虹色トレイン
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車掌から手渡された2枚目の紙には、先ほどと同じく箇条書きで3項目の記載があった。
・東京
・10歳
・2歳年上の男の子
ペットの名前を思い出せと言われたわりには、全く動物にかすりもしないヒントが書き連ねてあり肩を落とす。
もっと答えに近いようなヒントは無かったのかと、今はここにいないあの車掌に苦言を申したい気持ちでいっぱいだった。
仕方がなく、紙切れに書かれた3つのヒントを頼りにつらつらと連想するキーワードを書き連ねていく。
1枚目の時のパターンから推測すると、10歳の時に私はおそらく東京に住んでおり、2歳年上の男の子と私が現在飼っているであろうペットに関する何かしらの出来事があったと思われる。
ここまで書いてある順に羅列しみてはいいが、とくに何の解決にもならなさそうだった。
先ほどみたいに急に記憶が開いたような感覚もないようなので、軽いため息と同時に一度窓の縁にペンを置く。
不意に、私の座席に座っている男性がまた呑気に鼻歌を歌い始めた。
今度はクラシックではなく、どこか懐かしさを感じるイントロだったがタイトルが思い出せない。
「-…の」
ピシ
「…?」
男の歌い出しに合わせて、頭に一瞬、小さな電流のようなものが走った。
もしかすると、その歌の歌詞の中に何かヒントになるようなものが隠れているのではないか、そんな気がして座席の背もたれ越しに耳を澄ませ男の鼻歌を盗み聞く。
「~らの」
ピシ、ピシ
歌が進むにつれ、強くなっていく衝撃。
それは次の節になった瞬間だった
「…―だ…わ~」
「…!」
『すみだがわ』
男がその歌詞を言い終えると同時にパンッと、また何かがはじける音が響き渡る。
どうやら、それが今回の宿題の答えに関するキーワードだったらしい。
薄らぼんやりとだが徐々に昔の光景が蘇る。
10歳の時、通っていた小学校から歩いて自宅に帰る途中に隅田川が流れていた。
お気に入りの赤いランドセルを背負い家に帰る途中、ふと何の気無しに土手の方を見やると、キャップを被った少年が一人、ダンボールをじっと覗き込んでいた。
妙にその少年の様子が気にかかった私は、好奇心からその少年の後ろから近づきダンボールの中を見てみる。
そこに居たのは、一匹の仔犬だった。
「わー可愛い!」
「…!」
どうやら今度は私自身の会話のやり取りまで見ることが出来るようだ。
突然至近距離から響いた私の声に驚く様子の少年。
少年の顔には薄く霧のようなものがかかっていて、鮮明にどんな顔をしているかはわからないが、当時の私を通して何となくの表情や様子は読み取れるらしい。
「あなたがその子を飼うの?」
当時の私がそう問うと、少年は黙って首を横に振った。
「飼ってやりたいが…今は東京の親戚の家に遊びに来ているだけだから、本当の家には遠くて連れて帰れない」
少年はくんくんと鳴きながら差し出した指に絡みつく仔犬を見つめ、寂しそうな表情を浮かべていた。
私は少年のそんな悲しそうな顔を見て、子供ながらに心を動かされたのかもしれない。
「じゃあ家で飼えないかママに聞いてみてあげる!」
予想外の私の提案に、少年は一瞬で雰囲気ががらりと変わる。
「本当か!?」
ばっと顔を勢いよく上げた少年は先ほどまでのどんよりとした様子とはうって変わり、瞳をきらきらと輝かせて私を見つめた。
「うん。うちおじいちゃん犬が一匹いるんだけど、きっとこの子なら仲良くなってくれると思うの」
「…そうか」
安堵の表情を浮かべて、お前さん良かったなあと仔犬の頭を撫でる少年。
その少年の優しそうな表情に一瞬心臓が高鳴ったのは気のせいではなかったと思う。
「そうだ、名前一緒に考えようよ」
「いいのか?」
「勿論。それでね、いつかこの子に会いに来て!約束」
そう言って小指を顔の前に出すと、少年は笑って自らの小指を絡める。
「わかった。約束な」
指切りをし、また必ず会おうと約束を交わした。
日が暮れるまで二人で仔犬の名前を一生懸命悩んで、ようやく名前が決まった頃を見計らったように現れた少年の母親によって連れられて名残惜しそうに帰って行った。
この時、少年の名前すら聞かなかったことを家に帰ってきてから母親に指摘されてショックを受けた私。
でも何となく、この少年とはまた会える。そんな根拠のない自信が私にはあった。
名前も知らぬその少年は私にとって間違いなく、初恋の相手だったと思う。
