虹色トレイン
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次に車掌から手渡された3枚目の紙にはまたしても同じく箇条書きで文字が書いてある。
しかし、今度はたったの2項目だけだった。
・17歳
・夏
「17歳の…夏?それだけ?」
いくらなんでも情報が少なすぎるだろうと、もうここにはいないあの車掌に文句を言いたくてたまらなかった。
もしかして、車掌のただの暇つぶしでからかわれているだけなのかもしれないという考えが頭に過ったがどうにも車掌からの宿題に答えていくたびに少しずつ本来の自分に近づいていっているような気がしてならない。
この答えの先に、私自身が忘れている大事な記憶がある。根拠こそないが、そんな確信めいたものを感じていた。
しかし、今度は考えども考えども答えが浮かぶ兆候は一向になかった。
たった二つのキーワードだけではあまりにも情報が少なすぎる。
車両前方の反時計回りの掛け時計は、車掌がいなくなってからすでに1周回っており、カウントダウン方式のカレンダーの日付も3から2に変わっていた。
3回目の宿題にして、まさしくお手上げ状態だった。
深い溜息を1度吐き、窓の縁に肘をついて外を眺めた。
相変わらず不思議な薄紫色の宇宙空間のようなものが広がっている。
後ろの座席の男性が、また何か違うジャンルの鼻歌を歌い始めたが、今度はそれもヒントではなさそうだった。
このままこうしていても拉致があかないと感じた私は、一度気持ちを切り替えるために座席を立ちあがる。
車両を出て、少し歩いたら何かいい案が浮かぶかもしれないと、先ほど車掌が去って行った後方の車両出口へと向かった。
タイミングがあえば、あの車掌から新しいヒントを追加してもらえるかもしれないという期待も少しだけあった。
一歩ずつ一番後ろまで移動を始める。
後方の座席には、あの鼻歌を歌い続けている男性の他に親子連れが1組座っていた。
見ると、まだ30前半ほどの母親と小学校低学年ほどの女の子だった。
少女は一人で楽しそうに肩から下げたショルダーバッグの中からお菓子を取り出して食べている。
時折、ママーと母親に話しかけているが、当の母親の方は自分の娘の声がまるで聞こえていないかのように窓の外をぼうっと眺めるばかりだった。
この母親の様子には既視感がある。
無気力で、なにも考える気すら起きず、ただ窓の外を眺め景色を目で追っている。
そう、少し前の私だ。
だが、母親がそんな状態だというのに少女はとくに気にする様子もなく一人で手遊びをしたり、また違うお菓子をバッグの中から取り出し食べるなどして過ごしている。
少女自身はさして気にしていない様子だったが、この異様な親子の空気がいたたまれず思わず少女に声をかけたくなった。
あの…と切り出した瞬間だった。
突然、脳内に酷い激痛が走る。
「痛…っ」
ぎりぎりと頭が締め付けられ、加えて電流を流されたような酷い痛み。
身体中が熱くなり、額や背中には汗が滲む。
連続的に容赦なく襲ってくる痛みに耐えきれなくなった私は思わずその場にしゃがみ込んだ。
痛い 痛い 苦しい
呼吸が上手くできない。
痛みと苦しさに耐えながらも、この列車内のある違和感に気づいた。
目の前で悶え苦しむ私を、先ほどの親子は全く気にも留めず母親は相変わらず外を眺めているし、少女もお菓子を食べ続けている。
他の乗客も、ただそれまでと同じように過ごしているだけ。
ここにいる乗客たちは、まるで私のことなんて最初から見えていないようだった。
おかしい。
この列車も、乗客も、普通じゃない。
そのことに、この時ようやく気づいた。
今までどうして、この空間が異様だと気づかなかったのだろう。
止まらない激痛にだんだんと意識が朦朧としていく。
体に力が入らなくなり、その場に倒れこんだ私は静かに目を閉じる。
遠のいていく意識の中で、私を呼ぶ声が微かに聞こえたような気がした。
真っ暗な視界の中で、ぼうっと風景が浮かび上がる。
先ほどの痛みは、もう無かった。
暑い真夏の日差し。きらきらと光が反射している美しい海が見えるバス停に一人、女性が立っている。
女性は少し小振りな花束を両手に抱えて、バスが来るのを待っている。
あれは…私だ。
ただその表情は決して明るいものではなく、どこか沈んでいる様子だった。
次に来るバス停の行き先に病院の文字が見える。
もしかすると、誰か大切な人が入院し、お見舞いにでも行く途中なのかもしれない。
