第四章 再び
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「……そりゃあ、穏やかな話やないなあ。」
「ええ。ですが、あの街では珍しいことでもありませんでしたので。」
感情の読めない表情の女はその美しさも相まって、息をしているのか、そもそも生き物であるのさえ分からなかった。
「そいで、その姐さんは死んでしもうたっちゅうわけか。」
「丁度、その場に私もおりました。そもそも、姐さんは私を庇って死んでしまったんですが。」
その時に負った背中の傷が、今でも痛みだす夜がある。あの夜、姐さんの死と同じくして、綾鷹の遊女としての人生も終わりを迎えた。
「傷モノを買う客は珍しい。当然、私があの店に居る理由もなくなってしまいました。」
店をでなあかんかったんか、と心配そうに尋ねた男にはっきりと首を横に振る。すると今度は思わず首を傾げた。
「こう言っちゃあ悪いが、売り物にならんくなってしもうたんやろ。じゃあ、そのあとはどうしたんや。」
なぜだか猛烈に綾鷹のその後が気になって仕方がなかった。自分でもだいぶ食い気味に彼女の話を聞いている自覚がある。この数時間の間で、だいぶ絆されたしまったらしい。対して綾鷹も男の予想外の食いつきように、少々気押されていた。別に楽しませるために語り始めたわけじゃあ無いのだけれど、と心のどこかで独りごちる。しかし、興味を持って聞いてもらえるだけ、今はありがたいのも事実である。
「そう急かさないでくださいまし。……ところでアラン様。売り物にならなくなった女は一体どこに行くのか、ご存知ですか。」
「何や、また問いを問いで返すような言い方しよって……。」
そう愚痴を言いつつも素直に応じる姿勢を見せる。何だかその姿に場違いにもほっこりとしてしまった。真剣に考えるアランの答えを綾鷹は大人しく待つ。が、しばらくしても顔が晴れる様子はない。良い回答は浮かばなかったと見える。ギリギリで絞り出すかのように出した答えは、パッとしないものだった。
「……ずっと下働き……とかか。」
うううん、と一つ低く唸る。アランの眉間には立派な山脈ができていた。自分で自分の答えに満足していない証拠だ。そして、私の反応で正解では無いとも悟っている。
「あながち間違いではございません。ですが、勿論、正解でもございません。」
「けっ。……で、答えは何や。」
不貞腐れてしまったようで、プイッとそっぽを向いてしまわれた。彼の外見からは意外すぎる子供っぽい反応を目の当たりにして、綾鷹は少し戸惑ってしまう。
「そんなにカッカしないでくださいまし。良い男が台無しでございます。」
どう声をかけたら良いか大変悩んだ末、一度彼の機嫌をとることにした。ありきたりな言葉だったが、アランには効果を発揮してくれたらしい。そんな事を異性から言われ慣れていないのが伝わるくらい、途端に頬を赤た。お世辞の一つだと本人も分かっているだろうが。なんて素直で優しい男だろう。そしてその照れた姿が案外可愛いもので、思わずくすりと笑いがこみ上げる。簡単に調子に乗ってくれる男に内心楽しくなったのはここだけの秘密。それに、もっと突けば面白いものが見れそうだと彼女の経験が語っていた。今度は、ぐふり、と悪い笑みが漏れそうになるのを必死で堪える。
「勿論、売れない、将来に見込みがないと判断された娘達は、年季が開けるまでその店で下働きのような事をして過ごします。商才がある者に関しては、店を任せられる場合もありましたし、何なら店を継ぐ女将になった話もあります。」
「へえ、意外と明るい未来が待っとる場合もあるんやなあ。」
「ええ。……ですが、それはあくまで売れないだろうと判断された子だけです。私のように、脱げない体になってしまった者は……また別。」
そう、それが華夜叉という組織である。
「ご存知の通り、あの街は独自で自治権を持っていました。政府も干渉できない特別な場所だったんです。故に公的な力が及ぶ存在は一切手出しできませんでした。警察も、そして勿論軍もでございます。」
そうやったなあ、とアランも当時のことを綾鷹の言葉と一緒に思い出す。
「お国のお偉い様にとって、さぞかし目障りな存在でしたでしょうね。まあ、今となっては関係のないこと。ですが、当時の私達はその権利を守ることで必死でした。自治があるという事は、全て好きな様に自分たちで決めることができるわけです。こんな美味しい力、誰も手放したくなどありませんでしょう。それに、この場所でしか、もう生きていけない訳ですから、そうなるのも当然です。」
うん、うん。と頷きながら聞くアランの姿を目の前にしながら話を進めていく。
