虹色トレイン
名前変換
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ふと意識が戻ると、私は自分が元居た座席に横たわっていた。
先ほどまで全身を強烈な痛みはすっかり無くなっている。
横たわったまま、先ほどまで見ていた過去の自分の光景を思い出す。
17歳の夏、私は誰かのお見舞いに行こうと路線バスに乗り、そこで事故に遭った。
今、この車両に乗り合わせている乗客たちと一緒に。
これが、今回の3つ目の宿題の答えだ。
突きつけられた現実に無意識にため息が出る。
私は、死んでしまったのだろうか。
事故に巻き込まれた瞬間のところまでしか覚えておらず、最終的に自分たちがどうなったのか、私は誰のお見舞いに行こうとしていたのか、肝心の部分を知ることが出来なかった。
ゆっくりとした動作で起き上がると、ぱさりと音を立てて自分の身体から何かが座席の下に落ちた。
何かと思い、座席の下をのそりと覗き込むと、そこには見覚えのある深緑色の制服が落ちていた。
「これ、あの人の…」
金色のボタンに金色のチェーンブローチがついている深緑色の上着。
先ほどまで、あの車掌が羽織っていたそれそのものだった。
辺りを見回すが、車掌の姿はどこにもない。
恐らく倒れこんでいた私を見つけ、ここまで運んでくれたのだろう。
遠のく意識の中で私を呼んでいたのは彼だったのかもしれない。
「返しに行った方がいいよね…」
私は上着を腕に引っ掛け、車掌を探すため座席を立ちあがった。
周りの乗客たちの様子は、私が倒れる前と何一つ状況に変化がない。
真実を知りかけている今、この奇妙な光景に背筋がぞっとするのを感じ、足早に後方の出口へと急ぐ。
一度だけ振り返りふと前方の時計を見ると、針は日付が変わりそうな時刻を指していた。
扉の前に近づくと、プシューと音を立てて開く。
足を一歩ずつ進め、次の車両、そのまた次の車両と移動してるうち、ふと何となく違和感を感じる。
初めはただの気のせいかと思ったが、3車両目に足を踏み込んだとき、ようやくその違和感の正体に気がついた。
乗客が、一人もいない。
次も、その次も、車両はあるのに人が全く乗っていない。
空間の中はシンと静まり返り、列車が走る車輪の音のみが耳に響く。
早く、早くたどり着いてほしいと心の中で念じながら、駆け足で後方へ後方へと足を進めた。
それからさらに乗客のいない車両をいくつも越え、私はようやく車掌室とかかれた扉の前にたどり着く。
ここまでたどり着くのに随分と時間がかかったような気がした。
腕に引っ掛けている車掌の制服を一度ぎゅっと握りしめ、コンコンコンと車掌室の扉をノックをする。
一度目は何も応答が無く、聞こえていないのかと思いもう一度同じようにノックをすると、ややしばらくしてから、中からはいと返事が聞こえてきた。
「あの、えと…私、です。お借りしていた物をお返ししに来ました」
こういう時、自分の名前がわからないというのはなんてもどかしいのだろう。
この列車に乗ってから、初めて名前の重要さに気づいた瞬間だった。
名前、私の名前はなんだっただろうか。
車掌は声を聞いて私であることを判断したのか、ちょっと待てと慌てた様子で一言発した。
数分待って、ようやく車掌室の扉が開く。
車掌は先ほど車両内で見た時と雰囲気が少し違い、ネクタイは緩められ、後ろで結っていた髪も無造作に下ろされている。
「すみません、お休み中でしたか」
恐らく寝起きだったからかもしれないが、顔色があまりよくないように見えるのは気のせいだろうか。
「いや、別にそれはええんじゃが…お前さん…ここまで来れたのか。一人で」
キレ長の瞳が動揺を見せる。
「…?はい。車掌さんの上着を返そうと思って来ました。ありがとうございました」
お礼を言い、借りていた上着を手渡すと車掌は無言で受け取る。
「それじゃあ私はこれで…」
