薔薇と紅茶の国の騎士物語

セレシア @Celsia_468
アルビー、とてもあの刺繍素敵でしたよ。
まるで花畑を写し取っているみたい。
貴方が私の考えを肯定してくれて嬉しかったわ!
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アルビー @Albie_823
気に入ってもらえたようで良かった。あれで、よければあと2、3なら、作ることができそうだ。君の小説は、とても俺の心を動かしてくれるからな。俺が作りたいところを一枚つくっていいだろうか?
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セレシア @Celsia_468
そうでしょうか。
私は……小説を書くことしか、趣味がなくて。
常に、勉強、勉強でしたから。
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アルビー @Albie_823
俺は、そうは思わねぇよ。今からでも、遅くはねぇ。色々経験して失敗すればいい、失敗は怖くはねぇよ、きっとお前の周りには支えてくれる人がいる。きっとな。そして、その一人に俺を数えてくれると嬉しい。

 スマホを片手に、ぼすんっと音を立ててベッドへとダイブする。こうして、SNSには私を気にしてくれる人がいる。この人は、優しい人だから大丈夫。ネットには怖い人もいるけれどね。
 私は、ネットで小説を書いている。本当に、ひっそりと書いていた。そんな中、彼は私が書く妖精と少年の魔法の物語を気に入ってくれたらしく、彼の方から声を掛けに来てくれたのだ。

 まるで、その景色を初めから見ることができているようだ。妖精達がとても面白く可笑しいけれども、とても楽しい性格に仕上がっている。

 そう、楽しそうに言葉を掛けてきてくれた。私は、嬉しくて感謝の言葉を素直にそのままの気持ちを伝えた。本当に嬉しくて、仕方なかったのだ。妖精がみえるんじゃないか、的な指摘をされて驚いたけれど。

 悪い人じゃないとわかったから。

 彼は、それからやり取りを続けてくれるようになった。何より、私がやり取りをしようと同意する前に自分が男性であることを明かしてくれた。彼は素直で誠実な人だと思った。いつだって、紳士的に返事をしてきてくれる。
 だからこそ、この小説のイメージの場所、イメージの世界、咲いていてほしい花などを話したりもした。
 案外、ラテン語に強い彼にこういう魔法を作りたいなどそういう相談もした。
 そのどれもに、誠実に一緒に悩みながら返してくれたり、私の頭の中にある考えを時にイラストにして表してくれる彼とのやり取りは、楽しいものだった。
 私の私生活についても相談したりした。授業のこと、成績のこと……。そして、私がやりたいと思って頑張っていることも。そんな悩みについて、厳しくそして優しく接してくれることに凄く安心感を覚えていった。
 そして、そんな優しい関係性の中で一つの作品ができたのだ。優しいけれど勉強についてなると厳しくなる彼をイメージして、私は物語を書いたのだ。

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アルビー @Albie_823
全く、君にはいつだって驚かされる。まさか、俺をモチーフにしてくるとは……予想外だな。
でも、俺は嬉しいよ、ありがとう。
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セレシア @Celsia_468
ふふっ、ありがとうございます。
そう言ってもらえると嬉しいです。
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アルビー @Albie_823
そうだ、お前……何か、柔らかい雰囲気のイラストがほしいと言っていたよな。どうにかしてやれそうなんなんだ。どこの場面がいいんだ?その小説、気に入ったから挿絵としてやってやる。
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セレシア @Celsia_468
えっ、そんな……いいんですか?
