第四章 再び
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※これまで以上の茶番劇ゆえ、閲覧注意。
並木道の終点。綾鷹は何の疑いもなしに今日はお開きだと思った。
「何言うとるんや。これからやろ。」
北の思いもよらない言葉に驚く。だって、もうこの先に道はない。話ながらであったが桜も見れたし、これ以上この場所で何ができるというのか。
「……ええっと。」
「まさか、ただ歩いて終わり思うとったんか。」
んなアホな。まさにそんな顔をしていた。正直に白状しよう。お花見なんてまともにやったことのない人生だった。文字通り、桜を見て、適度に愛でて、それで終わりだと。
「せっかく出掛けたんや。これだけじゃあ寂しいやろ。それに、ほら、あれなんか気にならへんか。」
指をさされた方に顔を向ける。そこには所狭しと軒を連ねている屋台があった。先ほどから木々の瑞々しい匂いに混じって香ばしい匂いもしていたが、正体はあれだったか。
「突然決まった花見やけど、何もせんで帰るんは勿体ないやろ。」
「……そういうものでしょうか。」
北様を信用していないわけではないが、多少疑ってしまうのは許してほしい。先ほど、意地悪された記憶が自然と蘇る。
「それに、俺のために粧し込んでくれたんやろ。1分1秒でも長く一緒に居りたいやんか。」
どんなに時間が経とうとも、この北様節には慣れないだろうなと綾鷹は今ここで確信する。せっかく引いていた熱が土埃を立てる勢いで戻ってきた。
「……べ、別に北様の為じゃあ。」
「ん、なんか言うたか。」
思わず口に出た可愛くもない言い訳は、都合よく北の耳には入らなかった。
さて、花より団子とはよく言ったもので、綾鷹の興味は直ぐそちらへと移っていた。所狭しと並んで建つ屋台を一つ一つ眺めていく。威勢の良い客引きの声を耳にしながら興味深そうに視線をあちこちへと彷徨わせていた。
「梶、何が食べたい。」
周りの音にかき消されないよう、口を耳に近づけて北が尋ねる。人混みの中を進むうちに、逸れてしまわないよう腰に回った手にはこの際触れないでおく。
「……沢山ありすぎて分かりません。」
団子、飴細工、おでん、焼き鳥、蕎麦。そのほかにも縁日で目にするようなちょっとした遊びもある。迷ってしまうのも無理はない。お花見初心者の彼女にとっては難題に思えた。
「そうやなあ、今年はいつも以上に賑わっとるしなあ。」
「昨年もいらっしゃったのですか。」
ふと疑問に思った。日々激務に追われる彼を思えば意外な話だったからだ。
「おん。うちの連中は祭り好きが多くてな。何やかんや言うて毎年見にきとる。」
こないゆっくり回るんは初めてやけど、と最後に付け加えた。心なしか懐かしそうな顔をしている。昨年の今頃を思い出しているんだろうか。
「確かに、皆さん人が集まる場所は好きそうですね。」
彼の部下たち、主にこの間会った4人の顔を思い浮かべる。とりわけ侑は派手に騒ぎそうだ。治は食べ物ばかりに気を取られてそれどころじゃあなさそう。その2人をまとめるのに苦労しているアランが簡単に想像できて、思わず苦笑する。
「何か思い出したんか。」
「えっ。」
「顔。笑うとるで。」
思い出し笑い。先ほどと言い、最近は気が緩みすぎている。思ったことがそのまま顔に出ることが多くなってしまった。慌てて繕う。
「当てたろか。」
「へっ。」
突然、北が綾鷹の顔を覗き込んだ。そして挑発するような目を向ける。
「梶が今、何を考えとったんか当てたろか。」
「何を突然。」
「ははっ。ええやろ。」
そうやなあ、とりあえず男やろ。と彼女の同意を無視して始まった尋問紛いな遊び。まさか、北がこんなことをやりだすとは。春の陽気は北様もおかしくしてしまうのだろうか。こんな珍しい展開にそう思わずにはいられなかった。しかし、ここ最近の出来事が頭に過ぎる。そうでもないな、と少し思い留まる。
この男、意外と強引なとろこがある。初めて家に上げた時も、初めて料理を振舞った時も、初めて逢引なるものをした時も。けれども決して無理強いをすることはない。相手の力量を図るのが上手いというか、押すばかりではなく引き際もきちんと踏まえているというか。とりあえず、総合的に見て『できた男』だ。何だか悔しい。
ムッとした気分になりかけてハッとする。いかんいかんと己を律した。何やかんやで北とはそれなりの付き合いである。その間に誰の断りも無く構築された北信介という男の姿が、今、いい意味で崩れていくような感覚になった。そして、そんな変化を無意識に楽しいと感じている自分がいる。
そこまで答えを出して綾鷹は仕方なく北の誘いに乗ることにした。もうこうなったら、事の結末まで見届けてやろうではないか。変な覚悟を決める。ここで注意していただきたいのは、これが単なる当てっこごっこだという事。
「で、どうなんや。あってるやろ。」
「そうですね……あってますよ。」
「そうか……男か。」
近くの長椅子が空いているのを見つけ、2人で腰掛けた。
「……北様、自分で言っておいて落ち込まないでくださいまし。」
「ん、そない事くらい分かっとる。けど、改めて考えるとええ気分はせえへんやん。」
「もうっ。でしたらおやめになりますか。」
「それはあかん。最後までやるんが男や。」
意味のない拘りをお持ちのようだ。質問を続ける。
「複数やろ。」
「ええ。……3人ですね。」
「そうか、3人か。……最近会うた奴らか。」
「その通りです。」
そこまで聞いて、うーんと一度深く考える。
「大将んとこで世話になった人やろか。」
「そうですねえ……あっているような、少し違うような。」
世話になったというほど、大将たちとの縁は感じられない。時たまひょっこりと訪れる治は例外であるが。侑とアランに関してはあれ以来、店に顔を出したことはなかったはずだ。
「……俺と関係のある奴らか。」
もう答えは目の前である。ここまで来れば、何も言わなくても良さそうだ。そう判断した綾鷹はあえて黙っていることにした。
「俺と関係のある奴らで、店に来た事がある男3人……。」
北は真面目に悩んでいる顔を作った。何とわざとらしいことか。答えを先延ばしにしているのがバレバレである。その証拠に、ほら、わずかに口の端が持ち上がっているではないか。
「もうっ。分かっていらっしゃるくせに。」
何といやらしいことか。綾鷹はだんだんと焦ったい気持ちになって、気づけばと北へ迫るような口調になっていた。我ながら根性がない。
「あっははははは。そう怒らんといてや。」
これでもかと腹を抱えて北が笑う。豪快な笑い声にしばらく呆気にとられていたが、流石に揶揄われたと気がついた。しまいには、かわええなあと言われ、ますます面白くなくなる。とうとう綾鷹はそっぽを向きながら黙って立ち上がると、1人先へと歩来出した。
「……あかん。流石にやりすぎたか。」
今まで見た事のない態度の彼女から、事の大きさをじわじわと実感する。ちょこっと揶揄うつもりだったが、本格的に怒らせてしまったらしい。さて、どうやって機嫌を取ろうか。
そう、この時まで北信介は甘く考えていた。まさかこの出来事が、あんなことになってしまうとは……。夢にも思わなかったのである。