離れた場所に居ても、二人でまた必ず会おう。
そんな願いを込めてつけられた仔犬は
「虹(コウ)」と名付けられた。
「お目覚めの時間じゃ、お嬢さん」
「…ん」
いつの間に眠ってしまっていたのだろうか。
ポンポンと肩を叩かれた衝撃で目を覚ますと、そこにはまた先ほどの車掌が私の座席の横に立っていた。
「車掌さん、答えわかりましたよ」
「ほう、いい思い出だったか?」
「素敵な、思い出でした。忘れてしまっていたことが勿体ないと感じるくらいの」
それは何より、と車掌は私にほんの少しだけ笑いかけた。
ふうと一息ついた車掌はおもむろに私の真向かいの座席に座り、膝を突き合わせる形となる。
「…あの、何でしょうか」
「今度は3時間か、まあまあじゃな」
車掌は私の言葉など無視し、手元の銀時計を見ながら一人でぶつぶつ言っている。
言葉の意味から、どうやら先ほどよりは早めに答えを出すことが出来たようだが、なぜ時間の経過が短くなったのかは未だ理解できないままだった。
経過する時間の間隔が短くなった理由をもう少し聞きたくて、何故かと目の前の車掌に問えば、目の前の車掌はうーんと少し考える素振りを見せる。
何となく真面目に答える気は無いことが雰囲気でわかった。
「さあのう。それはまだ言えん。…今はな」
含みのある言い回し。おそらくこの男性はこの謎の列車で起こっている不思議な現象の仕組みを全てわかっているのだろうと直感でそう感じた。
「お前さん、さっき眠れておったのう」
「それが何か?」
「いいや。もうじき腹も減ってくるはずじゃ。ほれ、そんときがきたら食べんしゃい」
差し出されたのは1つの紙袋。
中を覗けばロールパンが2個と、バナナが一本、りんごのジュースが一本入っていた。
「ありがとうございます。でもどうしてこれから私がお腹が空くってわかるんですか?」
「その質問にもまだ答えてやれんのう」
車掌はすっくと立ちあがり、おもむろに3枚目の紙切れを私に渡して寄越す。
「じゃあ次はこれじゃ。宿題は…お前さんがここにくる直前に起こった出来事は何かを思い出すこと、だ。焦らずに考えてみんしゃい」
そう言いながら、また左手をひらひらとさせながら後方の車両に消えて行った。
去る直前、車掌の表情に少し陰りが見えた気がしたのは、私の勘違いだっただろうか。
・東京
・10歳
・2歳年上の男の子
ペットの名前を思い出せと言われたわりには、全く動物にかすりもしないヒントが書き連ねてあり肩を落とす。
もっと答えに近いようなヒントは無かったのかと、今はここにいないあの車掌に苦言を申したい気持ちでいっぱいだった。
仕方がなく、紙切れに書かれた3つのヒントを頼りにつらつらと連想するキーワードを書き連ねていく。
1枚目の時のパターンから推測すると、10歳の時に私はおそらく東京に住んでおり、2歳年上の男の子と私が現在飼っているであろうペットに関する何かしらの出来事があったと思われる。
ここまで書いてある順に羅列しみてはいいが、とくに何の解決にもならなさそうだった。
先ほどみたいに急に記憶が開いたような感覚もないようなので、軽いため息と同時に一度窓の縁にペンを置く。
不意に、私の座席に座っている男性がまた呑気に鼻歌を歌い始めた。
今度はクラシックではなく、どこか懐かしさを感じるイントロだったがタイトルが思い出せない。
「-…の」
ピシ
「…?」
男の歌い出しに合わせて、頭に一瞬、小さな電流のようなものが走った。
もしかすると、その歌の歌詞の中に何かヒントになるようなものが隠れているのではないか、そんな気がして座席の背もたれ越しに耳を澄ませ男の鼻歌を盗み聞く。
「~らの」
ピシ、ピシ
歌が進むにつれ、強くなっていく衝撃。
それは次の節になった瞬間だった
「…―だ…わ~」
「…!」
『すみだがわ』
男がその歌詞を言い終えると同時にパンッと、また何かがはじける音が響き渡る。
どうやら、それが今回の宿題の答えに関するキーワードだったらしい。
薄らぼんやりとだが徐々に昔の光景が蘇る。
10歳の時、通っていた小学校から歩いて自宅に帰る途中に隅田川が流れていた。
お気に入りの赤いランドセルを背負い家に帰る途中、ふと何の気無しに土手の方を見やると、キャップを被った少年が一人、ダンボールをじっと覗き込んでいた。
妙にその少年の様子が気にかかった私は、好奇心からその少年の後ろから近づきダンボールの中を見てみる。