貴方のことだから、気にするなとか言うのでしょうけど。えっと……あの、25-32ページの場面がいいです。
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アルビー @Albie_823
そこか。俺もそう思っていたところだ。
なら、一週間ぐらいでやってやる。
完成を驚く準備をしておけよ。

 そうして、出来上がったのがその主人公の女の子とその護衛の男の子が、妖精達とお茶会をする場面だ。薔薇が満開に咲いていて、女の子と妖精達がお茶会をしている。その様子を護衛の子は静かに、女の子の話に相槌を打ちながら護衛をしているその場面だ。
 ピンクに赤、紅……黄色、様々な薔薇が主張しすぎないように、女の子たちを潰さないように配置されていて美しい。それが、刺繍で出来ているのだから、驚きなのだ。そうして、冒頭の話に戻るわけだ。
 実は、この人がなぜここまでしてくれるのかはよくわからない。もしかしたら、何処かの貴族の生まれなのかもしれないし。彼が思う慈善活動の一環なのかもしれない。しかし、その真意を尋ねる勇気はセルシアーナには無かった。
 彼は、校正も担当してくれていたらしい。表現の誤差やこうしたほうがいいという表現を書いてくれていて、ミスも見つけてくれている。
 私は、それを修正しながら、想像を膨らましていく彼が刺繍したらどうなるのかを。
 そんなことをすれば、すらすらと頭の中に映像のようにイメージが浮かんできた。だからこそ、ここがいいかもしれないと思う箇所をいくつか送っておいた。貴方に選んでほしいと書いて。

 この、アルビーとのコミュニケーションは、私の心を癒やしてくれていた。
 望んでいない学部への進学、そこでの厳しい勉強は私の心に闇を広げていた。それでも、周りに見える優しい妖精たちと気にかけてくれる教授たち、優しい友人たちに励まされた、背中を押された。
 そして、何より私の趣味を肯定してくれた。それでも、心はいつだって苦しかったのだ。このことを彼はこう励ましてくれた。
「意味のないことなんてない、世の中にはない。お前が今している勉強を、どう活用するのか。それに、どう意味を見出すのか……それだけで、世界は変わる。
 俺は、案外君のこと気に入っているんだ。だから、お前が好きなジャンルで調べてみろよ、そこの卒業生はなんだって政治経済系統に多いんだからな、官庁職員だってうじゃうじゃいる。
 調べてみろよ、お前なら……きっと、気になる項目があるから」
 皆が寝静まったであろう頃、セルシアーナはただ一人で彼の言葉に従って、その噂を調べた。そして、何よりも調べてみると、一つ、二つと引っかかる項目があることに気づき彼の言葉の信憑性が上がる。
 まず、王族ではないはずなのに王族公爵として登録されている人物がいるらしい。次に、長きに渡って国を守護するものがいるらしいこと、政治経済など国の状況を体現するものがいるらしいこと、彼らは国防や国政外政に重要であり大切な仲間であり親であること、国がなくなれば最悪死んでしまうことがあることも噂として書かれていたのだった。そして、彼らは国家元首や首相等の近くにいることが多いこと。
 ずーっとみていて、心が痛むというか悲しい気分になる。
 悲しいと思ったことはあるのだろうか、
 国民が彼らの仲間を憎み嫌悪し戦うことに辛さを感じなかったのだろうか、
 人を愛することがあったのだろうか、
 長い時を生きていて辛くはないのだろうか、
 きっと、彼らは心の何処かで孤独や闇を抱えているのではないか。そう考えてしまえるほどのもの。もし、国が人としてその場にいるのならば、この世に居るのならば……きっと、彼らは政治の場所にいるのだろう。
 彼は、このことを言っているのだろう。その日は、もう寝てしまった覚えがある。
 今、思い出しても本当にそれがいるのかは、わからない。それでも、彼は君が調べて出てきたであろう噂は本当らしいぜ。と、丁寧な言葉で返ってきた。本当だから、安心して勉強しろよ。と、私が興味を持つことを与えてくれた彼には、感謝をしている。こうして、今……抵抗なく政治について哲学的な思考から考えることができているのは、きっと彼のお陰だから。
「あぁ……英文学か現代語……そっち行きたかったなぁ。でも、国がそこにいるなら……もうちょっと、頑張ってみようかな」
