妖精の幸わう国
思いは蕾のように
あの後、彼はイギリスではなくてアーサーと呼べと言った。それに答えるように、名前を呼ぶと嬉しそうに、柔らかに笑った。その笑顔が何だか月のようで美しかった。そんな見守ってもらえている感覚を得ながら、私は彼から教育を受けることになった。
気難しそうに、キリッとした雰囲気をまとった彼はさっそく始めようとする。
「まずは、歩き方だな。しっかりと真っ直ぐに立つようにするところから始めよう。正しい姿勢はスーツを更に美しく魅せてくれる。そして、何より正しい姿勢は、マナーであり自分自身を美しく魅せるコツでもある」
正しい姿勢を、アーサーが調整するように手を添えて声をかけてくれる。それに応じて、前へ、後ろへと調整していけば。いいぞ、と言われる。そこまでおかしい姿勢ではなかったらしく、いい姿勢だと褒めてもらえて嬉しい。家ではそう褒められることなんて無かったから。そんな嬉しさ反面何か嫌な気分を思い出したとき、アーサーは微笑んだ。
「まずは、その姿勢がコンスタントにできるようになろうな。まぁ、姿勢に関してはほんの少しだけ意識しておけばいい、間違ってはないからな。さて、次は……歩き方だな」
正しい歩き方を、アーサーは伝えてくれる。まずは、アーサーが執務室の端から端まで歩いた。
「まずは、歩く時はかかとから着地するところから意識するんだ。かかとからつま先へと体重移動をしながら歩くイメージだな」
艶のある革靴が、ゆったりと進む。足元だけでなく、上半身を見ると前のめりにもならず、すっと立っている姿が美しかった。
「腕の振り方は、前に振るのではなくて、後ろに引くイメージだな。肩を揺らすと、あまりイメージは良くないから注意だ。俺様を見ろ、みたいな印象になるからな。目線は、先をみるようにするんだ」
そして、やってみろ。なんて言われて、ゆっくり進むように歩いてみるが、重心が寄っていることや足幅のことを注意を受けていた。それでも、根気強く関わってくれるアーサーさんが、嬉しかった。
「それでいい……。今日はここまで、後はマウリツォのところに行ってこい」
終わりだ。と、目を細めて微笑むアーサーさんにお辞儀をする。後ろにいるマウリツォさんが、何やら楽しげに笑っているのが見える。何かあったのだろうか、と思うが何かあるなら彼に話しかけているとは思うので、気にしないようにした。
「ありがとうございました。また、後で」
「ん、またな」
執務机に行くイギリスさんを見送って。それからは、マウリツォさんについてお仕事をしていく。マウリツォさんは、私に書類の整理を分類ごとにいって、イギリスさんに持っていくことは出来るだろうと任せてくれている。そして、確認したWordなどでのデータとしての書類を各所にメールしたりと忙しくしている彼の合間合間に、仕事を教えてもらう。
「まぁ、予定は上が出してくることも多いから、それに合わせて視察なら相手方との時間や内容の調整、軍部とかなら時間指定してくることが多いからそれに習ってこちらが調整するようにする。で、Sir特有なのは、世界会議だろうね」
「世界会議ですか……?」
そこから説明がいるか……と呟いたマウリツォさんの後に、書類確認を終えたアーサーさんが、説明してやろうか。と、言った。
「まぁ、全世界会議、G8会議、欧州会議と常任理事国会議、英連合会議もあるか……それらをまとめて世界会議と言っているんだ。まずは、今度は日本でG8会議があるから、そこだな。お前も行ってみるか?」
世界会議と言っても、様々な振り分けがあるのだろう。それを、把握するのは中々に難しそうであった。それでも、こうして祖国のそばにいれるなら、何でもやりたい。
「えっと……私でいいんですか?」
今の、私のできることで貢献なんてできるのだろうかとそわそわしていると、アーサーさんは苦笑いした。そして、優しく頭を撫でられる。少し体温の低いアーサーさんの手はなんだかとても気持ちよかった。
「あぁ、お前は日本語が出来るみたいだからな。お前を外すことはねぇよ。とにかく、仕事ができるようになるのは、まだいい。俺の付添いとしてできることを増やせばいいだけだ」
だから大丈夫だぜ?と言ってから、にっ、と明るい笑みを見せるアーサーさんに私もふわっと微笑んだ。
その週末、アーサーは仕事を終えて花の水やりをしていた。水が気持ち良いのか妖精さんたちも嬉しそうに俺の周りを舞っている。
『なんだか、アーサーが楽しそう!!』
一匹の妖精さんが、俺の頭の上で話す。彼女こそ、音符が舞ってそうな雰囲気を醸している気がするのだが、彼女から見た俺もそうなのだろうか少し不思議に思う。
「俺がそんな何時もより、楽しそうにみえるのか?」
『そう、見える見える』
他の妖精にも肯定されてしまえば、肯定するしかない。まぁ、お前たちが言うならそうなのだろうと、言ってからふと公園にでも遊びに行こうか。という気持ちになった。
アーサーは、今セルシアーナを秘書としてより一人の女性として育て上げようとしている。それは、他の秘書に対する兄たちとも変わらない。が、昨日、うちの秘書にあったウェールズの言うことも気になっている。
