学園生活

 授業が始まる。彼女はおだやかに日々を過ごしているように思う。
 彼女はすぐに、アーロン先生の注目を浴びたらしい。元々ベリルウッドの錬金術学会主催のレシピコンクール で金賞の受賞の経験があったからこそ、レシピ開発の秀才との呼び声は高い。そんな彼女は、自分の事を秀才だとかだとか思ってはいないのだ。
 そこの慎しみ深い性格は、彼女の場合、押し付けるような事は言わないのだから愛おしい。
「ローズブレイドさんは、確かレシピ開発の秀才と呼ばれているんだったっけ」
 彼女とペアを組んでいたことがあるらしい女子生徒に言われてるけれど彼女は笑って躱すように言葉をつなげる。
「私は、そんなふうに言ってもらえるほどでは無いと思っているのですが。でも、そう言ってもらえるのはうれしく思います」
 そう否定しながらも肯定している。良い子だねと褒めたくなる。いい子だよ。とても。自分の能力を分析できていないところはあれど、人からの評価を受け入れる力はあるのだから、喜ばしい。
「スティは良い子だね。君の才能、俺は喜ばしく思っているよ。自由に考えて開発すればいいんだよ。支えならいくらでもしてあげよう」
 そう彼女に伝えてみる。彼女は照れて首を振るけれど、嫌がってはいなかった。
「そもそも城に戻れば父も祖父もいますから!」
 さらに、俺に意見してくるのだから、可愛い子だね。そんな、彼女は隣に他の子がいるのを忘れているようだ。珍しい、ここ数日父親の話はしていなかったらしいのに、聞かれても。
「そうだね、でも夫は俺でしょ。頼ってほしいな?」
 そう彼女の目を見て伝えると、分かりやすいほどに目は揺らぐ。でも、嫌では無いらしい。そっと、俺の服をつかんで来る。そして、少しどころか、かなり、おずおずと、俺に伝えてくる。
「うん、ちゃんとあなたを頼りますから、あのねヒュー、うれしいです」
 ここ数年と言ってもこの子が16の時からだからそこまで年月はないけど、この期間で自分の素直な気持ちを伝える時に「あのね」と前置きするようになった。この子は甘えたり、 人を頼るのが苦手だ。未だに自然に頼る事は出来ない。けれども何度も褒めてあげるのだ。そして、嬉しいと伝える。
「いい子だね、頼ってくれると俺はうれしいよ。君の夫だからね、結婚はまだだけども、俺は君が俺や国を害さない限り君がいいよ」
 そう耳元でつぶやく。だめたよ、俺の事を傷付けたりする事は。でも、 そんな事はしないだろう、この子は。
「くすぐったいですよ、ヒュー。分かりましたから、お頼りしますよ。何よりも支えなくてはならない。私は、あなたの妻としてありたいですから。あなたも頼ってくださいね」
 そんな彼女の笑みは自然だ。ゆったりとつむがれる言葉は未来の王妃としての彼女の言葉だった。そう、俺が求めているものだった。
「可愛い子だね。さぁ、おいで、今日は俺が珍しく仕事が無くてね。一緒に過ごしたいな」
 彼女はぱちくりとまぶたをまばたかせて、きょとんとする。
「一緒にティータイムとしよう」
 そう重ねるとようやく「喜んでご一緒します」と、受け取ってくれる。
 良い子だね。俺の色に、染めてあげる。まぁ、隣に居た女子生徒はおどろいているけれども。
「じゃあ、また明日にでも、 お話しましょうね。あのね、ヒュー。今日はアーロン先生が」
 女の子に断りを入れたと思えば、すぐに俺に話を掛けてくる。 まぁ、はやく話したいらしいのだから、可愛いところもある。
「談話室で開くよ。俺はゆっくりしたいんだ、付き合ってくれるだろう」
 そう言えば、彼女はなにか悟ったように笑う。今日の柔らかな風は彼女の柔らかな髪を抜けて行く。彼女の香水が俺の鼻をくすぐった。紅茶とローズの香りは彼女の気高さの話のようだ。そうあるように、そうなるように、俺が染めて行くのだから安心してほしい。
「ヒューなら早く行きましょう」
 君の笑顔とこの子の俺の感情に対する敏さというものは好ましいと思っている。この感情が愛というものなのか、俺はまだ分からないけれど。ただただ、今はこの子を大切にしたいと思うのだ。ただ、俺の事をまだまだ、知らないでほしいとも思う。あいつほど俺は高潔でないから。
「君は、何が好きかな。ティータイムと言うと」
