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私の今のこの状況を誰かに説明してほしい。と、頭で考えられるぐらいにはまだ余裕がある。
それにしても、本当に一体どうして私はいかつい男性、それに3人に囲まれなければならないのか本気で説明がほしい。
時間は10分ほど前に遡る。
遠山君へのプレゼントを買って帰る途中のこと、今思えばその道は確かに以前、彼に絶対に一人で歩くなと忠告をされた道だった。
この道を通るときはいつも彼が隣にいたし、私自身気に入ったプレゼントを見つけられたことによりすっかり気分を良くし、油断をしていた。
後ろから男の一人に声をかけられて振り向いた瞬間、腕を力強く引っ張られあっという間に細い路地へ連れ込まれてしまった。
迂闊だったと自身でも思うし、実際に何か起こるわけがないと過信していた部分もあったのは事実で、まさに自業自得とはこのことだなと脳内で自問自答を繰り広げる。
「おい、この嬢ちゃん俺たちのこと全く眼中にねぇって顔してやがるぜ」
男の言葉ではっと我に返ると、3人の男のうちの1人が、自分たちにまったく興味がない様子の私に対し苛立ちを感じ始めたようだった。
そうか、こういう場面に遭遇した時はすぐに怖がる素振りを見せるべきなのか。
こういったアクシデントに遭遇したことがない私は妙に冷静になってしまい、それが相手を逆なでしてしまったようだ。
壁際に追い込まれる形で後ずさりをし何とか一定の距離を保とうとするも、乱暴な手つきで腕を掴まれる。
直後、得体のしれない恐怖と同時に訪れる嫌悪感。男に掴まれている部分から身体が冷たくなっていくような感覚。
「兄貴、こいつなんか隠して持ってますよ」
「あぁ?どれ、寄越せ」
男の一人が私から奪うよう指示したのは、先ほど遠山君のために買った手袋が入っている紙袋。
取られないようにさりげなく隠すように持っていたのだがその努力も虚しく男の手によって取られる。
ふーんと言いながら、男はその紙袋に手をかけた。
「やめ…っ!」
びりびりと音を立て、ラッピングの施されたそれが目の前で無残に破かれるのを私はただ黙って見ているしかなかった。
「男物の手袋ねぇ。いいセンスしてるな、有難く頂戴するとするか」
男の口から信じられない台詞が吐かれる。
破かれるだけならまだしも、遠山君へのプレゼントそのものを奪われるのは我慢ならなかった。
咄嗟の行動だった。まさかこんな小娘が、自分たちに噛みついてくるなど予想もしていなかったのだろう。
私は文字通り、男の一人の腕に歯を立てて噛みついた。
油断した男の手から手袋を奪い返し、二度と取られるものかと腕に抱きこむ。
「いってぇ!調子に乗りやがってこいつ…!」
怒りに満ちた男の拳が振り上がる瞬間がまるでスローモーションで見ているかのように映った。
私はぎゅっと目を閉じて歯を食いしばり、まもなく自分に振りかかるであろう衝撃に反射的に身を構える。
「……?」
しかし、何時になってもその衝撃がくることはなかった。
恐る恐る目を開けると、視界に広がったのは先ほどの男たちではなくそこにいるはずがない見慣れた赤い髪と広く逞しい背中。
「遠…山く…」
肩越しでも伝わるその無言の怒りの矛先は私ではなく間違いなく男たちの方を向いている。
男たちはと姿を探すと、私と同じ高校の制服を着た男子生徒数名に雁字搦めにされていた。
「兄ちゃんら隣町のヤンキー校の生徒ちゃうかー?痛い目見たくないんやったらこのまま巣に帰り」
「ワルコツァいかんたい」
優しめの声色とは裏腹に、ぎりぎりと相手の腕を締め上げる男子2人。
そして先ほど兄貴と呼ばれていた男は、私の目の前の彼によって胸倉を掴まれている状態だ。
「由紀、こいつらに何もされてへんか?」
「う、うん…大丈夫」
良かった、と私に笑顔を一度向けた後またあの男の方に視線を戻す。
男たちは、彼らのあまりの剣幕に身動き一つできない状態のようだ。
彼はぼそりと男の耳元で囁く。
