婚約

 紅茶にはミルクと砂糖をお好み入れる、これがベリルウッドのやり方だ。作法と言ってもいいかも知れない。これにはもう慣れ親しんでいるし、好みでもある。だから、自分の色に染め上げる。そうすれば、俺好みのミルクティーとなった。それに、ゆったりとほほえんでから、口に運ぶ。 手慣れた仕草は、洗練されたものだと、メイドたちは知っているのだ。それはさておき。
「あの子は、今どんな子に育っているのかな?」ただ、そう呟く。ミルクに染まった紅茶の水面は何か答えるように揺れた。それに、笑みは深まる。そろそろ、時期だと思う。
 ミゲルの父によれば、あの子は今年16歳をむかえる。それに、父は大臣をしているのだから、 家柄的な問題は無いし、すでに候補者としての選定の上位にも入っている。確か、ミーティアからも早期入学の話があったが、母親によって断られたとか。
 その才能を守るという意味でも婚約者として通す事は可能だ。
 彼女は素直で真面目な努力家、母親の求めるままに自分を演じる演者。しかし、あの子は、自分の感情も大切にしている。
 母が見ていない事ではとっても素直で純粋なのだそう。ミゲルと仲が良いから日常的なその子の行動が手に入る。ミゲルは「危ないやっにつかまった」とか言うけれど、こうした情報収集は必要なのだ。ただ、ミゲルはそれを理解している。
「まぁ、俺としてもお前に気に入ってもらえるのは嬉しいけどな。あいつの、母親がちょっとな」
 俺の目の前に座って、ミゲルはあの子の資料を手に取る。それにも書かれている事だった。
 一般的な教育に加え、政治関係についても学ばされている。それはヒューゴにとって、利点があるのだから、助かるか。
「まぁ、この辺は男がメインに学ぶみたいな意識もあるけど、この子が学んでくれたほうがありがたい話ではあるからね」と、ヒューゴは自身の意見を言った、ミゲルも同意する。ある意味ここは変えていかねばならないことであるだろう。
「そうだな。まぁ問題は母親の過剰な期待と、行動とかの押し付けがなぁ」と、ミゲルとヒューゴは思っている。
 考え込んだヒューゴにミゲルは、中断させるように話しかける。
「それはそうだよな、で何をしたいんだよ。俺から見たあいつでも話せって?」
 ミゲルは、その資料を持って、片手で紅茶を飲む。それにヒューゴはうなずいた。そうだと。
「あぁ、そうだな。真面目で純粋ではある。ほめるとうれしそうにするから可愛いな。好奇心は強いし、集中力もある。人を気に掛けたりする事も出来るし、一緒にいても気は楽だよな」と、ミゲルは言う。
 まっ、資料通りではある。だからこそまぁ良いかとも思う、これぐらいの性格がちょうど良い。
「父に渡してくるよ、待っててくれるかな」
 にこりと笑って、ミゲルに言うと、彼は仕方ないなと言った。そうして、ミゲルはむっとするのだ。俺の話で決めたのか、とね。
 父には案外すぐ会えた。父もまた、候補内に居た子なので、思っていたよりも早く、決めたらしい。まぁ、完全に決定するにはもう少しかかるだろうけれども。もうすでに根回し済みのようなので、恐れ入る。こちらもなかなか、手怖い人なのだ。まぁ、我が父ではあるけれど。
 ミゲルの所に戻れば、彼は自由に本を読んでいた。それを止めて、彼はこちらを見る。
「俺は、あの子に会いたいな。あの子らしくしていてくれているかな」と言ったら、ミゲルは笑うのだ。
「こないだあったけど、変わらないな。相変わらず、俺のところでは素直で優しくて、心配性だ。一度決めたことは貫ける強さもあるんと思うぞ」
「あの子はここで、どんな姿を見せてくれるのだろうね」
 ヒューゴはただただ待ち遠しいと感じていた。ミゲルもヒューゴの珍しい姿にくすりと笑ってみせる。
「そうだよな、あいかわらずだなあ」と、彼は笑う。
 たぶん、興味のある事では真っすぐに見つめる事を言っているのだろうな、彼は案外とても分かりやすかった。でも、分かりにくい時は分かりにくいのだけれども。

