薔薇と紅茶の国の騎士物語
セルシアーナの本の売れ行きは、かなり良くアーサーも鼻が高いと細く微笑む。
その製本版を、アーサーはG7会議前に読んでいた。まだ、誰もいない会議室……今回の担当であるアメリカは、まだ会議室には来ていない。 相変わらず、ぎりっぎりにくるんだろう。そんな予感が確かに来る。それにしても、一度読んだとしても面白い。そういえば……聞いていない。あの子は妖精が見えるのだろうか。いや、俺の周りの子達はあの子は見える子だと言っていた。ならば、きっとそうなのだろう。見える子がこの手の近くに来るのは、少しばかり見ていない。だからこそ、随分と嬉しいことだから楽しみで仕方ない。あの子が卒業して、こちらに来てくれることを望むばかりだ。いや……あの子の親はこちらにこさせたいみたいだからな。
「イギリスさんおはようございます。ところで、何を読んでいらっしゃるんですか?」
ふと、横を見ると黒髪で濃いめの茶色の瞳を持った彼が俺を覗き込んでいた。興味津々に俺の手元にある本を見ていた。そういえば、本を読むのは、英語を読むのは出来たのだったか。
「……これな、俺が今、気にかけている子が描いた本なんだよ。妖精と騎士、魔法の話を可愛らしく纏めているんだ。少し俺もアドバイスをしてやったりなしてたんだ」
アーサーは、優しく微笑みながら話す様子を見て菊は何処か温かい気持ちになった。そして、そういえばアルフレッドが言っていたことを思い出した。彼は国民には優しさを向けたい人なのだろうと菊はしっている。
『アーサーは、国民には凄く優しくなるんだぞ。どんなに激高してたとしても、するりと態度を変えるんだ。それは、戦場でも変わらなかったよ。
例え、国民の選択に怒っていたとしても、自分の感情をコントロールしているところを昔は驚いたものさ、普段はあれだけ俺に怒り散らかすのにね、よく泣いてるしさ。
きちんとその選択を共に進むことができる人だしね。俺たちには、怒ってくるのにね……なんでなんだろうね。国民と国……あの人の歴史や思考経路は、俺にはわからないよ』
国民を自慢したい気持ちは国にはわかる、そう思って菊はそのままアーサーに提案を掛ける。
「それは良いことですね。面白そうですね……。今度の会議の時に貸してくれませんか?」
提案すると、アーサーは明らかに表情を変えた。にぱっと、笑うような微笑み方は珍しいと菊は思う。
「ん……興味あるなら、今でも貸すぜ? データを貰ってるからな、ほら」
アーサーは頷きながら気持ちをそのままに伝え、彼は手元にある本を差し出してくれた。しかし、菊は驚く、今読んでいるところじゃなかったのかと。いや……彼のことだ。もう既に、読んでいるだろう。
もし、彼が出版まで導いたとすれば必ず読んでいなければ可笑しい。きっと、彼はそれを読んで面白かったから、彼がいいと思ったから、それを出版させたのだろう。そして、そうであるならば……きっと、彼は私に宣伝するつもりかもしれない。と、菊は思った。
「あらま、なんと……貴方、宣伝するつもりでしたね?」
「さぁな、あの子……日本とか外国にも興味持ってるんだ。あの子が、世界と繋がるきっかけになれればなとなと思ってだな」
菊の素直な質問にアーサーは、ははっと柔らかく笑う。困ったような笑みは珍しいが、国民の一人を大切に思う気持ちに嘘偽りはないのだ。
「それは、そうですね。なら、読ましてもらいますね」
「あぁ、もし良かったら日本語で感想でも書いてやってくれ。必要なら俺が英訳してやるから。次、会ったときに渡してやるよ」
「貴方は、国民に対して本当にお父さんのように振る舞いますね」
「そうか? 俺の秘書には、母親みたいだと言われたことがあるんだがな」
「私達は両方の性質を持ってるのかもしれないですね」
「まぁ、俺らはそうとも言うだろうな……俺はアメリカの兄にはなりきれなかったんだ。国民の父親として……年に兄として、時に友として……子供として、あれればいいと思っているんだ」
菊は、アーサーの言葉に優しく微笑んだ。かつての愛情を国民へと注ごうとしている優しい彼に微笑んだのだ。
会議も終わり、本国へと戻ったアーサーは彼女に連絡を入れた。今、何しているだろうか。何か困ったことはないだろうかと心配してしまう。部下たちにも聞いているから、もしかしたら性分なのかもしれない。可愛い子たちには苦労も必要だが、その苦労に対してサポートは必要だ。稀に、一人では乗り切れない苦労があるものだからな。実はあの後、セルシアーナからは彼女のメールアドレスから連絡があった。