「えぇ加減にせぇよ…いっぺんしばき回されんと分からんのか。今度おんなじ事しよったらそん時は…どんな目遭うかわかっとるやろうな…っ!」
「ひ…!」
彼は男に何か言っていたようだが、声が小さすぎてよく聞こえなかったが、聞こえなくて良かったのかもしれない。
彼のことを見る男の表情はさっと血の気が引いたようになっており、逃げ腰のまま行くぞと残りの2人を連れて駅の方へと走り去っていった。
「ほんまに怪我無い?大丈夫か?白石と千歳もおおきにな」
そう私と仲間に話しかけた時には、すでにいつもの遠山君に戻っていた。
「おう。金ちゃんも千歳もお疲れさん。でも、あいつら逆恨みしてまた来んやろか」
「ばってん、今回はちゃんと証拠の写真も押さえとるしきっともう来んね。にしても金ちゃんが本気で怒る姿は見てるこっちまで血の気が引くばい」
遠山君に手を引かれながら、2人の男子生徒の元に近寄る。
今更だが、二人のうちの一方は私も知っている人物だった。
「今日は散々やったな。どこも怪我してへんみたいで安心したわ」
「白石さん…お久しぶりです。でもみなさんはどうしてここに…」
こんな形で3年ぶりの再会を果たすとは思ってもみなかった。
数年間のほんの些細な出来事が、今のこの場面に繋がるなんて誰が想像していただろう。
「俺ら部活の帰りやったんけど、暗がりの方に歩いていく君の姿を金ちゃんが見つけてな。心配で追いかけたら君はさっきの男連中に捕まっとるし、気づけば金ちゃんは怒り狂って突撃しとるし…まぁでもほんま君が大事に至らんで良かったわ」
白石さんは私を安心させるかのように肩を軽く2回叩く。
3年も思ったことだけれど、白石さんはまわりの同世代の人に比べて与えてくれる安心感の大きさが違った。
ふと、その場にいたもう一人の千歳と呼ばれた人と目が合う。
彼はへぇーと言いながら私の顔をまじまじと覗きこんできた。
そういえばクラスの友人が千歳先輩、千歳先輩とよく話題にしていた気がする。彼のことだったのか、とようやく顔と名前が一致した。
「あたが噂の金ちゃんの…へぇ、結構むぞらしかね」
そう言いながら私の頭に彼の手を置きかけた瞬間、遠山君が私と千歳さんの間に割り込みその手をぱしりと払いのける。
「千歳、あんまり由紀に近寄らんでくれへんか。なんやようわからんへんけど…お前はあかん気がする」
「ははっ 金ちゃんも邪気回すようなるとはふとなったバイ」
先ほどまでのアクシデントがまるで夢だったかのように、穏やかな時間が流れていた。
じゃぁあとのことは金ちゃんに任せるわと言い残して、白石さんと千歳さんは先に帰っていく。
そんな二人の背中を見送り、私と彼の間にも静かな時間が流れる。
これですべて終わったのだという安心感がようやくこみ上げてきた。
「ほんなら、ワイらも行こか」
いつものように差し出される大きな手。だが、その手をとろうとするも身体が石のように固まって思うように動かない。
「…由紀?」
「あれ…おかしいな」
今更になってかたかたと小刻みな震えが全身に広がり、止まらない。
そんな私を様子を見て、彼はぎょっとした表情をし慌てふためく。
「どないしたん!?やっぱりどこか怪我したんか!?」
ぎゅっと力強く、震える私の両手を握る。
直に伝わる彼の体温が、目頭を熱くさせた。
「違…っ私…遠山君の忠告忘れて…ごめんなさ…っ」
あそこで彼らが助けにきてくれなかったら自分はどんな目に遭っていたのか
もしもあの男たちが反撃して彼らを傷つけていたらと想像するだけで血の気が引くような恐怖感に駆られた。
じわりじわりと視界がぼやけ、ぼたぼたと頬を伝って零れ落ちる涙。
ふと、彼の指先が頬に振れるのを感じたその直後、俯いていた私の両頬をその大きな手で包み込む。
ゆっくりとした動作で見上げれば、力強く真っすぐに私を見つめる大きな瞳が視界いっぱいに広がった。
「由紀は何も悪いことあらへん」
優しさで満ちた声色で彼は言い、私の体をそっと壊れ物を扱うかのように自身へ引き寄せた。
「…前にも似たようなことがあってん。丁度今と同じこの場所で、帰宅途中のテニス部の後輩が1人ぼこぼこにされてもうてな」
