妖精の幸わう国

 拙いながらに、セルシアーナに宣言してから数週間。ほわほわとした温かさが揺蕩うこの空間がすでにイギリスにとっては、楽園のように感じていた。呼べば答えてもらえる空間であり、こちらも答える。その相互の関係が好きだ。好意には好意を返してもらえるこの空間は、嫌味を言わなくて済むからアーサーもゆったりと構えていられるのだ。
 だからか、久しく穏やかな気持ちで、心地よくヴァイオリンを奏でている。鼻歌を歌っているセルシアーナに、ふふっと笑いながらのヴァイオリンは妖精さんたちのハーモニーに合わさって、見える人には聞こえる人には、カーニバルのようだろう。
「俺だけの、レディ。お前は今、幸せか?」
「少なくとも、寂しくはないです。アーサー」
たのしそうな笑みに、俺は安心して目を細めて笑った。妖精さんたちが、俺のあちこちにくっついて笑うんだ。寂しくないね。って、そんなことわかっているさ。心にポッカリと空いた穴は、セルシアーナのお陰で満たされていく。

 セルシアーナは、寂しげなのに温かく笑うアーサーに、彼の心の中を見た気がした。なんだか、寂しいだけじゃないだろう、マイナスな感情が巣食う穴のようなものをセルシアーナは感じてしまったのだ。それが、いいことなのか悪いことなのかはわからないけれど、一緒にいたいとは思ってしまう。それに、不幸せの穴がそこにあるなら幸せで満たしてあげれるのかって、思ってしまうから。もう、絆されているのだろう。
 ふと、時計を見てしまう。この人は、時間に合わせて紅茶を飲む人だから。私の視線に気づいた彼の視線も自然に時計に流れていく。そして、はっとした視線は、今度はケースに落とされる。そして、そばにある机の上に置かれたヴァイオリンをケースに丁寧に仕舞う。なにより、その姿に彼の几帳面さが伺えてなんだか恥ずかしい。
「紅茶でも飲むか?」
「そうしましょう、ねぇアーサーさん。私、用意してきたものがあるんです」
「ん?なんだ」
 興味深そうに、私の表情を覗き込んできたアーサーさんに、待っててとおねだりする。
「待っててくれますか?」
「勿論、行っておいで」
 セルシアーナは、キッチンへと向かって、硝子のカップを取り出す。もう慣れたものだ、ものを揃えてから、きゅっとエプロンを結んだ。
 事前に焼いておいたスポンジに、メイプルシロップを浸す。イギリスは、カナダからもらうメイプルシロップが好きだ。だからこそ、バランスと健康を考えてホイップは甘さを控えめにする。化身は、その行動を控えれば健康は戻るそうだがつらい思いはしてほしくない。
 最近のイギリスはお酒も程々にしているらしいとは、聞いたからその反動が甘いものにいかないようにしたいなぁとセルシアーナは考えている。何がそうさせたのかはわからないけれど、少しでもなにかの役に立ちたいのは国民としてなのか、恋人だからかはわからないけれど。
 とにかく、スポンジを適当に切って、詰めていこうと意識を向ける。甘さ控えめにしたからこそ、紅茶のゼリーを詰めてイギリスの好きなものを揃える。それに、フルーツも欠かさない。親戚が育てているベリーを乗せて、完成に近づけたトライフルをみて、ふふんっと得意げに微笑むセルシアーナを見守る影があった。
「おっ、トライフルか」
「はいっ、好きでしょ?」
「好きだぜ」
にっ、と笑った顔が青年らしくて可愛らしいなんて思ってしまうから、胸に飛び込む。うおっ、とか言いながらも彼は動じることなく受け止めてくれるのだ。
「おまえなぁ、まったく。甘えん坊め」
甘えたでごめんなさいね。なんて、拗ねれば撫でてもらえるから好きだ。
「拗ねてしまったお嬢様には、紅茶を入れて差し上げよう」
 本当に拗ねているわけではないことを知っているから、アーサーはテキパキと紅茶の準備に取り掛かる。丁寧に運び出される茶器は、艷やかにキラリと輝いているように思う。
 慣れたように繊細な手が記憶しているかのように、するすると工程を描いていく様子をみて、美しいなと感じる。その手は、きっと国民を守るために、幾度となく血を浴びているはずなのにそれを感じさせぬ、美しく、清い……。何よりも私達のために使われていく。沸騰したその音に合わせて、ふっと口角が緩められて。
「先に持って行ってろよ」
「はぁい」
 先に待ってろよ、と言ってくれることになんだか嬉しくなる。自由な行動をこのある意味、自分だけの領土で許してくれることが幸せに思う。その言葉に、嬉しくてるんるんと部屋で待っていると、約束のとおりに紅茶を持ってきて、渡してくれる。
「ありがとう」
「どういたしまして。さぁ、ティータイムとしようか。セルシアーナ」
温かく優しい味がするそれを、一口飲む。その間に、トライフルに手を伸ばしたアーサーがキラキラと瞳を鮮やかに泳がした。
「んっ、美味しいな」
「ふふっ、メイプルシロップ使ってみました」
「俺、カナダのとこのやつ、好きなんだよな」
「言うと思ってましたからね」
どやっ、とドヤ顔すればくすくすと笑って感謝の言葉が降ってくる。
「ありがとう」
 紅茶で、ティータイムが終われば。のんびりとお花達とお話だった。そして、その話題の一つが雰囲気だった。