「待ちんしゃい」
来た道を戻ろうと方向転換した瞬間に、ぐっと腕が引っ張られる。
「もう、あそこには戻ったらいかんぜよ」
自分の車両に戻ることを制止された私は、そのまま車掌室に通される。
案内されるがままにソファに腰掛けると、少し待つように言われ、車掌は奥の部屋に姿を消した。
2人掛けのソファが向かい合い、真ん中には小さな木目のローテーブルが設置されている。
ヴィクトリア調のアンティークな調度品が揃えられたその空間は何だか自分が場違いな所に来てしまったようで妙にそわそわした。
待たせたのと後ろから声がかかり、コトリと静かに二人分のコーヒーがローテーブルに置かれる。
まだ淹れたてだからだろうか表面から湯気が出ており、コーヒー独特深みのあるいい香りがたちまち室内に充満する。
車掌は真向かいのソファに座ると思っていたが、さも当然かのように私に用意されたコーヒーカップの右隣りに自身のカップを置き、私の隣にどかっと深めに腰をおろす。
ふうと車掌は一度大きく息を吐く。
自分に用意したコーヒーにはまったく手をつけず、どこか上の空の様子だ。
やはりあまり体調は良くなさそうだった。
とくに会話らしい会話もないまま時間が過ぎていく。
ただ何となく無言の時間が気まずく感じ、何となくコーヒーを一口、また一口と飲み、数分経たずしてカップの半分ほどまで減っていた。
最後の一口をぐいっと飲み干し、カップをテーブルの上に置いた直後、タイミングを見計らったように車掌は何から話せばええかのうと小さく呟いた。
「…お前さん、もう具合の方は大丈夫か」
「あ、はい。すっかりよくなりました」
「そうか、それは何より。俺がたまたまあの車両に戻って倒れているお前さんに気が付いたからよかったものの…察するに、他の乗客に声でもかけようとしたんじゃろ。先に言わなかった俺も悪いが、乗客同士の会話は規則違反でな、破れば罰が下るようになっとる。…まあ普通は乗客が乗客に話しかけるなんて起こりえないからの、俺も油断しとった」
車掌の言っている言葉の意味が充分に理解できずにいると、私の様子に気づいた彼が何か言いたそうな顔じゃなとこちらに向かって薄く笑いながら言う。
「聞いても教えてくれないじゃないですか…」
「いや…ここまで来れたお前さんになら話してももうええじゃろ。何から聞きたい。時間がないから手短にな」
もう、の意味も時間がないの意味も理解できずにいたが、今目先の自分の疑問を伝える。
「貴方は、一体誰なんですか」
私の質問が少し意外だったのか、そうきたかと言わんばかりに目を見開く。
もっと他に聞きたいことは無かったのかとあきれ顔をしながらも、よかろうと言いながら姿勢を正す。
「俺はこの列車の車掌であり、番人のような存在とでも言うべきか。人間でもなければ魂でもない、中途半端な存在じゃ。
いつ誰に決められここに来たのかは、もう覚えとらん。
車掌である俺の役目は2つある。1つはこの名簿に記載されている乗客を無の状態を保たせたまま最終地点まで無事に送り届けること」
「無…って」
「それを説明するには…そうじゃの、まずこの列車自体の説明が必要か」
ソファからすっくと立ちあがった車掌は、近くに置いてあった姿見の前に移動をする。
緩めていたネクタイを締め、襟足の長い部分をゴムで縛る。帽子を被り、先ほど私が返した制服に袖を通した後、私の目の前まで移動をしすっと手を伸ばした。
「それは少し歩きながら説明しようかの。お手をどうぞ」
「あの…」
「あぁ、恥ずかしいから嫌だってのはナシな。俺の手を離したら次は本当の意味で次迷子になりかねん。…何があっても離しちゃいかんぜよ」
真剣なその物言いに、冗談を言っているようには聞こえず黙って頷く。
おずおずと差し出された左手をとると、ええ子じゃなと呟きぐっと引っ張られる形で立ち上がった。
「じゃ、行こうか」
車掌に手を引かれながら、私たちはその部屋を後にした。