「それで…」
あの時遠山君が私を一人で帰らせようとしなかったのは、過去に後輩が同じ目にあったからだと考えれば合点がいった。
「由紀まで同じ目に遭わすとこやった…今度はちゃんと間に合うてほんまよかった」
彼の温もりと優しさ、そして彼を不安にさせた自分の情けなさがせめぎ合って、私の涙腺は堰を切ったように崩壊し、彼の腕の中で小さな子供のようにしゃくりあげて泣いた。
遠山君はただ黙って私が落ち着くまでそうしてくれていた。
どれくらいそうしていただろうか。
徐々に落ち着きを取り戻し、瞬間ふと我に返る。
自分の身体を包み込む彼の体温にぶわっと恥ずかしさがこみ上げてくる。
勢いよく顔を上げると、視界いっぱいに広がる遠山君の顔。
「落ち着いた?」
そう、今まで聞いたことのないくらいの優しいトーンで微笑む彼。
「ご、ごごごごめんなさい私!」
冷静になって考えてみるととんでもなく恥ずかしいことをしていることに気が付いた私は、彼に謝りながらその腕をすり抜ける。
きっと今、私の顔は茹だこのように真っ赤になっているだろう。鏡を見ずとも、自身の頬の火照り具合で容易に想像できた。
そんな私を馬鹿にするでもなく、彼はよかったといつものように白い歯を見せて綺麗に笑った。
「そういや、今日はどないしてこんな時間まで一人でおったんや?授業が終わって一人ですぐに教室出て行きおったから、てっきり帰ったもんやと思うてたんやけど」
「それは…」
彼の問いかけで、私は本来の自分の今日の行動目的を思い出す。
綺麗に包んでもらったラッピングと紙袋は破られてしまったが、本来彼に渡したかった物は必至で奪い返した結果、今もなお私の両腕に抱えこまれている。
このまま渡そうか、もう一度改めてから渡そうが悩んだ末に今このタイミングで渡すことに決めた。
「実は今日、遠山君に渡すプレゼントを買いに行ってたの」
「…ワイに?なんで?」
「転校してきてから遠山君のおかげですごく自然にクラスの人たちとも仲良くなれて、毎日が楽しくて、何かお礼をしたいなってずっと思ってた。本当はもう少し色々考えててちゃんと渡したかったんだけど…包みもさっきの人たちに破かれてしまって…」
思い出してまた少し涙ぐみそうになるが何とか耐えて、おずおずと手袋を差し出す。
「ちょっと早いけど、クリスマスプレゼントになるのかな」
彼はその大きな瞳を真ん丸にして手袋を見つめる。
やっぱり、いきなりプレゼントなんて迷惑だったろうか。そう思い手を引こうとした瞬間、
がばりと勢いよく覆いかぶさるように私の体を抱きしめた。
「おおきに…ほんま今までもらったどんな物よりうれしいわぁ」
彼はすぐに身体を離し、早速手袋を身に付ける。
「どや?似合うか?」
「うん、とっても」
満面の笑みで喜ぶその顔をずっと見ていたい。
無意識に思ったその感情の正体が彼に対する恋心なのだと、自覚できないほど馬鹿ではなかった。
自宅に帰るとすっかり泣き腫らした私の顔に母が驚いていたが、遠山君が上手にフォローしてくれ
学校で私が友人と喧嘩をしてしまい、自分が慰めていたのだと説明してくれた。
彼のことをすっかり信頼している母はその話を簡単に信じ、何とか騒ぎを大きくせずに済んだ。
リビングで少し遅めの夕食をとっていると、母がおもむろにふふと笑ってキッチンから顔を出す。
「遠山君、本当にいい子ね。由紀のこと、あんなに優しい目でみてくれる」
母もどうやら、彼のことがすっかり気に入ってしまったらしい。
「あ、そういえばさっきあなた宛に荷物届いてたんだった。差出人はー…」
伝票を見て、不敵な笑みを見せて笑う母。
すっと差し出されたのは小包だった。
送り主の名前を見て一瞬心臓が跳ね上がる。
「え、これ…雅治から…?」
その小包の送り主は、遠い神奈川県にいる幼馴染だった。
食事をする手を一旦止め、包みを開く。
中から現れたのは雪の結晶をモチーフとした小ぶりで私好みのネックレス。
「雅治君て本当に律儀ねぇ」
「…そうだね」
目を背け続けてきた事実に向き合わなければならないタイミングがもうすぐそこまできている気がする。