ーーーーー
愛する友人 アーサーへ
連絡をしてくれていい。そう、貴方が言ってくれたので連絡をしてみることにしました。
最近、教授達に色々と自分から質問しに行くようになりました。
元々、興味や関心は強い方で質問はしていたんですが『最近はより深いとこまで聞いてくるね』と言われました。そうかもしれません。
国内国外の政治を違いを各国の哲学者の思考と比べてみたりと様々なことを考えながら、授業に励んでいます。また、勉強の質問や相談に乗ってくださると嬉しいです。
ここ最近、貴方の存在が自分の中で大きいことに気が付きました。SNSで出会った人にここまで親切に優しくしてくれる人は、貴方ぐらいだと私は思います。
それでも、あなたが作ってくれた人脈や経験は大きいものだと私は思います。
だからこそ、私は貴方のお役に立てているでしょうか。そんな、疑問が浮かんできてしまいます。それでも、私はいつかくる終わりの時まで。いや、なるべく長くあなたとの関係が続くよう、願っています。
セルシアーナより
ーーーーー
ふふっ、と優しく微笑む。何より、この子がこの国について今まで以上に熱心に学び始めてくれている。そろそろ、教授にどんな子なのか声をかけることになるか……と。
側仕えの一族は代々ある程度決まっている。あの、ドジっ子ハワードの一族も最近側仕えとして組み込まれた一族だ。いくつかあり、親がその子供を指定し、政府機関へ申し送ることがある。その場合、その時点から成績や個人の性格などを把握するため様々な調査を行うことになるのだ。
または、政府やその関係者が側仕えの候補者を選び、その子供の教育機関での様子を観察し、親への提案を行い、必要時にサポートし無事卒業させてこちらに就職させることもある。
まぁ、俺と付き合いのある人は、俺に直接どうですか?と聞いてきてくれるので、後者になることが多いのだが。今回は、偶にSNSで興味を持った子が側仕えの候補者であったので、びっくりしていたのだ。
どちらも一応情報機関による情報収集や精査等が行われるが、後者は実を言うとアーサー達化身が行うことがある。
まぁ、セルシアーナについて言うと……側仕えの候補者として申し送られていたらしいが。
「親に言われて、こちらを選ぶより。俺達を好んで選んでくれる方がいいからな。まぁ、急に後者に入れ込むって話だ。陛下と首相には既に許可取りはすんでいる。
それに……接してみて性格、行動と思考、成績特に問題ないからなぁ。まぁ、後は卒業出来るようにサポートしてやるか、ぐらいだな。積極性も上がったようだし、上々」
俺の知り合いたちは。セルシアーナについて、情報を収集した。その情報は、以下の通りである。
オリバー・エドワーズ、オリヴィア・エドワーズの元に生まれた第二子で長女であり、2歳上に兄ハリー、3歳下に弟レオの二人の兄弟がいる。
ハリーは、父親の反対を押し切り親戚の力を借りてアメリカのとある大学に留学しており、セルシアーナやレオとの仲も悪い。そのせいか、パブリックスクールの決定時レオはハリーが進学した方よりセルシアーナが進学した方を選んだという影響を残している。父親は、三人共にオックスフォードへの進学を望み、そのための勉強と経験をさせている。また、幼い頃から、ヴァイオリンとピアノを習い事として習っており、ワルツなど社交界でのダンスも習得済である。
ヴァイオリンやピアノ、ワルツなどのレッスンから社交界へも積極的に出していたようだ。
セルシアーナは、好奇心が強く元々一人で調べるのが好きなタイプだ。そして、教師には質問しに行くより、調べたりしたことがあっているか確認に行くことが多い。勉強熱心で、成績も良好で記憶力も高い。細かいことに気を向けることができるし、気遣いもできる。
ただ、人に声を掛けるとか集団にのんきに突っ込んでいくとかそういうタイプではない。自然が好きで、一人で過ごしていたいタイプ。だけども困っている人がいれば、手助けしようとすることができて。ボランティアとかも、興味のあることには積極的に参加していて……。
と、言う具合だ。
まぁ、経験はまだまだ詰めるしな。と、笑う。俺が、決めたなら首相も陛下も特に文句は言うまい。そして、この書類が手元にあるということはな。情報の精査としても問題なく通過している。つまり、上司たちも俺と彼女が上司部下の関係になることに対して危険分子はないと判断している訳だ。
