Episode 2
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
Episode2「Sleeping Lion②」
ナイトレイブンカレッジのどこかに存在する、幻の温室。
この温室の持ち主が、魔法も使えない無力な女だと知ったのは、彼が入学してしばらくのことであった。
「……いってぇ…、アイツら俺が無抵抗なのをいいことに…」
百獣の王と呼ぶには、いささか憚れる。乱れた鬣(たてがみ)の青年は口元の血をいい加減な動作で拭った。
この学舎に入って3ヶ月が経とうとしている。入学式を終えたばかりの頃は、『夕焼けの草原の第二王子』という肩書きがレオナに纏わりついていた。しかし、母国から逃げるようにやってきた彼にとって、ここでも同じ扱いを受けるのは真っ平ごめんである。故に、彼の素行は王族らしからぬものであった。
集団とは単純で、レオナの粗略な振舞いは瞬く間に彼らの意識から『王子』の文字を消し去った。しかしその一方、それを面白がる輩も現れ始めたのである。
この場所はいかような学生も平等に扱う崇高な学舎である。それを逆手に、レオナは暫し傷を負うことが多くなった。
人目を避けるようにライオンは道を進む。サバナクローの自室へ戻ることも考えたが、自身のプライドが邪魔をした。腐っても王族である。傷の痛みが和らぐまでの間、身を休める地を求め彼は足を動かした。
脇腹を抑えながら歩いていると、自身が見慣れない場所に出たことに気がつく。
ナイトレイブンカレッジの敷地面積が広大であることは、レオナとて知っている。故に、彼もまだこの学舎の全貌を把握していない。
幾分か視界が開け、芝の茂った平らな地面が現れる。天気も良く、通り抜ける風の気持ちよさは、傷を負ったライオンを知らず知らずの内に横たえさせていた。
深く空気を肺に入れると、目の前に広がる空へゆっくりと吐き出す。無意識の深呼吸は、レオナの荒んだ気分をいとも簡単にあやしてしまう。ゆっくりと瞼が落ちるのも、約束されたようなものだった。
RRRRR…、RRRRR…
突然、自身のポケットから不相応な音が鳴る。
束の間の休息すら許されないのか、とレオナは舌打ちした。
スマホの画面を見て、彼の機嫌は再び落ちていく。
「どうせ、催促だろうよ」
ーー兄ーー
と表示された画面を彼は問答無用で閉じた。
あと1ヶ月もすると、ナイトレイブンカレッジは冬季休業に入る。新入生にとって初のバケーションとあり、クラスでも休暇の予定が話題に上がっていた。勿論、彼がその話の輪に加わることはない。むしろ、長期休暇なんざクソ喰らえと吠えたい気分だ。
帰ったところで歓迎されない。以前にも増して煙たがられ、煩わしい小言の雨が降るだけだ。
今日のような帰省の催促は今に始まったことではない。けれど、その対応は王族という身分を鑑みても遅いと言えた。もし、兄貴だったら…入学するよりもずっと前に、全ての手筈が整っていただろう。
「ハッ…、思い出したかのように今更電話してきやがって……。」
二度と帰るものか。幸にして、レオナには十分な学業資金が与えられている。休みの間、学園を追い出されても麓の街で過ごすことは難しくない。しかし、それが国の金である事に腹が立つ。
何か良い方法はないだろうかーー
若き獅子は、どこまでも続く高い空を睨みつけた。
どのくらい時間が経ったか。
午後の授業もとっくの昔に終わり、今は陽が傾きかけている。いくら目を閉じようとも、眠気は一向にやってこない。むしろ、レオナの思考は回っていた。
体の休息は十分とれた。しかし、疲労は未だ去ってはくれない。
「ラチがあかねぇ」
そう呟くと、体をゆっくりと起こし立ち上がる。背中や腿うらに着いた土を軽く払い、帰る方向を探すため辺りをぐるりと見渡した。
ガラガラガラガラ…、ガラガラ…
なんの音だ? 車輪か?