「俺の雰囲気って、そんなに怖いか?」

 アーサーの日課は紅茶を飲むことも一つだが、実はランニングから始まる。
 そもそも、華奢ではあるが筋肉がないわけではない。プロイセン曰く、均等に良い筋肉の付き方をしているといわれるほどだ。細身ではあるものの、筋肉さえついていればいいという考え方のアーサーではある。しかし、食事を抜くことはあれど、あらゆる鍛錬を実は怠ったことはない。
 伝統的な弓術から馬術、剣術、棒術などを含む武術は一人でできることを毎日どれかを欠かさずにやっている。それをやっているのは俺か、ドイツか、プロイセンかだろう。ロシアも隠れてやってるかもしれない。
 俺たちが歴史の中で培ってきたものは俺たちの中で大切にされていく。歴史を大切にしない化身は、己の中の伝統を消していく。だからこそ、今までの人々と生み出してきた伝統を、己の中に残したいからこそ、俺は伝統を守るのだ。
 そんな、イギリスは今でも鋭い気配を持つとよく言われる、特にアメリカに。ポルトガルなんかは、何も感じへんなぁ〜なんてのんびりしているから、まぁいいかとなるのだが。
 まぁ、今も武術の鍛錬をしているとなればその気配もまた鋭くはなるだろうと、思っているのだが……イタリア兄弟は知らないか。
 そんな俺だが……。何故か、最近イタリア兄弟に懐かれた。懐かれたのだ、意味がわからない。それを話せば、セルシアーナは首を傾げる。
「ふふっ、でも。私達からしたら、いつも柔らかいんですけどね」
「そう言われるんだがな……。俺、前に……国として仕事をしているとき、軍事に関わっているとき、国民と触れ合っているときとプライベートとなんか雰囲気が違うと言われたことがあってさ」
「それは、わかる気がします」
「それが理由か? まぁ、いいや。悪い気はしないからな」
 そんな、俺の言い分にセルシアーナは楽しげに笑った。

 紅茶を飲むだけじゃなくて、セルシアーナは楽しげにアーサーの表情の変化を見ていた。気を許した人に対しては、コロコロと楽しげに表情は変化する。いつしか、話は趣味の話になっていく。
「お前の趣味は、何なんだ?」
「絵を描いたりするのも好きですし、何を描くかなぁなんて探しに行くのも好きですね」
「日本も好きそうだな。俺も、刺繍の図案考えるのにイラスト描くのは好きだぜ?」
「みていて楽しいぐらいに」
「そうかよ」
私の答えに照れてそれを隠すことなくにっと笑ってくれる。素直な気持ちが帰ってくることは、この人にとっては珍しいことだと、フランスさんやアメリカさんとの関係性を見て学んだ。だから、そうしてくれる関係性が嬉しい。
「はいっ、一緒に絵を描くのもいいですよね。あとは、日記を書いたりするのも好きですね」
「そうか、そうだな。日記は、自分自身の歴史を書くようなものだからな。大切にしろよ?」
 確かに、国にとって日記は歴史を綴っているようなものなのかもしれない。
「古いやつでも見せてやることもできるから、気になったら言えよ。でも、セルシアーナは案外、作るのも好きだろう、テディの服なんてこないだ考えていたの知ってるぜ?」
 いーんぐ、と誇ったような効果音が出そうなほどににやにやとした彼。多分、まだ私があなたと完全につながる前に、良いところも悪いところも見せようとしてくれているのかもしれないなぁ、なんて思う。そんなことをされたら、更に好きになってしまうというのに。酷い人ですね。
「えぇ、貴方のほうが上手いから黙ってたのに、ひどい人です」
「ははっ、いつだってお前の秘密を暴いてやるぜ?」
 だから、何だって相談しろよ?そんな言葉を行ってくれる人なんて、いなかった。そんな、幼少期だった。
「なら、言葉にして伝えればいいってことですね」
「そのとおりだ、セルシアーナ」
 うんうん、そう頷いてアーサーはカップに手を添えた。優雅な指先は、丁寧にそのティーカップを守るように添えられる。その仕草でさえ、愛おしさを持ってされているのに、何故、他の国はこの人を嫌うのだろうか。

 愛おしい、この人の唯一。
 そばに寄り添う人になり得るのだろうか?