ならば、早々にアプローチ掛けてやるか。そう思って来たのが、オックスフォード大学である。アーサーにとっては、大切な大学の一つで、馴染み深い場所だ。何度か通ったこともある。
何せ、一応……軍医としての立場が欲しくて、医学部に通わせてもらった身であるし……うん。懐かしいなと俺はこの道をゆく。
廊下を通れば、多くの生徒たちが歩いているから、懐かしさは倍増だ。学生たち同士の会話だけでなく、教授達も学生と話したりしていて、コミュニケーションが豊かだと言えるだろう。
何人かの教授が俺に気づいて礼をする。それに手を上げてそれを返しながら、俺は目的地に向かった。それに、生徒たちが不思議そうにする。基本的に俺達は大人になって仕事をしていると、この存在を認識するに至ることが多い。それか、貴族の子どもたちは社交界で知ることも多いか。
指定された場所に行くと、セルシアーナの通う学部の教授達の姿がある。
「お久しぶりです、イギリスさん」
「久しぶりだな。で、お前たちの所にエドワーズが居るはずだが……」
「セルシアーナ・エドワーズですね、彼女は真面目な子ですね。指摘したところは必ず、次回提出のときには訂正して見せてきます。その時には、合格を渡せることが多いですね。最近は、悩んだときには相談してきますし……積極性に関しても向上してきていますね」
「確かに、それと政治についての興味関心が幅広くなってきた気がするな。外交的な政治に興味が偏っていたが……ここ最近は、内政について哲学的な思考の差が各国影響を与えているのかについても興味があるようだ」
「そうか……。で、だ……彼女は、うちの側仕えの一族だ。こちらに送ることについて、意見はあるか?」
「いえ、成績的にも問題はないでしょう。外国への関心も強く、外交的な仕事も多いですからね。内政への興味関心も強くなっていますから、大丈夫だと思います」
「よし、なら……。決めていいか?」
「はい、宜しくお願い致します」
「まぁ、卒業出来るように各自サポート頼むぜ」
まぁ、短いのは資料はすでに貰っているので、確認作業を行うぐらいだからだ。これは、いつものことだからな。確認を行うのは、こちらもまたその意志があることを示すため。この側仕え一族の中からの補佐官及び秘書の受け入れは、時に政府や王族から、その人物の性格等により否定されることがある。それが、ないことを示すため、企業や俺が直接に交渉に行く形を取る。
これが終われば、正式にあの子にこれを渡すことになる。さて……。
外に出れば、もう夕方だ。セルシアーナは、メールを見てくれるだろうかと思いながらアーサーは連絡してみる。
ーーーーー
Hallo、セルシアーナ
君のカレッジに来ているんだが、会えないか?
君と話をするべきことができたんだ。
君にとって悪いことじゃないと思うんだ。
……で、まっている。
アーサー
ーーーーー
それから、しばらくして彼女から連絡があった。すぐに、その場所に行くので待っていてほしいとのことだ。アーサーは、のんびりと待っていることにした。
アーサーの手元には、王家の紋章が書いてある手紙があった。これは、今からセルシアーナの手に渡るものだ。相変わらず、あの人たちは代々側仕えが決まり増える事にこうして、手ずから書くのだ。
セルシアーナがこちらに気が浮いて俺に、手を振ってきてくれる。なんだか、少し気持ちがふわふわする気がする。彼女は、嬉しそうに笑ってくれているからまぁ……俺としても嬉しいものだ。
「セルシアーナ……渡したいものがあるんだ」
「なんですか?」
疑問そうに首を傾げたセルシアーナを、手招きして先程使っていた部屋へと誘う。そうして、彼女へとその手紙を渡した。
「開けてみればわかる」
恐る恐ると、開けられるそれは優しく丁寧に扱われる。
その手紙の内容は、この子の性格を俺自身から陛下及び首相に報告した内容……。そして、卒後の就職場所の決定内容に、今後のことであった。この決定を相手が嫌がる場合はここで破棄される場合もあるが……。
しかし、否定されるかされないかの判断後に書かれるものなので。まぁ、返されたことはほとんどないもの。殆どは、この地位は望む人に送られる立場だ。望まない場合、化身に影響を与えるまたは国に影響を与えかねない場合があるためもうすぐにその手紙は破棄される。この子はどうするのか……。俺は、ただ……見守るだけだ。
セルシアーナはその内容を見て驚き俺を見る。その内容は事実なのかと問う瞳に笑い掛けて、大きく明らかに、頷いた。
