Episode 2
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Episode2「Sleeping Lion①」
レオナ・キングスカラー。彼の持つ肩書は一見して華々しいモノである。
王族
第二王子
後継者
寮長
ナイトレイブンカレッジがいくら広しと言えども、彼の存在は一際目立つものであった。
そこだけに目を向けると、ロイヤルソードアカデミーへ通った方が彼のためになるのでは、と思ったのだが。本人を見てその考えはたちまち払拭される。
「レオナ、レオナ。起きてちょうだい。」
青々と茂る芝の上へ無遠慮に転がる肢体を揺らし、彼を夢の世界から呼び戻す。すやすやと気持ちの良さそうだった寝顔が、一瞬にして曇った。これはそろそろ起きる予兆だ。
「ラギー君が探していたわよ。」
「……あぁ?ラギー?。」
ふわぁーっと大きな欠伸を一つ。そして、眩しそうに美しい双眼を開いた。
彼の事は入学当初から知っている。気づけばあれから5年。あっという間に時間は過ぎて、心も体も色んな意味で成長した。まあ、あの初々しかった少年が、まさか成人を迎えるまでここに居座るとは。誰一人考えもしなかったであろう。てっきり、こんな閉鎖的な場所は嫌いだろう、と。だからきっと、そそくさと単位を取って、なんなら飛び級してでも早く卒業したいものだと思い込んでいたのだ。しかし、それがどうだろう。気づけば、太々しい野良猫が一匹。むくむくと出来上がってしまったのである。
「ちょっとくらい良いじゃねえか。……ここはアンタ以外、見つけられねえ場所なんだから。」
「誰にも見つけられないから困るのよ。声をかけでもしないと、あなた一日中寝てるんだから。」
一年生の頃から態度だけはデカかった。彼の本質を知らない連中は、よく言いがかりをつけて、彼にちょっかいを出していたものだ。今思えば恐ろしい話。15・6歳といえば血気盛んな時期である。レオナと言う人物がそこら辺に転がる凡庸な男であったのなら、派手な殴り合いの1つや2つ伝説として残っていたっておかしくない。しかし、事実は異なる。蓋を開けてみれば意外と臆病で、合理的で、超がつく程の現実主義。外見に惑わされてはいけないな、と一人反省したのも懐かしい。
ここはナイトレイブンカレッジ内の”どこか”に存在する、幻の温室。まあ早い話、クロウリーが綾鷹の為にちょいと空間をいじって作った、半異空間にある”完全プライベートワールド”である。幾つの頃だったか。超絶ホームシックを拗らせた年の誕生日に、彼が彼女に贈ったささやかなプレゼントである。その場所に、綾鷹は温室を構え、故郷に想いを馳せながら季節の花々を育てているのだ。さて、そんな特別な場所に、どうして一生徒であるレオナが昼寝をしているのか。詳しい事は綾鷹もよく知らない。なんせ魔法が使えない、至って平凡な人間である彼女に、この世界の道理なぞ理解不能であるからだ。よって、クロウリーがどういう方法でこの空間を作り出したのか、そして、なぜレオナだけがここへ立ち入る事ができるのか。ある時期までは足りない頭で考えることもしていた。しかし最近はそれすらも放棄した。己に害が及ばないのであれば何だって良い。そういう境地に達したのである。
「これだけ寝て、よく夜も眠れること。不思議でならないわ。」
ため息半分。好奇心半分。相変わらず起き上がる気配のない彼に向かって、ボソリと呟く。瞳は再び閉じているものの、尻尾が苛立たしげに揺れた。
「……そう言えば、あなた。ちゃんと荷造りは進んでいるの?また、ここに残るなんて言い出さないでしょうね?」
去年もその一昨年も、いやいやながら帰省していた。何なら、綾鷹が声をかけなければ、本気で帰らないつもりだったらしい。深い理由は聞いた事がない故、彼女には分からない話だが。レオナの態度からおおよその気持ちは掴める。家族が嫌いなのか、第二王子という立場が嫌なのか。それとも、国そのものが忌まわしいのか。
「なあ、今年は寮でも年を越せるよう、あんたからクロウリーの野郎に言ってくれよ。」
「ダメよ。それじゃあ家族にあなたが元気でいる証拠を見せられないじゃない。普段から連絡もろくにとってないんでしょ?なら、尚更よ。」