その答えはまだ出ない。それでも、私は。
「貴方のことが好きです」
「ふっ、唐突だな。俺もお前が好きだよ。大切にしたいさ」
 唐突に、とは言うが。アーサーだって、それは行動で示してくれている気がするのだ。
 何せ、彼は貴族……公爵位を持っているし、彼は歴史と伝統生き字引き、いやそのものだ。だからこそ、王室関連やその他の儀礼や式典、スポーツ祭典など様々なところでお呼びの声がかかっている。それでも、あらゆる予定を調整して私との時間を作ってくれている。彼は、国は求められることこそ、国民からの愛情だと思っている。本当は、それ以外も愛情だというのに。それを断るというか、戸惑うことに罪悪感を感じているだろうに。それでも、時間を作るために、相手側と調整することを楽しんでしているようにも思う。そしてなにより、それを愛と言わざるして何というのだろう。
「いつか、貴方が呼ばれるあらゆる場所で、共に居られる存在になりたいです」
これが答えにはならないのだろうか。
「俺は、お前になら側に居てほしいと思っているよ。何よりも、誰よりも……」
静かで、柔らかな木々の間を抜け選ばれたものしか地を照らせないその選ばれし光たちのような優しさを持ってアーサーは答えてくれる。
 ふと、アーサーは立ち上がって私の前に膝をついた。手には、小さな箱がある。それを、彼らふっと笑って私の手をとってそっと乗せた。そこには、プラチナの指輪が鎮座している。中心に薔薇の形の中にペリドットが埋め込まれている。婚約指輪かもしれない。
「……俺と、奇跡を探しに行ってはくれないか。歴史の波に飲まれることになる、俺の妻としてそばで見守ってはくれないか?」
 真剣な瞳は、まるでペリドットそのもので太陽さえ飲み込んでしまいそうな瞳だった。いや、かつては飲み込んだのだ、今は飲みきれなくなったけれど……。かつては、彼の手元に太陽があった。しかし、新緑のようなその緑は太陽の光を浴びて成長していくそのもので。
「By all means」
「あぁ、俺だって嘘偽りない」
 初めて、アーサーが私の唇へと愛を注いだ。いつだって、頬に、手の甲に、額にしかしなかった彼が。

「愛しています、アーティ」
「愛しているさ、ルア」

 初めて言う彼の愛称は、口に馴染んでいく。それに、アーサーは友人のポルトガルの言葉で、ルアと愛称を作った。

「探しに行こう、たった二人で」
「それだけでも、幸せなんです」

 手を取り合った手には、ふたりとも左手薬指に薔薇が咲いていた。アーサーの手元には、アメジストの煌めきがあるセルシアーナの瞳のような優しい色合いだった。

 二人の雰囲気が変わった。そう言われるようになったのはそのあと直ぐ。二人でいたほうがいいからと、アーサーはセルシアーナを連れ歩くようになった。その様子を、兄たちも見守る。そんな季節はもう既に、ブルーベルが咲く季節となっていた。だからか、彼らの手元にはブルーベルの花があった。
「まぁ、アーサーなら見つけられると思うよ」
「あぁ、すぐに見つけられるだろうよ」
「えぇ〜、ふたりともそう思うんだ。羨ましいなぁ」
 アーサーが軍事演習で忙しくしていた頃、セルシアーナは日々の仕事をこなして、アーサーの帰りを待っている。そろそろだと、思い下まで迎えに行くと、潮風の匂いをまとってきたアーサーがいた。
「おかえりなさい!!」
「ただいま、セルシアーナ。何か変わりはなかったか?」
 古いマントを羽織って、ウェストミンスター宮殿を背を伸ばして歩く姿は美しい。歩くたびに、出会う人々はぎこちなげに敬礼していく、それをみてアーサーはくすくすと楽しげに笑った。
「さぁ、行くぜ。ちゃっちゃと終わらせるぞ!
 これから、書類仕事だまったく!!」
「貴方の確認が要らないものは全て処理してありますから、確認お願いします」
「あぁ、助かる」
 さっき、報告が終わったであろうにアーサーは既に通常業務に移ろうとする。休んでほしいけれど、それすらしないアーサーの体を守ろうと、食事をどうしようかとセルシアーナは悩んだ。確かかつては、ビタミンCが不足しがちだった。まぁ今はないだろうが、ビタミンをとれるようなものをティータイムにだそうか。キウイフルーツも確か、買っていた気がする。彼が好きなあれでもいいかもしれない。トライフルだ。パンケーキでもいいけれど……。
「久しぶりだからな、ティータイムはしようか」
「はい、私少し抜けてもいいですか?」
「ん?あぁ、俺に報告だけしてからな」
「わかってますよ〜」
 執務室に付けば、マウリツィオを筆頭に立ち上がる。とりあえず、アーサーを着替させなければと、軍服からあらゆるものを取り外すことをはじめた。勲章の数はかなりのものだからね。スーツに着替えてもらい、一息に紅茶を差し出す。
「さて、報告を上げろ」
「はっ」
 すぐに、流れるようにされる報告にアーサーも答えていく。スムーズなそれに、慣れを感じてしまう。それを終わらせれば、アーサーは書類の山に手を付けた。

 それから二時間ほど、セルシアーナもティータイムの食事を作り終わっていた。それを持っていくと、軽く食事とスイーツにアーサーの瞳が揺れる。食欲はありそうだとみてセルシアーナはふっと息をつく。規律を守る人だからこそ、船の上で仕事にカマかけてご飯を食べないなんてはないとは思うが少し心配していたから。
「ちゃんと食べていたさ、心配しなくても」
「ふふっ、バレました」
「さぁ、こっちにおいで」
 セルシアーナが、紅茶とそれを差し出せば嬉しそうに食べてくれる。もぐもぐと食べていたアーサーが飲み込んでから、私の方を向いた。
「ん、腕上げたか?」
「そうですか?」
「セルシアーナさん、結構あなた様がいないときに練習していたんですよ」
「言わないでくださいよ!!」
「そうか、そうかよ。お前が、料理好きならフランスに声でもかけろよ」
「えぇ、いいんですか?」
「勿論、俺がいるときならな」
アーサーは、私がやりたいも思っていることは肯定してくれることのほうが多い。経験で駄目だと思うときは、はっきりと理由までついてくる。だから、諦められる。
「貴方は、もう少し体重を増やせと言われていましたからね。この機に体重を増やしてください。筋肉あるくせに細いんですから」
マウリツィオの言葉にはすぐに否定した。
「嫌だ、太りたくはない。というより、俺……活動量を減らしてフランスに栄養たっぷり漬けにされても、1、2キロ増えたぐらいだから……元々太りにくいんだよ」
 それに、太ったら活動量を増やしてやる。なんて怒っている。アメリカに言っている自分が太っては駄目だということだろうか。
「わぁ……。女性の敵だ」
「マウリツィオ……」
そんな軽口を叩く秘書を窘めてから、アーサーはティータイムを終わらせた。
「俺を眺めてるだけで楽しいか?」
「ふふっ、久しぶりですからね」
「まぁ、2日ほどすればまた休めるだろ」
「はい、お休みですね」
 セルシアーナも、その言葉を頼りに働けば2日ほどすれば休める体制になった。だから、アーサーは休むことにして家につく。