「本当に……私で、いいんですか?」
不安そうに、うつむき加減で聞いてくる彼女の頭をぽんぽんと撫ぜる。そうすると、うつむいていた視線がアーサーへと向いた。
「お前がいいんだよ、大丈夫だ。お前なら行けると判断したのは……俺自身だ」
「アーサーさんが?」
「あぁ、俺が判断した上で、俺の上司に回した。どちらにしろ、最終判断は彼らだからな。俺らはこき使われるだけだ」
「アーサーさんが、調べろって言ったのはこのためだったんですか?」
「あぁ、お前なら気味悪がらないだろうとも思ったからな。改めて、俺はグレートブリテン及び北アイルランド連合王国……代表、イングランドだ。基本はイギリスと呼ばれているな」
「……。アーサーさんが?国?」
「の、化身だな。見える精霊とも考えられているな」
「アーサーさんが、私でいいと言うなら。私は、貴方の下で……仕事がしたいです」
「そうか……。なら、俺はその手紙を渡したままにしていいんだな?」
「お願いします、アーサーさん!」
「宜しくな、これからも」
アーサーが手を差し出し、それを握り返してきたセルシアーナ。アーサーはその手を引き寄せ、抱きしめる。ゆっくりと撫でてやると、緊張が溶けたのかストンと肩の力が抜けた。
「お前が、どう親に言われてきたのかは、詳しくは知らない。それでも、お前の父親が行かせようてしていた場所で、仕事したいと言ってくれたお前が愛おしいよ。
お前が望むなら、父にでも兄にでも友人にでもなってやる。何かあれば相談してくれ、俺は常に国民とともにある。お前とそしてお前たちと共にあるから、安心しろ」
「ありがとうございます……アーサーさん」
「ん、普段はそれで読んでくれたらいいからな。さて……。で、これからも論文とかわからなくなったら、聞いてくれたらいい。卒業に向けて、サポートしていこう。必ず、困ったら連絡だ。約束しような?」
こくこく、と抱きしめたままにうなずいてくれる存在……彼女の優しい体温が何となくほかほかとオレの心を満たしていく。
「また、会おう。今日はゆっくりと気持ちを整理するといい。それは、持っておくといい。くれぐれも、失くさないようにな?」
「はい、アーサーさん。また、連絡します」
「宜しく。また、会いに来るからな」
セルシアーナへと、優しく声をかけてから、アーサーはゆっくりと離れていく。彼女が、涙目になっていることを見つけてしまったから。彼女の手を持ち上げて、軽くキスを贈る。
「大丈夫だ、セルシアーナ……自分を信じろ。そして、どうか俺を……俺という国を信じてほしい。おれは、この名にかけて誓おう。お前自身が、この先を進み行けることを」
「アーサーさん……。あのっ、私……頑張ります。だから、どうか支えてください」
「勿論だ、セルシアーナ……。国民の行く先をサポートし、共に行く。それが、俺の役目であり義務だ。お前も愛おしい我が子だよ」
「ありがとうございます。また、またこんど……」
「あぁ、また……」
今度こそ、離れてセルシアーナに背中を向ける。あの子がどんな様子なのかはもう見ない。大丈夫だから、きっと……あの子は、立ち向かってゆくことができるだろう。重圧や親との気持ち的なものも。
セルシアーナと別れれば、歩く先に俺の秘書がいる。どうでしたか?と、満面の笑みで迎えてくれる彼の笑顔がどうしても、かつての部下の表情を写し取ったような彼が目の前にいるような感覚にしてくれる。
「お前に初めて国だと言ったときのことを思い出すよ」
「そうですか……まぁ、普通の人じゃないことは子供の頃から何となく知ってましたからね」
「そうか、そうか……そうだったか。さて、一人お前の部下が決まったぞ。育ててやれよ、俺も育てるけどな!」
「わかりました、サー……。さて、まだ今日は仕事ありますよ」
「わかってるって、陛下からの呼び出しだろ?相変わらず、夕食をともにって……寂しいのか話がしたいのか、相談事があるのか……どっちなんだよ!」
「貴方様は、あの方々から誘われてしまえば拒否はできないでしょう?」
「全くだ……まぁ、でもよ! 今日は悪くない日だな」
「えぇ、悪くない日ですね」
今日は、悪くない、悪くない……そんな日だ。
だから、今日はセルシアーナにとっても悪くない日であってほしいと愚かにも思う。
