妖精の幸わう国
プロローグ
爽やかで軽やかな春の風が、木々の間を吹き抜ける。新緑の柔らかな色合いは、強くその色を染めていく。似た自然の輝きの光を、イギリスは吸い込むかのようにその目に焼き付けようと優しく微笑んだ。
その一瞬に強い風が吹く。黄金色の金糸は春風に揺られまっすぐ立つ木のように凛々しく立つ姿を不思議な者たちは、彼を捉えていた。
まるで木々の間いや葉っぱと葉っぱが会話しているかのごとくにざわざわと色めき立つ。
『イングランドが来たわ』
『あぁ、嬉しいわっ。嬉しいわっ』
青色や青紫色、紅色、淡い紅色、桜色、若草色様々な色合いのドレスを纏ったピクシー達がイングランドに飛び寄る。対したイギリスは、青緑系の薄手のコートをきっちりととめた紳士的な装いだ。森を、進んでいくと幻想的な青が散らばる。妖精さんも増え、チラリちらりとその存在が光で反射されたように光を持っていた。そして何より先程までの雨がイングリッシュブルーベルの花にかかっていて、それが反射する光が愛おしく思えるのだ。愛らしくて、可愛らしいその雫を纏ったブルーベルは風に揺られて揺れている。
ここまで、幻想的な雰囲気を持って接してくれる森は花はあっただろうか。いや、あるにはあるが、ここまで愛おしい風景は思い出せない。
「あぁ、美しいな。お前たち、そしてお花たち」
『イングランドが、褒めた、褒めた』
『褒めてもらえた』
楽しげな、そして嬉しげな妖精の鈴の音を聞きながら、深い場所へと歩いていく。
『ねぇ、ねぇ。イングランド、イングランドはね不思議な女の子のお話知ってる?』
「不思議な女の子か?いや、知らないな。おまえ達は知ってるんだな?どんなふうに不思議なんただ?」
『そうねぇ、あのね! アーサーと同じく、カラスを連れてるのよ!』
実は妖精以外にもいるのはいるのだ、フランスのピエールのようにそして、カナダの白い熊のように。アーサーは、アーサー王伝説に則ってワタリガラスであった。
『ただ、妖精さんみたい。ねっ、今どき不思議でしょ? それに、とーってもそばにいてあげたくなるの……イングランドみたいに』
「そうだったのか。ありがとう、妖精さん。お礼に、クッキーを」
お礼にクッキーを渡せば、お花を飛ばして何処かに消えてしまった。が、俺みたいな不思議な存在ということは何かあるらしいが、どこかに彼女が消えてしまった以上、なかなか見つけることは難しいため、後日に回すことにした。
しかしながら、気持ち良い風が吹いているなぁとほっとしたため息交じりに息を吐く。足元には、ブルーベルが咲き誇りベルのように風に揺られて、ゆらゆらゆれている。その愛らしい花を踏まないように、と花の間と間をすり抜けて奥へと進む。とある場所の、空間の歪みを確認すると左手に持った白いステッキでくるりっと円を描く。キラリと煌めくその縁を跨ぐようにその円をくぐった。
あの妖精の意味深な言葉から、数年……。
不思議な出会い
ウェストミンスター宮殿のイングランドの執務室で、本日分の仕事を終えたイギリスは手元の資料を見つけた。それは、あの妖精さんが意味深なことを言ったあの森であった。
「……あぁ、それはイングランドのブルーベルの咲く森ですね。今年も綺麗に咲いているので、見に行かれてはどうですか?と思って、置いておいたんです」
うちの部下達は、時折俺の中の自然の景色や国民たちが過ごす様子を写真として撮ってきてくれたりする。プロに任せるより、こうしてピクニックついでというか、アマチュアが感動したから撮りましたというそんな雰囲気の写真の方が、イギリス本人は好きなのだ。だからか、こうして時折にその様子を撮って俺に資料として渡してくれるのだった。その中に、数年前に見たあの妖精がいることに気がついた。あの妖精とは、ブルーベルの花のような、真っ白い洋服を身に纏っていた、あの不思議妖精だ。
「そういえば、その森に珍しい《紫の瞳》を持った女性が、いるとか。見える人には、妖精が肩に止まっているのが見えるらしくて、『アーサー王伝説か!』と言われてるみたいですよ」
お茶目にウィンクをしたとある部下の表情を見るに、どうやら嘘はいってない様子。ならば、と「ふむ」なんて言葉を呟きながら考えるに、ワタリガラスに似た妖精かもしれない。
「なるほど……。つまり、烏か?」
そういえば、Excellentと元気よく子供を褒めるように、その部下は手を叩いた。にこにこという効果音が正しそうなその表情には、俺も怒れないし、あまり叱れない。
「そうみたいです、Sirなら見えるのではないかと思い、その森の写真も入れてみました」
おろおろ、そわそわそんな風に目線を揺らしたその部下に、あぁと予想がつく。アーサー王伝説など国民に口に出されてしまえば、兄上方が怒り散らすだろうことは予測できる。つまり、イングランド政府は俺にそれを止めろと言っているらしい。いや、少なくとも本意を尋ねろということだな。
「thanks、行ってくる。どうせ、誰かから事を確かめろ、みたいに言われたか?」
「ははっ、流石はSir……宜しくお願い致します」
お送りします。そういった部下に頷き、魔法書とステッキだけを持って車へと向かう。運転手はすでに、準備をしているはずだ。ならば俺は向かうだけ。さらりと、髪を撫でる窓から入る春風に、柔らかな紅茶の香りがした気がする。
イギリスがその森に着いたのは、お昼から2時間が過ぎた頃だ。春らしい柔らかな日差しが木々の間から、ブルーベルへと降り注いでいた。美しく神秘的なその花は、自分を魅了してくれる愛らしい花だ。その花が永久に咲き続けることを密かに願っている。
『あら、イングランド来てくれたのね!』
「あぁ、帰ってきたぞ」
『今日も素敵だわ』
「それはどうもありがとう、レディ。貴方も、美しいお声を聞かせてくれてありがとう」
『ふふっ、遊ぼ、遊ぼ』
「仕事だが……少し、遊ぼうか」
妖精さんと戯れながら、一輪のイングリッシュブルーベルを撫でていると、奥に少女がいることに気がついた。イギリスは、すぐにその少女の方へと足を向けることにする。
離れていても、目に映るその少女の髪色は、まるでミルクティーと形容できるような美しさとまろやかさを持っている気がした。妖精さんは、俺の肩に乗って『あの子よ』と、言った。あの子は誰なのだろう。と、思いゆったりと歩きながら向かうと。少女は、動かずにいてくれた。