昨日は、俺たち4兄弟は珍しく揃ったマナー・ハウスでそれぞれの秘書の話をしていたのだった。 ウェールズの秘書は、セレン・デイビーズだ。赤毛の短髪が特徴的な女の子で、青の強い緑色の瞳を持っている。一般家庭の出身であるが、頭もよく大学教授の覚えも良かったため、まぁ裏で何かが動いたかもしれない。というのは、言わないでおこう。
スコットランドの秘書は、メイジー・ウォーカーである。ややピンク掛かった銀色が特徴的な女の子であり、瞳は青色をしている。彼女は、政治家の秘書からこちらに移動してくることになった。その時の評判は、引いて指示に従う子という評判である。まぁ、従順であるということだろうアーサーはそこは望まないし、嫌だと思うならいってくれと思っている。
北アイルランドの秘書は、茶色の肩までの長さをの髪を持っていてこちらの青色をしている女の子の女性だ、案外に女性秘書四人の最年長であった。まぁ、気遣いができるタイプであり、真面目なタイプなのでのんきな兄上にはいい秘書だろうか。
「じゃ、新卒はいーくんと俺なんだね」
ウェールズが、その子達の書類をぽーんっと家の机においた。今残っているのはこの書類だけである。
「まぁ、俺のところも特に問題は起こってないなしかし……。あまりに、従順というか……」
スコットランドは、従順なタイプが好きだと思ったんだが違ったのか。と思いながらも、自分の秘書の話をする。
「あぁ、従順か。俺のところは、やれることを見つけてやっていいですか?って聞いてくるタイプだな。やっていいぞ、と言うと嬉しそうに笑っている。マウリツォとも、相性が良さそうだぜ?」
その言葉に同意したのは、北アイルランドだった。今までの秘書と相性があまり良くないというのは聞いているので、そうだろう。
「あ〜、いいなぁ。自分の右腕と相性がいいのがいいよな。俺のとこなんて、あまり相性は良くないみたいなんだよ〜」
うぬぬ〜って、言っているらしき北アイルランドの言葉はウェールズに遮られた。
「そういえばさ、ルシーちゃん妖精見えるんだよね。俺のドラゴンに興味持ってたから、遊ばしてあげたら、俺の子も懐いていたよ。楽しそうで、俺も嬉しくなっちゃった」
楽しげに、ゆらゆら揺れているウェールズ。どうやら、交流ができていたらしい。楽しそうならいいかと考えてから、う〜んっと伸びをした。
「まぁ、俺が初めて会ったときも妖精に懐かれていたな。珍しいだろ、だから声をかけたんだが。見える相手にあったことはなかったみたいだ」
あのときの神秘的な雰囲気は確かに不思議な雰囲気を持っていたと思う。
「ふ〜ん……。あの子、俺についてるドラゴンも言ってたんだけど、俺らの気配に似てるみたい。もしかしたら……都市の化身だったりしてねぇ。まぁ、オベロン様とかティターニア様とかなら知っているかも? いーくんのほうが仲いいでしょ」
ウェールズは、手元の紅茶を飲み干してからスコットランドの方へと意識を向ける。なにかいたずらでもしようとしてないだろうな。
「なるほどな……」
「まっ、様子見だね〜。でも、いーくんとは仲良くできそうな子だから、良かったね」
「まぁな……」
そんな会話が、四人集まってあったのだ。
まぁ、嬉しいのは確かなんだけどな。なんて、思いながら公園へと向かう。あの子と会えた公園だ。そこに向かうと、アーサーの背中を押す妖精がいた。彼女に従うと、セルシアーナがいる。なんてタイミングなんだ。と、思ってしまう。それでも、俺は声を掛けた。
「セルシアーナ、こんなところに居るのか」
俺の声に気づいて、こちらを向いたセルシアーナは驚きつつもどこか嬉しそうだ。少し、うつむきがちで、シャイな一面が出ているみたいだな。と、分析しつつ、優しげにそしてどこか楽しそうに微笑んだセルシアーナの頭にぽんっと手をおいた。何度か見てきたその表情が好きだな、なんて思ってしまう。あぁ、その純粋なのに何かを、経験してきたような深い笑みを見せる彼女を気にしている自分はいた。
「お前の、楽しそうな顔が好きだぜ?」
俺の言葉に、照れたみたいなセルシアーナは、遠慮がちに言ってくる。
俺に出来ることなら、俺は何度だってやってやろう。子どもたちには俺はいつだって、与えてやれるものは与えてやりたいんだ。そして、自分で出来ることならやらしてやりたいのだ。
「あなたにそう言われるのは、嬉しいです。アーサーさん、あの……そのウサギさん触らしてもらっていいですか?」
「ん? あぁ、勿論だ」
ほら、行ってごらん。そうお願いすれば、妖精さんはセルシアーナが差し出した手に乗って撫でられるのを甘えている。嬉しそうにくふくふと笑い声を出して、楽しそうにしている妖精さんとセルシアーナに微笑みかけてしまう。少しだけ、もうこの子に入れ込んでいることを自分でも自覚した。
「俺んち来るか?」
「えっ、行っていいんですか?」
セルシアーナは、アーサーの庭を見て、薔薇の花に興味を示した。説明してやると、目をキラキラとさせていて、紫色の瞳を輝かせていると、何となく青色が強くなる気がする。
