第八章 一対
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世間話にしては、随分と熱くなりすぎたなと反省している。幸にして、息子は未だ起きる気配はない。春日も目的のモノを手に入れ、帰っていった。もうしばらく、静かな時間を過ごせそだと、一息つく。
「さて、滅多にない客人が帰った後ですもの。……そろそろ、お夕飯のお買い物をーー。」
そう言いながら腰をあげ、廊下に続く襖を開ける。そして意気揚々と一歩足を踏み出す……ことは叶わなかった。
「あ、ああ、……衛輔さんっ……。」
ゴトリ、と彼の腕から小さな摺鉢が落ちる。ゾワゾワっと鳥肌が全身を駆け巡った。今の話を聞かれてしまったかも知れない。そう最後まで考える前に、衛輔はヒヨリの両腕を掴む。
「ヒヨリ……今の話は……。」
不自然に呼吸が乱れた。これは誰がどう見てもイケナイ状況だ。でなければ、今までの平穏は音を立てて崩れ去ってしまう。彼の様子からして、一部始終、ないしは話の本筋を捉えることができる範囲まで、解ってしまったのだろう。冷静に判断しても、もう手遅れであった。
はあああああああああああ……。
盛大なため息を吐く。本日、何度目になろう。
「……それで、衛輔さんの質問に、泣く泣く答えた、と。」
こくん、と可愛らしく頷く。これはいよいよ、我々だけの問題ではなくなった。いや、遅かれ早かれ、両者を引き合わせるつもりではあったのだが、その時期が一段と早まっただけの話。しかし、お互いがよき仕事仲間である必要こそはあれど、そこに真の信頼関係は不要だ。そのため、人数は必要最低限。綾鷹が信頼のおける人員でなければならず。その中に、モリスケ殿という人物は存在しない。彼女自身が仲人のような立ち回りをするつもりであったが故、さて如何様にして友人の夫を扱うべきか。
彼は紛うことなき一般人だ。軍とも関わりがなく、ましてや華夜叉などにも通じていない。昔の綾鷹なら一言、そうか、とだけ返して、きっとその日の内に始末していたであろう。それがヒヨリの大切な人であろうと、無かろうと。仕事の邪魔になるのであれば、関係なかったからだ。だが、そんな自分を変えたいと決心したのも、自分。それ故、今コレほどまでに頭を悩ませる。
「……彼を信じていないわけではない。しかし、やる気云々でどうこうなるような事でもないだろうに……。」
無関係な人間を、我々の都合で危険に晒すことは勿論だが、一等に綾鷹を困らせている原因は、彼が何故か”やる気満々”であると言う点だ。理解ができん。これは正義の捕物でもないし、下手をすれば、二度と現世に戻れないかもしれない。仮に、彼が義賊紛いな行いに、夢でも見てるとするなら、お門違いも甚だしいことこの上ない。何より鼠小僧などという話は、痛快劇を好物とする輩が娯楽にすること間違いないが、同業者としては三流もいいところ。真の義賊は、姿、その残像さえ残してはならないのである。
もしもの話だ。衛輔さんが真逆の反応を見せていたなら。綾鷹は間違いなく、ヒヨリを此度の件から外していた。協力者が減るのは残念だが、余計な不安分子は無いに越したことはない。少人数に変わりはなく、彼女の抜けた分を綾鷹が補えば良い話だ。むしろ、そうなって欲しいとさえ、今は思えてくる。そうすれば、ここまでややこしくなどならなかったのに……。こめかみ辺りを親指で押す。鈍い痛みで、少しは気分を紛らわせることができた。
「……致し方あるまい。もう少し時間が欲しかったが、近々北様に打ち明けることにする。」
ピクリ、とヒヨリの肩が揺れる。世俗に馴染みつつある彼女でも、やはり存在を打ち明ける事に、未だ抵抗を感じるらしい。だが、これは避けては通れないこと。より高い確率での成功を望むのなら尚更である。
ますますションボリと頭を垂れるヒヨリに、前髪が噴き上がるほどの特大な溜め息をお見舞いしてやった。