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あなたは僕のもの

 



 モストロ・ラウンジのVIPルームでアズール先輩に勉強を教わるのが放課後の日課になっていた。
 うーんうーんと唸りながら課題と睨み合いをしている私の隣で、アズール先輩はノートパソコンのキーボードを叩いている。私にはいまいちわからないけどきっと、ラウンジ関係の事務仕事をしているのであろう。
 課題でよくわからない問題があるので教えを乞うため、チラリとアズール先輩の方へ視線をやるけど、パソコン業務に集中しているようで、先輩の邪魔をするのは申し訳ないと思いなんとかして自力で解こうと再び奮起する。
 パラパラと教科書をめくってみるが一向に問題へのヒントは見当たらずお手上げ状態となってしまった。
 調べてもわからんもんはわからんと開き直ってテーブルに突っ伏する。
 そんな私の様子に気が付いたのか、アズール先輩のキーボードを叩く指が止んだ。
「どうしましたか?何かわからない問題でも……」
 何かを言いかけてぴたりと動きが止まったアズール先輩を、突っ伏しながら横目で見ていたので、何事かと体を起こして「どうしました?」と問いかける。
 問いかけへの反応は無く、まるでぜんまいが切れた人形のように私の首元を凝視していた。
 今の状況に理解が及ばず、どうしたものかと思考を巡らしていると不意に、体に強い衝撃が加わり、ぐるりと視界が反転した。
 ふわりと高価そうなソファーの柔らかい感触を背に感じ、気が付いたら私はVIPルームのソファーの上でアズール先輩に押し倒されていた。
 状況を理解できず脳内が真っ白になり、思考が鈍る。   
 え、なんで私、押し倒されてんだ?
 ばっちりと絡み合う視線の先にある、スカイブルーの海を称えたような瞳は今にも泣き出しそうなくらい潤んでいて、口元は唇を噛み締めすぎたせいで薄く血が滲んでしまっていた。
 何が起きてるのかまだ、理解が及んでいないが、その血の滲んだ唇が痛そうでそっと腕を伸ばして、優しく親指でなぞった。自分のものよりも少し冷たく感じるのはきっと彼が人魚だからだろう。
 アズール先輩の手が私の首に伸びて、つーっと撫でるように指を滑らせ、そして肩に近い首元のある一点に指を置くと、ぐっと強く圧をかけられる。
「……監督生さん、この首元にある噛み跡は誰のものですか? まさかあなたが浮気に走るだなんて、正直予想もしていませんでした……。さあ答えてください、一体どこの雑魚と関係を持ったのでしょう?」
「……ンン?? ハイ??」
 突然の断罪イベントに、ただでさえ正常に回っていない脳が今は逆回転を始めるんじゃないかってレベルでビックリしている。
「わ、私が???? ウワキ!?!? え、浮気ィ!?!?!?!?」
 浮気という単語をはっきり言葉にしたおかげで漸く頭が正常に回るようになってきた。
 全く心当たりのない単語を頭の中で反芻するが、どの記憶を掘り起こしても、私が浮気をしたという記憶は一切なかった。
 浮気をした記憶はないのだけども、一つ思い当たることがあることを思い出す。
 首元の噛み跡……といえばこの間フロイド先輩と、命がけの鬼ごっこをしていて捕まってしまった時『はいオレの勝ち〜』と言われて絞められている腕から逃げようとしている私の首元を、ガブリとフロイド先輩に噛みつかれたことをやっと思い出した。
 当時その場に甘い男女の触れ合い的な空気は一切漂ってはいなくて、捕食者が獲物の首根っこを噛み切って、息の根を止めるような感じで首に噛みつかれたのだ。
 めちゃくちゃ痛かったナァという、はるか彼方へ葬り去ったはずの恐ろしい記憶を思い返してしまい身震いする。いやまじで痛くて怖かったんだよ。
「浮気じゃない!! 浮気じゃないんです!!!」
「嘘おっしゃい! じゃあこの歯形はなんなんです?? 自分で噛んだとでもいうのですか? 冗談は頭の中身だけにしておいてください」
「いや! 本当に浮気じゃないんです聞いてください! ていうか最後の方めちゃくちゃ失礼なことを言いましたよね??」
 ギャンギャン吠え合いながらも、数日前フロイド先輩に遊びで噛みつかれたことを説明したら、とりあえず浮気でないことは納得したようで、疑ってしまったことと、報告しなかったことをお互い謝罪してとりあえずは解決した。
 だがしかし未だにアズール先輩はぶすくれた表情のままで、私の肩の上に額を乗せてため息を吐いた。
「浮気でないのはよくわかりました。フロイドならやりかねないので納得はしています。ですが、自分の番の体にこうして別の雄の痕が残されているというのは矢張り大変不快なものでして」
「うーーん…………ごめんなさい………。私が逆の立場でもきっとモヤモヤしちゃうと思うし、気持ちはすごくわかります」
「僕の気持ちを少しでもわかっていただけただけて嬉しいです」
 そう言いながらアズール先輩の手が、私のスカートの中へ伸びていき、つーっと太腿を撫でられた。
 あ、これもしかしてやばいやつなのでは? と思ったが時すでに遅し。もう片手では私のシャツのボタンをプチプチと器用に外し始めていた。
「ひっ…………ちょっ!こんなところでシたら従業員にバレーちゃうかも!」
「ご心配なく。先程魔法をかけたので、ここのドアはいま、僕以外の誰にも開けることができなくなっています」
 いつの間にそんな魔法かけていたのか、この有能変態タコめ。
 そっと首元に唇を寄せられ強く、薄い皮膚を吸われたので真っ赤な鬱血痕が出来上がる。
 アズール先輩は満足そうにその鬱血痕をうっとり見つめて、ぺろりと舌で舐め、その際に体に妙な感覚が走り無意識に太腿を擦り合わせてしまった。
「僕を不安にさせたお詫びとして今日はあなたを僕の好きなようにさせてください」
「あんまりアブノーマルなプレイは…………ヒェッ」
 ギシッと軋むスプリングの音が静かな室内で響く。柔らかなソファーに沈んだ私の体をアズール先輩は貪り尽くすように搔き抱いた。



【翌日のモストロ・ラウンジでの会話にて】
「アズール、昨夜はVIPルームで一体何されていたんです?」
「小エビちゃんで遊びたくてVIPルーム開けようとしたら開かなかったからさぁ。ねえ、何してたのぉ?」
「仕事に集中したくて邪魔をされないように、内側から魔法で鍵をかけていましたので……」
「ほぅ、そうですか。ところで先程気がついたのですが監督生さんの項に、吸盤の痕のようなものがあったのですが…………一体誰につけられたんですかね? ねぇ、フロイド?」
「あれれ〜〜もしかしてオレがつけた噛み跡に気が付いてヤキモチ妬いて小エビちゃん抱き潰してたとか〜〜〜? あれれ〜〜〜?」
「お前たち!! 確信犯だろ!! うるさい!! 黙れ!!」



【翌日のオンボロ寮浴室にて】
「まさか全身吸盤の痕だらけにされるとは思わなかったし、足腰立たなくなるなんて思わなかった」

  
   
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