「秋に咲く薔薇たちもいるんだぞ。グレーテルやゴールデンフラッシュ、ブルームーンもそうだな。様々な薔薇がいるから見て回るといいぜ」
しばらく、アーサーは彼女の好きにさせておくことにした。そうしたら、この一週間で教え込んだある方や立方がキレイになっていることを見つけた。瑞々しく清く強く優雅に咲く薔薇達が、彼女を彩っている。多種多様な彩りの中でも、彼女がバラに負けていないというのは、いい傾向だ。
その間に紅茶を淹れてから、玄関から彼女を呼んだ。
「セルシアーナ、おいで」
「あっ、はいっ」
呼ばれたことに驚きながら、セルシアーナはそばによってくることに安心しながら、ドアを開けて待ってやる。
「他のやつが待ってたら、こうして開けて待っててやれよ。淑女だって誰かを敬い、優雅に振る舞えよ」
「皆さん、お互いにしてらっしゃいますからね。頑張ります」
この子は、職員同士でやっていることをよく見ているらしい。そう思うと、職員たちの行動が新任の教育にも役立っているらしい。
紅茶を目の前に出してやると、セルシアーナは優しくカップを持つ。お茶を飲むときの仕草は、俺が口出すことはなかった。優雅さはしっかりとあるし、マナーはしっかりと守られている。ならば、俺は見守るだけだ。
「まぁ、こうしてお茶を飲むのも好きだろう?」
「はい、でも……。なんだか、落ち着きます」
「そ、そうか? まぁ、古い家具ばかりだからなそれが落ち着くのかもしれない。俺の歩みとともに、年月を重ねた子たちばかりだからな」
そうなんですか?と、セルシアーナはテーブルをひと撫でする。今もなお艶のあるテーブルは美しく穏やかにその歳を重ねていたその歴史を大切にしようとしてくれているのがよくわかる。
「セルシアーナは、俺といるのは楽しいか?」
「ふぇ?」
聞かれていることが「よくわからない」というふうにセルシアーナは首を傾げた。何度か、パチパチと瞬きしたあと、彼女はニコっと笑う。
「楽しいですよ、それに……私は見える人がそばにいてくれて嬉しいんですよ。私は、見えることを言ってしまって……いじめにもあってましたから」
「否定するやつは、とことん否定するからな」
彼女が話すのを相槌をうってやる。こうして、話す機会が生まれたのだから、しっかりと話し合ってやろうと思う。
「そうですよね、見えて受け入れてくれる人が、まさかこの国とは思いませんでした。それでも、貴方は私達には、優しい人だと思います」
ふふっ、と笑ってから紅茶を一口。窓からは、バラがこんにちはと顔を出しているのをみて、キレイに咲いてくれているなとふと思う。
「そうか、まぁ……そうだな。俺も、国民には厳しくした記憶はあまりない。俺は、殴ったりけったりは日常茶飯事だけどな特にフランス……。歴史上、仕方ないんだよ、俺はな」
自虐的に、笑えばセルシアーナは苦笑いだ。何となく、困らせてしまっただろうことをわかっているので、どうしてやろうかと思った。
そんな時だった。
「ボンジュール、坊っちゃんっ……と、珍しいね。ボンジュール、マドモアゼル」
フランスだ。爽やかに長めの髪をふわふわとさせて、驚きながらも楽しげに声をかけてきやがるのだ。妖精さんが開けてしまったか、あの子達なら開けかけないから、仕方ないな。
「はぁ〜〜っ……、仕方ない。セルシアーナ、彼はフランス、フランシス・ボヌフォワだ」
ため息を大きく付きながら、いやいやに紹介してやる。そして、セルシアーナのことも説明してやらないと、嫌な予感がするのだ。
「フランス、こちら俺の第2秘書、セルシアーナ・エドワーズ。セルシアーナ、ご挨拶を」
「始めまして、Sir、秘書をしていますセルシアーナです、宜しくお願いします」
セルシアーナが、ゆっくりとお辞儀するとフランスは頷いてから、挨拶する。まぁ、妥当だな。
「フランシス、フランって呼んでくれたらいい。ふ〜んっ、坊っちゃんは受け入れたんだね」
ニヤニヤ、という効果音が正しそうなそれに、ため息をつく。めんどくさい。本当に、非常に。
「上からだからな、仕方ないだろ? まぁ、なにもないからな。俺は、俺らしくあればいいだけだからな」
「なるほど、まぁいいや。キッチン借りるね」
キッチンを借りるって言って、フランシスはキッチンへと消えた。まぁ、ほっておいていいだろうとセルシアーナに向き合う。
「隣国のフランスだ。面倒くせぇやつだからな、ひげとでも読んでやれ」
眉間にシワが寄っているであろうことに気がついているが、セルシアーナはそれを見てもあまり怖がらなかった。内心それにほっとするも、あまりこのこの前ではやらないように気をつけようと思った。
「お嫌いなんですね」
「そうだな」
そのフランスに対する評価に同意しつつ、紅茶を一口含んだ。香り高きそれは俺の気持ちを落ち着けてくれる有り難い代物なのだ。
「ん、おまたせ〜。お兄さんの家で仕込みはしておいたビーフシチューと菊ちゃんに教えてもらっただし巻き卵に、クロワッサン、サラダだよ」