「君が居てくれたから、俺はあの子に会えたんだよ。出かけた君を待っているときに、あの子は俺にこう言ったんだ『貴方は、貴方を演じているのかな?寂しくないの、ボクはとっても寂しいよ、寂しいのに、演じてるときはボクが見つからないんだ』って、だからこそ俺はあの子を選びたいんだよ、父が許してくれるのであれば」

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

「ベリルウッドの第一王子ヒューゴだよ。君は、俺の妃になるのだから、ヒューゴって気楽に呼んでくれてかまわないよ」
 第一王子、王太子の彼の優しい甘い笑顔にほっとする。
 突然連れられたと思えば、ここだった。ベリルワッドの政治・社交の中心地ともえる王城だったのだから驚く。でも何故かわからないけれど、ほっとする自分もいた。
「ステファーヌです、よろしくお願いします、えっと、ヒューゴ」
 そう、恐れ多くも言うと、彼は満足そうに笑った。我が国の神の子、王子のヒューゴ様、薄明の紫、高貴で神秘的な紫は彼の魅力なのだろう。
「君の目も俺好きだよ。美しいバラのようだからね。 俺と君だけのバラみたいだ、おいで、君の事、教えてくれると嬉しいよ」
 後は、彼の手を取って、 ソファーまで連れて行ってくれる。驚くほどに友好的で。ほっとするのは助かるけれども、何を求められているのか読めなくて、どうすれば良いのか。
「ありがとうございます、王子」
 ただ、気持ちを伝えれば彼は「どういたしまして」と自然に受け入れてくれる。どうして、いや彼が王子だからかも知れない。
 ただ彼の前では、私は自分らしくあってもいいのかも知れないと思った。父が言うには、 一度、会っているらしい。私は覚えていないのだ。けれども、きっとそれは良い出会いだったのだろう。
「君は、妃になるべく教育される事になる。君なりに頑張ってくれたらいいからね。頑張ろう」
  彼は私に紅茶を差し出す。ほっとする味は、まろやかで美しかった。それでも、落ち着かない。
「あのね、大丈夫だよ。俺が選んだのだから、気にせずに色んな事、俺に気を使わずに言ってくれていいからね」と、彼は言葉を重ねた。
 
 彼の言う通りに、次の日からもう教育は始まって行く。家庭教師たちからという事になる。本格的にこの国の歴史から、現在の状況まで学ばなくてはならないし、政治から社交に関する事までやらねばならない。それはそれは、忙しい日々になる。もちろん、ヒューゴとの時間もあるので、気にせずに学びながらも交流は持っているし、課題に悩んでいると、彼が教えてくれることもある。
 ただ、ちょっとさみしい。甘えてもいいだろうかと考えていた。未来の夫にという事になるけれど。ソファーに座って、本を読んでいる姿があるから構ってよとつつく。
「どうしたの、構ってほしくなったのかな?おいで」
 彼は、二人っきりの時には、こうして甘やかしてくれるのだ。横に来て、彼の肩に頭をのせる。
「どうしたの、甘えたいのかな?君は兄がいなかったからね、ほしかった?」なんて、言われると、 うなずいてしまう。
「素直だね、俺は夫として見てほしいな。なら、甘えてもいいんだよ。兄はミゲルでいいだろう」 
そんなストレートな事を言ってくる彼と目を合わせると、くすりとほほえまれた。
「もう十分、夫として見ておりますよ、ヒューゴ」
 本当に久しぶりに、誰かにイタズラしてみたくなった。誰にって?
 私の行動に目の前で少しだけ意外だと思っているらしい、彼のほっぺに、少しだけキスを送る。
「可愛いイタズラだね。他の人にしたら怒るよ。ほら、おいで」
 彼は、少しむすっとしながらも、 私を引き寄せて、ほっぺにキスをくれる。くすぐったくてうれしかった。少しでも、求めてくれるなら。