彼女と、目がかち合う。霊的とも言われる紫の瞳が美しく、ロシアのような寒々しさもなく、その瞳は逆に穏やかさと深い優しさが含まれているように感じる。
「ハロー、レディ、ここにはよく来られるのですか?」
声をかけられたことに驚いたのか、パチパチとし始めてから数秒、彼女は俺に声を聞かせてくれた。女性らしい丸みを帯びた高めの声は、まろやかでやはりミルクティーを思い浮かべさせる。おはよう、と声をかけてからミルクティーをいれてあげたい気分だ。
「えぇ、私にとってここは……落ち着くところですから」
嫋やかに微笑んだ彼女は、肩にとまる鴉の妖精さんを撫でた。確かに、妖精だ。その鴉の瞳はグリーンアップルのような瞳を持っている。
「そうか、俺にとってもだな。森の中に入ると、どんな騒動や殺伐とした状況さえ忘れさせてくれる。お前にとって、この森が精神的な支えになっていると嬉しいぜ」
にっ、と効果音が付きそうに笑ってやれば彼女は、キョトンとした顔になる。が、答えてくれる彼女にほっとした自分もいることに、驚いた。
「えぇ、もう既になっていますよ。だって、ここには……。私のお友達がとても、とてもいますから」
なるほど、彼女の行動でも予測はできるが、そうだったらしい。やはり、妖精がみえているし、触れるらしい。
「あぁ、妖精が見えるのか。俺もだぜ? 失礼、まだ名乗っていなかったな。アーサー・カークランドという、宜しくな」
妖精が見える事に同意した俺に驚いたようで、目を見開く様子が見て取れる。思ったより、瞳は大きそうだなと、場違いなことを思っていた。
「森には、妖精が多い。ここで生まれたものもいるだろう、いや生まれて間もない子供たちもここに集まっているはずだ。ここは、『妖精がいるかも知れない』と思わせてくれる空間でもあるからな」
か弱い妖精達は、その存在を否定されると消えてしまうことがある。だからこそ、いそうだと思われるところに集まるのだ。彼女の隣に立つと、自分に昔からついている妖精さんが側によってくるどうやら、交流会が終わったらしい。
ドレスを身に纏ったピクシー達が、楽しげに遊んでいる。それをみると、いつだってイギリスに愛おしさをもたらしてくれるのだ。愛情深い、なんてこの子達に言われる俺が唯一愛情を注いでも離れていかない存在は愛おしくて仕方ない。
『ねぇねぇ、アーサー』
「どうかしたか? 懐かしい面々とでもお話できたか?」
『えぇ、勿論出来たわ。アーサー』
「なら、良かった。お前たちが、楽しいならそれでいいんだ」
何故か、やや怯えるような声色が混ざってしまったのはなぜだか良くわからない。しかし、それが彼女の気を引いたのか、そんな戯れを見ていたらしい隣の女の子は言った。
「私、セルシアーナと申します。妖精さんとは、長い付き合いなんですか?」
「あぁ、俺が生まれたときからいるやつもいるな」
「そうなんですね。私も、この子は……生まれたときから、いるらしいです」
おっ、上手く話題が持っていけそうだとにやりと心のなかで笑う。すぐにでも直接に聞いても大丈夫そうだと思い話題を展開すると、否定が返ってきた。
「そうか、カラスといえばアーサー王伝説だな」
「本人曰く、違うらしいですよ」
そうなら、兄上共との言い合いにはならなさそうだとほっとする。まぁ、アーサーの名前は、俺がもらっているからどうともないのだが。それはそうとして、セルシアーナは鴉の妖精を撫でている。その手の下に、俺の友達である兎の妖精さんが混ざりたそうにしている。それをみると、仕方ないなとふさふさと優しめに撫でてやれば、この子は嬉しそうにクスクスと笑っている。
「妖精と仲良くするのはいいが、連れ去られないように気をつけろよ? じゃあ、またな」
「はい、気をつけますね」
彼女に背を向けると、一羽のワタリガラスが、アーサーの腕にとまる。どうやら、手紙をくわえているようでそれを見るに、手紙をくれたのはうちの部下からだろうか。彼をひと撫でしてから、その手紙を開ければ、帰ってきてほしいとのことらしい。
「さぁ、行くか……。お前は先に帰ってくれ」
「かぁっ!!」と先に飛びたった鴉を追うようにイギリスは走り出したのだった。
それから、更に数年。
8月上旬、イングランドの手元には諜報部が精密に情報を収集精査、分析した結果がそこにある。国家機密として扱われるのは、さてどうだろうか。既に、各兄上達の手元にもあるだろう。
「さて、この選別に兄上達はどういうだろうか」
「無理を言わなければいいが……」
この書類は、新入職員の詳細が書いてある書類である訳で、性格から成績などが事細かに書かれている。個人情報保護などここに来ることになれば、意味をなさない。そのことには、ため息を付きそうになるが、政府も、陛下も、俺らの部下には細密な注意を払っている。スパイや愛国心のないものをそばには置かない、置きたくないのは俺を守り俺を導き、俺を高みへと押し上げようと切磋琢磨する愛国心の強い者たちからしたら、確かな国への愛情である。受け入れざるおえない。
愛国心の強い子どもたちに、苦笑いをしながらも国はそれを受け入れる。多分、ウェールズ達も何となくそんなことを考えているのではないだろうか。
マウリツォも、このなんとも言えない嬉しさとも気恥ずかしさと何となく申し訳なさを含んだ気持ちを受け取ってくれたのだろう、彼もまた俺の執務机に紅茶を置きながら、苦笑いをした。
「何か、気になることでもありましたか?」
あのとき出会った少女のことである。確か、名前は……セルシアーナだったはず。と、思い出せばそこから情報は流れ込んでくる。そうだった、と頷いてからぺらりとこの情報を飲み込むように脳内に入れていく。出身大学に、イギリスの有名校の名前があり、まぁ上が好みそうなものだなと思いつつ、あの噂を覚えている人もいるだろうからこそ、ここに入れられたのかもしれない。
その資料を、パシンッと執務机に叩きつける。あの子の妖精さんを見える、妖精さんと話せる、その力を俺に厄介扱いしようとしているのかと、嫌な感覚が落ち着かなくなる。いや、珍しいからこそ、俺に押し付けるのかもしれない。厄介だと思っているのは、親か、政府か。
いや、資産家であり膨大な資金と愛国心がある彼は、何かしらの思惑があるのかもしれない。しかし、俺に気に入られようとするならば清く正しく有ることだ。
