第九章 対面
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第四話
本日、何度目になるだろう溜め息を吐き、北は前をみやる。
目下に広がる布陣は、未だその打開点を見いだせないでいた。
ここで一つ”もしも”の話をしよう。
仮に、北が彼女達の肩を持つとする。この場を無理やり収めるのなら、それが一番手っ取り早い。が、……最善とは言えない。それは同時に、部下を切り捨てることと同義だ。これから我々は、お互いの手を取り一世一代とも言える大仕事をこなす。後を濁すわけにもいかず、ましてや計画を途中で放り出すなどあってはならない。万が一そうなれば、腹を切る以外の道は残されていない。慎重にならざるを得ないのである。
では、ここで望まれる最善とは何か。彼女たちと我々との間に”同志”の文字は無い。しかし、ある一定の距離を保ちつつ信頼関係を築くことはできる。期限付きの信頼とでも呼ぼう。
北は後方に控える綾鷹に意識を向けた。
部下と女たちが睨み合う下座を彼女はじっと見ている。その口元は、耐えるようにぎゅっと強く結ばれていた。
何か、何か、良い方法はないものか…。
北は再び思考の中へと身を沈める。
アランは、女たちの顔を慎重に黒目に映しながら、深く思考していた。
同い年の上司が考えることは大方わかっているつもりだ。これまで、他基地配属の師団や業種の異なる部隊と共に任務にあたることは幾度とあった。しかし、生きる世界が異なる相手は彼の経験として初めてである。分からないことが多すぎる。彼女たちにとって何が地雷となるか、皆目検討がつかない。価値観が異なる相手と手を組む難しさを理解しているからこそ、まさに今、アランは参っていた。
しかし、ここで投げ出すわけにはいかない。
弱音を吐きたくなる気持ちを抑え、目下に広がるピリついた空気とは裏腹に深く息を吸い込むと、現状を整理すべく再び思考を巡らせた。
まず、異なった立場の相手と何かを成し遂げる場合において、最も注意すべき点。それは、お互いを同等の立場として扱わなければなければならいことだ。どちらの側も考慮し、尊重し、矜持を損なわず、両者が納得のいく着地点を目指すーーー。
理屈はわかっている。しかし、具体的な案が無い。思わず頭を抱えたくなった。そんな時である……
「仰る通りでございます。」
見た目通りの涼しい声色である。これまで沈黙を保っていた「雪のような女」からそのセリフは発せられた。そして、出た言葉はまるで我々を理解し、擁護するもの。
「突然現れた訳のわからない輩に背中を預ける。……自殺行為も甚だしい。」
6人の男たちは一斉に口を閉じる。治は喋りだした春日と言う女の意図を見抜こうと片眉を持ち上げた。
「……どう言うこっちゃ。」
「どうもこうもございません。言葉のまま”その通りだ”と、申し上げているのです。」
アランはチラリと上座を見る。
己の主は固く腕を組み、女から目を逸らさないでいた。しかし、動かない口元を見て、このお人は成り行きを見守るつもりだと理解する。
「いやはやしかし、どうにも私たちは似たもの同士だな…と、そう思いませんか。」
続いた言葉に、男たちは更に首を傾げた。
「それは我らにとっても”同じこと”だと申し上げたいのです。」
屈強な男たちから漂う戸惑いの空気に、今度は別の女が苛立ちの声を上げる。
「あんた達何もわからないのね。」
雪の白とは一変。赤くまるで熱した刃のような女、紅緒は美しく縁取られた目を細めぞんざいに言葉を投げつけた。
「そのままだよ。信頼ならないのはこちらだってそうさ。私たちは、言わばお尋ね者なんだよ。良いように使われて、用が済んだら捨てられる…ましてや、この状況だって疑ってるさ。自分達の過去が清らかじゃないことなんて、一番よく知ってる。」
政府が秘密裏に認め、目をつぶってきたとは言え、これまで口にできない汚いこともたくさんやってきた。彼女たちには不都合に裁かれる理由がある。生きるためだったとは言え、身を隠して生きなければならない。まさに力を持った弱者だった。
アランは、もしも己が彼女達と同じなら……、と想像する。
もしも自分なら、軍人などという臣下の目の前に我が身を晒すことは絶対に無い。我が身を滅ぼす行為だ。しかし、彼女達はそのような危険を犯してまでこの場に現れた。
それは間違いなく、梶 綾鷹と言う女の器だ。
アランが考えを巡らせている間も、紅緒は言葉を続ける。
「気持ちよーく自らの都合に浸かってるとこ悪いけど、立場をわかってないのはそっちじゃないの。あんた達はいつもそうさ。自分の都合がいい時には美味しい事ばっかり言いやがって。都合が悪くなりゃ、すぐに切り捨てる! 軍人だか何だか知らないけど、汚ねえ手ばっかり使いやがって! こっちはテメエらのために生きてんじゃねえんだよッ!」
「訳のわからんこと言いなやッ。」
侑はすかさず膝を立て、紅緒に迫った。
侑はその素行こそ未熟だが、軍人としての誇りや矜持は持っていた。それを目の前で馬鹿にされたことに、そここまで押さえ込んでいた苛立ちが堪えきれず爆発したのだ。
一瞬にして、緊張が緊迫へと変わる。両者の視線は以前にも増して鋭いものになった。
「侑ッ、落ち着きいッ」
我に返った赤木が侑を引き止める。
「そやかて赤木さんッ! こいつら黙って聞いてれば勝手な事ばっかりッ。」
「落ち着きいッ、侑。ここで手を挙げれば、北さんの苦労が水の泡やッ。わかっとるやろ。」
「けどッ……、くそ……。」
侑は暴言を吐きながらも、再び座り直した。