「あのね、ヒュー」そうつぶやくと、彼は「何かな、スティ」と、目を合わせて返してくる。
「私、本当は 家にいたくなかった。母は弟が生まれてから、ずっと彼だけを愛していたから。
 今まで長男の代わりのように、政治とか、勉強ばかりさせて来たのに今度はあれをやれ、これをやれって言って来たり。少しは私もやって来てたものもあったけど、ヴァイオリアとかね。
 急に変えられて、ちょっと苦しかったんだ。
 今はほら、ちゃんと目的があるから大丈夫なんだよ?でも、何も目的も見出せなくて、苦しかった」
 そこまで言って、抱き付く。彼が怒らないから、ほっとする。何故か彼のそばは苦しくない。
「そうだね、母から何もされないようにというのも目的ではあるけど、 前向きではないからね。
 よく分かるよ。自分で前向きな目標や目的が思い付かないと苦しいからね、ありがとう教えてくれて」
 また、彼の言葉にほっとする。抱き付いているから顔は見えないけれど。 それでも、伝わってくるのは、負の感情ではないから。
「あのね、ヒュー。本当に夫として、見ていいのなら、私頑張るから。求められる妃になるから、教えてほしいなあ。どうしてほしい、どうしたら、貴方が楽になる?」
 すり寄って、彼を一人の人として見てあげたくて。言葉を尽くそうと努力してみる。
「あぁ、そうだね。夫として見てほしいな。大丈夫だよ。君は未来の妃だからね」と、私を抱きしめた。
 ヒューゴは、教えてもいいかなとは思う、どうあってほしいのか、と言う事を。ただ、どう伝えるかということを迷う所はあるのだ。そうだね、君はそう人の事を思える子だ。演じている自分と本当の自分を持てる子。だから、伝えてみるかとヒューゴは考えているのだ。
「あのね、教えてあげるよ。俺は、君が妃として求められる事が出来るようにしてほしい、笑顔の下に感情を隠せるようにしてほしいし、言葉にも出さないようにしてほしい。きっと、まだまだ求めるだろうけれど、君は俺や国王の求める、俺の妃になれるよ。君なりの妃というものを演じてみせてくれるかな?」
 ヒューゴは一度そこで切る。そうして、もう一度口を開く。少しだけ考えることがあったのだ。
「そして、君は君らしくあってよ。君が君を見付けられなくて、悲しむ必要なんてないんだよ。俺と二人の時、ミゲルやユージンぐらいなら、今俺の前にいる君でいいんだよ」と、伝わったかなと思いつつ、目の前でうなずく彼女に満たされるように抱きしめてあげた。
 うれしそうに、俺の腕にすり寄ってくる、思ったよりも甘えん坊なこの子らしいのかもね。と、思っていると彼女は俺にきちんと気持ちを伝えてくれる。
「分かりました。そう言う事は得意です、少なくとも前者なら」と、ステファーヌは彼に伝える。
 うそでは無いから。
「でも、演じている時は昔から自分はどっかに行くんだ。演じなくなればあるんだけど。 ただ、あの頃は、見つけたくなかったんだと思うから、やってみますよ」
 そう前向きに伝えると、彼は優しくうなずいた。
「いい子だね。スティ、一緒に君の目標を目指していこう」
 彼は私の目を見て言うので、こっちも彼を見つめる。彼は、私の髪をなでるように手くしを入れて、遊んだ。そうして言うのだ。
「もう少し、髪を伸ばしてみようか、きっと可愛いよ。そうそう、俺はそこまで制限をかけるつもりはないよ。君がやりたかった事、それが出来るだろうからね。君がやりたいからやる、今からはそれが出来る、この中でだけどね。一応何かしたかったら俺に声をかけてよ」
 彼はまるで、と言わずとも王子である、何でも出来る人のようにウィンクをしたのだ。
「じゃあ、錬金術の勉強は続けたいな、ダメですか、ヒュー」
今まで、どんなに何を言われようとやって来た事だから、彼は、驚く事もなく、「君の祖父君、王城仕えとして戻っているよ。声掛けてみようか」と、彼はすぐに動いてくれた。
 ここでは、目の前に、身近に頼りになる人がいるなぁと、現実逃避をするのであった。
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