それを物語っているかのように雪の結晶はゆらゆらと揺れながら反射し光を放っていた。
それにしても、本当に一体どうして私はいかつい男性、それに3人に囲まれなければならないのか本気で説明がほしい。
時間は10分ほど前に遡る。
遠山君へのプレゼントを買って帰る途中のこと、今思えばその道は確かに以前、彼に絶対に一人で歩くなと忠告をされた道だった。
この道を通るときはいつも彼が隣にいたし、私自身気に入ったプレゼントを見つけられたことによりすっかり気分を良くし、油断をしていた。
後ろから男の一人に声をかけられて振り向いた瞬間、腕を力強く引っ張られあっという間に細い路地へ連れ込まれてしまった。
迂闊だったと自身でも思うし、実際に何か起こるわけがないと過信していた部分もあったのは事実で、まさに自業自得とはこのことだなと脳内で自問自答を繰り広げる。
「おい、この嬢ちゃん俺たちのこと全く眼中にねぇって顔してやがるぜ」
男の言葉ではっと我に返ると、3人の男のうちの1人が、自分たちにまったく興味がない様子の私に対し苛立ちを感じ始めたようだった。
そうか、こういう場面に遭遇した時はすぐに怖がる素振りを見せるべきなのか。
こういったアクシデントに遭遇したことがない私は妙に冷静になってしまい、それが相手を逆なでしてしまったようだ。
壁際に追い込まれる形で後ずさりをし何とか一定の距離を保とうとするも、乱暴な手つきで腕を掴まれる。
直後、得体のしれない恐怖と同時に訪れる嫌悪感。男に掴まれている部分から身体が冷たくなっていくような感覚。
「兄貴、こいつなんか隠して持ってますよ」
「あぁ?どれ、寄越せ」
男の一人が私から奪うよう指示したのは、先ほど遠山君のために買った手袋が入っている紙袋。
取られないようにさりげなく隠すように持っていたのだがその努力も虚しく男の手によって取られる。
ふーんと言いながら、男はその紙袋に手をかけた。
「やめ…っ!」
びりびりと音を立て、ラッピングの施されたそれが目の前で無残に破かれるのを私はただ黙って見ているしかなかった。
「男物の手袋ねぇ。いいセンスしてるな、有難く頂戴するとするか」
男の口から信じられない台詞が吐かれる。
破かれるだけならまだしも、遠山君へのプレゼントそのものを奪われるのは我慢ならなかった。
咄嗟の行動だった。まさかこんな小娘が、自分たちに噛みついてくるなど予想もしていなかったのだろう。
私は文字通り、男の一人の腕に歯を立てて噛みついた。
油断した男の手から手袋を奪い返し、二度と取られるものかと腕に抱きこむ。
「いってぇ!調子に乗りやがってこいつ…!」
怒りに満ちた男の拳が振り上がる瞬間がまるでスローモーションで見ているかのように映った。
私はぎゅっと目を閉じて歯を食いしばり、まもなく自分に振りかかるであろう衝撃に反射的に身を構える。
「……?」
しかし、何時になってもその衝撃がくることはなかった。
恐る恐る目を開けると、視界に広がったのは先ほどの男たちではなくそこにいるはずがない見慣れた赤い髪と広く逞しい背中。
「遠…山く…」
肩越しでも伝わるその無言の怒りの矛先は私ではなく間違いなく男たちの方を向いている。
男たちはと姿を探すと、私と同じ高校の制服を着た男子生徒数名に雁字搦めにされていた。
「兄ちゃんら隣町のヤンキー校の生徒ちゃうかー?痛い目見たくないんやったらこのまま巣に帰り」
「ワルコツァいかんたい」
優しめの声色とは裏腹に、ぎりぎりと相手の腕を締め上げる男子2人。
そして先ほど兄貴と呼ばれていた男は、私の目の前の彼によって胸倉を掴まれている状態だ。
「由紀、こいつらに何もされてへんか?」
「う、うん…大丈夫」
良かった、と私に笑顔を一度向けた後またあの男の方に視線を戻す。
男たちは、彼らのあまりの剣幕に身動き一つできない状態のようだ。
彼はぼそりと男の耳元で囁く。
「えぇ加減にせぇよ…いっぺんしばき回されんと分からんのか。今度おんなじ事しよったらそん時は…どんな目遭うかわかっとるやろうな…っ!」
「ひ…!」
