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Episode 0 「Seven wonders ②」
カナカナカナ……。と聞き慣れない虫の声がする。元いた世界ではそろそろ梅雨だろうこの頃、気づけば夜もだいぶ暖かくなった。生き物達の生が謳歌する季節も近い。鈴虫とも違う軽やかな音色をバックに、ユウとグリムは中庭を目指して歩く。学内はすっかり静まり返ってしまった。自然と抜き足差し足忍足。無駄にキョロキョロと二人であたりを確認しながら進むと、目的の場所が見えてきた。
ナイトレイブンカレッジの中庭には、バロック様式を思わせる凝った意匠の噴水がある。どっしりと構えるその姿は、この学園の歴史を彷彿とさせた。まさに由緒正しき学舎といったところか。その噴水を取り囲むようにして、草木やベンチは配置されていた。
「そろそろ約束の時間だけど……あ、いたいた。」
赤いツンツン頭と、深いインディゴカラーの頭が仲良く草陰に隠れている。
「あいつら、きっと黙って抜け出してきたんだゾ。」
二人の様子からして、寮を無断で抜けてきたらしい。自分たちとはまた違ったソワソワ感があった。グリムと自然とため息が重なる。まあ、馬鹿正直に外出許可をもらいに行ったところで、承諾される理由でも無い。こっそりと抜け出す事くらい、容易に予想できた。きっとトレイ先輩とケイト先輩あたりにはバレているんだろうけれど。
お待たせ、と後ろから小声で声をかける。
「お、やっと来たか。」
「遅いぞ、ユウ、グリム。」
いやいや、遅いったって。今が丁度、約束の時間なんだが。エースとデュースはいつからここにいるんだ。下手をすると、今日は一度も寮へ帰っていないんじゃあーー。と、ここまで考えて思考を止めた。
「ごめんね。明日の授業の予習が少し手こずっちゃってさ。」
「ユウのやつ、俺様がせっかく説明してやってるのに、ぜんっぜん理解してくれなかったんだゾ。」
ぷんすか。と可愛らしく両頬を膨らませたグリムに睨まれ、乾いた声で笑う。いや、正直なことを言うと、グリムが思っているよりは理解していた。ただ、少しでも時間稼ぎがしたかったことも事実。自分は最初から、今晩のイベントには乗り気ではない。そう言いつつも、時間に間に合わせてくるあたり、自分が根っからの日本人である事を知るのだが。それに、心のどこかで、この七不思議とかいう話もどうせ迷信か何かだろうと高を括っている。ついでに、文句を言いながらも、身振り手振りで一生懸命に説明をする、この愛らしい生き物をずっと見ていたかったからだ。素直に「分かった」と頷いてやるには惜しいと思った。
「相変わらず、お前は真面目ちゃんだよなあ。」
「エースが面倒臭がりなだけだよ。この前の魔法史のテスト、すっごいギリギリで勉強始めた割には良い点数だったじゃんか。」
やればできるのに、もったいないなあ。とエースについて思った事は一度や二度ではない。素質はあるのだけれど、如何せん、変なプライドが邪魔をするのだろうか。もしくは、少しふざけていた方がカッコイイ。という迷信を未だに信じているのだろうか。そんな周りからの期待なんかいざ知らず、当の本人は気持ちの入っていない返事を繰り返した。
「おい、もうそろそろいい時間なんだゾ。いつ、その美女ってヤツは現れるんだあ?」
グリムの一声で、皆、本来の目的を思い出す。七不思議の舞台は西校舎。ちょうど中庭からそう遠く離れてはいないが、頃合いを見て場所を移す必要があった。
「まあ待て待て。あと一人くるから、もうちょいな。」
ん?メンバーはこの3人と1匹だけではないのか。一体、エースは誰を誘ったのか。今回の計画に参加してくれそうな人物を、思い出せるだけ頭の中でリストアップする。特別体質(魔法が使えない)の自分と関わりのある生徒なんて、片手で収まってしまうのだが。それでも少し期待を込めて待つくらい罰は当たらないはずだ。
「すまない。……少し遅れたか?」
あいつでもない、こいつでもない、と一人考えていると聞き慣れた声がした。まさか、と後ろを振り返る。
「もう一人のヤツって……。」
「ジャック!」
今朝のことを思い出した。くだらない、と鼻で笑っていたはずでは。と口から出そうになったのは秘密だ。まさに意外な人物である。日課にしているランニング終わりにこちらへ来たらしいジャックは、ラフなトレーニングウェアの上からパーカーを羽織った姿で現れた。ちなみに、エースもデュースも制服である。
「エースが誘ったのはジャックだったのか。」
「お前、あんなだけ興味なさそ〜だったのに、意外なんだゾ。」
ああもう、デュースもグリムもデリカシーってもんがかけてるんだから。少し居た堪れなさそうにジャックが顔を背ける。心なしか頭の天辺近くにある二つの耳も、ピクピクとどちらを向いたら良いのか迷っているようだった。
「うるせえ。……お前らがまた騒ぎを起こさねえか見張りに来たんだ。……なんか文句あるかよ。」
でかい図体から放たれるギロリと音がしそうな睨みに、グリムはサッとユウの背後へ隠れた。器の小ささが手にとるようにわかる。
「まあまあ、いちいち熱くなんなよ。人数も揃ったことだし、移動しようぜ。」
エースの微妙なフォローを合図に、我ら4人と1匹は西校へ歩き出した。
「絵画も寝るんだね。」
目的の場所まで無事にたどり着いたところで、都合良く直ぐに美女発見!とはならない。野生の勘が人一倍強いジャックを頼りに、辺りへの警戒を緩めず、適当に姿を隠せる物陰で待機していた。そんなこんなで一時間ほど時間が経過する。そろそろ皆の顔に飽きが見え始めたころ、ユウがボソリと呟いた。
グオー、スピピピピ、とイビキなのか寝息なのか判断に困る音が、壁一面に掛けられた絵画達から聞こえる。寝音がこんなに派手ならば、寝姿はもっと様々で、こっくりこっくりと頭が揺れる者、口を開けてヨダレを垂らす者。しまいには、白眼を向いている姿さえあった。まるで、本当に生きているみたいだ。
「なんか、親近感湧くよなあ。」
デュースも面白そうに絵画達を見る。
「あいつら、俺様よりも酷いんだゾぉ。」
「み、耳が……。」
興味深そうに観察する二人とは裏腹に、グリムとジャックは耳を押さえていた。二人にとっては爆音並みにうるさいらしい。
「あははは、もうちょっとの辛抱だから。二人とも頑張って。」
根拠のない励ましを送る。それに不服そうな顔で返されてしまった。