錆びた車輪に土や小石が巻き込まれる音がする。てっきりこの場所には自分以外いないだろう、と秘密の休息地を見つけた喜びは長続きしなかった。しかし、今は都合が良い。帰り道を尋ねるため、レオナは音のする方へ足を動かした。
歩みを進めると、そこには麦わら帽子を被った女がいた。手にはスコップを持ち、傍には一輪車が置いてある。その中には数本の苗木と肥料らしき袋が積まれていた。当の女は、こちらに背を向けてしゃがんでいる。
「……おい」
レオナはその背中に向かって声をかける。女はビクリと大きく肩を揺らし、勢いよく後方を振り返った。
「え……、どうしてここに……」
振り返った女は、まるで幽霊でも見るかのように驚いていた。その反応に、レオナは片眉を上げる。
「ここは男子校だぞ……、お前、ここで何してる。」
女は両目を大きく見開いたままレオナを見続ける。
「おい、聞こえてんのか? お前みたいなヤツが、なんでナイトレイブンカレッジにいる。」
二度目の問いには、明らかに怒気が含まれていた。女はハッとした表情を浮かべ、立ち上がると体をレオナの方に向ける。
「ここは、学生に解放された場所じゃないわ。……どうして貴方がここにいるの?」
「てめえ、質問に質問で答えるな。ここは学園の敷地内だ。お前みたいな女がいる方がおかしいだろう。」
「わ、私はーー、よ、用務員よ!そう!用務員!」
「はあ? 何言ってやがる。」
明らかに取って付けたような嘘を言う女に、レオナは躊躇なく不信感を抱く。
大体、男子校に勤める大人は教師をはじめ、食堂の調理師も校医も売店のスタッフも全員男性である。学校関係者を男性のみと限定しているわけではない。あくまで、必然的にその性別が男性に偏っているだけだ。しかし、それは同時に男性でなければ務まらない、という現時点での結論でもあった。
レオナは、男女という差に偏見を持っているわけではない。なぜなら、彼の母国は性別差を気にしない。他国では近年、男尊女卑などという社会風潮が非難されているが、夕焼けの草原はその対極に位置していた。むしろ、彼らの社会は女尊男卑の傾向さえある。ましてや、ライオンなどその最たるもので、女には一生逆らえるはずがない。
しかし、ここは男子校。歴史あるナイトレイブンカレッジだ。彼の知見の及ぶ範囲では、女性職員は存在しない。仮に、目の前の女が本当に用務員であれば、すでに噂の1つや2つは流れているはずだ。何を隠そう、ここは崇高なる”男子校”である。
見え透いた嘘を吐く女に対し、レオナはあらゆる可能性を頭の中で列挙する。しかし、どれも彼を納得させる精度はなく、さらなる疑心を募らせる。
「用務員? ハッ!はったりだな…。この学園に、女の用務員なんざ聞いた事ねえ。ガキだからって見縊んじゃねえぞ。」
「う、嘘じゃないわ。私も学園関係者の一人よ。疑うのだったら、直接クロウリーへ尋ねると良いわ!」
女の口から、学園長の名が出てきたことにレオナは少し驚いた。しかも「学園長」ではなく「クロウリー」と呼んでいるのも気になる。
ーーこいつ、あのカラスの女か?ーー
あの男は、学園に愛人を囲ってやがるのか? と言うか、あの男は世帯持ちか? ならこの女は妻?いや、それにしては違和感が…それならやはり愛人か?妾か? あいつの趣味なんざに興味は無いが、これは教育者としてどうなんだ?そんな男が運営するこの学園は大丈夫なのか? そもそも、あの男は最初から胡散臭かったな…信じるに値する野郎なのか?