その製本版を、アーサーはG7会議前に読んでいた。まだ、誰もいない会議室……今回の担当であるアメリカは、まだ会議室には来ていない。 相変わらず、ぎりっぎりにくるんだろう。そんな予感が確かに来る。それにしても、一度読んだとしても面白い。そういえば……聞いていない。あの子は妖精が見えるのだろうか。いや、俺の周りの子達はあの子は見える子だと言っていた。ならば、きっとそうなのだろう。見える子がこの手の近くに来るのは、少しばかり見ていない。だからこそ、随分と嬉しいことだから楽しみで仕方ない。あの子が卒業して、こちらに来てくれることを望むばかりだ。いや……あの子の親はこちらにこさせたいみたいだからな。
「イギリスさんおはようございます。ところで、何を読んでいらっしゃるんですか?」
ふと、横を見ると黒髪で濃いめの茶色の瞳を持った彼が俺を覗き込んでいた。興味津々に俺の手元にある本を見ていた。そういえば、本を読むのは、英語を読むのは出来たのだったか。
「……これな、俺が今、気にかけている子が描いた本なんだよ。妖精と騎士、魔法の話を可愛らしく纏めているんだ。少し俺もアドバイスをしてやったりなしてたんだ」
アーサーは、優しく微笑みながら話す様子を見て菊は何処か温かい気持ちになった。そして、そういえばアルフレッドが言っていたことを思い出した。彼は国民には優しさを向けたい人なのだろうと菊はしっている。
『アーサーは、国民には凄く優しくなるんだぞ。どんなに激高してたとしても、するりと態度を変えるんだ。それは、戦場でも変わらなかったよ。
例え、国民の選択に怒っていたとしても、自分の感情をコントロールしているところを昔は驚いたものさ、普段はあれだけ俺に怒り散らかすのにね、よく泣いてるしさ。
きちんとその選択を共に進むことができる人だしね。俺たちには、怒ってくるのにね……なんでなんだろうね。国民と国……あの人の歴史や思考経路は、俺にはわからないよ』
国民を自慢したい気持ちは国にはわかる、そう思って菊はそのままアーサーに提案を掛ける。
「それは良いことですね。面白そうですね……。今度の会議の時に貸してくれませんか?」
提案すると、アーサーは明らかに表情を変えた。にぱっと、笑うような微笑み方は珍しいと菊は思う。
「ん……興味あるなら、今でも貸すぜ? データを貰ってるからな、ほら」
アーサーは頷きながら気持ちをそのままに伝え、彼は手元にある本を差し出してくれた。しかし、菊は驚く、今読んでいるところじゃなかったのかと。いや……彼のことだ。もう既に、読んでいるだろう。
もし、彼が出版まで導いたとすれば必ず読んでいなければ可笑しい。きっと、彼はそれを読んで面白かったから、彼がいいと思ったから、それを出版させたのだろう。そして、そうであるならば……きっと、彼は私に宣伝するつもりかもしれない。と、菊は思った。
「あらま、なんと……貴方、宣伝するつもりでしたね?」
「さぁな、あの子……日本とか外国にも興味持ってるんだ。あの子が、世界と繋がるきっかけになれればなとなと思ってだな」
菊の素直な質問にアーサーは、ははっと柔らかく笑う。困ったような笑みは珍しいが、国民の一人を大切に思う気持ちに嘘偽りはないのだ。
「それは、そうですね。なら、読ましてもらいますね」
「あぁ、もし良かったら日本語で感想でも書いてやってくれ。必要なら俺が英訳してやるから。次、会ったときに渡してやるよ」
「貴方は、国民に対して本当にお父さんのように振る舞いますね」
「そうか? 俺の秘書には、母親みたいだと言われたことがあるんだがな」
「私達は両方の性質を持ってるのかもしれないですね」
「まぁ、俺らはそうとも言うだろうな……俺はアメリカの兄にはなりきれなかったんだ。国民の父親として……年に兄として、時に友として……子供として、あれればいいと思っているんだ」
菊は、アーサーの言葉に優しく微笑んだ。かつての愛情を国民へと注ごうとしている優しい彼に微笑んだのだ。
会議も終わり、本国へと戻ったアーサーは彼女に連絡を入れた。今、何しているだろうか。何か困ったことはないだろうかと心配してしまう。部下たちにも聞いているから、もしかしたら性分なのかもしれない。可愛い子たちには苦労も必要だが、その苦労に対してサポートは必要だ。稀に、一人では乗り切れない苦労があるものだからな。実はあの後、セルシアーナからは彼女のメールアドレスから連絡があった。
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愛する友人 アーサーへ
連絡をしてくれていい。そう、貴方が言ってくれたので連絡をしてみることにしました。
