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初登校というイベントを無事に終えてから1か月が経った。
どうやら私は人運に恵まれているらしく、初日に悩んでいたことが嘘かのようにクラスに馴染み始めている。
とくに今私の左の席で潔く居眠りをしてる彼の影響は大きく、常に話題の中心にいる彼の横にいることで男女問わず人が集まり自然と会話の輪の中に入ることが出来た。
遠山君は高校でもテニス部に所属しているらしく、来年の大会に向けて厳しい練習の真っ最中らしい。
女子テニス部に所属しているクラスメイト曰く、遠山君は毎日練習で全力の力を使い果たしてしまうためその反動からか最近は授業中眠っていることが多いのだという。
各教科ごとの先生方も彼のテニスの実力を認めていて、学校の評価向上にも繋がっていることを知っているからかあまり彼を注意しない。
立海大附属の時は、授業は授業、部活は部活と割り切る校風だったので初めは軽いカルチャーショックを受けたが、今ではわりと日常の光景になりつつある。
部活で体力を消耗してるせいか、休み時間になると途端に眠りだしてしまうのでお互いに深い内容の話はしたことがない。
今日は天気がいいね、とか早く放課後にならないかな、とかそんな普通の会話だったが、自然と退屈はしなかった。
本日の最後の授業を終える予鈴が鳴り響く。
部活動がある生徒はそれぞれの自分の部へ向かい、私のようにどこにも属していない生徒は早々に教室を出て帰宅するか、教室に居残って友人とお喋りを楽しんでから帰る。そんな風に穏やかに時は流れていった。
私はと言えば、結局どこの部にも属さなかったので真っすぐ自宅に帰るか、仲良くなった友人と一緒に寄り道をしながら帰るか、大抵はどちらかのパターンで放課後を過ごしていた。
「なぁなぁ、由紀。今日って何かあんの?」
今日は、友人が部活のため早々に帰宅しようと準備をしていた矢先、突然左側の席から声をかけられた。
遠山君は今起きましたと言わんばかりに机に突っ伏しており、顔だけがこちらを向いている。
相変わらず、羨ましいくらいの大きな瞳だ。
「とくには…今日は真っすぐ家に帰るつもりだったけど」
そう言うと彼は途端に、ぱぁっという効果音でもつけたかのような嬉しそうな表情を見せ勢いよく起き上がった。
「じゃぁ、ちょっと付きおうてくれへん?今日、コート一斉整備の日とかいって部活無いねん」
「うん、いいけどどこに?」
「よっしゃ!ほんならはよ行くで!」
ぐいっと腕を引っ張られ、二人でほぼ同時にまるでタイミングを合わせたかのように座席を立つ。
まだ教室に残っていたクラスメイトたちからは、金ちゃん神崎さんとデートかー?などの冷やかしの声があがる。
「えぇやろー羨ましいやろーお前ら絶対に邪魔せんときや」
遠山君がそういうと、クラス中にどっと笑いが溢れた。
「神崎ちゃん、金ちゃんがまた迷子にならんようしっかり首輪しとかなあかんで」
「もうならんてさすがに!」
変な視線を向けられるでもなく自然と送り出してくれる。なんだか、とても暖かい気持ち。
「うん、わかった。気をつけるね」
前の学校でこんなふうに、仮に相手が雅治だったとしたらどうなっただろう。
想像するだけで背筋がぞっとしたので、忘れることにした。
早く早くと急かされて、私は遠山君と二人で教室を後にした。
歩きながら遠山君は次々と話題を展開する。
家族のこと、テニスのこと、テニス部の人たちのこと、あとは自分の好物の話等ジャンルは多岐に渡る。
彼のことを詳しくは知らなかったので聞いていて退屈しなかった。
とくに、テニスの話は熱く語っており本当に心からテニスが好きなんだと伝わってくる。
雅治もテニスは好きだと思うが、遠山君とはまたちょっと好きの種類が違うと思った。
「遠山君、そろそろどこに行くか教えてもらいたいんだけれど」
話題が一区切りついたところで、次の話題が始まる前にと慌てて半ば無理やりに話に割り込む。