数分も経たずして、右側から路線バスがゆっくりとこちらに向かって走ってくる。時間は予定到着時刻丁度のようだ。
湘南中央病院行きと書かれたバスに乗車し、すぐ目の前の空いている座席に腰をおろす。
ふと私はこの時、ある違和感に気づいた。
どうにも、一緒に乗り合わせている乗客の顔ぶれに見覚えがある気がしてならない。
「ああ…明日の会議嫌だな…」
何かに悩んでいる様子で頭を抱えている中年の男性。
「ママ、今日はお買い物に行くんでしょう?」
「そうね。お買い物が終わったら、パパに内緒でデザート食べにいっちゃおうか」
楽しそうに今日これからの予定について会話をしている親子連れ。
「~…♪」
大きなヘッドホンで音楽を聴き、時折リズムを取りながら小さく鼻歌を歌っている若い男性。
そう。この顔ぶれはまさしく私が今乗っているあの不思議な列車の同じ車両にいた乗客たちだった。
何故あの人たちが、という疑問はおそらくこの先の様子を見守り続ければおのずと答えがでるだろう。
だがこのあとに起こる展開は決して楽しいものではないだろうと内心確信していた。
記憶の中の私は、浮かない表情で窓の外を見つめている。
時折、携帯の画面を見つめては悲しそうな表情を浮かべる。
誰かとの2ショットの写真のようだが、相手の顔はぼやけていて誰かは判別出来なかった。
「……お……かな」
『…?』
私が何か呟いたようだったが、小さすぎて何を言っているのか聞き取れなかった。
もう一度何か言わないかと、私自身のすぐ傍に寄ろうとしたとき、窓の外の妙な光景が目に入る。
バスが交差点に入った時、ちょうど私が座っている窓越しにこちらに向かってもうスピードでトラックが近づいてくるのが見える。
記憶の中の私もその違和感に気づいたようで、ばっと両手を窓に当て外の様子を確認する。
トラックは止まるどころかどんどんスピードを増してこちらに近づいてくる。
得たいの知れない恐怖を感じたことは何となく覚えている。
「皆さん伏せて!!早く…っ」
叫び終える前に、トラックは勢いよくバスの右側から衝突。
全身に強い衝撃を受けたと感じた直後、視界が真っ暗になりそれ以降の出来事はもう確認することができなかった。
17歳の夏。
私たちは同じバスに乗り、事故に巻き込まれた。
生死は不明。
この列車に乗車する直前の、私の記憶。
しかし、今度はたったの2項目だけだった。
・17歳
・夏
「17歳の…夏?それだけ?」
いくらなんでも情報が少なすぎるだろうと、もうここにはいないあの車掌に文句を言いたくてたまらなかった。
もしかして、車掌のただの暇つぶしでからかわれているだけなのかもしれないという考えが頭に過ったがどうにも車掌からの宿題に答えていくたびに少しずつ本来の自分に近づいていっているような気がしてならない。
この答えの先に、私自身が忘れている大事な記憶がある。根拠こそないが、そんな確信めいたものを感じていた。
しかし、今度は考えども考えども答えが浮かぶ兆候は一向になかった。
たった二つのキーワードだけではあまりにも情報が少なすぎる。
車両前方の反時計回りの掛け時計は、車掌がいなくなってからすでに1周回っており、カウントダウン方式のカレンダーの日付も3から2に変わっていた。
3回目の宿題にして、まさしくお手上げ状態だった。
深い溜息を1度吐き、窓の縁に肘をついて外を眺めた。
相変わらず不思議な薄紫色の宇宙空間のようなものが広がっている。
後ろの座席の男性が、また何か違うジャンルの鼻歌を歌い始めたが、今度はそれもヒントではなさそうだった。
このままこうしていても拉致があかないと感じた私は、一度気持ちを切り替えるために座席を立ちあがる。
車両を出て、少し歩いたら何かいい案が浮かぶかもしれないと、先ほど車掌が去って行った後方の車両出口へと向かった。
タイミングがあえば、あの車掌から新しいヒントを追加してもらえるかもしれないという期待も少しだけあった。
一歩ずつ一番後ろまで移動を始める。
後方の座席には、あの鼻歌を歌い続けている男性の他に親子連れが1組座っていた。
見ると、まだ30前半ほどの母親と小学校低学年ほどの女の子だった。
少女は一人で楽しそうに肩から下げたショルダーバッグの中からお菓子を取り出して食べている。
時折、ママーと母親に話しかけているが、当の母親の方は自分の娘の声がまるで聞こえていないかのように窓の外をぼうっと眺めるばかりだった。
この母親の様子には既視感がある。