 セルシアーナは、明日の準備を済ませてからベッドに入り、ゆっくりと眠りについた。
 
 それから、数週間後クリスマス休暇を迎え、セルシアーナは自宅へと戻っていた。そのため、彼に連絡を事前に入れておいたのだ。
 ロンドンにある、有名なティー専門店でのお茶会に誘われたのは、彼の優しい気遣いなのだろう。待ち合わせも人通りの多いところだ。なんだか、大切にしてくれているみたいでくすぐったく想う。しばらく待っていると、通りをぼーっと眺めていると、ふとこちらに手を振った人がいた。
 その人と目線を合わせると、彼はあの刺繍をひらひらと見せてくれた。その彼に手を振り返すと彼はすぐに寄ってきてくれた。
「初めまして、でもねぇな。まぁ、初めましてアーサー・カークランドだ。イングランド出身の23歳ってところか」
 素直に名前まで名乗ったことが気になる。本人は、気にしている気配などなくて挨拶の一環として言ったんだと言わんばかりだ。
「名前、教えてくださるんですね」
「まぁな、気にしねぇよ。言いふらしたりなんかもしないからな。君が俺に教えるかどうかは、好きにすればいい」
 名前を教えるかどうかはお前の好きにしろ、その言葉に嘘偽りはないらしい。彼は、私の言葉を急かすでもなく、待っていた。
「えっと……セルシアーナです、薔薇の名前の」
「あぁ、ダマスクのあの品種だな。綺麗なピンクから白へと変わる薔薇だろう? いい名前だな」
 ふと、くすくすと優しく微笑む彼の容姿や服装に目が行った。特徴的な眉は覚えやすいだろう、新緑にもペリドットにも似た不思議な黄緑色の優しい光がこちらを見つめている。細身だが筋肉がついていない訳じゃないと思うし、姿勢がとても綺麗で美しいと思う。第一印象としては不思議な人だと思う。
「えぇ、間違いないですね」
「おう、そうか、そうか」
 彼は頷いてから、一瞬考えるような仕草をする。そして、すぐに彼は口を開いた。
「じゃあ、セルシアーナ今日はエスコート役を任せてもらえるだろうか?」
「えっ……あうっ、あっ。お願い致します」
「俺相手に、緊張しなくていいんだぜ?だって、俺はお前たちと共にいるんだから」
 にかっと笑いながら紡がれた言葉への理解は、どこか上の空で、慌てている脳内では処理ができない。それでも、緊張しなくていいんだよ。そう言われているような気がした。
 差し出された手をそっととれば、彼は優しく私をエスコートしてくれる。何ともスムーズに、店へと入り、お茶会が始まる。
 店員に声を掛けると「全て俺にませろよ?」とお茶目に彼はウィンクした。店員だって頬を染めているのを見てしまう。きっと、自分だって染めているのだろう。頬がほのかに熱を持っているのだから。
 そして、しばらくしてやって来たアフタヌーンティーの時間。彼との会話は、他愛もないことから始まる。大学のことや友人との出来事など、アーサーは話しやすいように頷いたり促したり、話を振ってくれたり、深めてくれたりと凄く聞き上手だった。
「大学はまだしんどいか?」
 突然に、始まった訳でもなく話の流れをうまく利用して彼は私に問いかけてきてくれた。だからこそ、私は素直に答えようと思ったのだ。
「しんどいです。でも……その……学部出身でも、色んなところで活躍しているのも知ってます。だから、その学部が悪いわけじゃないことも、役立たないこともないのは知っているんです」
「そうだな。その学部出身の有名な編集長をしってるぜ、好き勝手しまくっているが売り出した作家の本の売れ行きが良くて、会社の上がまぁいいかって言ったらしいしな」
 役に立たないわけじゃない。その言葉を彼は拾って、可能性を示してくれる。きっと、私が小説を書いていたからだろう。だからこそ、編集長の話を出したんだろうと、予測できる。でも……そのチョイスはなんでだろうと内心首を傾げた。
「好きなことを、卒業してからできないこともないことを調べて、改めて知りました。
 嫌がる前に、怖がる前にまずは調べてみろと言われてそういえば、そういう出身者の事って調べてなかったなと思って」
「そうか、そうか……。まぁ、気がつけたならいいじゃねーかよ」