 セルシアーナは、既にビーフシチューを作っていた。まぁ、セルシアーナには内緒だが実を言うと、海の上ではそこまで食べないアーサーは体重は二キロほど減っている。相変わらず、体重の減りやすいこの体はなんというか不便だ。それに、医者と上司に怒られる。俺は悪くない、きっと。しかし、健康診断は先なはずだ。急に入れてきたら、バレるけれど。
 そもそも、あれらのスーツが着られなくなるのが嫌だからこそ、毎日動いているというのに。だからこそ、太りたくはないなと思う。
 ただ、筋肉はあるのに、俺は本当に脂肪がつきにくい。本当に化身の体は意味がわからない。
「食事の時間になったら、食べましょうね」
「わかっているよ、ルア。さて、こっちの家の管理ありがとう、政府からも派遣はされているが。お前がやってくれていたとも聞いているからな」
「ふふっ、どういたしまして!」
セルシアーナは、随分と明るくなった気がする。と、アーサーは思っていた。さて、さて。今からは、刺繍でもしようかと思って、海に出る前に新しく描いた図案に取り掛かる。
 ちくちくと縫い上げるのは、鴉と薔薇のもの。雨粒を乗せた薔薇と鴉、非常にイギリスらしい図案だろう?とくすくす一人で笑う。すると、セルシアーナがソファーに座る俺の後ろから覗き込んでくる。気配を知っているから、今更怒ることもない。
「どうかしたか?」
「ん〜、鴉と薔薇ですか?」
「俺らしいだろ?」
「そういえば、そうですね」
 ほら、お前もこっちに座れよ。そういえば、彼女は素直にソファーに座って、俺の針が並んでいる所から一つ抜き取った。彼女の手には、作りかけの服が持たれていてあーっと予想を立てる。
「ふふっ、女の子のテディに洋服を作っているんです」
「桜色のあの子か?」
 うなずいたセルシアーナは、確かに水色の桜の刺繍を頑張っていた。それに、中々に可愛らしいデザインになっている。彼女を見守りつつ、アーサー自身も一つ一つ丁寧にこなしていくと、そろそろな時間になる。

 そして、その夜に切り出したのは。あの言葉。
「なぁ、涙ってなんだろうな」
母が言う涙とはなんだろう、と思ってアーサーはセルシアーナに言う。それの答えを見つけなければ、セルシアーナは俺と繋がれない。繋がりたいから、アーサーは今まであらゆる魔導書を読み漁っていた。しかし、見つからない。
「わからないけれど、アーサーさんの心は何だか泣いているときがある気がします」
「オレの心か?」
時々感じるんです。と、セルシアーナは言った。 心の涙と言われてアーサーは気づくことがある。オベロン様とティターニア様に言われた、いつか言われた、あの言葉。

「……聞きにいってみるか。ちょうど、ブルーベルは咲いているからな」

 有無を言わさず、連れてきたのは初めてであった場所。魔導書を呼び出せば、場所は示される。
「さぁ、ぜってぇ手ははなすんじゃねーぞ」
「はい、わかりました」
そう素直な心地で言われた、言葉にうなずきセルシアーナの手をとる。
「行くぜ」
歪みを見つけて、そのままセルシアーナの手を握って飛び込んだ。ぐらりとその景色は変わる。目を白黒させるセルシアーナを抱き寄せて落ち着かせる。
「うわっ、あっ?」
「大丈夫だ、落ち着け。俺はここにいる」
鮮やかな花々が咲き誇るその空間は、優しげな雰囲気が漂う俺の愛おしい場所。
「さぁ行くぜ」

