Episode 1
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Episode1「Uber peace③」
再び鏡舎へと戻ってくる。次は何方へ行こうか。そう思案していると、ディアソムニア寮へと続く鏡から、丁度、生徒が出てくるところだった。一瞬、綾鷹の顔に緊張が走る。フロイドも少し遅れて反応を見せた。スッと彼女を隠すように体をずらしてくれる。
「おや、誰かと思えば綾鷹ではないか。……珍しい組み合わせだな。」
「その声は……リリアさん?」
声の主に覚えがあったようで、綾鷹はフロイドの背後から恐る恐る頭を出した。その可愛らしい姿には似つかわしくない安定感抜群の声が、綾鷹の記憶の中から彼を導き出したのだ。
「正解じゃ。……お?今月はラベンダーが主役と見える。」
「ええ、その通りです。」
相手がリリアだと分かると、柔らかい笑顔を浮かべてフロイドの背後から姿を現す。その様子にフロイドの顔はいささか面白くなさそうに歪んだ。そんな彼を余所に、二人は親し気に話続ける。綾鷹は気付いていないようだが、リリアは確信犯で間違いない。
「いつもいつもすまないなあ。」
「とんでもありません。リリアさんこそ、いつもお花を受け取りに来ていただいて。」
「おや、バレていたか。」
ふふふ。と意地悪が成功した顔をする。そうなのだ。綾鷹とフロイドがスカラビア寮へと続く鏡から出てきたところに、”あたかも”偶然を装って鉢合わせた。一体、どう言う魔法を使って毎月毎月タイミングよく彼女とエンカウントしているのかは謎である。一度、不思議に思って本人に尋ねたことがあったが、企業秘密だと断られてしまった。
「今回は少しゆっくりだったな。」
リリアの言わんとしている事が分からないのか、フロイドは隣の綾鷹を見る。
「ええ。今回は頼りになる助っ人が居ますから。いつもみたいに慌てる必要がないんです。」
そう言いながらチラリと目を横へと向けた。自ずと視線が交差する。益々、彼らの会話について行けなくなって、とうとうフロイドはあからさまに口を不満そうに窄めた。
「ねえ、何の話してんの?オレ、良く分かんねえんだけど。」
「何、気にするな。こちらの話だ。」
締めるよ?と、思わずいつものセリフを口にするところだっったが、今回は黙っていることにした。目の前の小さな男とは、廊下で偶然すれ違ったとしても、特に挨拶などする仲ではない。お互いの事は良く知らないが、まるで本能が止めておけと言っているかのように気が向かなかったのだ。得体の知れない男だと、フロイドはリリアのことを無意識に認めていた。それよりも何より、綾鷹の目の前で、カッコ悪いところを見せたくなどなかったと言うのが本音である。
「それはそうと、綾鷹。」
「何かしら?」
「マレウスの奴が、最近お主と中々会えなくて拗ねておったぞ。……まだ、あの男を説得しきれておらんのか?」
突然話が変わるものだから、何を言われるのかと思った。苦笑する以外、他に方法がない。
「ええ、おっしゃる通りで。」
「いつまでも甘えさせるな。全く、お前らの関係は見ていてムズムズするわい。」
苦笑がさらに深まる。リリアの言うことは全て本当で、彼女を最も悩ませる問題であった。
「……お主もいつまで動かないつもりだ。」
「さあ……、本当に、いつまででしょうね。」
初めてみる表情にフロイドは刹那、外界のあらゆる音が聞こえなくなった。彼女のことは、姉の様に、時に友達の様に、そして、憧れの様に思っていた。そこそこ友好関係は築けている自信がある。しかし、こんな顔は一度もみたことがない。まるで、別人が隣にいる様な、そんな感覚に襲われる。
「この調子だと、死ぬまで曖昧なままだぞ。」
「ふふふ、それはちょっと嫌だなあ。」
「阿呆が。呑気に笑うな。……そもそも、彼奴とお主が出会うことすら、あり得ないというのに。厄介なモノに囚われおって。儂は心配で夜も眠れん。」
見るからにわざとらしく溜息を吐く。何も返す言葉なく、綾鷹はただただ微笑む事しかできないでいた。あの人との関係も、そろそろ進展が欲しいところ。だがしかし、どう進んで欲しいのか、どういう関係でありたいのか。未だ、明確な姿を思い描けずにいるのも事実。定め以上の時を過ごしているうちに、人生設計をする習慣がなくなってしまった。
「ご心配をおかけしてしまってごめんなさい。……けど、いつかケジメは付けたいと思っています。」
「……いつか、か。」
「ええ。”いつか”。」
そのセリフをお互いに呟きあったのち、リリアは綾鷹から受け取った花を携えて、再び鏡の中へと姿を消した。自分とは関係の無い話だというのに、フロイドは思わず胸の内に広がる靄を細い息と共に口から吐き出さずにはいられなかったのである。