彼は男に何か言っていたようだが、声が小さすぎてよく聞こえなかったが、聞こえなくて良かったのかもしれない。
彼のことを見る男の表情はさっと血の気が引いたようになっており、逃げ腰のまま行くぞと残りの2人を連れて駅の方へと走り去っていった。
「ほんまに怪我無い?大丈夫か?白石と千歳もおおきにな」
そう私と仲間に話しかけた時には、すでにいつもの遠山君に戻っていた。
「おう。金ちゃんも千歳もお疲れさん。でも、あいつら逆恨みしてまた来んやろか」
「ばってん、今回はちゃんと証拠の写真も押さえとるしきっともう来んね。にしても金ちゃんが本気で怒る姿は見てるこっちまで血の気が引くばい」
遠山君に手を引かれながら、2人の男子生徒の元に近寄る。
今更だが、二人のうちの一方は私も知っている人物だった。
「今日は散々やったな。どこも怪我してへんみたいで安心したわ」
「白石さん…お久しぶりです。でもみなさんはどうしてここに…」
こんな形で3年ぶりの再会を果たすとは思ってもみなかった。
数年間のほんの些細な出来事が、今のこの場面に繋がるなんて誰が想像していただろう。
「俺ら部活の帰りやったんけど、暗がりの方に歩いていく君の姿を金ちゃんが見つけてな。心配で追いかけたら君はさっきの男連中に捕まっとるし、気づけば金ちゃんは怒り狂って突撃しとるし…まぁでもほんま君が大事に至らんで良かったわ」
白石さんは私を安心させるかのように肩を軽く2回叩く。
3年も思ったことだけれど、白石さんはまわりの同世代の人に比べて与えてくれる安心感の大きさが違った。
ふと、その場にいたもう一人の千歳と呼ばれた人と目が合う。
彼はへぇーと言いながら私の顔をまじまじと覗きこんできた。
そういえばクラスの友人が千歳先輩、千歳先輩とよく話題にしていた気がする。彼のことだったのか、とようやく顔と名前が一致した。
「あたが噂の金ちゃんの…へぇ、結構むぞらしかね」
そう言いながら私の頭に彼の手を置きかけた瞬間、遠山君が私と千歳さんの間に割り込みその手をぱしりと払いのける。
「千歳、あんまり由紀に近寄らんでくれへんか。なんやようわからんへんけど…お前はあかん気がする」
「ははっ 金ちゃんも邪気回すようなるとはふとなったバイ」
先ほどまでのアクシデントがまるで夢だったかのように、穏やかな時間が流れていた。
じゃぁあとのことは金ちゃんに任せるわと言い残して、白石さんと千歳さんは先に帰っていく。
そんな二人の背中を見送り、私と彼の間にも静かな時間が流れる。
これですべて終わったのだという安心感がようやくこみ上げてきた。
「ほんなら、ワイらも行こか」
いつものように差し出される大きな手。だが、その手をとろうとするも身体が石のように固まって思うように動かない。
「…由紀?」
「あれ…おかしいな」
今更になってかたかたと小刻みな震えが全身に広がり、止まらない。
そんな私を様子を見て、彼はぎょっとした表情をし慌てふためく。
「どないしたん!?やっぱりどこか怪我したんか!?」
ぎゅっと力強く、震える私の両手を握る。
直に伝わる彼の体温が、目頭を熱くさせた。
「違…っ私…遠山君の忠告忘れて…ごめんなさ…っ」
あそこで彼らが助けにきてくれなかったら自分はどんな目に遭っていたのか
もしもあの男たちが反撃して彼らを傷つけていたらと想像するだけで血の気が引くような恐怖感に駆られた。
じわりじわりと視界がぼやけ、ぼたぼたと頬を伝って零れ落ちる涙。
ふと、彼の指先が頬に振れるのを感じたその直後、俯いていた私の両頬をその大きな手で包み込む。
ゆっくりとした動作で見上げれば、力強く真っすぐに私を見つめる大きな瞳が視界いっぱいに広がった。
「由紀は何も悪いことあらへん」
優しさで満ちた声色で彼は言い、私の体をそっと壊れ物を扱うかのように自身へ引き寄せた。
「…前にも似たようなことがあってん。丁度今と同じこの場所で、帰宅途中のテニス部の後輩が1人ぼこぼこにされてもうてな」
「それで…」
あの時遠山君が私を一人で帰らせようとしなかったのは、過去に後輩が同じ目にあったからだと考えれば合点がいった。