 花畑に相応しい円形の屋根のある場所、そこに王座が一組あった。その場所に笑い合う一組の夫婦、変わらない繊細な金髪の二人、美しい紫の瞳を俺に向けてくる。あぁ、聖なる母君、聖なる父君ご無沙汰しております。
「セルシアーナ、行こう。お前だからこそ、連れてこれる場所だ。お前にとっては初めての社交界」
「はい、大丈夫。貴方がいるから」
「あぁ、俺がいるからな」
 セルシアーナに合わせる歩調はうまくマッチしていく。彼らの御前で礼儀を尽くせば、彼らは笑みを深める。
「来ると思っていたよ、イングランド」
「えぇ、貴方の運命の花嫁を見つけたのね」
 二人は、満足気に微笑んだ。そのシフォンのような柔らかな服装に包まれた体は小学生のようなもの。それでも、神秘性は美しく穏やかさを秘めていて、妖精たちの王を務める彼らだと思う。
「付きましては、ご相談がありまして」
「涙がわからないということね?」
「言葉は?」
「あなた達の、プロポーズよ。マッチしたわ」
「……。じゃあ、涙だけなのか?」
「ふふっ、そうね。一人ひとり涙の解釈は違うわ、貴方の場合……きっと……7月の血ね。そもそも、涙はお相手が含まなければならない。あなた達化身の血は尊いものよ、大丈夫。貴方のその血は……あなた自身の心の涙、アメリカの独立戦争をきっかけに、前から傷つきすぎた貴方の心ががそれを洗い流そうとするからこそ流される涙は。あなたのストレスが緩和されればきっと、止まるはずよ。どうか、それが今年で終わることを信じているわ、イングランド」
「……。感謝いたします」
「まぁ、確信になればいい。さて、君の名前を教えてはくれないか」
「えっと、セルシアーナ……セルシアーナ・エドワーズです」
「そうか、セルシアーナ……薔薇の名前」
「薔薇は、五芒星を内包する花だからね。その力が、イングランドを呼んだのかもしれない。「さぁ、君たちの行路が幸せで満ちますよう、祝福を」
「なら、私からは。二人の繋がりが深く広くありますように、祝福を」
「我が国の深く長い繁栄に感謝を。そして、両妖精陛下のお心遣いに感謝いたします」
「ありがとうございます」
「ふふっ、頑張って。7月のアーサーに寄り添ってあげてね?」
「わかりました」
「では、また……」
「えぇ。そうそう、二人がつながってからおいで。君の、お庭と繋げてあげよう」
「わかりました、お伺いいたします。では、行こうセルシアーナ」
「はい、また。行きましょう、アーサー」

 セルシアーナをひょいっと抱えたアーサーは、妖精の森を抜ける。気がつけば、アーサーの家にいた。

 涙は、きっとひとりひとり違うのだろう。
「まぁ、比喩とも取れるし、涙そのものでもあるんだろうな」
 アーサーは、何で俺は血なんだ……と、むっとする。涙でいいだろうって、愚痴るアーサーを宥めるように抱きしめた。
「私もいいけど……アーサーの心の傷を、私は癒せてますか?」
「大丈夫、大切にされているとわかっているから。お前のお陰で、お酒の量も減ったからな!」
「ふふっ、なら良かった」
セルシアーナは、アーサーを抱きしめてくすくすと笑う。嬉しそうにするものだから、アーサーも抱きしめ返す。
 一ヶ月ほど、セルシアーナは少しずつ準備を勧めてきた。
 イングランド邸に荷物を少しずつ運び込む。親には内緒だ、そもそもセルシアーナの部屋には入ってこない。家具は、客間一つ渡すと言ってくれているから、必要のあるものだけ。
 ドレッサーにはスーツや服案外イギリス発のブランドが並ぶ。イギリスもスコットランド達からも受けは良さそうだ。 アンティークのもので並ぶ私室は、イギリスらしさが全面に出る。ベッドはそもそも一つでいいだろうと彼は言った。夫婦なら一つで十分だと。

「ふむ、何着か作るか。まぁそれは、それで置いておいて。お前のご両親をどうするかだな」
「そうですね。早めにしますか?それとも、ぎりぎり?」
「……。そればかりは、俺の体調次第だな。
 確実に当日は吐くから、すまないな」
「その前にできたらいいですね……。
 あなたが楽になるなら、いつだって」
「そうかよ。ありがとう、さぁ……考えよう」

 アーサーと話していた両親との話し合いは、案外にも早く来た。彼の体調が次第に下降していくその手前であろう頃だった。
 アーサーの家に向かうとき、なんだか、視線を感じる気がして。そのままアーサーさんに連絡する。
「何か、視線を感じてるんですけど……」
『ん?嫌な感じはしねぇけどなぁ。まぁ、案外お前の親だったりしてな。何とかするから、そのまま来いよ。俺のこの家は、実は前から動かしてねぇから知られているからな。気にすんな』
 じゃあ、待ってるな。なんて、なんてことも無い風に言われて。それが、何だか嬉しくて、頭の上にいる鴉の妖精さんの彼を一つ撫でて走り出した。先には、すぐそこには彼がいるのだから、怖いこともなにもない。
「おっ、来たな。Hallo」
「Hallo、アーサーさん」
「入れよ、そう言えば。そろそろ、来る頃だろうしな」
 アーサーが、セルシアーナの後ろを見れば、やはり父親と母親が二人並んでいた。それをつられてみたセルシアーナが、固まる。
 固まった私を、アーサーは撫でて、固まりを解いてくれる。撫でてくれる優しさは、確かな彼の強さだと思う。だって、これから何を言われるかわからないのだから。
「いつかは、説明をと思っておりました。どうぞ中へ、エドワーズ夫妻」
 セルシアーナに似た、ミルクティーベージュの髪色の父親とどちらかといえば茶髪の女性、どこか硬い表情に驚きが隠されているだろう。祖国の顔は、知っているはずだろうから。
 応接室へと案内したイギリスは、紅茶を手順通りに用意する前に、セルシアーナに自分の部屋に妖精を呼び出すように言う。彼らをまとめて、父親の、彼女らの否定を聞かさないようにするためだ。アメリカに対して使うこのやり方は、彼女らも知っているからすぐに集まってくれる。
「イギリスさんから、お願いしたいことを聞いてきました。 2時間ほど、こちらに居てくれませんか?」
『ふふっ、わかったわ〜。みんな、よんでくるわね』
『いいよ!』
妖精さん達が集まったところで、クッキーを置けば嬉しそうに食べてくれている。それに安心してお願いね。ともう一度言ってから、セルシアーナはアーサーのもとへと走る。両親ではなく、アーサーのもとへと走った。