レオナの推理は泥沼となりつつあった。
そして不憫にも、クロウリーは人知れずその株を落としつつあったのである……。
ナイトレイブンカレッジのどこかに存在する、幻の温室。
この温室の持ち主が、魔法も使えない無力な女だと知ったのは、彼が入学してしばらくのことであった。
「……いってぇ…、アイツら俺が無抵抗なのをいいことに…」
百獣の王と呼ぶには、いささか憚れる。乱れた鬣(たてがみ)の青年は口元の血をいい加減な動作で拭った。
この学舎に入って3ヶ月が経とうとしている。入学式を終えたばかりの頃は、『夕焼けの草原の第二王子』という肩書きがレオナに纏わりついていた。しかし、母国から逃げるようにやってきた彼にとって、ここでも同じ扱いを受けるのは真っ平ごめんである。故に、彼の素行は王族らしからぬものであった。
集団とは単純で、レオナの粗略な振舞いは瞬く間に彼らの意識から『王子』の文字を消し去った。しかしその一方、それを面白がる輩も現れ始めたのである。
この場所はいかような学生も平等に扱う崇高な学舎である。それを逆手に、レオナは暫し傷を負うことが多くなった。
人目を避けるようにライオンは道を進む。サバナクローの自室へ戻ることも考えたが、自身のプライドが邪魔をした。腐っても王族である。傷の痛みが和らぐまでの間、身を休める地を求め彼は足を動かした。
脇腹を抑えながら歩いていると、自身が見慣れない場所に出たことに気がつく。
ナイトレイブンカレッジの敷地面積が広大であることは、レオナとて知っている。故に、彼もまだこの学舎の全貌を把握していない。
幾分か視界が開け、芝の茂った平らな地面が現れる。天気も良く、通り抜ける風の気持ちよさは、傷を負ったライオンを知らず知らずの内に横たえさせていた。
深く空気を肺に入れると、目の前に広がる空へゆっくりと吐き出す。無意識の深呼吸は、レオナの荒んだ気分をいとも簡単にあやしてしまう。ゆっくりと瞼が落ちるのも、約束されたようなものだった。
RRRRR…、RRRRR…
突然、自身のポケットから不相応な音が鳴る。
束の間の休息すら許されないのか、とレオナは舌打ちした。
スマホの画面を見て、彼の機嫌は再び落ちていく。
「どうせ、催促だろうよ」
ーー兄ーー
と表示された画面を彼は問答無用で閉じた。
あと1ヶ月もすると、ナイトレイブンカレッジは冬季休業に入る。新入生にとって初のバケーションとあり、クラスでも休暇の予定が話題に上がっていた。勿論、彼がその話の輪に加わることはない。むしろ、長期休暇なんざクソ喰らえと吠えたい気分だ。
帰ったところで歓迎されない。以前にも増して煙たがられ、煩わしい小言の雨が降るだけだ。
今日のような帰省の催促は今に始まったことではない。けれど、その対応は王族という身分を鑑みても遅いと言えた。もし、兄貴だったら…入学するよりもずっと前に、全ての手筈が整っていただろう。
「ハッ…、思い出したかのように今更電話してきやがって……。」
二度と帰るものか。幸にして、レオナには十分な学業資金が与えられている。休みの間、学園を追い出されても麓の街で過ごすことは難しくない。しかし、それが国の金である事に腹が立つ。
何か良い方法はないだろうかーー
若き獅子は、どこまでも続く高い空を睨みつけた。
どのくらい時間が経ったか。
午後の授業もとっくの昔に終わり、今は陽が傾きかけている。いくら目を閉じようとも、眠気は一向にやってこない。むしろ、レオナの思考は回っていた。
体の休息は十分とれた。しかし、疲労は未だ去ってはくれない。
「ラチがあかねぇ」
そう呟くと、体をゆっくりと起こし立ち上がる。背中や腿うらに着いた土を軽く払い、帰る方向を探すため辺りをぐるりと見渡した。
ガラガラガラガラ…、ガラガラ…
なんの音だ? 車輪か?
