婚約

 貴族への説得の勝者は王子であるヒューゴの勝利になった。ヒューゴはさわやかに勝ち誇った笑顔を見せている。貴族達はしぶしぶといったもの、勝ち誇るもの、安堵する者、 等々に分れた。国王の最終判断による勝者のため、今後国王の反発がなければ変わる事は無い。
「では、学園と自由帰宅についての交渉を錬金術省大臣よろしく頼むよ。後、同時にステファースの入学調整も行ってくれ。では、本日の会議を終了する、以上!」
 ヒューゴは、会議を閉じる。各大臣等も参加するこの会議、かなり重要度の高いものであったのだ。会議終わりに、彼は私と向き合って話す。
 「無事に入学が決まったからね。君一人になるから、気を付けて。もう大丈夫だとは思うけれど、移動には 必ず騎士を連れる事、誰か話す時は人通りのあるところで」と、険しい顔で警戒してくる。
 それを聞いて、うなずいて返す。
 すでに、もう彼の父は決断をしていたらしく、学園側も入学許可を出しているそうだ。だから、そもそも何事も無く入学可ではあったらしい。
 それ故にこうして注意喚起をしている、必ず行くからこそ、必要なことなのだ。
 誰かが、見ているところでのだ。
「一種のパフォー マンスでもあるからね。さて、色々と準備しなくてはね。今からでも、準備物として、入れられるものはあるはずだ。手伝ってくれるかい、スティ」
手を差し出される。 でも、もうその手をしっかりと取れるのだ。
「えぇ、もちろんです。ヒューゴ、お手伝いしますね」
  そう伝えると、満足そうに笑う。それが、なんだか照れるという事もあるけれど、ある意味まさに未来の王と王妃としての姿が出来上がりつつあった。
 さみしくないという事はない。本当はさみしいけれど、言う事は出来ない。それでも、私は彼の婚約者なのだから、怖くはないのである。
 それに、1年後は彼とともに同じ場所にいるのだから。
 何事もなく、彼を送り出す。それは、何だか照れくさかった。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆
 あれから、1年が過ぎた。とうとう、彼が通っている場所にいる。
 夜空が水面に広がる水盤のその美しさというものは、見た者にしか分からないだろう。ただ、水盤の周りの文字、それが示す通りに、手を入れる。水の中で何かが手に当たって別の所に行くというよりも指と指の間を抜けて行った。
 願いならあるはずだ、そう何故か思いついた。それを願う。そっと、入って来た星は、願いを思い浮かべたそれと同時だった。
  手の中にある星はまばゆくて、なんだか気持ちも明るい。それを、引っ張って抜くと、私の手にはバラのようなステラがそこにはあった。
 美しい形をしていると思う。側にいた学園長は、私に外で待つように言ったけれど、久し振りに自由に外に出ているのに、どことなく不自由な気がする。