 紅茶を持っていけば、キョロキョロと興味深そうだ。そういうところは、セルシアーナと何ら変わらない。紅茶を差し出せば、向こうから返ってくるのは感謝の言葉。
「まぁ、言わなくても……分かるだろうが、連合王国の代表、イングランドだ」
「お会いできたこと、愛おしく思います。彼女の父親、レオナルドです」
「お会いできて、嬉しいです。母親の、アリアです」
挨拶から始まった会話は、どう進んでいくのだろうか。そんな、最初に考えるであろうことを考えて、切り出す。
「彼女が出るときから、着いてきたと見ますが。彼女は、もう既に成人を越えている」
まぁ、とりあえず自由な身だろう。と、言ってみることにしたイギリスは、それを伝えた。すると失敗した紅茶を飲んだときのように苦い顔をした父親が言う。
「あの子は、変な子ですからね。それこそ、変な財団に連れ去られると困る。妄想癖はいらない」
「まぁ、それは我がかつての弟、アメリカには何度も言われますがね。俺らこそが、ファンタジーだとは思わないのか? ファンタジーがこうして現実にあるからこそ、彼等、彼女等はいる」
「そ、そうよ……貴方。祖国たちこそ、ファンタジーよ」
「……では、何故こうして休みの都度に貴方のもとに通っているのですか?」
「……」
真剣そうな父親に、アーサーはふぅーと大きく息を吸い、吐き出す。セルシアーナの穏やかな優しさはいま眼の前にはないが、俺はやりきるのだ。
「お前たちは、俺が……まぁ、イタリアと共に捕まった事件を知ってるだろう。その件に関してだ。俺たちには、唯一の運命がいるという。その子とお互いが思う気持ちをつたい合い、そして……その化身が涙とするものを飲み込めば、彼ら彼女らもまた化身と運命をともにすることになる。それが、運命の子というものだな。俺の、運命は彼女だということになる。もう既に、涙の形容は見つかっているからな」
「では、あの子は……あなたの時間をともにするということは、不老不死に?」
「まぁ、あってるとも間違ってるともいうが……そんな感じになるか。彼女には、許可も取っているし、互いに理解もしている。そもそも、彼女とファンタジーが見えると話し合った仲だ」
「……」
「あの子には、見える人が必要だ。彼女が、俺を望んでくれた。そして、俺はあの子を望んだ。それが出来た。お前は、見えないものはいらない……そうだろう?」
暗に、ファンタジーなんて要らない、そうだろう?と聞けば、彼は暗い表情になる。妻もまた、唖然とする。まぁ、そうだろう国と同じことになるなんて、ありえないものだから。
「あの子は、俺の運命という妻になれば、カークランドを名乗らせることが決まっている。それ以外の経歴は書き換えるからな。カークランドですべてを通す。お前とのつながりは、本人と周りだけがしることになる。さぁ、どうする?」
 許可するか?と聞けば、彼らはまた黙った。いや、黙っていた。ドアのところでアワアワとするセルシアーナに、おいでと声をかける。
「……。おいで、俺のもとに」
 何も言わずに側によったセルシアーナをみるに、相当緊張しているようだ。俺の手をきゅっと握ってくる。スキンシップが最近増えた。良いことだなと思い握り返す。
「まぁ、国と結婚できることが知られれば、かなり厄介だがな。あまりにも、見つけ方が俺たちしかわからない方法で厄介だ。しかし、俺もこの子も、本気だからな。そもそも、俺の涙の比喩がまさか、アメリカの独立記念日に付近に吐く血だとは、俺も思ってなかった」
「……。いーくん」
「……。ウェールズかよ」
「だって、なんか嫌」
「……。いいけどよ、まったく。そんなところも、好きだぜ?」
「うん」
 アーサーは両親を前にしてセルシアーナの頬に口づける。もう癖のようだ。何か決心したようなセルシアーナを、アーサーは足の間に入れる。抱き込むように支えると、ふっと彼女が力を抜いた。「大丈夫、行けるぜ」そう耳元で優しく声かける。そんな声に答えたのはやはり彼女だ。
「私は、決めたんです。確かに最初は国と国民、上司と部下でした。姿勢と歩き方から教えてもらった記憶があります。それでも、この人の国ではない部分、プライベートな部分を見て聞いてそばにいて、良いところも、悪いところも知った気がします。きっと、国だからこそしなくてはならなくて傷ついたことも多いと思うし、それを共有したいと思った。だからこそ、私は……受け入れる。受け入れたいんです、お母さん、お父さん。許してください」
 言い切った彼女は、俯いてしまった。怖いのだろう、苦しいのかもしれない。それでも、俺のためにしてくれたことは支えたい。
「そもそも、お前らと離そうとは思ってねぇよ。親と子供は特別な関係性だ、俺らにはどうすることもできねぇよ、ただ。彼女の判断を受け入れてやってほしい、それだけだ。俺の母さん達の時代はわからないが、俺らの時代では俺とセルシアーナが一組め、どうなるかもわからない。それでも彼女は頷いた。それを、認めてやってほしい、俺はそうと思う」
「……わかりました、全てを貴方様に任せます。では、また……」
「またね、セルシアーナ……」