今気づいたことは結構大きなことだと思うぜ?それに、遅すぎることってねぇと思うんだよ。だって、気がつくことができたなら今後に活かせるのだからな!と、彼は言った。しかし……だけども、と彼は話を続ける。彼の瞳は私の瞳としっかりと結びついているような視線の動かし方だった。真剣に私のことを考えてくれている気がする。
「貴族共は世間体も考えてその学部に行かせると意気込むやつも多いし、好き勝手して失敗してもいずれ成功してくれればいいと考える人も多い。
 だけど、押し付けられたとしてもあとを切り開くのはお前自身だぜ?悩むことがあれば、相談してこいよ。これでも、顔は広いほうだ。元々は、何がしたかったんだ?」
 彼は、やりたかったことをなんだと聞いてくる。私がやりたいことは、小説を書くことなのか……でも、違う気がした。そうだ、あれがやりたかったのだ。
「えっと……外国語を学びたかったんです。元々、世界の文化だったり歴史だったりを知りたいと思っていましたから、でも……外務省って、結構多国語や国際関係を学んでから行かれる方が多いじゃないですか」
「まぁ、そうだな。外国語……国際関係学とかだな……でも、お前の学部でも行けないことはないだろう?外国語の講師になるとかだったら、また違うが」
 話を聞いたところ、外務省なんだろ?と、彼は確認する。それでも、父親は嫌だといった……駄目だというのだ。
「親は、外務省には入れたくないみたいなんです」
「うん?それも嫌なのか?」
 へぇ?と、アーサーは肘をおいた。行儀は少々悪いが、様になっていてなんとか言えないほどにかっこ良かった。なぜだ?と彼はつぶやく。
「はい……。何か、別の場所に入れたいらしくて。だから、独学と言うより家庭教師に指導させる形で、外国語を学ばされていたんですよ」
「ふーん……なるほど、それで何と何を?」
「フランス語とスペイン語を」
「まぁ、英語、フランス語、スペイン語があれば世界に通用するだろうと言われるからな。日本語には興味はないのか?」
 日本語……興味はある。だけど、なぜ彼はそんなことを聞くのだろうか。そして、なぜに楽しげに彼は私に聞くのだろうか。
 先程、肘が置かれていた場所には楽しげな、彼の手があった。もう既に、行儀の悪いカッコから彼は行儀のいいカッコへと変わっている。
「あるんですけどね……」
「だから、外国語関係を学びたかったのか。政治と経済に関係していて別の場所に、と言われて思いつかないわけじゃねぇ。
 多分、政府や官庁関係だろ?俺の思う場所なら、外国語を学ぶのも世界を知るのも出来るぜ。この国を学ぶのだって、出来るだろうな」
 にやり、と楽しげだけども何か企んでいるような子供っぽくも見える瞳が私を見守る。
「えっ……?」
「大丈夫だ、俺を信じてくれよ。まぁ、俺のイメージしたところと君の親のイメージしたところが違っても、何とかしてやれる人脈はないわけじゃねぇしな」
 紅茶片手に、シニカルに笑ったアーサーは話題を変えようとあるものを出してくれる。もう、この話は終わりだな、みたいな感じだろう。
 その手には、あの刺繍のもの。ちゃんと、長方形になっており、とても繊細なものだった。
「ありがとうございます!! 無理をいったんじゃないですか?」
「なに、俺がしたかっただけだ。気にするなよ、俺はお前の手助けがしたくなったんだ」
 手に直接渡してくれる彼は、その一番上のものを取って説明してくれた。小説から取ったイメージを、説明してくれる彼の瞳はキラキラ光っている。
「本当によく書けていると思うぜ。で、どうだ?お前のこれ、丁度昨日……あの編集長が、気に入ったらしくてな」
「へっ?」
 ぽかーんと、私はしてしまう。ぽかんと開いた口をしているであろう私に彼はくすくすと笑ってくれる。
「おどろいたな? まぁ、気にしなくていい。ただ、招いたらリビングにある俺の刺繍とかおいている机を勝手に好き勝手にみてたんだよ」
 ひでぇだろ?と、彼は私に確認を取る。同意してほしそうに彼は体を少し揺らした。
「それは……変わったご友人ですね」
「はっ、ははっ。全くだよな!全く同じ考えだよ。
 で、どうする?話をするだけなら、俺は紹介してやれるぜ。そういう世界との関わり方もあるんだ」
 人脈は大切だぞ?と、彼は私を誘うように声をかけてくる。
「はい……」
「やってみるか?」
「紹介してください、よろしくお願い致します」
「おう、任せとけ」