部屋を出る直前、握られた手に一度ぎゅっと強く力が入ったことの意味をこの時はまだ知らなかった。
先ほどまで全身を強烈な痛みはすっかり無くなっている。
横たわったまま、先ほどまで見ていた過去の自分の光景を思い出す。
17歳の夏、私は誰かのお見舞いに行こうと路線バスに乗り、そこで事故に遭った。
今、この車両に乗り合わせている乗客たちと一緒に。
これが、今回の3つ目の宿題の答えだ。
突きつけられた現実に無意識にため息が出る。
私は、死んでしまったのだろうか。
事故に巻き込まれた瞬間のところまでしか覚えておらず、最終的に自分たちがどうなったのか、私は誰のお見舞いに行こうとしていたのか、肝心の部分を知ることが出来なかった。
ゆっくりとした動作で起き上がると、ぱさりと音を立てて自分の身体から何かが座席の下に落ちた。
何かと思い、座席の下をのそりと覗き込むと、そこには見覚えのある深緑色の制服が落ちていた。
「これ、あの人の…」
金色のボタンに金色のチェーンブローチがついている深緑色の上着。
先ほどまで、あの車掌が羽織っていたそれそのものだった。
辺りを見回すが、車掌の姿はどこにもない。
恐らく倒れこんでいた私を見つけ、ここまで運んでくれたのだろう。
遠のく意識の中で私を呼んでいたのは彼だったのかもしれない。
「返しに行った方がいいよね…」
私は上着を腕に引っ掛け、車掌を探すため座席を立ちあがった。
周りの乗客たちの様子は、私が倒れる前と何一つ状況に変化がない。
真実を知りかけている今、この奇妙な光景に背筋がぞっとするのを感じ、足早に後方の出口へと急ぐ。
一度だけ振り返りふと前方の時計を見ると、針は日付が変わりそうな時刻を指していた。
扉の前に近づくと、プシューと音を立てて開く。
足を一歩ずつ進め、次の車両、そのまた次の車両と移動してるうち、ふと何となく違和感を感じる。
初めはただの気のせいかと思ったが、3車両目に足を踏み込んだとき、ようやくその違和感の正体に気がついた。
乗客が、一人もいない。
次も、その次も、車両はあるのに人が全く乗っていない。
空間の中はシンと静まり返り、列車が走る車輪の音のみが耳に響く。
早く、早くたどり着いてほしいと心の中で念じながら、駆け足で後方へ後方へと足を進めた。
それからさらに乗客のいない車両をいくつも越え、私はようやく車掌室とかかれた扉の前にたどり着く。
ここまでたどり着くのに随分と時間がかかったような気がした。
腕に引っ掛けている車掌の制服を一度ぎゅっと握りしめ、コンコンコンと車掌室の扉をノックをする。
一度目は何も応答が無く、聞こえていないのかと思いもう一度同じようにノックをすると、ややしばらくしてから、中からはいと返事が聞こえてきた。
「あの、えと…私、です。お借りしていた物をお返ししに来ました」
こういう時、自分の名前がわからないというのはなんてもどかしいのだろう。
この列車に乗ってから、初めて名前の重要さに気づいた瞬間だった。
名前、私の名前はなんだっただろうか。
車掌は声を聞いて私であることを判断したのか、ちょっと待てと慌てた様子で一言発した。
数分待って、ようやく車掌室の扉が開く。
車掌は先ほど車両内で見た時と雰囲気が少し違い、ネクタイは緩められ、後ろで結っていた髪も無造作に下ろされている。
「すみません、お休み中でしたか」
恐らく寝起きだったからかもしれないが、顔色があまりよくないように見えるのは気のせいだろうか。
「いや、別にそれはええんじゃが…お前さん…ここまで来れたのか。一人で」
キレ長の瞳が動揺を見せる。
「…?はい。車掌さんの上着を返そうと思って来ました。ありがとうございました」
お礼を言い、借りていた上着を手渡すと車掌は無言で受け取る。
「それじゃあ私はこれで…」
「待ちんしゃい」
来た道を戻ろうと方向転換した瞬間に、ぐっと腕が引っ張られる。