 そう尋ねると、彼女には「やっぱり、紅茶じゃないですか?」と、言われてしまった。
 何だスイーツじゃないのか。そう思っていると、付け足してくる。
「それに、マカロンが好きです。可愛い、つい食べたくなってしまう。太りたくないからエドガーさんには、言ってはダメです。ね」
 お願いしますからねと、俺にぐいぐいくるからおかしくて笑っていると「もういいです」と、すねていた。可愛いね、拗ねてそっぽを向いている君は可愛らしい。
 ただ、体重については彼……専属医師の意見を取り入れなければならない。かくいう俺もこないだ、体重で怒られているのだけども。
 数ヶ月前よりも少し痩せているだけじゃないかといったところ怒られたのだ。もう少し食事量を増やしましょうね?と言われたし、城にいるときはシェフにそれを提案しているのを、こっそりとシェフから聞いている。
「でも、俺付きの医師が、君にもう少し体重を増やしてほしいって言っていたよ、ますます調査とかで動くと痩せるからって」そう伝えると彼女は「うげぇ」と女の子らしくない、王妃らしくない事を言う。
 俺が困ったように「ダメだよ」と伝えると、君はちゃんとうなずいてくれたから。仕方無しに許してあげるからね。
 真っ先に逃げるように談話室に向かう彼女の髪は自然と柔らかな風になびきこの俺にバラの香りを届けてくれた。まるで、君から花びらが降ってきているような感覚さえ俺に伝えてくる。
「仕方ない子だね、君は。待ってくれるかな?」
 ユージンが俺達のことを少し離れて見守っている。ほら、君もおいでなさい。三人でティータイムとしようじゃないか。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 入学して3週間ほど、どうも体調が悪いと気付いたのは調査の授業中だった。場所はベリルウッド、領主は幼馴染のミゲルの家なので気を張る必要は無い。ただ、どうにも体はだるいのだ。だけれども、誰にも言う事は出来ないと思った。彼に何かしら悪い影響を与えるか思うとえない。先生は説明を続ける。
「今回は、小枝が必要だ。長さとしては」と素材 について説明する。ここに、くわしい人はいるし大丈夫だろう。何せミゲルの領地だ。
「今回、二年生がリーダーとして付き添う。まだ一回目だからな。では、各班たのむ」
そう先生は言う。ちょうど調整されていたらしい。彼とユージンが私たちについて来た。  
「やぁ、ヒューゴ先輩でいいからね。と言ってもミゲルが居れば場所は知っているでしょ」
 にこやかに説明しだした。彼は、自分の心を見せることはない無い。ただ、人の心を読むのには長けていた。
「スティ、君もここら辺は慣れているだろう。何 か、別の事で緊張しているよね」
 彼は私の顔をのぞき込む。心の距離を取って隔たりを作ろうとしても彼は自分の心の隔たりは維持しながら近くに寄って来る。
「もしかして、体調が悪い?」
 彼は私の額に手を当てる。すぐに彼は、顔を少しだけしかめてきた。必要な時は分かりやすく表情をこの人は変える。
「素直に言ってごらん?俺はねそんなに怒らないよ、大丈夫」
 そのまま頭をなでられる。そんなことをされれば言うしかないのだ。きっと、嘘は許してくれないから。
「ちょっと、だるいかな」と伝えると、「だろうね」と返事が来た。
「素直に言えて良い子だね、授業が終わったら部屋で休もうか。ちゃんと、俺の言う事を聞いてね」
 時々、あまりうれしくなかったりするときは、明様に嫌な顔を見せてくれる彼は、私の背中を撫でる。ただそれがうれしい。
「はぁい。あのね、休むから。とりあえず、行こう。ミゲルはどこが一番落ちてると思う?」
 そこに話をつなげる。他もまだ調整中だった。
「そうだな、あそこなら結構落ちてそうだな」
彼の先導で行く。他の人は違う所に行ったらしい。彼は体調の悪い私をえるようにサポートしてくれているし、あたり前のように彼の代わりに声掛けていたユージンはちらちらとこちらを見て安全を確認している。
 そんな中で先生が来た。
 「かなり集まっているようだ。さすがは、領主という所か。それでそろそろ戻りなさい」
 それを受けて、とユージンに指示を出した後に、ヒューゴが声を張る。