「……セルシアーナ・エドワーズ。資産家の娘だな、あの噂が立つ前から、彼女は妖精が見えると言う子供だった……。それを……」
「あぁ、言いたくないな。しかし、どちらも俺の息子なんだよ」
あまりにも快くない言葉と文面の並びに、嫌付きとムカつきがこみ上げてくる。あの子のことをどうにかしてやれることは、あるのだろうか。
妖精が言う、不思議な子供を、立派な秘書として、俺が育て上げることができるだろうか。まずは、初めに俺の右腕に託すとしよう。
「……。セルシアーナ・エドワーズは、第ニ秘書にする。マウリツィオ、お前に教育を任せよう」
嬉しそうに「はい」と返事するマウリツィオに微笑んでから、優しく穏やかに言い放った。
「お前は、いい親であれよ」
少し、寂しげな、辛そうな雰囲気を含んだ声にマウリツィオは大きく頷いて、ふざけながら声をかけた。
「勿論じゃないですか、俺にだって子供が生まれるんですから」
そうだ、こいつは十歳年下の娘と結婚した。俺と近くにいることで若さがある子だが、自分は納得して側にいるらしい。だから、俺は秘書を続けることを許可したのだ。あいつは、俺のそばにいたいと言った誰一人と同じ意見じゃなかったからな。
「あぁ、そうだな。お前も立派な父親だな」
「貴方こそ、我らの父親ですけどね」
「お前は、そう言ってくれるのか。全く……恥ずかしいことを言いやがるぜ」
にっ、とマウリツィオに笑ってやると楽しそうに微笑んだ。楽しそうに、嬉しそうに彼女のデータを、読み込んでどう支援してやればいいだろうと頭を悩ましていた。
次の日、朝から四人で新入職員を迎えることになる。全員がスリーピースで新しい職員を迎えることになる。四人揃って見るとなかなかに圧巻だと、マウリツォは思っている。が、口には出さない。
「さて、今年も始まりますよ」
ぴしっと決めた上司に声を掛けると、イングランドが答える。彼が、マウリツォにとっては上司である。
「そうだな。今年度もよろしく頼むぜ、マウリツォ」
「勿論ですよ、貴方のためですからね。それに、祖父からのお願いとあれば」
私にしかできない、そんな矜持があるのだろうかと、イギリスはふとそんな彼の思いを読み取っていた。彼が、スコットランドに声をかけに行っているのを見ながら、ふと空へと意識を向ける。やはり、ロンドンの空はまたもや曇り空へと姿を変えていた。そんなどんよりとした姿もロンドンのよさでもある。それが愛おしくて、目を細めて微笑んでいるとマウリツォが俺のそばによってきた。
「今日の空模様はどんよりとしていますね」
「まぁな、それもそれでロンドンの良さだろう」
「そうですね、新年度ぐらい晴れていてほしいものですが」
不満げに、ムッとするマウリツォの頭にぽんっと手を置けばそんなことをされると思わなかったのだろう、俯いて照れたような仕草を見せる。
「ほんと、急なんですよ」
照れ隠しに、つっけんどんに言われてしまえば笑ってしまう。そんな彼の態度にくすくすと笑っていれば、マウリツォに小突かれてしまった。
「さぁて、そろそろかな」
ウェールズが、そう言って微笑む。スコットランドも、先程から目を瞑っていたけれど、ウェールズの発言に片方を開けた。北アイルランドは、ワクワク感をだしてうきうきとしている。そう待たずに、ひとり、ふたりと顔を出した。
イギリスは、あの子を思い出す。いや、雰囲気と頭の上に乗る妖精からみて……本人だ。彼女の方も、驚いたようにはっとした表情をする。
マウリツォが、二人を招き寄せてから彼らに微笑む。彼ら二人も、それに応じて頭を下げた。その様子を見ながら、イギリスは微笑んでいた何となく相性は良さそうだ。
「あらら、うちのほうが早かったですね。
女性のほうがイングランド出身のセルシアーナ・エドワーズさん、男性のほうがウェールズ出身のノア・グリフィスさん、二人とも20代です」
「なるほど、二人とも時間管理ができるようだ。早めの行動、嬉しく思う。時間に厳しい国もいるからな」
職員が揃ったところで、挨拶する。共通で挨拶をしたほうがいいとの判断だ。今回は、各ニで新職員を採用している。
「改めて、この連合王国、総括しているイギリス……イングランドだ。外交から内政、軍部まで幅広く仕事をしているからな。よろしく」
「スコットランドだ、よろしく頼む。スコットランド、連合王国の内政担当だ。軍部にも出入りしている」
「北アイルランドだよ、よろしくね。北アイルランドと連合王国の内政担当だから覚えておいて」
「ウェールズだよ。ウェールズと連合王国の内政担当だよ。基本的に文化とかの発信とかも対応しているよ!!」
今回は、このあとそれぞれで分かれる。だからおいでとて招いた。それぞれの自己紹介は、それぞれでやればいいだろう。何せ、今年は8人の新職員がいるのだから。
「セルシアーナ、ノア二人ともこっちにおいで」「はいっ」、「分かりました」素直な返事を聞いて、二人に背中を向ける。そのやや後ろにマウリツォがついた。いつもの位置にすぐに来る彼になんだか、苦笑いして前を向く。
「二人とも、こっちこっち」
「おい、お前らこっちにこい」
「おいで〜」
それぞれの性格が出る手招きの言葉に、ふっと笑みが溢れる。そんな4つの国の違いをみて、一人ひとりの特徴を活かした仕事をしてほしいとイギリスは思っていた。
イギリスの執務室につけば、それぞれが仕事を始めていた。書類をデータとして打ち込むもの、整理するもの、電話対応するものと様々だ。しかし、部屋に入るとすぐに彼等は、手を止め、イギリスへと一礼する。それをみて、やはりここにいる奴らは愛国心が強いとも思う。
「おはよう、今年度もよろしく頼むぜ?」
挨拶を受けて、それぞれが挨拶していく可愛らしい部下たちへとイギリスは笑みを向けた。そうすると、ニコッとした笑顔が帰ってくるのが愛おしい。
「おはようございます、よろしくお願いします」
「おはよーございます。今年も、面白おかしく行きましょうよ!」
「こら、お前は黙れ。おはようございます。時間通りのご出勤、頼もしく思います」
職員たちがそれぞれ、楽しそうにからかったり、小さな喧嘩したりと口々に挨拶していく。そんなことが、イギリスには幸せに感じるのだ。
「こらこら、お前たち朝から喧嘩するなよ。新職員だ、お前たちは挨拶よろしくな」
イギリスが、二人を手前にこさせる。手招きしたその合図をしっかり読み取って、そばに来てくれるのは嬉しい。そして何より、おずおずと挨拶し始めたセルシアーナを見つめつつ、紅茶でもいれようかななんて考えていた。