フランスが持ってきたらしいから、手伝ってやるかとキッチンへと向かう前に暴言を吐いておくことにしよう。ただで手伝うのは癪に触る。
「ふんっ、早くよこせ。このバカが」
「ちょっと、かわいいマドモワゼルの前で、なんてことを言ってるの。だめでしょ〜坊っちゃん」
「お前に言われたくはないな。ふんっ、腕折ってやろうか?」
「えぇ〜、やめてぇ。お兄さんお料理作れなくなっちゃう」
キッチンへと移動すると、綺麗に並べた食器たちがある。それを、うまくバランスを取らせて何皿か持つ。昔は、王家でやっていたから、こういうことも得意だ。
「おぉ、こぼさないでよ、坊っちゃん」
「こぼすかっ、よし。これでいいな」
俺らのやり取りを楽しそうに見守っていたセルシアーナも料理を前にして、嬉しそうにしているようだ。それには、感謝してやろうとフランシスを睨むと、あいつは肩をすくめた
「美味しそうです」
「いい機会だ、イギリス式とフランス式のマナーの確認をするぞ」
「あっ、はいっ!」
「なるほどね〜、教育係は坊っちゃんなんだね」
ちょうどフランスがいるから、始めたマナーレッスンは、上手く進んでいく。
「まず、イギリス式だ。右手にナイフ、左手にフォークだな。並べてある外側から使っていくのが基本だ」
アーサーは、フランスから受け取ったフォークとナイフを並べていく。
「食事中の置き方は、ナイフが四時、フォークが八時の位置になる」
外側のフォークとナイフを、アーサーはお皿の上に置いた。
「わかりました」
「いい返事だな、さて……食べ終わったあとは」フランスが持ってきた空のお皿に、ナイフとフォークを重ねて四時の方向においた。
「このようになる」
「わかりました」
同様に、スープを飲むときのやり方も食べ始めてから教えた。そして、フランス式との違いも教えた。正直いおう、この一週間教育者と生徒に近い関係性が続いてきていると言わざるおえない。なんだか、悲しすぎる関係性に涙が出そうだ。しかし、今回教えたことでぎこちなさはあるもののきちんとマナーに則って食事ができている。後は慣らしてやるだけだ。
セルシアーナが、洗ってくれるというので俺はフランスと一緒にいた。
「まぁ、坊っちゃんとルシーちゃんはうまく行ってるみたいで、俺も嬉しいよ。お前は、女性の秘書は取らないと思ってたし」
「いや、俺は良かったんだが。上があまりいい顔をしなかったんだよ。今になって、任せて来やがったがな」
「ふーん、まぁ。あの子となら、上手くやれそうじゃん。あの子可愛いね、お兄さんタイプかも」
「辞めとけよ、俺の子だ」
「わかってるよ、坊っちゃんがもう既に懐に入れているってことぐらい」
「……正直、戸惑ってるんだよ。俺だって」
机の上で、ギュッと手を握るアーサーにフランスはふっと笑いかける。不器用で、皮肉屋で、愛らしくて、怖がりで、強がりで、ネガティブ。それでも優しくて、愛情深いやつ。だからこそ、大切にしたいけど怖いと思っている。
「坊っちゃん……。大切にしたいんだ」
「俺が大切にしてもいいんだろうか?」
珍しい、シラフで泣きそうな表情はどこか愛おしさも含まれていて、俺はふっと表情を和らげる。だって、人間関係で悩んで進もうでしているこいつを、けなすなんてしたくはないんだよ。俺だってさ。
「いいんじゃない?だって、国民だよ。他国じゃない、そして何よりも……国じゃない。だからこそ、怖い一面もあるし、安心できる一面もある」
「だけどな、ウェールズがいったんだ。あの子、俺らと似た雰囲気があるって」
驚きの事実である。と、フランスは感じてしまった。似ているとはどういうことだ。
「えっ?」
「あの子は妖精に愛されすぎている。俺よりは、マシだが……。間違いなく愛されているだろう、連れ去られてもおかしくないぐらいに。俺と、交流があったから今はまだ連れ去られていないんだ。彼女の父親に、子ども女の子を抱かされた記憶がある彼女だ」
そもそも、昔から知っていたのは知っていたらしい。だからこそ、彼は受け入れたのだろう。
「はぁ、まじかよ」
「……。まぁな、ウェールズは……妖精王に尋ねてみればと言っていたが、まずはあの子と信頼を作るところからだな」
「ん、いいんじゃない?頑張ってみろよ」
そう言ってやると、皮肉を含んでいない満面の笑みがあった。まるで、雨の後の雫を垂らしたバラに降る太陽の光のようで、美しいほほえみだった。
帰ってきたセルシアーナに、感謝を伝えれば彼女は照れたように微笑む。肩の上にいる妖精もどことなく楽しそうで良かった。
「これから、本格的に宜しくな」
「はいっ、アーサーさん」
セルシアーナは、穏やかに微笑んだ。何となく雰囲気が変わってきたのがアーサーには感じ取れる。そして、何よりこの子を育てたいという気持ちもアーサーの中で確かなものへとなった。
今もなお、アーサーの庭では蕾たちがその花を咲かせようとしている。
この意味のわからぬセルシアーナの不思議さ意味と心にわだかまる何かがわかればいいかもしれない。
そんな事を考えていたら、一輪の花が、いつの間にか咲いていた。ブルームーンの花だ、美しいその姿をようやく見せてくれた。