最近、教授達に色々と自分から質問しに行くようになりました。
元々、興味や関心は強い方で質問はしていたんですが『最近はより深いとこまで聞いてくるね』と言われました。そうかもしれません。
国内国外の政治を違いを各国の哲学者の思考と比べてみたりと様々なことを考えながら、授業に励んでいます。また、勉強の質問や相談に乗ってくださると嬉しいです。
ここ最近、貴方の存在が自分の中で大きいことに気が付きました。SNSで出会った人にここまで親切に優しくしてくれる人は、貴方ぐらいだと私は思います。
それでも、あなたが作ってくれた人脈や経験は大きいものだと私は思います。
だからこそ、私は貴方のお役に立てているでしょうか。そんな、疑問が浮かんできてしまいます。それでも、私はいつかくる終わりの時まで。いや、なるべく長くあなたとの関係が続くよう、願っています。
セルシアーナより
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ふふっ、と優しく微笑む。何より、この子がこの国について今まで以上に熱心に学び始めてくれている。そろそろ、教授にどんな子なのか声をかけることになるか……と。
側仕えの一族は代々ある程度決まっている。あの、ドジっ子ハワードの一族も最近側仕えとして組み込まれた一族だ。いくつかあり、親がその子供を指定し、政府機関へ申し送ることがある。その場合、その時点から成績や個人の性格などを把握するため様々な調査を行うことになるのだ。
または、政府やその関係者が側仕えの候補者を選び、その子供の教育機関での様子を観察し、親への提案を行い、必要時にサポートし無事卒業させてこちらに就職させることもある。
まぁ、俺と付き合いのある人は、俺に直接どうですか?と聞いてきてくれるので、後者になることが多いのだが。今回は、偶にSNSで興味を持った子が側仕えの候補者であったので、びっくりしていたのだ。
どちらも一応情報機関による情報収集や精査等が行われるが、後者は実を言うとアーサー達化身が行うことがある。
まぁ、セルシアーナについて言うと……側仕えの候補者として申し送られていたらしいが。
「親に言われて、こちらを選ぶより。俺達を好んで選んでくれる方がいいからな。まぁ、急に後者に入れ込むって話だ。陛下と首相には既に許可取りはすんでいる。
それに……接してみて性格、行動と思考、成績特に問題ないからなぁ。まぁ、後は卒業出来るようにサポートしてやるか、ぐらいだな。積極性も上がったようだし、上々」
俺の知り合いたちは。セルシアーナについて、情報を収集した。その情報は、以下の通りである。
オリバー・エドワーズ、オリヴィア・エドワーズの元に生まれた第二子で長女であり、2歳上に兄ハリー、3歳下に弟レオの二人の兄弟がいる。
ハリーは、父親の反対を押し切り親戚の力を借りてアメリカのとある大学に留学しており、セルシアーナやレオとの仲も悪い。そのせいか、パブリックスクールの決定時レオはハリーが進学した方よりセルシアーナが進学した方を選んだという影響を残している。父親は、三人共にオックスフォードへの進学を望み、そのための勉強と経験をさせている。また、幼い頃から、ヴァイオリンとピアノを習い事として習っており、ワルツなど社交界でのダンスも習得済である。
ヴァイオリンやピアノ、ワルツなどのレッスンから社交界へも積極的に出していたようだ。
セルシアーナは、好奇心が強く元々一人で調べるのが好きなタイプだ。そして、教師には質問しに行くより、調べたりしたことがあっているか確認に行くことが多い。勉強熱心で、成績も良好で記憶力も高い。細かいことに気を向けることができるし、気遣いもできる。
ただ、人に声を掛けるとか集団にのんきに突っ込んでいくとかそういうタイプではない。自然が好きで、一人で過ごしていたいタイプ。だけども困っている人がいれば、手助けしようとすることができて。ボランティアとかも、興味のあることには積極的に参加していて……。
と、言う具合だ。
まぁ、経験はまだまだ詰めるしな。と、笑う。俺が、決めたなら首相も陛下も特に文句は言うまい。そして、この書類が手元にあるということはな。情報の精査としても問題なく通過している。つまり、上司たちも俺と彼女が上司部下の関係になることに対して危険分子はないと判断している訳だ。
ならば、早々にアプローチ掛けてやるか。そう思って来たのが、オックスフォード大学である。アーサーにとっては、大切な大学の一つで、馴染み深い場所だ。何度か通ったこともある。