「えっと、はじめまして。イングランド出身のセルシアーナ・エドワーズです。自分なりに頑張って仕事をしていきたいです。趣味は、ヴァイオリンを弾くことと歌うこと、本を読んだりも好きです」
そうして、一礼すれば次はノアが自己紹介を始める。スムーズな進行にまぁ、緊張して思考を止める人ではなさそうだと評価する。
「はじめまして、ウェールズ出身のノア・グリフィスです。精一杯、自分なりのやり方で仕事をしていきたいと考えています。趣味は、日記を書くことです」
「ヴァイオリンに日記か、俺もやってるぞ。改めて、イギリスだ。人としての名前は、アーサー・カークランド、好きなように呼んでくれ。まぁ、俺達について説明は必要だよな?」
そのまま、イギリスは自分の執務机の椅子にそっと座ってから説明を始める。後ろには、イングランド国旗とそれよりも大きなユニオンフラッグが、存在を主張する。
国は様々な要素を持っている。仮に、国の化身を『国を体現するもの』として、『国体』と略されることが多いか。
国を形作るのは『領土・国民・主権』の3つが必要である。それから影響を受け、見た目や性格、行動原理が決められてしまうのが国体だな。
領土は、その土地の立地(島国や大陸など)、川や山がどの程度でどんな場所にあるか、天候や気候などが影響を与えると考えられている。
国民では、国民の一般的な性格と特徴的な性格、そして見た目。また、好む色や服装、社交場での対応、伝統的な物事に対する感覚と対応、食べ物好みや趣味、特技と不得意なことなどが影響してくるんだ。そして、彼らが積み重ねてきた歴史、文化そのものも大切になってくる。俺自身が、歴史を重要視しているのもそんなところから来ているぜ。
主権(政府)では、政府を指揮する人間の性格、政府の政策、軍力(諜報力も含む)、財力、王室皇室等の有無とその代表の性格と方針、特産物の生産や産業に関わる会社の規模などが影響すると言われている。
国民、領土、主権が必要ともいったけれども、それが無くとも存在している国はある。だからこそ、俺は、誰かがその国を認識していること、愛していること、故郷と感じていることそして歴史が国体として立たせてているのではないかと思っている。
説明を終わると、ふぅーっと深呼吸していた。
「っと、こんなもんか。国のあらゆるところから影響を受けているのが俺らって言うわけだな」
「なるほど」
「まぁ、俺はお前たちであり、首相達の取り決めにより動くものであるって感じになるな。俺からの説明はそんなもんだ、後はマウリツォに頼もうか」
イギリスは、マウリツォに指示出しすると別に俺がやってもいいんだけどなぁとふと思っていた。そうきたら、はっと思い出した。
「そうだ、お前ら二人。どっちか次の世界会議、というかだなG8になるが、行くか。日本だからな、ある程度のポカは許せるぜ」
ふっと微笑んだ彼の安心させるような優しげな声色で丁寧なクイーンズ・イングリッシュがセルシアーナとノアの耳へと届く。それに答えるように、セルシアーナもまたほほえみ返した。それに、安堵を得たイングランドは、彼もついていくからな。と、隣の秘書官を指す。
「あー、なるほど。私も付いていきますからね。日本さんにあわせるなら、セルシアーナの方はどうでしょう、聞いたところ日本人の留学生とは学生時代仲良かったとか」
そういえば、そんな話をした気がする。と、思って話を促されたセルシアーナはイギリスに、日本語を学んだことがあることを伝えた。
「あっ、はい。日本語も彼女から学びました」
「ほぉ、良さそうだな。じゃあ、準備はしておけよ。日本に連絡しておこう。後は、カナダとも会えるしな」
なるほどな。と、頷いてから掛けられた言葉はセルシアーナにとっては、初めての仕事で国を出るということで、なんだかソワソワとしてしまう気がすると感じていると、頭の上の鴉の妖精さんも身じろぎをする。
それをみたイギリスは、その行動に不意に微笑んだ。その笑みに気づかずに話を進めるマウリツォは、不思議な行動を見ないようにしているのだろうかなんて思ってしまう。そんなことを、セルシアーナは考えているが、実際は気がついていないだけである。
「カナダさんなら、来月こちらで休暇を取られるとか」
「俺もそれに合わせて休暇を取るからな。カナダとも話してみろ、怖がらなくてもあいつは優しいやつだからな。アメリカのほうが、面倒くさい」
カナダさんとは、会わしてもらえるらしいとワクワクした気持ちでいるセルシアーナの表情は、白い肌が原因かワクワクとした雰囲気が頬を桜色に染めさせており、感情が読み取りやすい。
「あいつは、良くメイプルシロップを進めてくるからな。ティータイムにでも誘ってやろうか」
ふふっと、笑ったイングランドにノアもセルシアーナもまた、笑った。他の職員もどこか楽しそうで、彼が笑うだけでこの小さな世界は、幸せな香りを咲かせだす。
翌日、本格的に仕事を始めると聞かされていたが、イギリスはセルシアーナを座らせてから、紅茶を目の前においた。
セルシアーナは、何故こうなったのかと考えるが、答えが出てこなくてどうすればいいのかハテナという記号がポンポンと浮かんでいるような気がする。落ち着かずに、手をくねくねとしていると、イギリスはふっと笑った。
「まぁ、始めましてではないからな。尚更、驚ろいただろう?」
「……はい」
まぁ、緊張しているのだろう。そう言い切ったイギリスは、肩の力を抜けと私に伝えてくれる。国とは何だと言われたら、よくわからないけれどそれでも気にかけようとしてくれるのがわかってなんだか嬉しい。そんな気持ちを伝えてもいいものか迷いつつ、まずは疑問から伝えてみようと思った。
「あのっ、えっと……。あのときは、どうして声をかけてくれたのですか」
「あぁ、あれか……。お前の、その鴉くんが。気になってな、噂が俺のもとまで来ていた。だから行ったんだ。まさか、その後俺のところへと来るとは思わなかったからな。まぁ、それはいい」
気にしなくてもいいぞ。と、イギリスは伝えてくれる。そして、彼は「少し話があるんだ」と言った。
「お前を、秘書としてふさわしく教育することになる。ついてこいよ?」
「もちろんです!」
これが、彼女との始まりの出来事である。