 素直な、幕引き。これでは、どちらかわからない。それを確認しようと口を開いたが、セルシアーナにそれは遮られてしまった。
「もう、いいです。アーサーさん、伝えられたことだけでもいいんです」
「……。愛している、どんなお前も」
「私も、どんな決断をするあなたでも好きですから、大丈夫安心してください」
 それを、聞いた彼女の両親は、走り去るように俺の屋敷を出たという。それは、妖精さんから聞いた。

 ある意味、あっけなく終わってしまったこのことは、マウリツィオも呆れていた。そして、俺の体調不良は6月の最終週手前で来た。
 急激な体調不良に、耐えきれなかった俺の体は悲鳴を上げる。何も通らず、水だけは飲める状態で、早くもどうにかしなければならない状況になった。意識だけは、何故か冷静で不思議なものだ。
「ぐっふっ、げほっ」
 口から吹き出すのは、咽頭付近に急にできた傷から出た血。胃液よりただの血だろう。
「アーサーさん!!」
「大丈夫、もういけるか?お前は、もう整理はついたか?」
 最後に確認すれば、大きく頷くセルシアーナをベッドに抱き寄せる。フランシスを呼んであるから大丈夫だよ。そう安心させるように背中をなでて、俺はそのまま勢いに任せてセルシアーナに口づけした。俺の血は、セルシアーナへと流れていく。どれだけ居るのかは妖精両陛下は言わなかった。しかし、涙でもいけるならば、もういいだろう。セルシアーナは何も言わずに、眠りについた。俺の吐き気も落ち着いてきた。

「少し寝ようか、ルア」

 俺は、セルシアーナを抱いて眠った。


 夢を見た。小さなアーサーさんが、誰かに射られるところを。
 夢を見た。子供のアーサーさんが、誰かに剣を突き刺すところを。
 夢を見た。子供のアーサーさんが、船に乗り込む人たちの安全を祈るところを。
 夢を見た。少し大きくなったアーサーさんが、船に乗り込むところを。
 夢を見た。また大きくなったアーサーさんが、女王陛下と共に歩く姿を。
 夢を見た。青年に近づいたアーサーさんが、船の上で激しく、強く、たくましく、舞い踊る姿を。
 夢を見た。大切な何かを得るところを。
 夢を見た。大切な何かに、大きな大きな心の傷を作られるところを。
 夢を見た。青年のかれが、その傷を隠そうと暴れまわる姿を。
 夢を見た。それでも、あなたの抱える愛を伝えようとするところを。傷つけたことを悔やみ、傷つき、後悔する貴方を。そして、愛おしい相手への手を引っ込めるあなたを。今もなお、様々な心の傷を増やしていく貴方を。

私は、貴方、自身が紡いできた歴史を夢で見た。

 貴方のお母さんらしき人が、にこりと微笑む。その人が、ロンドン?とつぶやいた気がした。
 そして、息子達をよろしくねとも聞こえた気がした。

 目を開ければ、目の前には口から血を垂らした彼がいた。何日たっているのかわからない。それでも、服が違う気がするから、数日は経っているだろう。起こしても大丈夫だろうか。
「アーティ、アーティ。起きて」
「ん、んあぁ?」
なんとも、ヤンキーな言葉である。寝起きだからかな?と首を傾げると、はっとアーティは起きた。
「おぉつ、お前。起きたのか、おはよう。あっ、とだな。何か、気分は悪くないか?大丈夫か?」
「えっと、大丈夫です。気分は悪くないです、でも……夢を見ました。貴方が紡いできた歴史の夢、あなたから見た歴史を」
「そ、そうか……。ありがとう、愛している」
「愛しています、アーサーさん」
「俺とともに生きる決断をしてくれてありがとう、ルア。おめでとう、俺のロンドン」
「ありがとうございます、イングランド」

