Episode 1
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
Episode1「Uber peace④」
「やあっと終わったあー。」
気の抜ける様な一言。発言者であるフロイドの表情は一仕事終えたと言っている。リリアと遭遇した後、ハーツラビュル寮、イグニハイド寮と回り、オクタヴィネル寮のモストロラウンジへ花を生けて、此度の任務は終了となる。
「俺のお願い聞いてくれてありがとう。」
「いいのよ。むしろ、アズール君へ許可を取る手間が省けたんだから。こちらがありがとうって言うべきよ。」
オクタヴィネル寮へと続く鏡を抜けて直ぐ。談話室内のどこかにある花瓶を探す綾鷹へ、フロイドが思いついたように提案したのだ。学内・学外共に”お客様”が訪れるモストロラウンジ。前々から寮内だけではなく、そちらへも花を飾ってみたいと思っていたのはここだけの話。それが、今日、突然叶った。商売への才を、隠すことなく発揮する彼が寮長を務める寮だ。寮生のみが立ち入る談話室内も大変洗礼された内装で、綾鷹が季節の花を届けなくとも、彼らの雰囲気にあったような花が既にアチラにもコチラにも飾られていた。しかも、どれもご立派なものばかり。毎度のように、次回からは要らないかな……。なんて思ってしまうが、これは綾鷹の自己満足でやっていることだ。人様に見られることが目的ではない。そういつも結論づけて、季節の花を飾り続けていた。
「……やっぱりラベンダーがあった方が、華やかだと思うんだけれど。ほら、モストロラウンジって深海をイメージしてるんでしょ?だったら、ラベンダーの青があるともっと映えると思うの。」
「それはダメ。」
即答であった。今度は綾鷹が口を窄める。どうやら彼の意思は固いらしい。
「うーん。」
「あら、どうしたの?」
考えるように小さく唸ったフロイドを、綾鷹は斜め下から見上げて尋ねる。この角度にも慣れてしまったものだ。
「ねぇえ、クマノミちゃん。本当にこれで全部?」
「え?」
フロイドの言わんとしていることが分からず、聞き返しながら首を傾げる。
「ほら、サバナクローがまだじゃん。」
「ああ。ふふふ、そうね。けど、サバナクローには行かなくてもいいの。」
「どうして?全寮に配るんじゃないの?」
「もちろん。けど、フロイドに会う前に、もう既に渡しておいたのよ。」
今度はフロイドが首を傾げる番だ。自分と会う前に?既に渡しておいた?どう言うことだろうか。
「ココへ来る途中、レオナに偶然会ってね。ついでだから、お花を何本か渡しておいたのよ。後で寮の談話室にでも飾っておいて、ってね。」
なるほど。と言う事は、彼女の愛情がたっぷり入った花を一番最初に手にしたのは、レオナ・キングスカラーであった。面白くない。感情を隠さないフロイドは、己の心に正直だ。不機嫌さを繕うそぶりも見せず、不満そうに綾鷹を見下ろす。
「あーあつまんねー。今日は俺がクマノミちゃんと一番最初に会って、最後まで独り占めできたと思ったのに。」
どうして彼女を廊下で見つけた時、何も感じなかったのか。獣の匂いなんぞ直ぐにでも鼻につくだろうに。そこまで考えて、綾鷹の腕の中に残る数本のラベンダーが目に入った。そして直ぐ合点がいく。
「……やっぱり俺、その花嫌い。」
「そんな事言わないで。いつか、この香りが心地よくなる時がくるわ。」
困ったように綾鷹がフロイドを慰めた。しかし、効果は無く。ヘソを曲げた子供のようにソッポを向いて、スタスタと先へと歩いて行ってしまう。そんな大きな子供の背中を、綾鷹はこれまた苦笑を隠さずに追いかけるのであった。
日がだいぶ傾き、そろそろ夜の帳が降りる頃。綾鷹はこっそりと鏡を通り抜ける。手には手頃な花瓶と、昼にも抱えていたラベンダーの花が少し。少々急ぎ足で目的の場所へと向かう。肌寒い夜の風に負けないよう、漆黒のストールを巻き、闇に紛れるようにして辿り着いた先は、今にも傾きそうな古びた建物だ。一瞬、廃屋だろうかと思うが、良くよく見ると人の生活が窺える。どうやら屋敷の主はいないようで、今夜は学友の所へ泊まりにでも出かけているらしい。もしかしたら、会えるかもしれない。と抱いていた淡い期待は、直ぐに消えて無くなってしまった。残念である。だが、これもきっと定めなのだ。まだ、私は彼女に会ってはいけないと言う事。まだその時ではないのだ、と。