 彼は微笑んで頷いた。そして、その人の名刺を差し出してくれる。確かにその名前に聞き覚えがあった。私が好きな作家の編集担当なのだ。知っていないと可笑しいだろう。確か、その人の本は各国に翻訳もされている、フランス、ドイツ、スペイン、日本だったか。
「えっ、あっ?」
「まぁ、驚くだろうがな。実話だ、疑わなくていいぜ」
「三日後、そうだな。待ち合わせ場所は……」
 アーサーの待ち合わせ場所の指定に、頷きメモを取る。そうすれば、彼は頷き楽しげに笑った。どこか、幼気なのに強い意志と大人の狡猾さが見え隠れするような矛盾を抱く彼の表情に目線が向くのだ。
「そんなに見られると恥ずかしいな。セルシアーナ、大丈夫だ。あいつもきっと気に入る、安心してろ。その刺繍は、当日持ってくるといい、きっといいサプライズがあるかもしれねぇな」
「わかりました」
「お前は本当に真面目なやつだな。まぁ、勉強も趣味も無理はするなよ、自分ができるだけでいいんだ」
「はい、勿論わかってますよ」
「なんか、気になることとかあれば、話しておけよ?」
「凄く、なんだか気が楽になりました」
「そうか?なら、俺は嬉しいな」
 彼との話は、凄く落ち着く。なら、と続けた話は世界の事だった。アーサーさんが世界の事を知っているなら、もっと話してみたいことがたくさんある。聞いてみたいことがたくさんあるのだ。きっと、いまじゃくても聞いておけば今後教えてくれる。そんな、意味もわからない確信があった。
「アーサーさんは、どこか外国に行かれたことがあるんですか?」
 聞いてみると、気になるのか?と聞いてから、話してくれる。対面していると、小首をかしげてとても可愛らしい一面を見せてくれる人だと感じていた。
「仕事ではしょっちゅうだぜ。一、二ヶ月ぐらいに一回だな」
「いいなぁ……行ってみたいです」
 そんなに行っているのはずるい、仕事……貿易関係の仕事だろうか。一体、何のしごとをしているのだろうと考えてしまう。そして、本人はにこやかに微笑んで、返事を返してくれる。きっと、私生活に踏み込みすぎている話だと思うのに、この人は嫌な様子を見せなかった。
「そうだなぁ、外国の話か俺の友人の話でもしてやるかな。近いところでいうと、ポルトガルか」
「えぇ!!聞いてみたいです!」
にっ、と笑って返してくれた返事は物凄く嬉しいもので。ワクワクしている自分を感じる。彼は、私の反応に元気だなと苦笑した。
「まぁ、それぐらいがいいか。
 俺の友人はな、凄くのんびりしているな。
 そのくせに、好奇心旺盛で、これはなんだ?あれはなんだ?と聞いてくる。
 海が好きで、よく二人で海に行ったりするな、ヨットだとか小さめの船だとかでも海に出たりする」
「ポルトガルと海ってつながりが深いですよね。大航海時代」
「あぁ、そうだな。俺も持っているから、海に行きたければ予定が合えば行ってみるのもいいかもな。夏休みでも、声かけてくれればいいぜ?」
 海、あまり行ったことのない場所だ。いや、行ったこともあるし見たこともある。でも、あんまり馴染みが無かった場所。それよりも、これからもまた続いて関係を持っていてくれることに驚いた。
「海ですか……あんまり、行ったことないですねというより……。小さい頃は勉強とか習い事とかばかりで」
「そうか……そうなるのも、理解できるが。息苦しいよな」
「はい……」
「まぁ、また……三日後、話しようぜ」
「えぇ。今日はありがとうございました。いい時間でした!」
「なら、良かった。ありがとう、セルシアーナ。また、後で」
 ひらひらと、アーサーはスマホを振る。無邪気に見える笑顔は、どこか年齢を感じさせないそんな、不思議な感覚がする気がした。

 その日、別れたあと、すぐに家に帰った。心配性の彼は、きっと気を使ってくれていると思うから。
 ベッドの上で彼の印象を書き記した。実は、何となく容姿についてはもう既に聞いていたのだ。それでも、実際に見た印象では変わる。
 金糸の髪は柔らかく癖のつきやすい印象……硬めの印象よりすこし柔らかめな印象を受けた。それは、きっと小麦色をしているんじゃないかと思う。少しくすんだ具合の金っぽいイメージがあるのだ。それは、あまりにキラキラしているより、優しくて暖かな印象を与えてくれるのだ。
 緑の瞳は、明るく綺麗で透き通ったイメージを受ける。感情が明るくそこに灯っているイメージがあって、くるくると変わるようなわかりやすく感情を示してくれるような瞳だ。