大きく舌を鳴らす。図星だったのか、今度は大袈裟に肢体を横たえ、不貞腐れた顔をした。堂々たる態度の節々に見られる、少し子供じみた要素を、綾鷹は密かに可愛いと思う。大の男に言うには、少々憚れるが。
「さあ、立ってちょうだい。今からここで作業をするの。」
二人が居る所からほんのちょっと離れた場所に、シャベルや植木鉢、何の種類か分からない苗が数個。彼女の言葉に嘘はないらしく、新しく手に入れた植物をこの温室の仲間に加えようとしているらしい。さて、ここは彼女の都合を優先して、場所を譲るべきか。それとも、優しい彼女を利用して、昼寝の続きを貪るか。常識的に考えて、普通は前者を取るべきである。しかし、ここは何を隠そう、天下のナイトレイブンカレッジである。その事を忘れてはいけない。
「……なあ、今回は何を植えるんだ?」
「あら、興味がおありで?」
ここは下手に出るべきだ、とレオナの本能が言う。そうすれば、優しい彼女は話に夢中になって、口酸っぱく出ていけとは言えなくなるだろう。案の定、綾鷹の表情が幾分か弾けるように明るくなった。
「ここは居心地がいい。勿論、あのクロウリーが直々に手を加えた空間ってのもあるが、何より、あんたが大事に整えてやってるからだろう。」
「へえ、そうなの。」
「ああ、魔法が使えないアンタにゃあ、分かんねえかもしれねぇがな。……で、今回は何を何処にどうするんだ?」
勝って知ったる様子は、何も当てずっぽうではない。先ほどは、いくら声を掛けても頑なに動かなかった男は、悠々と体をお越し綾鷹と同じ目線になる。土いじりを始めようと屈んでいた彼女は、ますます嬉しそうに顔を綻ばせた。
「そろそろお正がtーー違った、ニューイヤーでしょう?皆んながココへ帰ってきた時のために、お出迎えの挿花、フラワーアレンジメントを用意しようと思って。」
「はッ、クリスマスもまだだって言うのに、もう気分は年を越しちまったのかよ。」
「何よ、悪い?私にとってはクリスマスなんて単なるイベントに過ぎないのよ……。去年もそう話たじゃない。」
キリシタンなんてのは馴染みがない。元の世界にいた時だって、この時期は除夜の鐘を心待ちにする他は何も無かったのだから。こちらへ渡って数百年経つものの、未だその価値観は揺らがない。
少々拗ねた様子で言いながら、運んできた一輪車の中身に視線をやる。それにならうよう、極々自然な流れでレオナもそちらへ顔を向けた。
ポインセチア
シクラメン
椿
マーガレット
シンビジウム
クリスマスカクタス
プリムラ・ポリアンサ……
「……えらい量だな。」
他意はない。思いのほか多種多様である植物たちへ向けた、素直な感想である。それすなわち、彼女が本気であることの表れでもあった。
「こんなに必要なのかよ。」
「勿論よ。顔触れが多ければ多いほど、華やかになるわ。」
心なしか鼻息が荒くなる彼女を尻目に、レオナは頭の裏を掻いた。全く、女という生き物は。どうしてこうも美しいだの、華やかだの、見目にこだわるのか。シンプルでも美しいものは美しいし、集まっても醜いものは醜いだろうに。まあ、それを口に出すほど、残念ながらレオナは子供じゃない。
「……で、どうすりゃいいんだ?」
気乗りしない様子で肩を回す。が、言葉は態度と正反対であった。
「……。」
尋ねた返事が返ってこない。どうしたのか、と今度は彼女へ視線を向ける。
「……何だよ、その顔はよ。」
「だって……ねえ。」
「何が、ねえ、だ。」
「ええっと……それはつまり、手伝ってくれるってこと?」
「ああ?さっきからそう言ってるだろうが。」
そうだったか?と律儀に記憶を遡る。しかし、それらしいセリフは見当たらない。しかし、これは願ってもいない展開だ。一人でやるよりも、二人でやった方が良い。どこかのおサボりウツボの言葉を拝借する。
「ありがたいわ、レオナ!あなたが手を貸してくれるなんて、なんて心強いのかしら。」
今度こそ綾鷹の笑顔が弾ける。彼女にとって決して珍しい表情ではないが、レオナは毎度この瞬間に襲ってくる激しい”幸福感”にスリルを感じていた。
「ああ……任せろ。」
ゾクゾク、と密かに己の毛が逆立つ。そんな危険な感情をチラリとも出さず平静を装うあたり、この男の奥の奥に、底知れない何かが眠っている証拠であった。