錆びた車輪に土や小石が巻き込まれる音がする。てっきりこの場所には自分以外いないだろう、と秘密の休息地を見つけた喜びは長続きしなかった。しかし、今は都合が良い。帰り道を尋ねるため、レオナは音のする方へ足を動かした。
歩みを進めると、そこには麦わら帽子を被った女がいた。手にはスコップを持ち、傍には一輪車が置いてある。その中には数本の苗木と肥料らしき袋が積まれていた。当の女は、こちらに背を向けてしゃがんでいる。
「……おい」
レオナはその背中に向かって声をかける。女はビクリと大きく肩を揺らし、勢いよく後方を振り返った。
「え……、どうしてここに……」
振り返った女は、まるで幽霊でも見るかのように驚いていた。その反応に、レオナは片眉を上げる。
「ここは男子校だぞ……、お前、ここで何してる。」
女は両目を大きく見開いたままレオナを見続ける。
「おい、聞こえてんのか? お前みたいなヤツが、なんでナイトレイブンカレッジにいる。」
二度目の問いには、明らかに怒気が含まれていた。女はハッとした表情を浮かべ、立ち上がると体をレオナの方に向ける。
「ここは、学生に解放された場所じゃないわ。……どうして貴方がここにいるの?」
「てめえ、質問に質問で答えるな。ここは学園の敷地内だ。お前みたいな女がいる方がおかしいだろう。」
「わ、私はーー、よ、用務員よ!そう!用務員!」
「はあ? 何言ってやがる。」
明らかに取って付けたような嘘を言う女に、レオナは躊躇なく不信感を抱く。
大体、男子校に勤める大人は教師をはじめ、食堂の調理師も校医も売店のスタッフも全員男性である。学校関係者を男性のみと限定しているわけではない。あくまで、必然的にその性別が男性に偏っているだけだ。しかし、それは同時に男性でなければ務まらない、という現時点での結論でもあった。
レオナは、男女という差に偏見を持っているわけではない。なぜなら、彼の母国は性別差を気にしない。他国では近年、男尊女卑などという社会風潮が非難されているが、夕焼けの草原はその対極に位置していた。むしろ、彼らの社会は女尊男卑の傾向さえある。ましてや、ライオンなどその最たるもので、女には一生逆らえるはずがない。
しかし、ここは男子校。歴史あるナイトレイブンカレッジだ。彼の知見の及ぶ範囲では、女性職員は存在しない。仮に、目の前の女が本当に用務員であれば、すでに噂の1つや2つは流れているはずだ。何を隠そう、ここは崇高なる”男子校”である。
見え透いた嘘を吐く女に対し、レオナはあらゆる可能性を頭の中で列挙する。しかし、どれも彼を納得させる精度はなく、さらなる疑心を募らせる。
「用務員? ハッ!はったりだな…。この学園に、女の用務員なんざ聞いた事ねえ。ガキだからって見縊んじゃねえぞ。」
「う、嘘じゃないわ。私も学園関係者の一人よ。疑うのだったら、直接クロウリーへ尋ねると良いわ!」
女の口から、学園長の名が出てきたことにレオナは少し驚いた。しかも「学園長」ではなく「クロウリー」と呼んでいるのも気になる。
ーーこいつ、あのカラスの女か?ーー
あの男は、学園に愛人を囲ってやがるのか? と言うか、あの男は世帯持ちか? ならこの女は妻?いや、それにしては違和感が…それならやはり愛人か?妾か? あいつの趣味なんざに興味は無いが、これは教育者としてどうなんだ?そんな男が運営するこの学園は大丈夫なのか? そもそも、あの男は最初から胡散臭かったな…信じるに値する野郎なのか?
レオナの推理は泥沼となりつつあった。
そして不憫にも、クロウリーは人知れずその株を落としつつあったのである……。