 そして、何よりも安心できる人。
 雰囲気は、優しくもあるが厳しくもあるそんな印象を受ける。そして、上品で優雅な印象だ。貴族階級だと思えるような振る舞いに言葉遣い。それでも、時折見えるラフな言葉に気が抜ける。身構えなくていいと、緊張しなくていいんだぞと、語りかけてくれるような言葉遣い。
 そして、書き終わったあとにSNSを見てみると。帰ったことを伝えたものに彼はきちんと返事を返してくれている。とても、律儀な人だ。
 優しくて、律儀な人……セルシアーナにとっては、とても好みな人だった。でも、とても疑問は残っているけれど。
 この日はこんなことを考えて眠った。

 セルシアーナがアーサーに指定された日に、待ち合わせ場所へと向かう。バッグには、コピーしたものもデータも入れてきた。
 アーサーは、編集長に会わせてやるといった。むしろ、相手が会いたがっているような言い方だった気がする。そわそわするような、怖いような不思議な感覚だけども。あの、気難しそうだけども優しそうな彼がまぁ、偶然にも見せて声をかけてくれたのだからという考えが出てくる。
 予定場所で待っているとこないだと変わらずにスーツを着てきた。白に赤のチェックのネクタイは妙に彼に似合っていた。
 じーっと、彼を見ていた私に彼は眉を顰める。彼は結構、規則だとか安全だとかに煩いかもしれない。でも、それは私自身を心配してのことだろうとわかるから嫌な気がしない。
「おい、ぼーっとしてんなよ。あぶねーからな」
「そんなこと言ってるとお父さんみたいですよ」
「可愛いやつだな。全く……ほら、行くぞ」
 予定場所は、とあるレストランだった。かなり有名なところのはずだけども、彼が私にスーツで来なさいといった理由がわかる。
 案内された場所は、中々入れない場所。初回ではまずこんなところは案内されないであろう、個室だった。そこには、まず先にぼっさぼさでブラウンの髪をあちらこちらに跳ねさせている人と出会った。瞳は、青でまるで湖を思わせる感覚がある。
「Hallo……初めまして、俺はリチャード・グレイさ。アーサーも、今回仲介してくれて嬉しいよ。そうじゃなきゃ、会えなかったからね!」
「私は、セルシアーナです。これから、よろしくお願いします」
「全く、俺はすぐに会わせろ!!って、言われてビビったんだからな」
「でも、俺は貴方が同伴であれば、会わせてくれると思っていましたよ」
「……ったく。あぁ、よろしく頼むな」
 料理が運ばれてきたのでその人に挨拶をするアーサーさんをちらりと見る。どうやら、ここは慣れている気がするのは気のせいだろうか。アーサーは、貴族なのだろう。だからこそ、こういう高級レストランに慣れているのだろう。
 それぞれ置かれたものを、口にするとまろやかな暖かさが凄く優しく感じた。なんだか、私を受け入れてくれているような二人を前にして、私はどうやら緊張していないみたいだ。
「俺は読んだよ、あの本……あれは。アーサーをモデルにしたんだな。お前の目から見て、いや……何と言うか、SNSでの彼を見るとあんな感じになるのかって、面白くも思った」
「そ、そうですか?」
「まぁ、慣れたり……お互いが気を許したりすればもう少し雑になったりすることもあるしな。ってわけでもないけどな。
 でも、妖精の世界を現代と織り交ぜて、皮肉も素直さも上手くバランスが良くて俺は気に入ったぜ?」
 次に運ばれてきたものを、しっかりとした手付きでフォークとナイフを運んで、食べていく。彼の話はまだまだ進んでいく。最後の最後、デザートが運ばれた頃に、彼の本題が続いた。
「もし、よければだ。俺は、その本は売れると思う。俺なら、続きが読みたいと思ったし。こいつが、そもそも面白いって言ったんだ。なら、大丈夫だろう。売れる」
「えっ?なぜ……アーサーが面白いって、言ったら売れる?」
「こいつ、気に入らなかったら途中で読むのをやめんだよ。だから、面白かったんだろ、最後まで読んでたからな」
「アーサーさん?」
「面白かったよ。そもそも……俺がやってもいいと思わなかったら、お前に繋がねぇよ」
「ありがとうございます……アーサーさん」
 アーサーは、仕方なさげに彼に向かって笑ってから私の頭を撫でてくれた。最初にも思ったが、何となくお父さんみたいに思ってしまう。とても暖かくて、馴染みやすくて、縋りたい気持ちが、何気なしに湧いてきてしまう感じがある。