そこに居たのは、一匹の仔犬だった。
「わー可愛い!」
「…!」
どうやら今度は私自身の会話のやり取りまで見ることが出来るようだ。
突然至近距離から響いた私の声に驚く様子の少年。
少年の顔には薄く霧のようなものがかかっていて、鮮明にどんな顔をしているかはわからないが、当時の私を通して何となくの表情や様子は読み取れるらしい。
「あなたがその子を飼うの?」
当時の私がそう問うと、少年は黙って首を横に振った。
「飼ってやりたいが…今は東京の親戚の家に遊びに来ているだけだから、本当の家には遠くて連れて帰れない」
少年はくんくんと鳴きながら差し出した指に絡みつく仔犬を見つめ、寂しそうな表情を浮かべていた。
私は少年のそんな悲しそうな顔を見て、子供ながらに心を動かされたのかもしれない。
「じゃあ家で飼えないかママに聞いてみてあげる!」
予想外の私の提案に、少年は一瞬で雰囲気ががらりと変わる。
「本当か!?」
ばっと顔を勢いよく上げた少年は先ほどまでのどんよりとした様子とはうって変わり、瞳をきらきらと輝かせて私を見つめた。
「うん。うちおじいちゃん犬が一匹いるんだけど、きっとこの子なら仲良くなってくれると思うの」
「…そうか」
安堵の表情を浮かべて、お前さん良かったなあと仔犬の頭を撫でる少年。
その少年の優しそうな表情に一瞬心臓が高鳴ったのは気のせいではなかったと思う。
「そうだ、名前一緒に考えようよ」
「いいのか?」
「勿論。それでね、いつかこの子に会いに来て!約束」
そう言って小指を顔の前に出すと、少年は笑って自らの小指を絡める。
「わかった。約束な」
指切りをし、また必ず会おうと約束を交わした。
日が暮れるまで二人で仔犬の名前を一生懸命悩んで、ようやく名前が決まった頃を見計らったように現れた少年の母親によって連れられて名残惜しそうに帰って行った。
この時、少年の名前すら聞かなかったことを家に帰ってきてから母親に指摘されてショックを受けた私。
でも何となく、この少年とはまた会える。そんな根拠のない自信が私にはあった。
名前も知らぬその少年は私にとって間違いなく、初恋の相手だったと思う。
離れた場所に居ても、二人でまた必ず会おう。
そんな願いを込めてつけられた仔犬は
「虹(コウ)」と名付けられた。
「お目覚めの時間じゃ、お嬢さん」
「…ん」
いつの間に眠ってしまっていたのだろうか。
ポンポンと肩を叩かれた衝撃で目を覚ますと、そこにはまた先ほどの車掌が私の座席の横に立っていた。
「車掌さん、答えわかりましたよ」
「ほう、いい思い出だったか?」
「素敵な、思い出でした。忘れてしまっていたことが勿体ないと感じるくらいの」
それは何より、と車掌は私にほんの少しだけ笑いかけた。
ふうと一息ついた車掌はおもむろに私の真向かいの座席に座り、膝を突き合わせる形となる。
「…あの、何でしょうか」
「今度は3時間か、まあまあじゃな」
車掌は私の言葉など無視し、手元の銀時計を見ながら一人でぶつぶつ言っている。
言葉の意味から、どうやら先ほどよりは早めに答えを出すことが出来たようだが、なぜ時間の経過が短くなったのかは未だ理解できないままだった。
経過する時間の間隔が短くなった理由をもう少し聞きたくて、何故かと目の前の車掌に問えば、目の前の車掌はうーんと少し考える素振りを見せる。
何となく真面目に答える気は無いことが雰囲気でわかった。
「さあのう。それはまだ言えん。…今はな」
含みのある言い回し。おそらくこの男性はこの謎の列車で起こっている不思議な現象の仕組みを全てわかっているのだろうと直感でそう感じた。
「お前さん、さっき眠れておったのう」
「それが何か?」
「いいや。もうじき腹も減ってくるはずじゃ。ほれ、そんときがきたら食べんしゃい」
差し出されたのは1つの紙袋。
中を覗けばロールパンが2個と、バナナが一本、りんごのジュースが一本入っていた。
「ありがとうございます。でもどうしてこれから私がお腹が空くってわかるんですか?」
「その質問にもまだ答えてやれんのう」
車掌はすっくと立ちあがり、おもむろに3枚目の紙切れを私に渡して寄越す。
「じゃあ次はこれじゃ。宿題は…お前さんがここにくる直前に起こった出来事は何かを思い出すこと、だ。焦らずに考えてみんしゃい」
そう言いながら、また左手をひらひらとさせながら後方の車両に消えて行った。
去る直前、車掌の表情に少し陰りが見えた気がしたのは、私の勘違いだっただろうか。