何せ、一応……軍医としての立場が欲しくて、医学部に通わせてもらった身であるし……うん。懐かしいなと俺はこの道をゆく。
廊下を通れば、多くの生徒たちが歩いているから、懐かしさは倍増だ。学生たち同士の会話だけでなく、教授達も学生と話したりしていて、コミュニケーションが豊かだと言えるだろう。
何人かの教授が俺に気づいて礼をする。それに手を上げてそれを返しながら、俺は目的地に向かった。それに、生徒たちが不思議そうにする。基本的に俺達は大人になって仕事をしていると、この存在を認識するに至ることが多い。それか、貴族の子どもたちは社交界で知ることも多いか。
指定された場所に行くと、セルシアーナの通う学部の教授達の姿がある。
「お久しぶりです、イギリスさん」
「久しぶりだな。で、お前たちの所にエドワーズが居るはずだが……」
「セルシアーナ・エドワーズですね、彼女は真面目な子ですね。指摘したところは必ず、次回提出のときには訂正して見せてきます。その時には、合格を渡せることが多いですね。最近は、悩んだときには相談してきますし……積極性に関しても向上してきていますね」
「確かに、それと政治についての興味関心が幅広くなってきた気がするな。外交的な政治に興味が偏っていたが……ここ最近は、内政について哲学的な思考の差が各国影響を与えているのかについても興味があるようだ」
「そうか……。で、だ……彼女は、うちの側仕えの一族だ。こちらに送ることについて、意見はあるか?」
「いえ、成績的にも問題はないでしょう。外国への関心も強く、外交的な仕事も多いですからね。内政への興味関心も強くなっていますから、大丈夫だと思います」
「よし、なら……。決めていいか?」
「はい、宜しくお願い致します」
「まぁ、卒業出来るように各自サポート頼むぜ」
まぁ、短いのは資料はすでに貰っているので、確認作業を行うぐらいだからだ。これは、いつものことだからな。確認を行うのは、こちらもまたその意志があることを示すため。この側仕え一族の中からの補佐官及び秘書の受け入れは、時に政府や王族から、その人物の性格等により否定されることがある。それが、ないことを示すため、企業や俺が直接に交渉に行く形を取る。
これが終われば、正式にあの子にこれを渡すことになる。さて……。
外に出れば、もう夕方だ。セルシアーナは、メールを見てくれるだろうかと思いながらアーサーは連絡してみる。
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Hallo、セルシアーナ
君のカレッジに来ているんだが、会えないか?
君と話をするべきことができたんだ。
君にとって悪いことじゃないと思うんだ。
……で、まっている。
アーサー
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それから、しばらくして彼女から連絡があった。すぐに、その場所に行くので待っていてほしいとのことだ。アーサーは、のんびりと待っていることにした。
アーサーの手元には、王家の紋章が書いてある手紙があった。これは、今からセルシアーナの手に渡るものだ。相変わらず、あの人たちは代々側仕えが決まり増える事にこうして、手ずから書くのだ。
セルシアーナがこちらに気が浮いて俺に、手を振ってきてくれる。なんだか、少し気持ちがふわふわする気がする。彼女は、嬉しそうに笑ってくれているからまぁ……俺としても嬉しいものだ。
「セルシアーナ……渡したいものがあるんだ」
「なんですか?」
疑問そうに首を傾げたセルシアーナを、手招きして先程使っていた部屋へと誘う。そうして、彼女へとその手紙を渡した。
「開けてみればわかる」
恐る恐ると、開けられるそれは優しく丁寧に扱われる。
その手紙の内容は、この子の性格を俺自身から陛下及び首相に報告した内容……。そして、卒後の就職場所の決定内容に、今後のことであった。この決定を相手が嫌がる場合はここで破棄される場合もあるが……。
しかし、否定されるかされないかの判断後に書かれるものなので。まぁ、返されたことはほとんどないもの。殆どは、この地位は望む人に送られる立場だ。望まない場合、化身に影響を与えるまたは国に影響を与えかねない場合があるためもうすぐにその手紙は破棄される。この子はどうするのか……。俺は、ただ……見守るだけだ。