「なら、作者名どうする?」
「……。セルシアーナ、俺に任せてくれたりはしないか?」
「えっ? あっ、もし……あれでしたら。貴方が、いいなら……宜しくお願いします!」
「そうか。なら……ロージィ・ロビンはどうだ?」
「バラと駒鳥か、どちらかというと貴方にぴったり?まぁ、でどうする?」
「この名前で、宜しくお願いします!!」
「おう、任せとけ!! で、彼が刺繍したのを暫く貸してくれるか?」
「もうすでに、こいつには許可取られてるから、俺は気にしなくていいぜ?」
「アーサーさん……本当にいいんですか?だって、まだ知り合ってそんなにたってないじゃないですか」
「将来への投資だよ、正しくな。さて、どういう本にしていくか……お前は何色が好きだ?」
「黄緑が好きですね……明るい緑、困ったり苦しかったりするときには自然に浸りたいタイプです」
「そうか、そうだな……じゃあ、その本に駒鳥とか描いてみるのもいいか。君の描く妖精のイメージは、アーサーが既に作ってくれているし。なにせ、ロビンもいるんだよな……。さて、じゃあ俺は今から……作らないとな!!売出し前に、本を渡してやるから、サイン考えとけよ!」
 既に、食べ終わっていた彼は……店から、素早く丁寧に帰っていった。
「あいつ、俺に挨拶もなしかよ。ひでぇよなぁ……まぁ、いいか」
「ありがとうございます、何から何まで……」
「と、いっても。お前、俺の素性が分かんねぇと不安だよな。ちょっと、許可取りの時に根掘り葉掘り聞かれてな」
手渡されたのは、彼の名刺だった。英国王室政府顧問、アーサー・カークランド……?
「みても、不思議か?まぁ、俺のところは代々王室に寄り添ってきた家だ。一応、公爵位を貰ってる。資産、人脈ともにかなりあるぜ?」
「えっ?」
「気にするな。何か、あれば……裏を見ろ。青で書いたのが、俺の秘書のメールアドレスと番号、緑が俺の個人アドレスと番号、プライベート用のな。連絡してこい、俺はお前のことが気に入ってる。全ての理由はそれだ……お前の頑張り屋な所が俺は気に入ったんだよ」
 そう、アーサーは言って微笑んだ。温かい太陽のような笑みだった。
 セルシアーナの本が手元に届いたのは、もう既に大学に戻っているときだった。卒業生だった彼は許可を取って、会いに来てくれたらしい。
 彼の手元には本が入ったカバンがあり、それを取り出して見せてくれたその明るめの緑の本は、優しい色合いでそこには自然豊かに花や鳥が描かれていた。
「セルシアーナ!!よくやく、できたぜ!!」
 そう、元気に言ってくる彼はにこやかで、楽しげだ。キラキラとした笑顔をみせてくれる彼は、話を続けた。
「言葉の表現とかは、アーサーがすでに確認済みでその調整もしてあったしこちらとしても確認したから間違いない。このまま出版するからな」
「ありがとうございます」
「さて、これからの売れ行きが楽しみだよ!まぁ、契約はちゃんと書いてあるからね。読んでおいてね、というよりあの人の前で変なことはできないさ」
「あの人?」
「アーサーさんだよ、流石は貴族……顔が広い広い。政治家とも仲いいし、一般市民たちとも交流を深めていくような人だからね」
「へぇ……結構厳しい人なんですか?」
「礼儀礼節にはね、結構厳しいよ。でも、きちんと誠意をつくしていたら怒るような人じゃないな。後は、身だしなみ」
「なるほど……」
「まぁ、きちんとした礼儀をつくしていればしていれば怒られることはないな。まぁ、立場的にも上だけどよ……怖がることはないと思うぜ」
 確かに、アーサーの立ち位置はあまりにも衝撃を受けるものだった。それでも。
「あいつは、いつだって……俺達、英国民にはあんな感じだよ……優しく時に厳しい。だから、君は怖がらずに接すればいいさ。では、また……」
 彼の背中を見送って、終わった。
 アーサーとセルシアーナの、出会い……二人を繋いだ小説。それを、また違う小説ではあるがこうして出版までできるとは思わなかった。
 正直、この繋がりは切りたくない。そう、思う。また、連絡を入れてみよう。ただ、そう思った。繋がりを切りたくないと、もっと、共にいたいと。
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