「もう、あそこには戻ったらいかんぜよ」
自分の車両に戻ることを制止された私は、そのまま車掌室に通される。
案内されるがままにソファに腰掛けると、少し待つように言われ、車掌は奥の部屋に姿を消した。
2人掛けのソファが向かい合い、真ん中には小さな木目のローテーブルが設置されている。
ヴィクトリア調のアンティークな調度品が揃えられたその空間は何だか自分が場違いな所に来てしまったようで妙にそわそわした。
待たせたのと後ろから声がかかり、コトリと静かに二人分のコーヒーがローテーブルに置かれる。
まだ淹れたてだからだろうか表面から湯気が出ており、コーヒー独特深みのあるいい香りがたちまち室内に充満する。
車掌は真向かいのソファに座ると思っていたが、さも当然かのように私に用意されたコーヒーカップの右隣りに自身のカップを置き、私の隣にどかっと深めに腰をおろす。
ふうと車掌は一度大きく息を吐く。
自分に用意したコーヒーにはまったく手をつけず、どこか上の空の様子だ。
やはりあまり体調は良くなさそうだった。
とくに会話らしい会話もないまま時間が過ぎていく。
ただ何となく無言の時間が気まずく感じ、何となくコーヒーを一口、また一口と飲み、数分経たずしてカップの半分ほどまで減っていた。
最後の一口をぐいっと飲み干し、カップをテーブルの上に置いた直後、タイミングを見計らったように車掌は何から話せばええかのうと小さく呟いた。
「…お前さん、もう具合の方は大丈夫か」
「あ、はい。すっかりよくなりました」
「そうか、それは何より。俺がたまたまあの車両に戻って倒れているお前さんに気が付いたからよかったものの…察するに、他の乗客に声でもかけようとしたんじゃろ。先に言わなかった俺も悪いが、乗客同士の会話は規則違反でな、破れば罰が下るようになっとる。…まあ普通は乗客が乗客に話しかけるなんて起こりえないからの、俺も油断しとった」
車掌の言っている言葉の意味が充分に理解できずにいると、私の様子に気づいた彼が何か言いたそうな顔じゃなとこちらに向かって薄く笑いながら言う。
「聞いても教えてくれないじゃないですか…」
「いや…ここまで来れたお前さんになら話してももうええじゃろ。何から聞きたい。時間がないから手短にな」
もう、の意味も時間がないの意味も理解できずにいたが、今目先の自分の疑問を伝える。
「貴方は、一体誰なんですか」
私の質問が少し意外だったのか、そうきたかと言わんばかりに目を見開く。
もっと他に聞きたいことは無かったのかとあきれ顔をしながらも、よかろうと言いながら姿勢を正す。
「俺はこの列車の車掌であり、番人のような存在とでも言うべきか。人間でもなければ魂でもない、中途半端な存在じゃ。
いつ誰に決められここに来たのかは、もう覚えとらん。
車掌である俺の役目は2つある。1つはこの名簿に記載されている乗客を無の状態を保たせたまま最終地点まで無事に送り届けること」
「無…って」
「それを説明するには…そうじゃの、まずこの列車自体の説明が必要か」
ソファからすっくと立ちあがった車掌は、近くに置いてあった姿見の前に移動をする。
緩めていたネクタイを締め、襟足の長い部分をゴムで縛る。帽子を被り、先ほど私が返した制服に袖を通した後、私の目の前まで移動をしすっと手を伸ばした。
「それは少し歩きながら説明しようかの。お手をどうぞ」
「あの…」
「あぁ、恥ずかしいから嫌だってのはナシな。俺の手を離したら次は本当の意味で次迷子になりかねん。…何があっても離しちゃいかんぜよ」
真剣なその物言いに、冗談を言っているようには聞こえず黙って頷く。
おずおずと差し出された左手をとると、ええ子じゃなと呟きぐっと引っ張られる形で立ち上がった。
「じゃ、行こうか」
車掌に手を引かれながら、私たちはその部屋を後にした。
部屋を出る直前、握られた手に一度ぎゅっと強く力が入ったことの意味をこの時はまだ知らなかった。