「今日は、由紀をワイおすすめのたこ焼き屋に連れて行ってあげたいと思ってな」
「た、たこ焼き屋?」
「せや。地元の人間でも知るひとぞ知る老舗の名店やで。ワイ、小っさい時からそこの店のたこ焼きがいっちゃん好きでな」
付き合ってほしい場所と聞いて、本屋さんやCDショップ等を連想していたが予想は大きくずれていた。
関東にいた時には考えられない寄り道コースだ。
「なんで私をそこに?」
そう尋ねると、うーんせやなぁ…とぽりぽりと顎の辺りを掻く。
「大阪のことを好きになってほしいってのもあんねんけど、まぁ…ワイのことももっと知ってほしいって思うとるから、かな」
一瞬、いつも教室で見せる雰囲気とは違う空気をまとった彼に何か胸がざわつく感覚を覚えた。
何より、こんなに綺麗に笑える人を私は今まで見たことがない。
何と反応を返したらよいかわからず言葉に詰まっていると、遠山君はにかっといつもの笑顔を見せる。
「ようするに、や。由紀はこれから大阪一美味くて、ワイの一番の好物のたこ焼きを食べる。ほんでもって、もっと大阪のこと好きになる。ワイのことも知ってもらえる。一石二鳥やねんな」
一石二鳥の使い方が果たして正しいのかよくわからないが、私はなんだか楽しそうに話す彼の姿を見て思わずぷっと笑いを吹き出した。
「うん、じゃぁ行こうか。たこ焼き屋さん」
「あ、今日はワイの奢りやからな」
「本当に?ありが…」
言い終える前に、大きくて少しごつごつした手に自身の手首を握られ、ぐいぐいと前に進んでいく。
「と、遠山君…?あの、手」
「言うたやんデートやって。忘れたん?」
しれっと言ってのけた彼は、何のお構いもなしにそのまま歩き続ける。完全に遠山君のペースに流されてしまっていた。
(デートって…)
彼にとって、女子と一緒にこうして出掛けること=デートなのだろうか。いや、彼なら有りうる。
別に私だけが特別なんかじゃない。
ただ今日は、私が転校生で彼の部活がたまたま休みだっただけ。
それは頭で理解できていたが、他の子に同じように接する遠山君を想像したら何でか少し胸の奥が痛んだ。
15分ほど歩いたところの細い脇道。その路地の一角にひっそりとお店が佇んでいた
旗や暖簾は出ておらず、営業中とかかれた木製の看板が店先に出ているだけ。
何も知らなければ、ここが何の店なのかもわからないまま一生知ることはなかっただろう。
遠山君は何の躊躇もなく、がらがらがらっと勢いよく引き戸のドアを開け放った。
「お、金ちゃんいらっしゃい。今日もたこ焼き10コでえぇか?」
「や、今日は連れがおんねん。せやから20コ頼むわ」
ほほう、連れねぇと店主らしき男性は入口で立っていた私を見る。
店主さんらしき男性は、50代後半といったところか。
店の佇まいといい、この男性の雰囲気といい、いかにも老舗というにふさわしかった。
すると男性はおもむろにバシバシと遠山君の背中をいい音で叩き始めた。
「金ちゃんようやったなぁ!ずーーっと長いこと言うてた夢叶うたんやなぁ!」
夢?何の話だろう。
何が起こっているのか全くわかっていない私はそのまま思考を停止させてしまう。
「おっちゃんまだ!まだやから!ちょい黙って!」
遠山君はぶわわっと顔が赤くし、焦ったように何かを制止している。
話についていけていない私がぽかんと入口で立ちつくしていると、店主さんはにかっと白い歯を見せて笑った。
「お嬢ちゃん、そんなとこつっ立っとらんで座った座った。。今日はいっぱい食べていってぇな。おまけで5コサービスや!」
「ほんまに!?おおきになぁ、おっちゃん」
「あ、ありがとうございます」
カウンター7席に、4人がけのテーブル席が2卓あるだけの店内。運ばれてきた出来立て熱々のたこ焼き。
箸を刺すと、中からはトロトロと美味しそうな生地が艶やかに光っており、大きなタコが顔を覗かせた。
息を吹きかけるもなかなか熱が引かず、一口目を食べるのにいつもの倍の時間がかかった。