無気力で、なにも考える気すら起きず、ただ窓の外を眺め景色を目で追っている。
そう、少し前の私だ。
だが、母親がそんな状態だというのに少女はとくに気にする様子もなく一人で手遊びをしたり、また違うお菓子をバッグの中から取り出し食べるなどして過ごしている。
少女自身はさして気にしていない様子だったが、この異様な親子の空気がいたたまれず思わず少女に声をかけたくなった。
あの…と切り出した瞬間だった。
突然、脳内に酷い激痛が走る。
「痛…っ」
ぎりぎりと頭が締め付けられ、加えて電流を流されたような酷い痛み。
身体中が熱くなり、額や背中には汗が滲む。
連続的に容赦なく襲ってくる痛みに耐えきれなくなった私は思わずその場にしゃがみ込んだ。
痛い 痛い 苦しい
呼吸が上手くできない。
痛みと苦しさに耐えながらも、この列車内のある違和感に気づいた。
目の前で悶え苦しむ私を、先ほどの親子は全く気にも留めず母親は相変わらず外を眺めているし、少女もお菓子を食べ続けている。
他の乗客も、ただそれまでと同じように過ごしているだけ。
ここにいる乗客たちは、まるで私のことなんて最初から見えていないようだった。
おかしい。
この列車も、乗客も、普通じゃない。
そのことに、この時ようやく気づいた。
今までどうして、この空間が異様だと気づかなかったのだろう。
止まらない激痛にだんだんと意識が朦朧としていく。
体に力が入らなくなり、その場に倒れこんだ私は静かに目を閉じる。
遠のいていく意識の中で、私を呼ぶ声が微かに聞こえたような気がした。
真っ暗な視界の中で、ぼうっと風景が浮かび上がる。
先ほどの痛みは、もう無かった。
暑い真夏の日差し。きらきらと光が反射している美しい海が見えるバス停に一人、女性が立っている。
女性は少し小振りな花束を両手に抱えて、バスが来るのを待っている。
あれは…私だ。
ただその表情は決して明るいものではなく、どこか沈んでいる様子だった。
次に来るバス停の行き先に病院の文字が見える。
もしかすると、誰か大切な人が入院し、お見舞いにでも行く途中なのかもしれない。
数分も経たずして、右側から路線バスがゆっくりとこちらに向かって走ってくる。時間は予定到着時刻丁度のようだ。
湘南中央病院行きと書かれたバスに乗車し、すぐ目の前の空いている座席に腰をおろす。
ふと私はこの時、ある違和感に気づいた。
どうにも、一緒に乗り合わせている乗客の顔ぶれに見覚えがある気がしてならない。
「ああ…明日の会議嫌だな…」
何かに悩んでいる様子で頭を抱えている中年の男性。
「ママ、今日はお買い物に行くんでしょう?」
「そうね。お買い物が終わったら、パパに内緒でデザート食べにいっちゃおうか」
楽しそうに今日これからの予定について会話をしている親子連れ。
「~…♪」
大きなヘッドホンで音楽を聴き、時折リズムを取りながら小さく鼻歌を歌っている若い男性。
そう。この顔ぶれはまさしく私が今乗っているあの不思議な列車の同じ車両にいた乗客たちだった。
何故あの人たちが、という疑問はおそらくこの先の様子を見守り続ければおのずと答えがでるだろう。
だがこのあとに起こる展開は決して楽しいものではないだろうと内心確信していた。
記憶の中の私は、浮かない表情で窓の外を見つめている。
時折、携帯の画面を見つめては悲しそうな表情を浮かべる。
誰かとの2ショットの写真のようだが、相手の顔はぼやけていて誰かは判別出来なかった。
「……お……かな」
『…?』
私が何か呟いたようだったが、小さすぎて何を言っているのか聞き取れなかった。
もう一度何か言わないかと、私自身のすぐ傍に寄ろうとしたとき、窓の外の妙な光景が目に入る。
バスが交差点に入った時、ちょうど私が座っている窓越しにこちらに向かってもうスピードでトラックが近づいてくるのが見える。
記憶の中の私もその違和感に気づいたようで、ばっと両手を窓に当て外の様子を確認する。
トラックは止まるどころかどんどんスピードを増してこちらに近づいてくる。
得たいの知れない恐怖を感じたことは何となく覚えている。
「皆さん伏せて!!早く…っ」
叫び終える前に、トラックは勢いよくバスの右側から衝突。
全身に強い衝撃を受けたと感じた直後、視界が真っ暗になりそれ以降の出来事はもう確認することができなかった。
17歳の夏。
私たちは同じバスに乗り、事故に巻き込まれた。
生死は不明。
この列車に乗車する直前の、私の記憶。