「しかし、何も良いことばかりではありません。こうなると己の領域は己でしか守れぬもの。何か大事があった場合。例えば事故や病気、災害のようなもの。とりわけ殺人を伴った事件が起こった時、私達は外の力に助けを求めることができませんでした。」
そりゃそうだ。外部との接触を一切嫌っておいて、都合が悪くなれば助けてくれとは何と痴がましい。ここまで聞いて、アランはピンときた。
「それじゃあ、お宅らはそれに代る組織を持ってたちゅうわけか。」
流石である。伊達に大尉を務めていない。
「お見事です。アラン様。……その裏組織の名前を華夜叉と言うのです。」
なるほど、今この瞬間、点と点がつながる。しかしながら、ここで同時にまた一つ引っかかるものがあった。
「裏組織。」
「ええそうです。」
「なして、それを隠さなあかんのや。」
「……その組織には私ももれなく与しておりました。」
しんと沈黙が訪れる。彼女の言葉を今一度頭の中で繰り返し、どういうことなのかを整理した。
「つまり、使い物にならんくなった女達を集めた組織……。」
無言で頷く。
「そこに与する者達は、何らかの理由でこの街から消えなければなりませんでした。それはつまり、本来なら出て行かなければなりません。しかし、彼女達は皆売られてきたんです。帰る場所などある筈がないではありませんか。」
それはまるで最後に与えられた慈悲のようなものであった。
「そこで彼女達は新しい役目をもらいます。それはこの街を危険に陥れる異分子を排除すること。つまり……暗殺です。」
いわゆる掃除屋です。そう続ける綾鷹の表情は苦しい以外の何者でもなかった。
最後の一杯。お互いのカップに残る一口を飲み干して暫し口を閉ざす。
「なるほどなあ。……そんなモンがあの街にはあったんか。」
よくよく考えると、別に不思議じゃあない。むしろ人の欲望が剥き出しになるあの場所で、そういう組織が無い方が恐ろしいのだ。無法地帯もいいところである。その華夜叉と言う存在。彼女の話ぶりだと、殺人集団のように聞こえてしまいがちだ。けれども一方では身寄りのない女達を救う、最後の受け皿となっていた。きっと曲がりなりにも生きる意味というものを与えていたのだろう。モノは見方によって変わると言うように。
「華夜叉の存在は公にされていません。ですから、知らないのも当然。いいえ、知られてはなりませんでした。」
「……なしてそれを北は知っとるん。」
「……私も詳しい経緯は……。ただ、当時、北様の上司であった黒須様、今は黒須閣下とお呼びするのがよろしいでしょうね。その方と店の女将が何やら知り合いのようでしたので。」
予想の域を抜けませんが、と右頬に軽く手を当て困ったような顔になる。私に言える事はそこまでであると、表情が物語っていた。
「華夜叉がどんなモンなのかは大体分かった。して、その五葉言うんは何なんや。」
「軍に階級があるように、華夜叉にも似たようなものがございました。まあ、たかが50人程度の組織ですので、大それたものではありませんが。」
綾鷹はアランの目の前で指を折り、数え始める。
「蘭・万年青・橙・ 槐・南天。この5つに私たちは分けられ、それぞれの実力者上位5名までに席次が与えられました。その主席のことを、宝である華(遊女)を隠し守る木々の葉に例え、五つの葉、五葉と呼んだのです。」
つまり、華夜叉きってのツワモノのことを指す。かなりしっかりとした組織的構造をしている、というのがアランの感想であった。おそらく、独自の歴史や文化、伝統というものもあったのだと想像する。それほど長きにわたり、彼女達はあの街を陰ながら支えてきたのだ。そして、そういった組織は例に漏れず実力者揃いと決まっていた。もれなく、目の前の女もである。
ここまで話を聞いてきて、だんだんとアランの中で梶綾鷹という女性像が見えてきた。彼女が大の男を投げ飛ばした姿をふと思い出して、一人でに納得する。むしろ、あれくらいはできて当然だったのだ。
「……とまあ、ここまでが私の過去と、アラン様が知りたかったであろう内容だったのでは。」
意外とあっさりとした表情で座る目の前の女を見て、組み続けていた腕を解いた。おそらく、これが彼女の全てではない。思わず、あまりの情報量に、いろんな意味で溜め気を吐きたい衝動にかられる。彼の内心を汲み取ったのか、綾鷹が思わず困ったように笑った。
「ね。人様にお話しできるようなモノではありませんでしたでしょ。」
ね、あの時ちゃんと釘を刺しましたでしょ。と続くだろう女のセリフを副音声として受け取った男は、堪らず短く刈り上げられた頭をガシガシと掻いた。仕方がないだろう。誰がこんな重たい中身を想像しただろうか。
「さあ。私の話はここまででございます。……今度はアラン様。貴方様の番でございますよ。」
形勢逆転。先ほどとは打って変わり、今度は綾鷹がアランに話を迫った。