セルシアーナはその内容を見て驚き俺を見る。その内容は事実なのかと問う瞳に笑い掛けて、大きく明らかに、頷いた。
「本当に……私で、いいんですか?」
不安そうに、うつむき加減で聞いてくる彼女の頭をぽんぽんと撫ぜる。そうすると、うつむいていた視線がアーサーへと向いた。
「お前がいいんだよ、大丈夫だ。お前なら行けると判断したのは……俺自身だ」
「アーサーさんが?」
「あぁ、俺が判断した上で、俺の上司に回した。どちらにしろ、最終判断は彼らだからな。俺らはこき使われるだけだ」
「アーサーさんが、調べろって言ったのはこのためだったんですか?」
「あぁ、お前なら気味悪がらないだろうとも思ったからな。改めて、俺はグレートブリテン及び北アイルランド連合王国……代表、イングランドだ。基本はイギリスと呼ばれているな」
「……。アーサーさんが?国?」
「の、化身だな。見える精霊とも考えられているな」
「アーサーさんが、私でいいと言うなら。私は、貴方の下で……仕事がしたいです」
「そうか……。なら、俺はその手紙を渡したままにしていいんだな?」
「お願いします、アーサーさん!」
「宜しくな、これからも」
アーサーが手を差し出し、それを握り返してきたセルシアーナ。アーサーはその手を引き寄せ、抱きしめる。ゆっくりと撫でてやると、緊張が溶けたのかストンと肩の力が抜けた。
「お前が、どう親に言われてきたのかは、詳しくは知らない。それでも、お前の父親が行かせようてしていた場所で、仕事したいと言ってくれたお前が愛おしいよ。
お前が望むなら、父にでも兄にでも友人にでもなってやる。何かあれば相談してくれ、俺は常に国民とともにある。お前とそしてお前たちと共にあるから、安心しろ」
「ありがとうございます……アーサーさん」
「ん、普段はそれで読んでくれたらいいからな。さて……。で、これからも論文とかわからなくなったら、聞いてくれたらいい。卒業に向けて、サポートしていこう。必ず、困ったら連絡だ。約束しような?」
こくこく、と抱きしめたままにうなずいてくれる存在……彼女の優しい体温が何となくほかほかとオレの心を満たしていく。
「また、会おう。今日はゆっくりと気持ちを整理するといい。それは、持っておくといい。くれぐれも、失くさないようにな?」
「はい、アーサーさん。また、連絡します」
「宜しく。また、会いに来るからな」
セルシアーナへと、優しく声をかけてから、アーサーはゆっくりと離れていく。彼女が、涙目になっていることを見つけてしまったから。彼女の手を持ち上げて、軽くキスを贈る。
「大丈夫だ、セルシアーナ……自分を信じろ。そして、どうか俺を……俺という国を信じてほしい。おれは、この名にかけて誓おう。お前自身が、この先を進み行けることを」
「アーサーさん……。あのっ、私……頑張ります。だから、どうか支えてください」
「勿論だ、セルシアーナ……。国民の行く先をサポートし、共に行く。それが、俺の役目であり義務だ。お前も愛おしい我が子だよ」
「ありがとうございます。また、またこんど……」
「あぁ、また……」
今度こそ、離れてセルシアーナに背中を向ける。あの子がどんな様子なのかはもう見ない。大丈夫だから、きっと……あの子は、立ち向かってゆくことができるだろう。重圧や親との気持ち的なものも。
セルシアーナと別れれば、歩く先に俺の秘書がいる。どうでしたか?と、満面の笑みで迎えてくれる彼の笑顔がどうしても、かつての部下の表情を写し取ったような彼が目の前にいるような感覚にしてくれる。
「お前に初めて国だと言ったときのことを思い出すよ」
「そうですか……まぁ、普通の人じゃないことは子供の頃から何となく知ってましたからね」
「そうか、そうか……そうだったか。さて、一人お前の部下が決まったぞ。育ててやれよ、俺も育てるけどな!」
「わかりました、サー……。さて、まだ今日は仕事ありますよ」
「わかってるって、陛下からの呼び出しだろ?相変わらず、夕食をともにって……寂しいのか話がしたいのか、相談事があるのか……どっちなんだよ!」
「貴方様は、あの方々から誘われてしまえば拒否はできないでしょう?」
「全くだ……まぁ、でもよ! 今日は悪くない日だな」
「えぇ、悪くない日ですね」
今日は、悪くない、悪くない……そんな日だ。
だから、今日はセルシアーナにとっても悪くない日であってほしいと愚かにも思う。
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