あの後、彼はイギリスではなくてアーサーと呼べと言った。それに答えるように、名前を呼ぶと嬉しそうに、柔らかに笑った。その笑顔が何だか月のようで美しかった。そんな見守ってもらえている感覚を得ながら、私は彼から教育を受けることになった。
気難しそうに、キリッとした雰囲気をまとった彼はさっそく始めようとする。
「まずは、歩き方だな。しっかりと真っ直ぐに立つようにするところから始めよう。正しい姿勢はスーツを更に美しく魅せてくれる。そして、何より正しい姿勢は、マナーであり自分自身を美しく魅せるコツでもある」
正しい姿勢を、アーサーが調整するように手を添えて声をかけてくれる。それに応じて、前へ、後ろへと調整していけば。いいぞ、と言われる。そこまでおかしい姿勢ではなかったらしく、いい姿勢だと褒めてもらえて嬉しい。家ではそう褒められることなんて無かったから。そんな嬉しさ反面何か嫌な気分を思い出したとき、アーサーは微笑んだ。
「まずは、その姿勢がコンスタントにできるようになろうな。まぁ、姿勢に関してはほんの少しだけ意識しておけばいい、間違ってはないからな。さて、次は……歩き方だな」
正しい歩き方を、アーサーは伝えてくれる。まずは、アーサーが執務室の端から端まで歩いた。
「まずは、歩く時はかかとから着地するところから意識するんだ。かかとからつま先へと体重移動をしながら歩くイメージだな」
艶のある革靴が、ゆったりと進む。足元だけでなく、上半身を見ると前のめりにもならず、すっと立っている姿が美しかった。
「腕の振り方は、前に振るのではなくて、後ろに引くイメージだな。肩を揺らすと、あまりイメージは良くないから注意だ。俺様を見ろ、みたいな印象になるからな。目線は、先をみるようにするんだ」
そして、やってみろ。なんて言われて、ゆっくり進むように歩いてみるが、重心が寄っていることや足幅のことを注意を受けていた。それでも、根気強く関わってくれるアーサーさんが、嬉しかった。
「それでいい……。今日はここまで、後はマウリツォのところに行ってこい」
終わりだ。と、目を細めて微笑むアーサーさんにお辞儀をする。後ろにいるマウリツォさんが、何やら楽しげに笑っているのが見える。何かあったのだろうか、と思うが何かあるなら彼に話しかけているとは思うので、気にしないようにした。
「ありがとうございました。また、後で」
「ん、またな」
執務机に行くイギリスさんを見送って。それからは、マウリツォさんについてお仕事をしていく。マウリツォさんは、私に書類の整理を分類ごとにいって、イギリスさんに持っていくことは出来るだろうと任せてくれている。そして、確認したWordなどでのデータとしての書類を各所にメールしたりと忙しくしている彼の合間合間に、仕事を教えてもらう。
「まぁ、予定は上が出してくることも多いから、それに合わせて視察なら相手方との時間や内容の調整、軍部とかなら時間指定してくることが多いからそれに習ってこちらが調整するようにする。で、Sir特有なのは、世界会議だろうね」
「世界会議ですか……?」
そこから説明がいるか……と呟いたマウリツォさんの後に、書類確認を終えたアーサーさんが、説明してやろうか。と、言った。
「まぁ、全世界会議、G8会議、欧州会議と常任理事国会議、英連合会議もあるか……それらをまとめて世界会議と言っているんだ。まずは、今度は日本でG8会議があるから、そこだな。お前も行ってみるか?」
世界会議と言っても、様々な振り分けがあるのだろう。それを、把握するのは中々に難しそうであった。それでも、こうして祖国のそばにいれるなら、何でもやりたい。
「えっと……私でいいんですか?」
今の、私のできることで貢献なんてできるのだろうかとそわそわしていると、アーサーさんは苦笑いした。そして、優しく頭を撫でられる。少し体温の低いアーサーさんの手はなんだかとても気持ちよかった。
「あぁ、お前は日本語が出来るみたいだからな。お前を外すことはねぇよ。とにかく、仕事ができるようになるのは、まだいい。俺の付添いとしてできることを増やせばいいだけだ」
だから大丈夫だぜ?と言ってから、にっ、と明るい笑みを見せるアーサーさんに私もふわっと微笑んだ。
その週末、アーサーは仕事を終えて花の水やりをしていた。水が気持ち良いのか妖精さんたちも嬉しそうに俺の周りを舞っている。
『なんだか、アーサーが楽しそう!!』
一匹の妖精さんが、俺の頭の上で話す。彼女こそ、音符が舞ってそうな雰囲気を醸している気がするのだが、彼女から見た俺もそうなのだろうか少し不思議に思う。
「俺がそんな何時もより、楽しそうにみえるのか?」
『そう、見える見える』
他の妖精にも肯定されてしまえば、肯定するしかない。まぁ、お前たちが言うならそうなのだろうと、言ってからふと公園にでも遊びに行こうか。という気持ちになった。
アーサーは、今セルシアーナを秘書としてより一人の女性として育て上げようとしている。それは、他の秘書に対する兄たちとも変わらない。が、昨日、うちの秘書にあったウェールズの言うことも気になっている。