 外に出てのんびりと、待っているとクランが来た。オウランの首長の息子である。これは、名前 順だったのかすら分からないなぁとなっている。たぶん、うろうろしていたのだろう。
「やぁ、君も 待たされているのかな。俺もだよ」
 彼は、私が暇そうに待っていたように見えたらしく声を掛けてくれた。
「そうみたいですね、貴方もなのですか」
「そうだよ。さっき、ベリルウッドの誰かも居たかな」
 ベリルウッドの人たちについて教えてくれた。そわそわとしつつも、 ちょっとだけ遠くに行ってみると、ミゲルとヒューゴを見つけた。どうやら出てきてくれていたらしい。
「おっ、来た来た、待ってろって言われたんだよな」
 ミゲルは確認するように私に言ってくれるのでうなずいて返す。
「なるほどね、スティ、入学おめでとう。俺もうれしいよ」
 ヒューゴは私のレガリアの帽子を取って、頭をなでてくる。
「くすぐったいです」
 なでてくる手をとってそう言えば彼はくすくすと笑っていた。手を私の頭の上から自分の胸元に持ってくると、口元に近づけていく。
「あまり気を張りすぎないようにしないとね」
「ありがとうございます、ヒューゴ」
 言いながら出された腕を取って、元の場所に戻る。それぞれベリルウッドとオウラン、ギザムルークで数人がいたらしい。ただ、2年生を含めた面々が少し大変そうではあった。学校もこれだけ、中核の人間が揃うとは思ってなかったに違いない。
 ギザムルークの面々の中に第二王子、オウランは首長の息子、ベリルウッドは第一王子のヒューゴ、シュルヴァートは第一王子のエドガーがそろう。
 それだけに、国の中枢を担う面々の権力は大きいものだ。
「さてと、君のステラの見せてくれる」
 そう言われるまま、手を差し出した。ステラがある方を包み込むように彼は手を持つ。
「確かに、そうだね。どうしようか、一応明日に我が父に報告しないとね。さすがに今日来て、今日帰るのはしたくないなぁ」
 ヒューゴは仕方ないけれどねと諦めたようにいった。彼らしいかもしれない、きちんと報連相をするところは。
「どうせ、明日は会議があるだろ」
「よく知ってるね、あるんだよ。父も出席するからこそ、出ないといけないんだ。その直前に、父に会うからその時に報告をしておこうか」
 ミゲルが知っていたのは、通達が言ってるからである。そう、貴族に対して。それは、それでいいらしい。そんな話をしていると、学園長はそんな面々の中へと入ってきた。
「みんなそろっているわね、フィクステラを持つ者たち。 荷物を持って、ついに来てちょうだい。別なのよ」
 荷物を持って移動する事になる。 と言っても私の荷物はこの人がもうすでに自分の部屋に入れているのだけども。
 みんな、学園長の後ろについていき、寮についた。そうして、話が始まる。
「ステラは、一般的なステラとフィクステラがある」 と、説明されるものの、さっぱりだ。わからないなぁと思っていると、いつの間にか数人が集まっていた。
「それを持った先輩が彼ら。あいかわらず、全員がそろわないのね」と、その人達を見て学園長は言う。
「すまない、ジェイは……。シュルヴァートの第一王子、 エドガーだ。よろしく頼む」と、先導したのはエドガーで、それに続いたのは「エドガー様の騎士、レナードです」とあいさつする。金髪で王子様のような彼の騎士だ。
「次はうちかな、ベリルウッドの第一王子、ヒューゴだよ。よろしくね、彼女が俺の婚約者になる、合わせてよろしく。後、サルースもいるけど彼はだいたい図書館あたりにいるね、今はいないけど」と、こっちに振るので「ステファーヌ・ローズブレイドです。よろしくお願いします」と続けた。ざわついているけれど、 次は「ヒューゴ様の騎士のユージンだ。よろしく頼む」となった。
 まずは、ここで全員があいさつをすませることになる。ミゲル、タキが終われば、ギザムルークの面々だ。
 眼帯をした先輩である彼は「ザイード」と、先に挨拶した。先輩はカシムに繋げる。「カシムだ。寮に住むつもりはないが、よろしくな」と、言われる。そうして、続いたのは双手のアルとゼタだった。オウランは「ウルタです。よろしくお願いしますね」と言う彼に、 「クランだよ。よろしくね」と、全員があいさつしている。
「仲良くしてちょうだい。部屋は自由に決めてちょうだい。あなた達なら、できるわよね」そう言ってから学園長は、帰って行った。 

翌日から授業が始まる。
 1年は錬金術の基礎であるし初めは、基礎の基礎だ。ステラの使い方や錬金術に使用する物の素材についてなどから入って来る。それにもちろん、他教科もあるのだ、忙しい。栽培についても勉強するし。本当に大変なのだ。元々、父や祖父から学んで来た事も多い。しかし、なめていたら、 足をすくわれそうだ。
 アーロン先生とネイサン先生は特に甘い人じゃないように思える。彼らの求めるランクまでいけるだろうか。ちょっと気になるけれど。
 自分は課題をやっているのに、こちらを向いてどうしたの?と、首をかしげているこの人のためにも、自分のためにも、 頑張ってみようかな。
 今は授業の初日が終わり、夜の事だ、彼も城から乗って来たからと、部屋にいる。
 課題は今日からあったから、その分はすでに終わらせた。彼はこれからなので、まったりしながら、待っている。
「よしっ、これでいいかな。大会は今日は疲れていないかい?」
 ようやく終わったようで彼はこちらに振り向いてから尋ねて来る。
「大丈夫だよ。そんなすぐ疲れたりはしないと思う、たぶん」
 まぁ、少しうるさいのは疲れるけれど。疲れてはないはずだきっと。
「静かな所で生活していた分、慣れないんじゃないかな?」
 そう、言って立ち上がった。そこから、私のところへと来て隣に座る。
 ため息を付いたのがバレているので、疲れていると思われているのだろうか。彼は二人だけのこの時は甘い。いつものらりくらりと掴み所ないのに、甘いのだから困る。
「大丈夫、疲れていない?」
 甘い声は、ほっとするような力を持っていて、いつだって安心させられてしまうものなのだ。そして、大きな手でなでられる、やっぱりくすぐったくて。
 忙しくてなかなか帰ってこれない父、厳しいけれど褒める時は褒める祖父に育てられたものだ、母より父の方が安心する。それに近い何かが彼にはあった。 ほっとする何か、神の子とも言われる王子。彼が言うならば大丈夫。そういつだって、思わせてくれる。
「そんなに気にしないで、ヒュー。ちょっと、考え事をしていたの。ほら、アーロン先生は厳しそう。だから、私は彼に求められる生徒になれるかなって。私自身のためにも貴方のためにも、評価される生徒でありたいんです」
 少しだけそっぽ向いて、言ってみる。すると、彼は「君らしいな」と、 彼らしい笑みを見せた。「アーロン先生は少しいじわるな課題を出してくる時があるんだ。それに難なく対応する事が重要だね」
 そう、彼の性格を教えてくれるので、やる気になる。
「君らしくて好きだよ、そういうところ」 
 彼は口元を隠してくすくすと笑った。照れくさくなって、顔を見られたくないから、彼の肩に頭を乗っけて甘えることにした。
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