爽やかで軽やかな春の風が、木々の間を吹き抜ける。新緑の柔らかな色合いは、強くその色を染めていく。似た自然の輝きの光を、イギリスは吸い込むかのようにその目に焼き付けようと優しく微笑んだ。
その一瞬に強い風が吹く。黄金色の金糸は春風に揺られまっすぐ立つ木のように凛々しく立つ姿を不思議な者たちは、彼を捉えていた。
まるで木々の間いや葉っぱと葉っぱが会話しているかのごとくにざわざわと色めき立つ。
『イングランドが来たわ』
『あぁ、嬉しいわっ。嬉しいわっ』
青色や青紫色、紅色、淡い紅色、桜色、若草色様々な色合いのドレスを纏ったピクシー達がイングランドに飛び寄る。対したイギリスは、青緑系の薄手のコートをきっちりととめた紳士的な装いだ。森を、進んでいくと幻想的な青が散らばる。妖精さんも増え、チラリちらりとその存在が光で反射されたように光を持っていた。そして何より先程までの雨がイングリッシュブルーベルの花にかかっていて、それが反射する光が愛おしく思えるのだ。愛らしくて、可愛らしいその雫を纏ったブルーベルは風に揺られて揺れている。
ここまで、幻想的な雰囲気を持って接してくれる森は花はあっただろうか。いや、あるにはあるが、ここまで愛おしい風景は思い出せない。
「あぁ、美しいな。お前たち、そしてお花たち」
『イングランドが、褒めた、褒めた』
『褒めてもらえた』
楽しげな、そして嬉しげな妖精の鈴の音を聞きながら、深い場所へと歩いていく。
『ねぇ、ねぇ。イングランド、イングランドはね不思議な女の子のお話知ってる?』
「不思議な女の子か?いや、知らないな。おまえ達は知ってるんだな?どんなふうに不思議なんただ?」
『そうねぇ、あのね! アーサーと同じく、カラスを連れてるのよ!』
実は妖精以外にもいるのはいるのだ、フランスのピエールのようにそして、カナダの白い熊のように。アーサーは、アーサー王伝説に則ってワタリガラスであった。
『ただ、妖精さんみたい。ねっ、今どき不思議でしょ? それに、とーってもそばにいてあげたくなるの……イングランドみたいに』
「そうだったのか。ありがとう、妖精さん。お礼に、クッキーを」
お礼にクッキーを渡せば、お花を飛ばして何処かに消えてしまった。が、俺みたいな不思議な存在ということは何かあるらしいが、どこかに彼女が消えてしまった以上、なかなか見つけることは難しいため、後日に回すことにした。
しかしながら、気持ち良い風が吹いているなぁとほっとしたため息交じりに息を吐く。足元には、ブルーベルが咲き誇りベルのように風に揺られて、ゆらゆらゆれている。その愛らしい花を踏まないように、と花の間と間をすり抜けて奥へと進む。とある場所の、空間の歪みを確認すると左手に持った白いステッキでくるりっと円を描く。キラリと煌めくその縁を跨ぐようにその円をくぐった。
あの妖精の意味深な言葉から、数年……。
不思議な出会い
ウェストミンスター宮殿のイングランドの執務室で、本日分の仕事を終えたイギリスは手元の資料を見つけた。それは、あの妖精さんが意味深なことを言ったあの森であった。
「……あぁ、それはイングランドのブルーベルの咲く森ですね。今年も綺麗に咲いているので、見に行かれてはどうですか?と思って、置いておいたんです」
うちの部下達は、時折俺の中の自然の景色や国民たちが過ごす様子を写真として撮ってきてくれたりする。プロに任せるより、こうしてピクニックついでというか、アマチュアが感動したから撮りましたというそんな雰囲気の写真の方が、イギリス本人は好きなのだ。だからか、こうして時折にその様子を撮って俺に資料として渡してくれるのだった。その中に、数年前に見たあの妖精がいることに気がついた。あの妖精とは、ブルーベルの花のような、真っ白い洋服を身に纏っていた、あの不思議妖精だ。
「そういえば、その森に珍しい《紫の瞳》を持った女性が、いるとか。見える人には、妖精が肩に止まっているのが見えるらしくて、『アーサー王伝説か!』と言われてるみたいですよ」
お茶目にウィンクをしたとある部下の表情を見るに、どうやら嘘はいってない様子。ならば、と「ふむ」なんて言葉を呟きながら考えるに、ワタリガラスに似た妖精かもしれない。
「なるほど……。つまり、烏か?」
そういえば、Excellentと元気よく子供を褒めるように、その部下は手を叩いた。にこにこという効果音が正しそうなその表情には、俺も怒れないし、あまり叱れない。
「そうみたいです、Sirなら見えるのではないかと思い、その森の写真も入れてみました」
おろおろ、そわそわそんな風に目線を揺らしたその部下に、あぁと予想がつく。アーサー王伝説など国民に口に出されてしまえば、兄上方が怒り散らすだろうことは予測できる。つまり、イングランド政府は俺にそれを止めろと言っているらしい。いや、少なくとも本意を尋ねろということだな。
「thanks、行ってくる。どうせ、誰かから事を確かめろ、みたいに言われたか?」
「ははっ、流石はSir……宜しくお願い致します」
お送りします。そういった部下に頷き、魔法書とステッキだけを持って車へと向かう。運転手はすでに、準備をしているはずだ。ならば俺は向かうだけ。さらりと、髪を撫でる窓から入る春風に、柔らかな紅茶の香りがした気がする。
イギリスがその森に着いたのは、お昼から2時間が過ぎた頃だ。春らしい柔らかな日差しが木々の間から、ブルーベルへと降り注いでいた。美しく神秘的なその花は、自分を魅了してくれる愛らしい花だ。その花が永久に咲き続けることを密かに願っている。
『あら、イングランド来てくれたのね!』
「あぁ、帰ってきたぞ」
『今日も素敵だわ』
「それはどうもありがとう、レディ。貴方も、美しいお声を聞かせてくれてありがとう」
『ふふっ、遊ぼ、遊ぼ』
「仕事だが……少し、遊ぼうか」
妖精さんと戯れながら、一輪のイングリッシュブルーベルを撫でていると、奥に少女がいることに気がついた。イギリスは、すぐにその少女の方へと足を向けることにする。
離れていても、目に映るその少女の髪色は、まるでミルクティーと形容できるような美しさとまろやかさを持っている気がした。妖精さんは、俺の肩に乗って『あの子よ』と、言った。あの子は誰なのだろう。と、思いゆったりと歩きながら向かうと。少女は、動かずにいてくれた。
彼女と、目がかち合う。霊的とも言われる紫の瞳が美しく、ロシアのような寒々しさもなく、その瞳は逆に穏やかさと深い優しさが含まれているように感じる。