昨日は、俺たち4兄弟は珍しく揃ったマナー・ハウスでそれぞれの秘書の話をしていたのだった。 ウェールズの秘書は、セレン・デイビーズだ。赤毛の短髪が特徴的な女の子で、青の強い緑色の瞳を持っている。一般家庭の出身であるが、頭もよく大学教授の覚えも良かったため、まぁ裏で何かが動いたかもしれない。というのは、言わないでおこう。
スコットランドの秘書は、メイジー・ウォーカーである。ややピンク掛かった銀色が特徴的な女の子であり、瞳は青色をしている。彼女は、政治家の秘書からこちらに移動してくることになった。その時の評判は、引いて指示に従う子という評判である。まぁ、従順であるということだろうアーサーはそこは望まないし、嫌だと思うならいってくれと思っている。
北アイルランドの秘書は、茶色の肩までの長さをの髪を持っていてこちらの青色をしている女の子の女性だ、案外に女性秘書四人の最年長であった。まぁ、気遣いができるタイプであり、真面目なタイプなのでのんきな兄上にはいい秘書だろうか。
「じゃ、新卒はいーくんと俺なんだね」
ウェールズが、その子達の書類をぽーんっと家の机においた。今残っているのはこの書類だけである。
「まぁ、俺のところも特に問題は起こってないなしかし……。あまりに、従順というか……」
スコットランドは、従順なタイプが好きだと思ったんだが違ったのか。と思いながらも、自分の秘書の話をする。
「あぁ、従順か。俺のところは、やれることを見つけてやっていいですか?って聞いてくるタイプだな。やっていいぞ、と言うと嬉しそうに笑っている。マウリツォとも、相性が良さそうだぜ?」
その言葉に同意したのは、北アイルランドだった。今までの秘書と相性があまり良くないというのは聞いているので、そうだろう。
「あ〜、いいなぁ。自分の右腕と相性がいいのがいいよな。俺のとこなんて、あまり相性は良くないみたいなんだよ〜」
うぬぬ〜って、言っているらしき北アイルランドの言葉はウェールズに遮られた。
「そういえばさ、ルシーちゃん妖精見えるんだよね。俺のドラゴンに興味持ってたから、遊ばしてあげたら、俺の子も懐いていたよ。楽しそうで、俺も嬉しくなっちゃった」
楽しげに、ゆらゆら揺れているウェールズ。どうやら、交流ができていたらしい。楽しそうならいいかと考えてから、う〜んっと伸びをした。
「まぁ、俺が初めて会ったときも妖精に懐かれていたな。珍しいだろ、だから声をかけたんだが。見える相手にあったことはなかったみたいだ」
あのときの神秘的な雰囲気は確かに不思議な雰囲気を持っていたと思う。
「ふ〜ん……。あの子、俺についてるドラゴンも言ってたんだけど、俺らの気配に似てるみたい。もしかしたら……都市の化身だったりしてねぇ。まぁ、オベロン様とかティターニア様とかなら知っているかも? いーくんのほうが仲いいでしょ」
ウェールズは、手元の紅茶を飲み干してからスコットランドの方へと意識を向ける。なにかいたずらでもしようとしてないだろうな。
「なるほどな……」
「まっ、様子見だね〜。でも、いーくんとは仲良くできそうな子だから、良かったね」
「まぁな……」
そんな会話が、四人集まってあったのだ。
まぁ、嬉しいのは確かなんだけどな。なんて、思いながら公園へと向かう。あの子と会えた公園だ。そこに向かうと、アーサーの背中を押す妖精がいた。彼女に従うと、セルシアーナがいる。なんてタイミングなんだ。と、思ってしまう。それでも、俺は声を掛けた。
「セルシアーナ、こんなところに居るのか」
俺の声に気づいて、こちらを向いたセルシアーナは驚きつつもどこか嬉しそうだ。少し、うつむきがちで、シャイな一面が出ているみたいだな。と、分析しつつ、優しげにそしてどこか楽しそうに微笑んだセルシアーナの頭にぽんっと手をおいた。何度か見てきたその表情が好きだな、なんて思ってしまう。あぁ、その純粋なのに何かを、経験してきたような深い笑みを見せる彼女を気にしている自分はいた。
「お前の、楽しそうな顔が好きだぜ?」
俺の言葉に、照れたみたいなセルシアーナは、遠慮がちに言ってくる。
俺に出来ることなら、俺は何度だってやってやろう。子どもたちには俺はいつだって、与えてやれるものは与えてやりたいんだ。そして、自分で出来ることならやらしてやりたいのだ。
「あなたにそう言われるのは、嬉しいです。アーサーさん、あの……そのウサギさん触らしてもらっていいですか?」
「ん? あぁ、勿論だ」
ほら、行ってごらん。そうお願いすれば、妖精さんはセルシアーナが差し出した手に乗って撫でられるのを甘えている。嬉しそうにくふくふと笑い声を出して、楽しそうにしている妖精さんとセルシアーナに微笑みかけてしまう。少しだけ、もうこの子に入れ込んでいることを自分でも自覚した。
「俺んち来るか?」
「えっ、行っていいんですか?」
セルシアーナは、アーサーの庭を見て、薔薇の花に興味を示した。説明してやると、目をキラキラとさせていて、紫色の瞳を輝かせていると、何となく青色が強くなる気がする。