「みんな、戻るよ。各自ステラにしまうか、しばって持つようにしてね。落としたらダメだよ」 なんて、にこやかにそしてお茶目に言っている。
「ふふっ」と、ついつい笑ってしまうと「何笑っているの?可愛いね、帰ろう。そろそろ城が愛しいなぁ」
なんて、ふざけている彼の腕を取って。彼の顔を見ていると、ついついふざけたくなってきた。
「そうねって言った方がうれしい?」そんなふうにふざけて返してみる。
 「君の素直な気持ちならね」と彼は、ふざけてた私に乗ってきてくれた。
 「ほら、行こう」他の子たちも気にして彼が指示を出しながら戻れば、今日の授業は終わりだ。
 学園に帰ってからは、彼の所で休まされている。かぜの引き始めだろうし、あまり動きたくない。
 彼が淹れた ハーブティーを飲むと体がほっとする。もしかしたら、と考える。風邪というよりもずいぶんと疲れているらしい。
「たぶん疲れてるんだろうね。だから今日はここに居ると良いよ」
 ハーブティを飲んだら、彼に横になるように言われて、 書状を片付ける彼の背中をずっと見でいた。
「寝ていよ」と、言われるけれど。「うん」そう 返したけれど、それでいいのかよくわからない。ただ、もうすぐに寝てしまった。
 起きれば、仕事を終わらせたらしい彼が頭をなでていたから、うれしくなる。 ただ、彼もどこか疲れをにじませている気がする。
 「あなたは疲れていませんか?」そう言っても、彼は「大丈夫だよ」と言うので、仕方なくそのままにしておいた。その日から数日後、今度は   
 ヒューゴの方が体調が悪い気がする。けれども気がするだけでそれがどれほどのものかすら、教えてくれなかった。
 まだ、彼は心をしてくれていない事を思い知り、唇を噛む。私の事は怒るのにねどうやら、彼は自分の事は疲れていてもいいらしい。
 にこやかなままの彼の背中に抱きついた。
 それを彼は咎めはしない。ただ、ただ、それだけが嬉しかった。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 モラトリアム、自由に動く事できる時間は意外と少ない。けれども、こうして自由にここで生活できる時間はヒューゴにとっても、ステファーヌにとっても大切なものだった。
 それに、「あのね、ヒュー今日は放課後に合成お手伝いくださいますか」と、にこやかに笑ってくれる存在が居る。
 穏やかな日常が今、俺の中にあるのだ。自然と彼女と目が合う、こてんと首をかしげる彼女がどこかほっとしたように見える。気にするほどの事は考えていないのだけど、可愛いね君は。
 ステファースは、昼休みにまだ時間があるからと誘われたティータイム。彼、ヒューゴからもらった扇子を開いていた。
 美しい緑の扇子は貴族のたしなみでもあるのだ。そして、まるで絵画のような優美さはステファーヌの心を離してくれないのだ。
 となりで何やら考え込んでいる彼の目が自然と合う。何やら考え事をしているらしい、ちょっとだけさみしそうな感じがあるので、彼のとなりに行って肩にもたれてみた。
「どうしたの、それ気に入った」と、手元を見て彼は合うのでうなずいておく。
「はい、気に入っていますよ。そういえば、今日はお仕事ないのですか。授業以外では、珍しくゆったりされていますから、体調も悪い?」
 彼は自分を見せてくれないので、尋ねてみることにした。
「あっははっ、君って本当に、可愛いね。大丈夫だよ。そうやって、人の心を知ろうと出来るのは誰の影響だろうね。俺は君の事が好きだよ。ただ、あまり気にする事考えてなかったんだけどなぁ」
 彼は笑って、私の事をなでる。
「何かは考え てたじゃないですか」
 彼に甘えれば、彼は大切なものを扱うように私の扇子を手から取られた。
 「あまり物をじっくりみつめられると、やけちゃうなぁ」
 扇子よりも私を見つめて言って来る彼に、キスをされる。それはもうスマートで、慣れていて。 いや、まるで慣れたようになのだろうけれど、ほっぺにスマートにキスされる。
 甘やかなそれはいつだって、私をほっとした気持ちにさせてくれる。
「ありがとう、ヒュー」
 この時間をありがとうと、彼に伝えると、彼は優しく微笑んだ。
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