「ハロー、レディ、ここにはよく来られるのですか?」
声をかけられたことに驚いたのか、パチパチとし始めてから数秒、彼女は俺に声を聞かせてくれた。女性らしい丸みを帯びた高めの声は、まろやかでやはりミルクティーを思い浮かべさせる。おはよう、と声をかけてからミルクティーをいれてあげたい気分だ。
「えぇ、私にとってここは……落ち着くところですから」
嫋やかに微笑んだ彼女は、肩にとまる鴉の妖精さんを撫でた。確かに、妖精だ。その鴉の瞳はグリーンアップルのような瞳を持っている。
「そうか、俺にとってもだな。森の中に入ると、どんな騒動や殺伐とした状況さえ忘れさせてくれる。お前にとって、この森が精神的な支えになっていると嬉しいぜ」
にっ、と効果音が付きそうに笑ってやれば彼女は、キョトンとした顔になる。が、答えてくれる彼女にほっとした自分もいることに、驚いた。
「えぇ、もう既になっていますよ。だって、ここには……。私のお友達がとても、とてもいますから」
なるほど、彼女の行動でも予測はできるが、そうだったらしい。やはり、妖精がみえているし、触れるらしい。
「あぁ、妖精が見えるのか。俺もだぜ? 失礼、まだ名乗っていなかったな。アーサー・カークランドという、宜しくな」
妖精が見える事に同意した俺に驚いたようで、目を見開く様子が見て取れる。思ったより、瞳は大きそうだなと、場違いなことを思っていた。
「森には、妖精が多い。ここで生まれたものもいるだろう、いや生まれて間もない子供たちもここに集まっているはずだ。ここは、『妖精がいるかも知れない』と思わせてくれる空間でもあるからな」
か弱い妖精達は、その存在を否定されると消えてしまうことがある。だからこそ、いそうだと思われるところに集まるのだ。彼女の隣に立つと、自分に昔からついている妖精さんが側によってくるどうやら、交流会が終わったらしい。
ドレスを身に纏ったピクシー達が、楽しげに遊んでいる。それをみると、いつだってイギリスに愛おしさをもたらしてくれるのだ。愛情深い、なんてこの子達に言われる俺が唯一愛情を注いでも離れていかない存在は愛おしくて仕方ない。
『ねぇねぇ、アーサー』
「どうかしたか? 懐かしい面々とでもお話できたか?」
『えぇ、勿論出来たわ。アーサー』
「なら、良かった。お前たちが、楽しいならそれでいいんだ」
何故か、やや怯えるような声色が混ざってしまったのはなぜだか良くわからない。しかし、それが彼女の気を引いたのか、そんな戯れを見ていたらしい隣の女の子は言った。
「私、セルシアーナと申します。妖精さんとは、長い付き合いなんですか?」
「あぁ、俺が生まれたときからいるやつもいるな」
「そうなんですね。私も、この子は……生まれたときから、いるらしいです」
おっ、上手く話題が持っていけそうだとにやりと心のなかで笑う。すぐにでも直接に聞いても大丈夫そうだと思い話題を展開すると、否定が返ってきた。
「そうか、カラスといえばアーサー王伝説だな」
「本人曰く、違うらしいですよ」
そうなら、兄上共との言い合いにはならなさそうだとほっとする。まぁ、アーサーの名前は、俺がもらっているからどうともないのだが。それはそうとして、セルシアーナは鴉の妖精を撫でている。その手の下に、俺の友達である兎の妖精さんが混ざりたそうにしている。それをみると、仕方ないなとふさふさと優しめに撫でてやれば、この子は嬉しそうにクスクスと笑っている。
「妖精と仲良くするのはいいが、連れ去られないように気をつけろよ? じゃあ、またな」
「はい、気をつけますね」
彼女に背を向けると、一羽のワタリガラスが、アーサーの腕にとまる。どうやら、手紙をくわえているようでそれを見るに、手紙をくれたのはうちの部下からだろうか。彼をひと撫でしてから、その手紙を開ければ、帰ってきてほしいとのことらしい。
「さぁ、行くか……。お前は先に帰ってくれ」
「かぁっ!!」と先に飛びたった鴉を追うようにイギリスは走り出したのだった。
それから、更に数年。
8月上旬、イングランドの手元には諜報部が精密に情報を収集精査、分析した結果がそこにある。国家機密として扱われるのは、さてどうだろうか。既に、各兄上達の手元にもあるだろう。
「さて、この選別に兄上達はどういうだろうか」
「無理を言わなければいいが……」
この書類は、新入職員の詳細が書いてある書類である訳で、性格から成績などが事細かに書かれている。個人情報保護などここに来ることになれば、意味をなさない。そのことには、ため息を付きそうになるが、政府も、陛下も、俺らの部下には細密な注意を払っている。スパイや愛国心のないものをそばには置かない、置きたくないのは俺を守り俺を導き、俺を高みへと押し上げようと切磋琢磨する愛国心の強い者たちからしたら、確かな国への愛情である。受け入れざるおえない。
愛国心の強い子どもたちに、苦笑いをしながらも国はそれを受け入れる。多分、ウェールズ達も何となくそんなことを考えているのではないだろうか。
マウリツォも、このなんとも言えない嬉しさとも気恥ずかしさと何となく申し訳なさを含んだ気持ちを受け取ってくれたのだろう、彼もまた俺の執務机に紅茶を置きながら、苦笑いをした。
「何か、気になることでもありましたか?」
あのとき出会った少女のことである。確か、名前は……セルシアーナだったはず。と、思い出せばそこから情報は流れ込んでくる。そうだった、と頷いてからぺらりとこの情報を飲み込むように脳内に入れていく。出身大学に、イギリスの有名校の名前があり、まぁ上が好みそうなものだなと思いつつ、あの噂を覚えている人もいるだろうからこそ、ここに入れられたのかもしれない。
その資料を、パシンッと執務机に叩きつける。あの子の妖精さんを見える、妖精さんと話せる、その力を俺に厄介扱いしようとしているのかと、嫌な感覚が落ち着かなくなる。いや、珍しいからこそ、俺に押し付けるのかもしれない。厄介だと思っているのは、親か、政府か。
いや、資産家であり膨大な資金と愛国心がある彼は、何かしらの思惑があるのかもしれない。しかし、俺に気に入られようとするならば清く正しく有ることだ。
「……セルシアーナ・エドワーズ。資産家の娘だな、あの噂が立つ前から、彼女は妖精が見えると言う子供だった……。それを……」