「秋に咲く薔薇たちもいるんだぞ。グレーテルやゴールデンフラッシュ、ブルームーンもそうだな。様々な薔薇がいるから見て回るといいぜ」
しばらく、アーサーは彼女の好きにさせておくことにした。そうしたら、この一週間で教え込んだある方や立方がキレイになっていることを見つけた。瑞々しく清く強く優雅に咲く薔薇達が、彼女を彩っている。多種多様な彩りの中でも、彼女がバラに負けていないというのは、いい傾向だ。
その間に紅茶を淹れてから、玄関から彼女を呼んだ。
「セルシアーナ、おいで」
「あっ、はいっ」
呼ばれたことに驚きながら、セルシアーナはそばによってくることに安心しながら、ドアを開けて待ってやる。
「他のやつが待ってたら、こうして開けて待っててやれよ。淑女だって誰かを敬い、優雅に振る舞えよ」
「皆さん、お互いにしてらっしゃいますからね。頑張ります」
この子は、職員同士でやっていることをよく見ているらしい。そう思うと、職員たちの行動が新任の教育にも役立っているらしい。
紅茶を目の前に出してやると、セルシアーナは優しくカップを持つ。お茶を飲むときの仕草は、俺が口出すことはなかった。優雅さはしっかりとあるし、マナーはしっかりと守られている。ならば、俺は見守るだけだ。
「まぁ、こうしてお茶を飲むのも好きだろう?」
「はい、でも……。なんだか、落ち着きます」
「そ、そうか? まぁ、古い家具ばかりだからなそれが落ち着くのかもしれない。俺の歩みとともに、年月を重ねた子たちばかりだからな」
そうなんですか?と、セルシアーナはテーブルをひと撫でする。今もなお艶のあるテーブルは美しく穏やかにその歳を重ねていたその歴史を大切にしようとしてくれているのがよくわかる。
「セルシアーナは、俺といるのは楽しいか?」
「ふぇ?」
聞かれていることが「よくわからない」というふうにセルシアーナは首を傾げた。何度か、パチパチと瞬きしたあと、彼女はニコっと笑う。
「楽しいですよ、それに……私は見える人がそばにいてくれて嬉しいんですよ。私は、見えることを言ってしまって……いじめにもあってましたから」
「否定するやつは、とことん否定するからな」
彼女が話すのを相槌をうってやる。こうして、話す機会が生まれたのだから、しっかりと話し合ってやろうと思う。
「そうですよね、見えて受け入れてくれる人が、まさかこの国とは思いませんでした。それでも、貴方は私達には、優しい人だと思います」
ふふっ、と笑ってから紅茶を一口。窓からは、バラがこんにちはと顔を出しているのをみて、キレイに咲いてくれているなとふと思う。
「そうか、まぁ……そうだな。俺も、国民には厳しくした記憶はあまりない。俺は、殴ったりけったりは日常茶飯事だけどな特にフランス……。歴史上、仕方ないんだよ、俺はな」
自虐的に、笑えばセルシアーナは苦笑いだ。何となく、困らせてしまっただろうことをわかっているので、どうしてやろうかと思った。
そんな時だった。
「ボンジュール、坊っちゃんっ……と、珍しいね。ボンジュール、マドモアゼル」
フランスだ。爽やかに長めの髪をふわふわとさせて、驚きながらも楽しげに声をかけてきやがるのだ。妖精さんが開けてしまったか、あの子達なら開けかけないから、仕方ないな。
「はぁ〜〜っ……、仕方ない。セルシアーナ、彼はフランス、フランシス・ボヌフォワだ」
ため息を大きく付きながら、いやいやに紹介してやる。そして、セルシアーナのことも説明してやらないと、嫌な予感がするのだ。
「フランス、こちら俺の第2秘書、セルシアーナ・エドワーズ。セルシアーナ、ご挨拶を」
「始めまして、Sir、秘書をしていますセルシアーナです、宜しくお願いします」
セルシアーナが、ゆっくりとお辞儀するとフランスは頷いてから、挨拶する。まぁ、妥当だな。
「フランシス、フランって呼んでくれたらいい。ふ〜んっ、坊っちゃんは受け入れたんだね」
ニヤニヤ、という効果音が正しそうなそれに、ため息をつく。めんどくさい。本当に、非常に。
「上からだからな、仕方ないだろ? まぁ、なにもないからな。俺は、俺らしくあればいいだけだからな」
「なるほど、まぁいいや。キッチン借りるね」
キッチンを借りるって言って、フランシスはキッチンへと消えた。まぁ、ほっておいていいだろうとセルシアーナに向き合う。
「隣国のフランスだ。面倒くせぇやつだからな、ひげとでも読んでやれ」
眉間にシワが寄っているであろうことに気がついているが、セルシアーナはそれを見てもあまり怖がらなかった。内心それにほっとするも、あまりこのこの前ではやらないように気をつけようと思った。
「お嫌いなんですね」
「そうだな」
そのフランスに対する評価に同意しつつ、紅茶を一口含んだ。香り高きそれは俺の気持ちを落ち着けてくれる有り難い代物なのだ。
「ん、おまたせ〜。お兄さんの家で仕込みはしておいたビーフシチューと菊ちゃんに教えてもらっただし巻き卵に、クロワッサン、サラダだよ」