勝手知ったる様子でボロボロのドアを開ける。
「あら、無用心ね。仮にも女の子の家だと言うのに、鍵もかけられないなんて。」
役目を果たせていない鍵穴を見て、言葉が思わず口に出る。あの男は一体どんな神経をしているのかしら。どんな流れであれ、あの子も立派な学園の生徒のはず。ましてや年頃の女の子の家だ。セキュリティーこそ一番最初に充実させるべき場所であろうに。帰ったら抗議の一つでも言ってやらねば。「私、優しいので。」が口癖の男を想像しながら、薄暗い廊下を進んだ。
「おやおや。お客がいらっしゃったと思えば、姫じゃあないか。」
「ほお。久しぶりに会うたわい。」
「元気にしてたかな?」
何処からともなく、スウっと現れたゴースト達に向かって、頭を覆っていたフードを落とす。
「ご機嫌よう。お久しぶりね。貴方たちも元気にしてた?」
「ほっほっほっ。ワシ等には体調を崩す肉体はありゃあせんよ。見ての通り元気しておったわい。」
「それもそうね。馬鹿なこと聞いちゃったわ。」
ひとしきり笑い合う。彼らもまた、この学園を昔からよく知っている存在だ。もちろん、綾鷹とも面識がある。見ての通り、お互いに冗談を交えて楽しく立ち話をする程度には。
「綺麗な花だ。これはラベンダーだね。」
ゴーストの一人が花の存在に気が付く。
「そうなの。きれいでしょ?力作なのよ。」
西校舎の絵画にも言ったセリフを同じように、ここでも口にする。
「ああ、すっごくきれいだ。年々、腕を上げているね。」
「そうじゃな。この前の紫陽花も見事じゃったが、今度のも負けておらん。」
「ふふふ。どうもありがとう。……彼女は、今夜は留守なのね。」
キョロキョロと立っている廊下を見回して尋ねる。
「おや。もう監督生のことをご存知か。」
「監督生?」
「そうじゃ。このオンボロ寮ただ一人の生徒で、寮長。彼女は魔法が使えないんじゃよ。」
ええ!!初めて耳にする事実に、思わず驚きの声が出る。魔法が使えないのなら、どうやって学園生活を送っているのだろうか。おそらく、彼女の存在を聞いた人は、皆、同じ疑問を持つらしい。ゴースト達は慣れたように、彼女の身の上を話してくれた。
「あの子の他にも”グリム”と言うモンスターも一緒でね。姫もご存知の通り、ここナイトレイブンカレッジにモンスターは入学できない。けど今回、学園長の計らいでね。彼らは”二人で一人”と言うことで特別に生徒として認められたんだ。」
「座学の授業は彼女が。魔法を使う科目は、グリムが担当する。お互いに足りない部分を補いながら頑張っているようじゃよ。」
話を聞きながら綾鷹は頷いた。
「出来ることは少ないと思うのだけれど、どうか、彼女を見守ってあげてちょうだい。」
コチラへ来て、まだ半年も立っていないはず。今は生きることで精一杯で、故郷を寂しがる余裕すら与えられない。けれど、人間とは慣れる生き物だ。いずれ、そう遠くない未来、ポッカリと空いてしまった大きな穴に飲み込まれてしまいそうな時が来る。そんな時に、優しく声をかけてやってほしい。たったそれだけで、どれほど心が救われるか。他の人間には分かるまい。自分にはクロウリーが居た。西校舎の絵画達が居た。
では、彼女には?
一体誰が居てくれると言うのか。
綾鷹は身をもって経験していた。だからこそ、この先、彼女の身に降りかかる試練に心を痛めるのだ。どうか、希望を失わないで。己が言えた立場ではない。しかし、まだまだ若い彼女に、そう願わずには居られなかった。
こ綺麗になった廃屋、改め、オンボロ寮の談話室にそっと足を踏み入れる。月が差し込む窓辺へと近づき、そこから音も無く窓の外を見た。静かな夜である。ふう、と一息。溜息とも取れる息を吐いた。
「……不思議ね。家具や調度品は変わらないのに、全然違う場所みたい。」
まあ、この部屋を使っていたのは、今から何十年も前のことだ。その頃から廃墟同然であったこの場所は、身を隠すのにもってこいだった。
ことり。と暖炉の上へ持参した花瓶を置き、そこへラベンダーを数本さす。するとたちまち、あたりに柔らかな香りが広がった。少し埃っぽい室内の空気を鼻から吸い込む。
「どうかこの香りが、貴方の心を癒す手助けになりますように。」
誰に聞かせるのでもなく、自然と漏れ出た心の声。留まることなく、静かに空気へ溶けて行ってしまった。