第九章 対面
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「北様。どうぞここから先は、私からお話しさせてください。」
先ほどから驚きっぱなしの連中に、申し訳ない気持ちになったのか。ここまで黙って話を聞いていたヒヨリが、自ら手を挙げた。
「先ほど、北様がおっしゃられたことは、全て誠でございます。……改めまして私、元華夜叉のヒヨリと申します。そしてこちらがーー
「春日です。この街で小さな稽古場を経営しています。」
「紅緒。旅商人。」
「これっ、紅緒。もっと愛想良くなさいな。」
「……嫌。」
「はあ……、申し訳ありませんねえ。どうやら、先ほどの言葉が気に入らなかったみたいで。目を瞑ってくださいましね。」
苦笑をたたえてヒヨリは頭を下げると、再びにっこりと笑い、話を先に進めた。
「色々とお尋ねしたいことがおありでしょうが、それは後ほど。今は、ざっくりとご説明することにいたしましょう。」
この空間にある全ての視線を浴びながら、女は緩やかに話し始めた。
「かつて帝都一、日の本一と言われた夢の街には、お役人様すら入り込めない独自の自治がございました。我々はある意味、遊郭と言う独立国家の民であったのです。」
一国と言わしめるだけあり、その囲いの中にはすべて揃っていた。
唯一、自由と愛を除いて。
「そこには、奉行所、お役所、お医者様。飯屋に問屋に芝居小屋。なんだってありました。」
今は亡き華の都。一度も足を踏み入れたことの無い青年たちにとって、この話は俄かに信じがたいものであろう。
「ホンマに町みたいなもんや……。」
「ええ。その中で、生活の全てが。下手をすれば一生の全てがまかり通ってしまうのです。」
政府の干渉を一切受けない、未知の国。そこへ紛れ込んでしまえば、よもや現世との縁を切ることだってできた。己の都合で全てを意のままに動かせる。そんな美味しい世界。
「しかし、良いことばかりではございません。外界からの全てを拒絶すると言うことは、即ち、誰の援助も受けられないと言うことなのです。」
故に、私たちは存在する。
ヒヨリはゆっくりと、将校たちの顔を眺める。
「国を守る為ならなんだってやりました。盗み、偽装、隠蔽。……時には殺しだって。」
ゴクリ、と唾を飲み込む音がここまで聞こえてきそうだ。
「私たちは、花街の中でも影の存在でした。そこで働く遊女たちも、我々のことは知らないはずです。……まあ、よく考えれば、当たり前のことですけれども。」
欧米化の渦がこの国をかき回している。最近は改宗する者もいるらしいが、どの神様も殺生を歓迎しているはずもなく。しかし、だからと言って、綺麗事でつとまる人の世ではない。故に、臭いものには蓋をしろ、が常識である。
不幸か幸いか。今、ここには優秀な人間が揃っている。全てを言い切るより先に、目の前にいる女たちを理解してしまった。
アランは咄嗟に口を硬く結ぶ。自身が人一倍、情に脆いことは分かっていた。この話も、初めて耳にするわけではない。
だからこそ、お約束のように溢れてきた悲しみを、グッと押さえ込んだのである。今それは、ただの同情でしかなく。同時に、己がそれを口にする事は許されない。
「彼女たちは、いわば隠密のその人や。俺たちの抱える仕事に、手ェ貸してもらうことになった。」
話の大枠を掴んだのか。皆、それぞれ異なる表情を浮かべつつも、北へ声を上げる者はいなかった。だが、腕を広げて喜ぶ輩もいない。
そう出来ないのは、国を背負う矜持のせいか。それとも、生まれ持った性のためか。
しばらくの間、重い沈黙が部屋を支配した。