「…美味しい!」
店主さんがこだわりをもってこのお店を続けていることが、このたこ焼きを食べればすぐにわかる。
今まで食べてきたどんなたこ焼きよりも本当に美味しかった。
「せやろ。これを由紀にどうしても食べてほしかったんや」
そういいながら、遠山君は幸せそうに熱々のたこ焼きを何個も頬張った
店主の男性もそんな遠山君の姿をまるで父親のような優しい瞳で見ている。
そこには確かに、暖かい空間が広がっていた。
「いいのかなぁ…お土産までもらっちゃって」
「えぇんやって。おっちゃんも由紀のこと気に入っとったみたいやし、好意には素直に甘えといた方が相手も喜ぶもんやで」
お店で食べたたこ焼きの味を家族にも味わってほしくて店主の男性にお土産を注文すると、今日は特別大サービスだと言ってタダで2パックも用意してくれた。
「どお?気に入った?」
「うん、凄く。たこ焼きはすごく美味しいし、店主さんもあのお店もとても素敵だった」
遠山君は自分が褒められたかのように、なんやワイまで嬉しいわぁと照れくさそうにへらっと笑った。
「せや、家はどのへんなん?結構遅くなってもうたし送るわ」
「い、いいよ!ここから近いし一人で…」
「あかん!」
瞬間、さっきまでとは違う必死の形相に変わる。
急な変化に驚いていると、彼の方からぎゅうっと力強く両手を握られる。
「この辺りは夜になると人通りも一気に減るんや。暗がりは治安も悪なる。せやから女の子の夜の一人歩きなんて絶対にあかん!」
なんだろう…何か嫌な思い出でもあるのだろうか。
ただならぬ雰囲気にやっぱり一人で帰る、などと言えるはずもなかった。
「じゃぁ…お願いしようかな」
家までの送りに応じるとほっとしたような安堵の表情を見せ、私がたこ焼きの入った袋を持っていない方の手首を、またぎゅっと、行きよりも少し強めに握って歩き出した。
帰宅後、中々私が帰ってこないことを心配していた母が窓から私たちの様子を見ていたらしく、その晩お土産のたこ焼きをつまみながら、遠山君について質問の嵐にあったのだった。
デートの後に
どうやら私は人運に恵まれているらしく、初日に悩んでいたことが嘘かのようにクラスに馴染み始めている。
とくに今私の左の席で潔く居眠りをしてる彼の影響は大きく、常に話題の中心にいる彼の横にいることで男女問わず人が集まり自然と会話の輪の中に入ることが出来た。
遠山君は高校でもテニス部に所属しているらしく、来年の大会に向けて厳しい練習の真っ最中らしい。
女子テニス部に所属しているクラスメイト曰く、遠山君は毎日練習で全力の力を使い果たしてしまうためその反動からか最近は授業中眠っていることが多いのだという。
各教科ごとの先生方も彼のテニスの実力を認めていて、学校の評価向上にも繋がっていることを知っているからかあまり彼を注意しない。
立海大附属の時は、授業は授業、部活は部活と割り切る校風だったので初めは軽いカルチャーショックを受けたが、今ではわりと日常の光景になりつつある。
部活で体力を消耗してるせいか、休み時間になると途端に眠りだしてしまうのでお互いに深い内容の話はしたことがない。
今日は天気がいいね、とか早く放課後にならないかな、とかそんな普通の会話だったが、自然と退屈はしなかった。
本日の最後の授業を終える予鈴が鳴り響く。
部活動がある生徒はそれぞれの自分の部へ向かい、私のようにどこにも属していない生徒は早々に教室を出て帰宅するか、教室に居残って友人とお喋りを楽しんでから帰る。そんな風に穏やかに時は流れていった。
私はと言えば、結局どこの部にも属さなかったので真っすぐ自宅に帰るか、仲良くなった友人と一緒に寄り道をしながら帰るか、大抵はどちらかのパターンで放課後を過ごしていた。
「なぁなぁ、由紀。今日って何かあんの?」
今日は、友人が部活のため早々に帰宅しようと準備をしていた矢先、突然左側の席から声をかけられた。
遠山君は今起きましたと言わんばかりに机に突っ伏しており、顔だけがこちらを向いている。
