムの頭へポタリと落ちてしまった。
「んな。寝ちまってたんだゾぉ。」
今の今までユウの懐でじっとしていたグリムがゴソゴソと顔を出す。そして、頭上を見上げてお約束のように驚いた。
「どっ、どうしたんだゾ!何があったんだゾ?」
「な、何でもないよぉ。ただちょっとビックリしただけだから……。」
自分でもなぜ泣いているのか、どうして懐かしく思ったのか。分からない涙に戸惑っていた。ワタワタと慌てる情けない3人の視線がユウへと注がれる。本人が戸惑っているのだから、第三者が出来ることなんて殆ど無い。一番近くに座っていたデュースが彼女の背中を優しく摩ってあげることくらいで、あとは涙が引くのをただ見守るだけだった。
ズズズ、と鼻を啜って一つ深呼吸をする。時間にして10分くらいか。何とか心を落ち着かせ、やっと涙を止めた。一先ず、体のどこかが悪いわけじゃない、と外野は安心する。気を取り直して、西校舎の美女を見遣った。相変わらず、ふわふわと体に光を纏い、そちらに佇んでいる。まだ霞む視界をより鮮明にするために、ギュッと目を細めた。するとそこで、先ほどと比べて違和感を覚える。
「……あれ、何だかさっきとーー。」
「ん?何だぁ。あの女、コッチを見てるゾ?」
背中を向けていた”西校舎の美女”が、くるりと向きを変え、こちらを見ていた。身を隠しているはずだが、その視線はまっすぐ我等を捉えている。その事実に気づいた時、ゾッと背中の毛が逆立つのを感じた。どうやら、同じタイミングでジャックやエースも気づいたらしく、乗り出し気味だった体を瞬時に引く。状況が分かっていないグリムと鈍感デュースだけが平気な顔をしていた。
「気付かれたか?」
一段と声量を落としてジャックが確認する。
「……いや、この距離だぞ。隠れてる俺らが見えるはずねえって。」
カッと見開いていた目を、今度は違う意味で擦る。そして再び両目を開けた時ーー。
「あ、あれ?」
「消えやがった!」
”西校舎の美女”は七不思議の話通り、音もなく消え去った。