本日、何度目になるだろう溜め息を吐き、北は前をみやる。
目下に広がる布陣は、未だその打開点を見いだせないでいた。
ここで一つ”もしも”の話をしよう。
仮に、北が彼女達の肩を持つとする。この場を無理やり収めるのなら、それが一番手っ取り早い。が、……最善とは言えない。それは同時に、部下を切り捨てることと同義だ。これから我々は、お互いの手を取り一世一代とも言える大仕事をこなす。後を濁すわけにもいかず、ましてや計画を途中で放り出すなどあってはならない。万が一そうなれば、腹を切る以外の道は残されていない。慎重にならざるを得ないのである。
では、ここで望まれる最善とは何か。彼女たちと我々との間に”同志”の文字は無い。しかし、ある一定の距離を保ちつつ信頼関係を築くことはできる。期限付きの信頼とでも呼ぼう。
北は後方に控える綾鷹に意識を向けた。
部下と女たちが睨み合う下座を彼女はじっと見ている。その口元は、耐えるようにぎゅっと強く結ばれていた。
何か、何か、良い方法はないものか…。
北は再び思考の中へと身を沈める。
アランは、女たちの顔を慎重に黒目に映しながら、深く思考していた。
同い年の上司が考えることは大方わかっているつもりだ。これまで、他基地配属の師団や業種の異なる部隊と共に任務にあたることは幾度とあった。しかし、生きる世界が異なる相手は彼の経験として初めてである。分からないことが多すぎる。彼女たちにとって何が地雷となるか、皆目検討がつかない。価値観が異なる相手と手を組む難しさを理解しているからこそ、まさに今、アランは参っていた。
しかし、ここで投げ出すわけにはいかない。
弱音を吐きたくなる気持ちを抑え、目下に広がるピリついた空気とは裏腹に深く息を吸い込むと、現状を整理すべく再び思考を巡らせた。
まず、異なった立場の相手と何かを成し遂げる場合において、最も注意すべき点。それは、お互いを同等の立場として扱わなければなければならいことだ。どちらの側も考慮し、尊重し、矜持を損なわず、両者が納得のいく着地点を目指すーーー。
理屈はわかっている。しかし、具体的な案が無い。思わず頭を抱えたくなった。そんな時である……
「仰る通りでございます。」
見た目通りの涼しい声色である。これまで沈黙を保っていた「雪のような女」からそのセリフは発せられた。そして、出た言葉はまるで我々を理解し、擁護するもの。
「突然現れた訳のわからない輩に背中を預ける。……自殺行為も甚だしい。」
6人の男たちは一斉に口を閉じる。治は喋りだした春日と言う女の意図を見抜こうと片眉を持ち上げた。
「……どう言うこっちゃ。」
「どうもこうもございません。言葉のまま”その通りだ”と、申し上げているのです。」
アランはチラリと上座を見る。
己の主は固く腕を組み、女から目を逸らさないでいた。しかし、動かない口元を見て、このお人は成り行きを見守るつもりだと理解する。
「いやはやしかし、どうにも私たちは似たもの同士だな…と、そう思いませんか。」
続いた言葉に、男たちは更に首を傾げた。
「それは我らにとっても”同じこと”だと申し上げたいのです。」
屈強な男たちから漂う戸惑いの空気に、今度は別の女が苛立ちの声を上げる。
「あんた達何もわからないのね。」
雪の白とは一変。赤くまるで熱した刃のような女、紅緒は美しく縁取られた目を細めぞんざいに言葉を投げつけた。
「そのままだよ。信頼ならないのはこちらだってそうさ。私たちは、言わばお尋ね者なんだよ。良いように使われて、用が済んだら捨てられる…ましてや、この状況だって疑ってるさ。自分達の過去が清らかじゃないことなんて、一番よく知ってる。」
政府が秘密裏に認め、目をつぶってきたとは言え、これまで口にできない汚いこともたくさんやってきた。彼女たちには不都合に裁かれる理由がある。生きるためだったとは言え、身を隠して生きなければならない。まさに力を持った弱者だった。
アランは、もしも己が彼女達と同じなら……、と想像する。
もしも自分なら、軍人などという臣下の目の前に我が身を晒すことは絶対に無い。我が身を滅ぼす行為だ。しかし、彼女達はそのような危険を犯してまでこの場に現れた。
それは間違いなく、梶 綾鷹と言う女の器だ。
アランが考えを巡らせている間も、紅緒は言葉を続ける。
「気持ちよーく自らの都合に浸かってるとこ悪いけど、立場をわかってないのはそっちじゃないの。あんた達はいつもそうさ。自分の都合がいい時には美味しい事ばっかり言いやがって。都合が悪くなりゃ、すぐに切り捨てる! 軍人だか何だか知らないけど、汚ねえ手ばっかり使いやがって! こっちはテメエらのために生きてんじゃねえんだよッ!」
「訳のわからんこと言いなやッ。」
侑はすかさず膝を立て、紅緒に迫った。
侑はその素行こそ未熟だが、軍人としての誇りや矜持は持っていた。それを目の前で馬鹿にされたことに、そここまで押さえ込んでいた苛立ちが堪えきれず爆発したのだ。
一瞬にして、緊張が緊迫へと変わる。両者の視線は以前にも増して鋭いものになった。
「侑ッ、落ち着きいッ」
我に返った赤木が侑を引き止める。
「そやかて赤木さんッ! こいつら黙って聞いてれば勝手な事ばっかりッ。」
「落ち着きいッ、侑。ここで手を挙げれば、北さんの苦労が水の泡やッ。わかっとるやろ。」
「けどッ……、くそ……。」
侑は暴言を吐きながらも、再び座り直した。
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