相変わらず、羨ましいくらいの大きな瞳だ。
「とくには…今日は真っすぐ家に帰るつもりだったけど」
そう言うと彼は途端に、ぱぁっという効果音でもつけたかのような嬉しそうな表情を見せ勢いよく起き上がった。
「じゃぁ、ちょっと付きおうてくれへん?今日、コート一斉整備の日とかいって部活無いねん」
「うん、いいけどどこに?」
「よっしゃ!ほんならはよ行くで!」
ぐいっと腕を引っ張られ、二人でほぼ同時にまるでタイミングを合わせたかのように座席を立つ。
まだ教室に残っていたクラスメイトたちからは、金ちゃん神崎さんとデートかー?などの冷やかしの声があがる。
「えぇやろー羨ましいやろーお前ら絶対に邪魔せんときや」
遠山君がそういうと、クラス中にどっと笑いが溢れた。
「神崎ちゃん、金ちゃんがまた迷子にならんようしっかり首輪しとかなあかんで」
「もうならんてさすがに!」
変な視線を向けられるでもなく自然と送り出してくれる。なんだか、とても暖かい気持ち。
「うん、わかった。気をつけるね」
前の学校でこんなふうに、仮に相手が雅治だったとしたらどうなっただろう。
想像するだけで背筋がぞっとしたので、忘れることにした。
早く早くと急かされて、私は遠山君と二人で教室を後にした。
歩きながら遠山君は次々と話題を展開する。
家族のこと、テニスのこと、テニス部の人たちのこと、あとは自分の好物の話等ジャンルは多岐に渡る。
彼のことを詳しくは知らなかったので聞いていて退屈しなかった。
とくに、テニスの話は熱く語っており本当に心からテニスが好きなんだと伝わってくる。
雅治もテニスは好きだと思うが、遠山君とはまたちょっと好きの種類が違うと思った。
「遠山君、そろそろどこに行くか教えてもらいたいんだけれど」
話題が一区切りついたところで、次の話題が始まる前にと慌てて半ば無理やりに話に割り込む。
「今日は、由紀をワイおすすめのたこ焼き屋に連れて行ってあげたいと思ってな」
「た、たこ焼き屋?」
「せや。地元の人間でも知るひとぞ知る老舗の名店やで。ワイ、小っさい時からそこの店のたこ焼きがいっちゃん好きでな」
付き合ってほしい場所と聞いて、本屋さんやCDショップ等を連想していたが予想は大きくずれていた。
関東にいた時には考えられない寄り道コースだ。
「なんで私をそこに?」
そう尋ねると、うーんせやなぁ…とぽりぽりと顎の辺りを掻く。
「大阪のことを好きになってほしいってのもあんねんけど、まぁ…ワイのことももっと知ってほしいって思うとるから、かな」
一瞬、いつも教室で見せる雰囲気とは違う空気をまとった彼に何か胸がざわつく感覚を覚えた。
何より、こんなに綺麗に笑える人を私は今まで見たことがない。
何と反応を返したらよいかわからず言葉に詰まっていると、遠山君はにかっといつもの笑顔を見せる。
「ようするに、や。由紀はこれから大阪一美味くて、ワイの一番の好物のたこ焼きを食べる。ほんでもって、もっと大阪のこと好きになる。ワイのことも知ってもらえる。一石二鳥やねんな」
一石二鳥の使い方が果たして正しいのかよくわからないが、私はなんだか楽しそうに話す彼の姿を見て思わずぷっと笑いを吹き出した。
「うん、じゃぁ行こうか。たこ焼き屋さん」
「あ、今日はワイの奢りやからな」
「本当に?ありが…」
言い終える前に、大きくて少しごつごつした手に自身の手首を握られ、ぐいぐいと前に進んでいく。
「と、遠山君…?あの、手」
「言うたやんデートやって。忘れたん?」
しれっと言ってのけた彼は、何のお構いもなしにそのまま歩き続ける。完全に遠山君のペースに流されてしまっていた。
(デートって…)
彼にとって、女子と一緒にこうして出掛けること=デートなのだろうか。いや、彼なら有りうる。
別に私だけが特別なんかじゃない。
ただ今日は、私が転校生で彼の部活がたまたま休みだっただけ。