「由紀まで同じ目に遭わすとこやった…今度はちゃんと間に合うてほんまよかった」
彼の温もりと優しさ、そして彼を不安にさせた自分の情けなさがせめぎ合って、私の涙腺は堰を切ったように崩壊し、彼の腕の中で小さな子供のようにしゃくりあげて泣いた。
遠山君はただ黙って私が落ち着くまでそうしてくれていた。
どれくらいそうしていただろうか。
徐々に落ち着きを取り戻し、瞬間ふと我に返る。
自分の身体を包み込む彼の体温にぶわっと恥ずかしさがこみ上げてくる。
勢いよく顔を上げると、視界いっぱいに広がる遠山君の顔。
「落ち着いた?」
そう、今まで聞いたことのないくらいの優しいトーンで微笑む彼。
「ご、ごごごごめんなさい私!」
冷静になって考えてみるととんでもなく恥ずかしいことをしていることに気が付いた私は、彼に謝りながらその腕をすり抜ける。
きっと今、私の顔は茹だこのように真っ赤になっているだろう。鏡を見ずとも、自身の頬の火照り具合で容易に想像できた。
そんな私を馬鹿にするでもなく、彼はよかったといつものように白い歯を見せて綺麗に笑った。
「そういや、今日はどないしてこんな時間まで一人でおったんや?授業が終わって一人ですぐに教室出て行きおったから、てっきり帰ったもんやと思うてたんやけど」
「それは…」
彼の問いかけで、私は本来の自分の今日の行動目的を思い出す。
綺麗に包んでもらったラッピングと紙袋は破られてしまったが、本来彼に渡したかった物は必至で奪い返した結果、今もなお私の両腕に抱えこまれている。
このまま渡そうか、もう一度改めてから渡そうが悩んだ末に今このタイミングで渡すことに決めた。
「実は今日、遠山君に渡すプレゼントを買いに行ってたの」
「…ワイに?なんで?」
「転校してきてから遠山君のおかげですごく自然にクラスの人たちとも仲良くなれて、毎日が楽しくて、何かお礼をしたいなってずっと思ってた。本当はもう少し色々考えててちゃんと渡したかったんだけど…包みもさっきの人たちに破かれてしまって…」
思い出してまた少し涙ぐみそうになるが何とか耐えて、おずおずと手袋を差し出す。
「ちょっと早いけど、クリスマスプレゼントになるのかな」
彼はその大きな瞳を真ん丸にして手袋を見つめる。
やっぱり、いきなりプレゼントなんて迷惑だったろうか。そう思い手を引こうとした瞬間、
がばりと勢いよく覆いかぶさるように私の体を抱きしめた。
「おおきに…ほんま今までもらったどんな物よりうれしいわぁ」
彼はすぐに身体を離し、早速手袋を身に付ける。
「どや?似合うか?」
「うん、とっても」
満面の笑みで喜ぶその顔をずっと見ていたい。
無意識に思ったその感情の正体が彼に対する恋心なのだと、自覚できないほど馬鹿ではなかった。
自宅に帰るとすっかり泣き腫らした私の顔に母が驚いていたが、遠山君が上手にフォローしてくれ
学校で私が友人と喧嘩をしてしまい、自分が慰めていたのだと説明してくれた。
彼のことをすっかり信頼している母はその話を簡単に信じ、何とか騒ぎを大きくせずに済んだ。
リビングで少し遅めの夕食をとっていると、母がおもむろにふふと笑ってキッチンから顔を出す。
「遠山君、本当にいい子ね。由紀のこと、あんなに優しい目でみてくれる」
母もどうやら、彼のことがすっかり気に入ってしまったらしい。
「あ、そういえばさっきあなた宛に荷物届いてたんだった。差出人はー…」
伝票を見て、不敵な笑みを見せて笑う母。
すっと差し出されたのは小包だった。
送り主の名前を見て一瞬心臓が跳ね上がる。
「え、これ…雅治から…?」
その小包の送り主は、遠い神奈川県にいる幼馴染だった。
食事をする手を一旦止め、包みを開く。
中から現れたのは雪の結晶をモチーフとした小ぶりで私好みのネックレス。
「雅治君て本当に律儀ねぇ」
「…そうだね」
目を背け続けてきた事実に向き合わなければならないタイミングがもうすぐそこまできている気がする。
それを物語っているかのように雪の結晶はゆらゆらと揺れながら反射し光を放っていた。