「あぁ、言いたくないな。しかし、どちらも俺の息子なんだよ」
あまりにも快くない言葉と文面の並びに、嫌付きとムカつきがこみ上げてくる。あの子のことをどうにかしてやれることは、あるのだろうか。
妖精が言う、不思議な子供を、立派な秘書として、俺が育て上げることができるだろうか。まずは、初めに俺の右腕に託すとしよう。
「……。セルシアーナ・エドワーズは、第ニ秘書にする。マウリツィオ、お前に教育を任せよう」
嬉しそうに「はい」と返事するマウリツィオに微笑んでから、優しく穏やかに言い放った。
「お前は、いい親であれよ」
少し、寂しげな、辛そうな雰囲気を含んだ声にマウリツィオは大きく頷いて、ふざけながら声をかけた。
「勿論じゃないですか、俺にだって子供が生まれるんですから」
そうだ、こいつは十歳年下の娘と結婚した。俺と近くにいることで若さがある子だが、自分は納得して側にいるらしい。だから、俺は秘書を続けることを許可したのだ。あいつは、俺のそばにいたいと言った誰一人と同じ意見じゃなかったからな。
「あぁ、そうだな。お前も立派な父親だな」
「貴方こそ、我らの父親ですけどね」
「お前は、そう言ってくれるのか。全く……恥ずかしいことを言いやがるぜ」
にっ、とマウリツィオに笑ってやると楽しそうに微笑んだ。楽しそうに、嬉しそうに彼女のデータを、読み込んでどう支援してやればいいだろうと頭を悩ましていた。
次の日、朝から四人で新入職員を迎えることになる。全員がスリーピースで新しい職員を迎えることになる。四人揃って見るとなかなかに圧巻だと、マウリツォは思っている。が、口には出さない。
「さて、今年も始まりますよ」
ぴしっと決めた上司に声を掛けると、イングランドが答える。彼が、マウリツォにとっては上司である。
「そうだな。今年度もよろしく頼むぜ、マウリツォ」
「勿論ですよ、貴方のためですからね。それに、祖父からのお願いとあれば」
私にしかできない、そんな矜持があるのだろうかと、イギリスはふとそんな彼の思いを読み取っていた。彼が、スコットランドに声をかけに行っているのを見ながら、ふと空へと意識を向ける。やはり、ロンドンの空はまたもや曇り空へと姿を変えていた。そんなどんよりとした姿もロンドンのよさでもある。それが愛おしくて、目を細めて微笑んでいるとマウリツォが俺のそばによってきた。
「今日の空模様はどんよりとしていますね」
「まぁな、それもそれでロンドンの良さだろう」
「そうですね、新年度ぐらい晴れていてほしいものですが」
不満げに、ムッとするマウリツォの頭にぽんっと手を置けばそんなことをされると思わなかったのだろう、俯いて照れたような仕草を見せる。
「ほんと、急なんですよ」
照れ隠しに、つっけんどんに言われてしまえば笑ってしまう。そんな彼の態度にくすくすと笑っていれば、マウリツォに小突かれてしまった。
「さぁて、そろそろかな」
ウェールズが、そう言って微笑む。スコットランドも、先程から目を瞑っていたけれど、ウェールズの発言に片方を開けた。北アイルランドは、ワクワク感をだしてうきうきとしている。そう待たずに、ひとり、ふたりと顔を出した。
イギリスは、あの子を思い出す。いや、雰囲気と頭の上に乗る妖精からみて……本人だ。彼女の方も、驚いたようにはっとした表情をする。
マウリツォが、二人を招き寄せてから彼らに微笑む。彼ら二人も、それに応じて頭を下げた。その様子を見ながら、イギリスは微笑んでいた何となく相性は良さそうだ。
「あらら、うちのほうが早かったですね。
女性のほうがイングランド出身のセルシアーナ・エドワーズさん、男性のほうがウェールズ出身のノア・グリフィスさん、二人とも20代です」
「なるほど、二人とも時間管理ができるようだ。早めの行動、嬉しく思う。時間に厳しい国もいるからな」
職員が揃ったところで、挨拶する。共通で挨拶をしたほうがいいとの判断だ。今回は、各ニで新職員を採用している。
「改めて、この連合王国、総括しているイギリス……イングランドだ。外交から内政、軍部まで幅広く仕事をしているからな。よろしく」
「スコットランドだ、よろしく頼む。スコットランド、連合王国の内政担当だ。軍部にも出入りしている」
「北アイルランドだよ、よろしくね。北アイルランドと連合王国の内政担当だから覚えておいて」
「ウェールズだよ。ウェールズと連合王国の内政担当だよ。基本的に文化とかの発信とかも対応しているよ!!」
今回は、このあとそれぞれで分かれる。だからおいでとて招いた。それぞれの自己紹介は、それぞれでやればいいだろう。何せ、今年は8人の新職員がいるのだから。
「セルシアーナ、ノア二人ともこっちにおいで」「はいっ」、「分かりました」素直な返事を聞いて、二人に背中を向ける。そのやや後ろにマウリツォがついた。いつもの位置にすぐに来る彼になんだか、苦笑いして前を向く。
「二人とも、こっちこっち」
「おい、お前らこっちにこい」
「おいで〜」
それぞれの性格が出る手招きの言葉に、ふっと笑みが溢れる。そんな4つの国の違いをみて、一人ひとりの特徴を活かした仕事をしてほしいとイギリスは思っていた。
イギリスの執務室につけば、それぞれが仕事を始めていた。書類をデータとして打ち込むもの、整理するもの、電話対応するものと様々だ。しかし、部屋に入るとすぐに彼等は、手を止め、イギリスへと一礼する。それをみて、やはりここにいる奴らは愛国心が強いとも思う。
「おはよう、今年度もよろしく頼むぜ?」
挨拶を受けて、それぞれが挨拶していく可愛らしい部下たちへとイギリスは笑みを向けた。そうすると、ニコッとした笑顔が帰ってくるのが愛おしい。
「おはようございます、よろしくお願いします」
「おはよーございます。今年も、面白おかしく行きましょうよ!」
「こら、お前は黙れ。おはようございます。時間通りのご出勤、頼もしく思います」
職員たちがそれぞれ、楽しそうにからかったり、小さな喧嘩したりと口々に挨拶していく。そんなことが、イギリスには幸せに感じるのだ。
「こらこら、お前たち朝から喧嘩するなよ。新職員だ、お前たちは挨拶よろしくな」
イギリスが、二人を手前にこさせる。手招きしたその合図をしっかり読み取って、そばに来てくれるのは嬉しい。そして何より、おずおずと挨拶し始めたセルシアーナを見つめつつ、紅茶でもいれようかななんて考えていた。