フランスが持ってきたらしいから、手伝ってやるかとキッチンへと向かう前に暴言を吐いておくことにしよう。ただで手伝うのは癪に触る。
「ふんっ、早くよこせ。このバカが」
「ちょっと、かわいいマドモワゼルの前で、なんてことを言ってるの。だめでしょ〜坊っちゃん」
「お前に言われたくはないな。ふんっ、腕折ってやろうか?」
「えぇ〜、やめてぇ。お兄さんお料理作れなくなっちゃう」
キッチンへと移動すると、綺麗に並べた食器たちがある。それを、うまくバランスを取らせて何皿か持つ。昔は、王家でやっていたから、こういうことも得意だ。
「おぉ、こぼさないでよ、坊っちゃん」
「こぼすかっ、よし。これでいいな」
俺らのやり取りを楽しそうに見守っていたセルシアーナも料理を前にして、嬉しそうにしているようだ。それには、感謝してやろうとフランシスを睨むと、あいつは肩をすくめた
「美味しそうです」
「いい機会だ、イギリス式とフランス式のマナーの確認をするぞ」
「あっ、はいっ!」
「なるほどね〜、教育係は坊っちゃんなんだね」
ちょうどフランスがいるから、始めたマナーレッスンは、上手く進んでいく。
「まず、イギリス式だ。右手にナイフ、左手にフォークだな。並べてある外側から使っていくのが基本だ」
アーサーは、フランスから受け取ったフォークとナイフを並べていく。
「食事中の置き方は、ナイフが四時、フォークが八時の位置になる」
外側のフォークとナイフを、アーサーはお皿の上に置いた。
「わかりました」
「いい返事だな、さて……食べ終わったあとは」フランスが持ってきた空のお皿に、ナイフとフォークを重ねて四時の方向においた。
「このようになる」
「わかりました」
同様に、スープを飲むときのやり方も食べ始めてから教えた。そして、フランス式との違いも教えた。正直いおう、この一週間教育者と生徒に近い関係性が続いてきていると言わざるおえない。なんだか、悲しすぎる関係性に涙が出そうだ。しかし、今回教えたことでぎこちなさはあるもののきちんとマナーに則って食事ができている。後は慣らしてやるだけだ。
セルシアーナが、洗ってくれるというので俺はフランスと一緒にいた。
「まぁ、坊っちゃんとルシーちゃんはうまく行ってるみたいで、俺も嬉しいよ。お前は、女性の秘書は取らないと思ってたし」
「いや、俺は良かったんだが。上があまりいい顔をしなかったんだよ。今になって、任せて来やがったがな」
「ふーん、まぁ。あの子となら、上手くやれそうじゃん。あの子可愛いね、お兄さんタイプかも」
「辞めとけよ、俺の子だ」
「わかってるよ、坊っちゃんがもう既に懐に入れているってことぐらい」
「……正直、戸惑ってるんだよ。俺だって」
机の上で、ギュッと手を握るアーサーにフランスはふっと笑いかける。不器用で、皮肉屋で、愛らしくて、怖がりで、強がりで、ネガティブ。それでも優しくて、愛情深いやつ。だからこそ、大切にしたいけど怖いと思っている。
「坊っちゃん……。大切にしたいんだ」
「俺が大切にしてもいいんだろうか?」
珍しい、シラフで泣きそうな表情はどこか愛おしさも含まれていて、俺はふっと表情を和らげる。だって、人間関係で悩んで進もうでしているこいつを、けなすなんてしたくはないんだよ。俺だってさ。
「いいんじゃない?だって、国民だよ。他国じゃない、そして何よりも……国じゃない。だからこそ、怖い一面もあるし、安心できる一面もある」
「だけどな、ウェールズがいったんだ。あの子、俺らと似た雰囲気があるって」
驚きの事実である。と、フランスは感じてしまった。似ているとはどういうことだ。
「えっ?」
「あの子は妖精に愛されすぎている。俺よりは、マシだが……。間違いなく愛されているだろう、連れ去られてもおかしくないぐらいに。俺と、交流があったから今はまだ連れ去られていないんだ。彼女の父親に、子ども女の子を抱かされた記憶がある彼女だ」
そもそも、昔から知っていたのは知っていたらしい。だからこそ、彼は受け入れたのだろう。
「はぁ、まじかよ」
「……。まぁな、ウェールズは……妖精王に尋ねてみればと言っていたが、まずはあの子と信頼を作るところからだな」
「ん、いいんじゃない?頑張ってみろよ」
そう言ってやると、皮肉を含んでいない満面の笑みがあった。まるで、雨の後の雫を垂らしたバラに降る太陽の光のようで、美しいほほえみだった。
帰ってきたセルシアーナに、感謝を伝えれば彼女は照れたように微笑む。肩の上にいる妖精もどことなく楽しそうで良かった。
「これから、本格的に宜しくな」
「はいっ、アーサーさん」
セルシアーナは、穏やかに微笑んだ。何となく雰囲気が変わってきたのがアーサーには感じ取れる。そして、何よりこの子を育てたいという気持ちもアーサーの中で確かなものへとなった。
今もなお、アーサーの庭では蕾たちがその花を咲かせようとしている。
この意味のわからぬセルシアーナの不思議さ意味と心にわだかまる何かがわかればいいかもしれない。
そんな事を考えていたら、一輪の花が、いつの間にか咲いていた。ブルームーンの花だ、美しいその姿をようやく見せてくれた。