 愛おしい子は、化身になった。幸せがそこにある。そう、イギリスは思った。
 
 奇しくも、アーサーの体調が急激に回復したのは、そしてセルシアーナが起きたのは独立記念日の二日前、何とか渡米出来そうだと判断した結果セルシアーナの初の人間界の社交界デビューとなった。もう、吐くことはない。アーサーのここの傷をセルシアーナが埋めた。心の涙はきっとこれからは、涙として流れていく気がする。
「おいで、俺のパートナー」
「はい、勿論です」
 セルシアーナの黄緑色のドレスはドロップのペリドットとよく合っている。
「おっ、きたきた。ってことは、上手く行ったのねイギリス」
「あぁ、俺もセルシアーナも上手く行った。ありがとう、フランシス」
「俺も、お前には幸せになってもらいたいからねー。なんでも聞くからいつでもおいでよ、ルシー」
「はい、ありがとうございます」
「で、ロンドンでいいのかな?」
「多分な、ロンドンで間違いねぇだろう。兄さんたちもロンドンだといったからな」
「ならいいじゃん、また会おう」
 フランシスと手をふりあってから、行ったのはアメリカのところ。アメリカの横には、大統領がいた。
「やぁやぁ、来てくれたのかい!」
「あぁ、お前の記念日にな。ボールペンだよ、お前は万年筆よりこっちだろうが」
「使いやすいの選んでくれて、サンキューなんだぞ!というより、元気なのかい?いつもなら、血ドバーーなんだぞ!!」
アメリカは、とっても面白いんだぞ!!とケラケラ笑っている。が、それどころではない。
「大統領、ご無沙汰しております。改めて、ご紹介を。俺、イングランドの『運命の子』、まだ正式には姓の入れ替えをしておりませんが、セルシアーナ・カークランドです。都市はグレーター・ロンドン」
「お初にお目にかかります、ご紹介に上がりました。セルシアーナ・カークランドです。此度、イングランドとの婚姻が夢叶いましたことご報告させていただきます」
「おぉ、それはそれは。私の名前は名乗らなくてもしっているね。はじめまして、だ。私は彼が、イングランドとの運命を信じて、突き進んだ君を素晴らしく思うよ、おめでとう。で、いつ挙式を?」
「陛下達は、来年にと言っていますね」
「なるほど、準備と告知か。わかった、いやぁこの日に報告は嬉しいね。君に、自由な幸せが訪れることを祈っているよ、イングランド」
「彼女の受け入れと主に、お言葉に感謝いたします」
「って、本当に化身になったんだね!!おめでとう、素晴らしいじゃないか」
 アメリカは、クラッカーを放つような仕草をしてセルシアーナを見つめる。彼女もくすぐったそうに俺にくっついた。恥ずかしがり屋なのは、イギリス人の特徴かもしれないなと思い撫でてやると目を細めて嬉しそうだ。
「煩いな、アメリカちょっとは静かにしろよな。でも、ありがとよ。じゃあ、な。また後で、どっちにしろ明日からはまた会議だろ」
 とりあえず、こいつはもういいか。日本のところに行こう。
「そーなんだぞ、とってもめんどくさいし。じゃあ、明日もよろしく頼むぞ」
 そんな明日の予定を面倒臭そうに言ってくれるアメリカに手を振って、俺は日本のところへと向かった。
 日本は、イタリア兄弟、ドイツ兄弟といた。探す手間が省けたなとふと思う。
「おめでとうございます、カークランド夫妻」
 日本の言葉に、みんなそれぞれの笑顔がある。イタリアが懐いてくれたおかげか、俺もこいつからの言動を素直に受け取ることができるようになった。裏は考えているけどな、それでも受け取ることはするようになった。
「おう、ありがとよ! ほら、日本達だからそんな緊張せずにな?」
「日本さん、イタリアさんとロマーノさんに、ドイツさん、プロイセンさん。ありがとうございます、ようやく運命を結ぶことができました」
「おう、おめでとうだな!」
「ヴェー、おめでたいね〜。何か後で贈るね!!何がいいかなぁ〜」
「服でもいいんじゃねーか? お揃いでひと揃えしてやりたいと思うんだけど」
「流石兄ちゃん、ねぇイギリスぅだめ?」
「いや、別に、俺のほうが迷惑じゃねーのか?」
「うんん、俺がしたいんだ!だから、迷惑じゃないよ。そして、おめでとうね!」
「ありがとう、イタリア兄弟。有り難く受け取るぜ?」
「ありがとうございます、私とっても幸せです」
「そう言ってもらえると、俺が嬉しいな」
「ふふっ、愛していますからね」

「おう、愛している。だから、愛されてくれ」
「離れません、いつ何時も。そして、愛します」
「熱烈な宣言をありがとう、幸せだ」

 幸せそうなセルシアーナの顔を見ると、俺もまた幸せを感じる。愛おしい君に、最高のティータイムを。

 しばらくセルシアーナは、アーサーから離れたがらなかった。離れる時間はあるが、何をするにもともにいる状態だ。多分、体を作り替え、時間を合わせるのに必要なのだろうと予想をつけ、アーサーはそのままにさせていた。今日は、休みの日だからと、森に行き妖精の世界へと道を繋げた。
 変わらない世界にほっと息を吐く。愛おしさを感じつつ、セルシアーナをゆっくりと導く。
「思い出せば、両陛下は私達をお呼びでしたね」
「そうだな。久しぶりに休みだから、来てみたんだが……いらっしゃるか」
森の中をキョロキョロとみていると、妖精達に纏わりつかれているティターニア様を見つけた。相手もどうやら、見つけたらしい。
「ふふっ、いらっしゃい。上手く行ったみたいね」
「貴方様のご助言のおかげです、感謝します」
「ふふっ、流石ね。おいでなさい、ふたりとも」
 目を細め笑うティターニア様にアーサーもセルシアーナも追いかけた。この世界では、アーサーさえ彼女らを敬うが基本的には対等であり友人だった。だからこそ、こうして遊びにこれるのだ。王座に座っていたオベロンが、くすくす笑って楽しそうに声をかけてくる。
「ふふっ、来てくれてありがとう。そして、おめでとうふたりとも」
「あら、先に越されてしまったわ。おめでとう、楽しそうで何よりだわ。幸せそうね」
「えぇ」
「あなたの幸せを、私達は常に願っているわ。そして、渡したいものがあるのよ」
 ふふっと、彼女は手をくるりと回した。セルシアーナの手元には、二冊の魔術書と杖二本が手元にはある。不思議だと、セルシアーナは首を傾げたが、彼女達は笑うだけだった。

でも、これが不思議な歴史の旅の始まりな気がする。と、セルシアーナは笑った。
4/4ページ
スキ