「えっと、はじめまして。イングランド出身のセルシアーナ・エドワーズです。自分なりに頑張って仕事をしていきたいです。趣味は、ヴァイオリンを弾くことと歌うこと、本を読んだりも好きです」
そうして、一礼すれば次はノアが自己紹介を始める。スムーズな進行にまぁ、緊張して思考を止める人ではなさそうだと評価する。
「はじめまして、ウェールズ出身のノア・グリフィスです。精一杯、自分なりのやり方で仕事をしていきたいと考えています。趣味は、日記を書くことです」
「ヴァイオリンに日記か、俺もやってるぞ。改めて、イギリスだ。人としての名前は、アーサー・カークランド、好きなように呼んでくれ。まぁ、俺達について説明は必要だよな?」
そのまま、イギリスは自分の執務机の椅子にそっと座ってから説明を始める。後ろには、イングランド国旗とそれよりも大きなユニオンフラッグが、存在を主張する。
国は様々な要素を持っている。仮に、国の化身を『国を体現するもの』として、『国体』と略されることが多いか。
国を形作るのは『領土・国民・主権』の3つが必要である。それから影響を受け、見た目や性格、行動原理が決められてしまうのが国体だな。
領土は、その土地の立地(島国や大陸など)、川や山がどの程度でどんな場所にあるか、天候や気候などが影響を与えると考えられている。
国民では、国民の一般的な性格と特徴的な性格、そして見た目。また、好む色や服装、社交場での対応、伝統的な物事に対する感覚と対応、食べ物好みや趣味、特技と不得意なことなどが影響してくるんだ。そして、彼らが積み重ねてきた歴史、文化そのものも大切になってくる。俺自身が、歴史を重要視しているのもそんなところから来ているぜ。
主権(政府)では、政府を指揮する人間の性格、政府の政策、軍力(諜報力も含む)、財力、王室皇室等の有無とその代表の性格と方針、特産物の生産や産業に関わる会社の規模などが影響すると言われている。
国民、領土、主権が必要ともいったけれども、それが無くとも存在している国はある。だからこそ、俺は、誰かがその国を認識していること、愛していること、故郷と感じていることそして歴史が国体として立たせてているのではないかと思っている。
説明を終わると、ふぅーっと深呼吸していた。
「っと、こんなもんか。国のあらゆるところから影響を受けているのが俺らって言うわけだな」
「なるほど」
「まぁ、俺はお前たちであり、首相達の取り決めにより動くものであるって感じになるな。俺からの説明はそんなもんだ、後はマウリツォに頼もうか」
イギリスは、マウリツォに指示出しすると別に俺がやってもいいんだけどなぁとふと思っていた。そうきたら、はっと思い出した。
「そうだ、お前ら二人。どっちか次の世界会議、というかだなG8になるが、行くか。日本だからな、ある程度のポカは許せるぜ」
ふっと微笑んだ彼の安心させるような優しげな声色で丁寧なクイーンズ・イングリッシュがセルシアーナとノアの耳へと届く。それに答えるように、セルシアーナもまたほほえみ返した。それに、安堵を得たイングランドは、彼もついていくからな。と、隣の秘書官を指す。
「あー、なるほど。私も付いていきますからね。日本さんにあわせるなら、セルシアーナの方はどうでしょう、聞いたところ日本人の留学生とは学生時代仲良かったとか」
そういえば、そんな話をした気がする。と、思って話を促されたセルシアーナはイギリスに、日本語を学んだことがあることを伝えた。
「あっ、はい。日本語も彼女から学びました」
「ほぉ、良さそうだな。じゃあ、準備はしておけよ。日本に連絡しておこう。後は、カナダとも会えるしな」
なるほどな。と、頷いてから掛けられた言葉はセルシアーナにとっては、初めての仕事で国を出るということで、なんだかソワソワとしてしまう気がすると感じていると、頭の上の鴉の妖精さんも身じろぎをする。
それをみたイギリスは、その行動に不意に微笑んだ。その笑みに気づかずに話を進めるマウリツォは、不思議な行動を見ないようにしているのだろうかなんて思ってしまう。そんなことを、セルシアーナは考えているが、実際は気がついていないだけである。
「カナダさんなら、来月こちらで休暇を取られるとか」
「俺もそれに合わせて休暇を取るからな。カナダとも話してみろ、怖がらなくてもあいつは優しいやつだからな。アメリカのほうが、面倒くさい」
カナダさんとは、会わしてもらえるらしいとワクワクした気持ちでいるセルシアーナの表情は、白い肌が原因かワクワクとした雰囲気が頬を桜色に染めさせており、感情が読み取りやすい。
「あいつは、良くメイプルシロップを進めてくるからな。ティータイムにでも誘ってやろうか」
ふふっと、笑ったイングランドにノアもセルシアーナもまた、笑った。他の職員もどこか楽しそうで、彼が笑うだけでこの小さな世界は、幸せな香りを咲かせだす。
翌日、本格的に仕事を始めると聞かされていたが、イギリスはセルシアーナを座らせてから、紅茶を目の前においた。
セルシアーナは、何故こうなったのかと考えるが、答えが出てこなくてどうすればいいのかハテナという記号がポンポンと浮かんでいるような気がする。落ち着かずに、手をくねくねとしていると、イギリスはふっと笑った。
「まぁ、始めましてではないからな。尚更、驚ろいただろう?」
「……はい」
まぁ、緊張しているのだろう。そう言い切ったイギリスは、肩の力を抜けと私に伝えてくれる。国とは何だと言われたら、よくわからないけれどそれでも気にかけようとしてくれるのがわかってなんだか嬉しい。そんな気持ちを伝えてもいいものか迷いつつ、まずは疑問から伝えてみようと思った。
「あのっ、えっと……。あのときは、どうして声をかけてくれたのですか」
「あぁ、あれか……。お前の、その鴉くんが。気になってな、噂が俺のもとまで来ていた。だから行ったんだ。まさか、その後俺のところへと来るとは思わなかったからな。まぁ、それはいい」
気にしなくてもいいぞ。と、イギリスは伝えてくれる。そして、彼は「少し話があるんだ」と言った。
「お前を、秘書としてふさわしく教育することになる。ついてこいよ?」
「もちろんです!」
これが、彼女との始まりの出来事である。
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