それは頭で理解できていたが、他の子に同じように接する遠山君を想像したら何でか少し胸の奥が痛んだ。
15分ほど歩いたところの細い脇道。その路地の一角にひっそりとお店が佇んでいた
旗や暖簾は出ておらず、営業中とかかれた木製の看板が店先に出ているだけ。
何も知らなければ、ここが何の店なのかもわからないまま一生知ることはなかっただろう。
遠山君は何の躊躇もなく、がらがらがらっと勢いよく引き戸のドアを開け放った。
「お、金ちゃんいらっしゃい。今日もたこ焼き10コでえぇか?」
「や、今日は連れがおんねん。せやから20コ頼むわ」
ほほう、連れねぇと店主らしき男性は入口で立っていた私を見る。
店主さんらしき男性は、50代後半といったところか。
店の佇まいといい、この男性の雰囲気といい、いかにも老舗というにふさわしかった。
すると男性はおもむろにバシバシと遠山君の背中をいい音で叩き始めた。
「金ちゃんようやったなぁ!ずーーっと長いこと言うてた夢叶うたんやなぁ!」
夢?何の話だろう。
何が起こっているのか全くわかっていない私はそのまま思考を停止させてしまう。
「おっちゃんまだ!まだやから!ちょい黙って!」
遠山君はぶわわっと顔が赤くし、焦ったように何かを制止している。
話についていけていない私がぽかんと入口で立ちつくしていると、店主さんはにかっと白い歯を見せて笑った。
「お嬢ちゃん、そんなとこつっ立っとらんで座った座った。。今日はいっぱい食べていってぇな。おまけで5コサービスや!」
「ほんまに!?おおきになぁ、おっちゃん」
「あ、ありがとうございます」
カウンター7席に、4人がけのテーブル席が2卓あるだけの店内。運ばれてきた出来立て熱々のたこ焼き。
箸を刺すと、中からはトロトロと美味しそうな生地が艶やかに光っており、大きなタコが顔を覗かせた。
息を吹きかけるもなかなか熱が引かず、一口目を食べるのにいつもの倍の時間がかかった。
「…美味しい!」
店主さんがこだわりをもってこのお店を続けていることが、このたこ焼きを食べればすぐにわかる。
今まで食べてきたどんなたこ焼きよりも本当に美味しかった。
「せやろ。これを由紀にどうしても食べてほしかったんや」
そういいながら、遠山君は幸せそうに熱々のたこ焼きを何個も頬張った
店主の男性もそんな遠山君の姿をまるで父親のような優しい瞳で見ている。
そこには確かに、暖かい空間が広がっていた。
「いいのかなぁ…お土産までもらっちゃって」
「えぇんやって。おっちゃんも由紀のこと気に入っとったみたいやし、好意には素直に甘えといた方が相手も喜ぶもんやで」
お店で食べたたこ焼きの味を家族にも味わってほしくて店主の男性にお土産を注文すると、今日は特別大サービスだと言ってタダで2パックも用意してくれた。
「どお?気に入った?」
「うん、凄く。たこ焼きはすごく美味しいし、店主さんもあのお店もとても素敵だった」
遠山君は自分が褒められたかのように、なんやワイまで嬉しいわぁと照れくさそうにへらっと笑った。
「せや、家はどのへんなん?結構遅くなってもうたし送るわ」
「い、いいよ!ここから近いし一人で…」
「あかん!」
瞬間、さっきまでとは違う必死の形相に変わる。
急な変化に驚いていると、彼の方からぎゅうっと力強く両手を握られる。
「この辺りは夜になると人通りも一気に減るんや。暗がりは治安も悪なる。せやから女の子の夜の一人歩きなんて絶対にあかん!」
なんだろう…何か嫌な思い出でもあるのだろうか。
ただならぬ雰囲気にやっぱり一人で帰る、などと言えるはずもなかった。
「じゃぁ…お願いしようかな」
家までの送りに応じるとほっとしたような安堵の表情を見せ、私がたこ焼きの入った袋を持っていない方の手首を、またぎゅっと、行きよりも少し強めに握って歩き出した。
帰宅後、中々私が帰ってこないことを心配していた母が窓から私たちの様子を見ていたらしく、その晩お土産のたこ焼きをつまみながら、遠山君について質問の嵐にあったのだった。
デートの後に