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そんな経緯があり、私は今まさに転校先である四天宝寺高等学校がある敷地の門前に立っている。
お寺の一角にあるその学校の門は荘厳な雰囲気を醸し出しており、一見学校の正門には見えない。
効果音をつけるとしたら『ドドンッ』かな、などとくだらない思考が頭を駆け抜ける。
今朝は少し早めに自宅を出発したものの、その足取りは重く、門前まで来たところでぴたりと止まってしまった。
私の担任になるという先生と会う約束の時間は確実に刻一刻と近づいてきていた。
生まれてからのこの16年間の人生で、こんなに緊張する場面があっただろうか。
新しい場所、家、学校、人。まして転校の時期が微妙といった5拍子だ。
修学旅行などのグループ単位での行動が多い高校2年生よりはまだましだったかもしれないが、それにしたって高校1年生の秋といえば、入学し周りのことが見え始め、交友関係もおおよそ固まりかける時期である。
転校すると決めたときからわかりきっていたことではあるが、それでも自分は大丈夫だと言い聞かせてきた。しかし、やはりいざその時が近づくと不安に駆られる。
果たして自分はそんな中にこれから溶け込んでいけるのだろうか。
自分で言うのもなんだが、お世辞にも社交的な性格であるとは言えない。
今までは周りに恵まれて上手くやってこれただけだと思っているし、今度も上手くやっていけるかどうかなんていう保証はない。
転校生というのは良くも悪くも目立つ。漫画の読みすぎかもしれないが、実際転校先で悪目立ちし、いじめにあうというのも無くはないことだと思う。
考え出すときりがない。まだ校舎にすらたどり着いていないのに先が思いやられた。
秋とはいえまだ気温は高く、背中に汗が滲む。なのに、緊張からなのか指先だけが冷たくなっていた。
徐々に立っていることが辛くなり、道の端に僅かな日陰を見つけ、縁石に座り込む。
けたたましく鳴いているセミの声がやけに耳に響いた。
重い溜息を吐き、閉じた両膝と体の間に顔をうずめて目を瞑る。
浮かんでくるのは、今までの楽しかった思い出や友人たちの顔、そして大切な両親と大切な幼馴染。
あなたが残りたいなら、いいのよ残っても
差し伸ばされた手を、素直にとることの方が正しかったのだろうか。
ここに残らんか
じわりと熱いものが目に滲む。
幼馴染みは、私がこうなることを予想して引き留めてくれたのかもしれないな、とふとそんな考えが過る。
今更、戻りたいなど弱気なことは言えない。
何度も与えてくれた関東に残るという選択肢。
でも、それを断ったのは誰でもない自分自身だ。
私はこの新しい環境でも頑張れると自分で決めてここまで来た。
自分は大丈夫だと、何とかやっていくんだと言ったばかりじゃないか。
―…何かあったら、いつでも帰ってきんしゃい
大丈夫。大丈夫。私は
「私はここで、頑張るんだ」
絞りだした決意。すると急に胸の奥でつっかえていた何かがストンと落ちる音がした気がした。
言の葉、とはよくいったものだ。
鉛のように重くなってしまった脚に鞭打って、ようやくの思いで立ち上がる。
ぱしぱしと両頬を叩き気合を注入して大きく深呼吸。
よし、ともう一度気合いを入れ直し、私は小一時間程かかってどうにかスタート地点を通過した。
校舎にたどり着くと、玄関先で一人の男性が立っており私を見つけるなり駆け寄って来た。
おそらくこの男性が担任の先生なのだろう、見た目は30代前半といったところだろうか。
応接らしき部屋に案内され、担任との会話が始まる。
1時間程で一通り話しを聞き終えたが、学校の歴史などの話は正直に言うと右から左であった。
関心をもった内容は、3点。
1点目は、この学校は部活動が盛んではあるが入部は強制しておらず、気が進まないのであればと入らなくてもいいこと。
2点目は、同じ敷地内にある系列の中学校からこちらに進学する組が多数いること。
3点目は、お笑いの授業があること。
1点目については、関東の方には全員何かしらの部に入部しなければならないという制約付きの学校もあったので、ここはそうではないことに心底ほっとした。
安心感に浸ったのもつかの間、担任のそろそろクラスへ移動しようか、という一声で一気に現実に引き戻される。
嫌だ嫌だと思うほど時間の流れは速く感じるもので、あっという間に自分のクラスへたどりついてしまい、担任に促されるまま教室へと足を進めた。
自己紹介をひとしきり済ませると、自分が思っていた以上に暖かい歓迎ムードでクラス中から男女問わず拍手が送られた。
指定された真ん中の列の一番後ろの席。ここがどうやら私に用意された座席のようだ。
歩きながら周囲に一通り軽く挨拶を済ませたが、左側の座席の男子は顔を机に突っ伏して熟睡している様子だったので起きてから挨拶をすることにした。
座るように指示され着席するなり、前の席と右の席の女子に話しかけられ怒涛の質問攻撃にあう。
さすが関西の人といったところか、勢いが凄すぎて静止する隙もない。
ただ、彼女たちからはとくに悪意などは感じられなく、はまさに興味津々といった様子だ。
担任の先生の静止の声がかかったのは、それからややしばらくしてからだった。
休み時間になると、クラスメイトが続々と私の周りの席を取り囲む。
聞きなれていない関西地方特有の方言が飛び交っていて少々怖くも感じたが、悪意ではないのは見て取れたので存外嫌な気はしなかった。
よく漫画などで転校生がいじめられるネタなどを見るが、現実は意外と優しいものなのかもしれない。
立海大付属から転校生がくるという噂はずいぶん前からあったらしい。
テニス部のことを知っている女子生徒が多いのには驚いた。
私の幼馴染の名前も話題に上ったが後々面倒なことになりたくなかったので知り合いだということは伏せておく。
「実は、うちの中・高のテニス部もな。めっちゃ強いんよ」
「そうそう。うちは中学からそのまま高等部に進学する組が多いんやけど、今の高等部には、中学時代全国大会に進んだレギュラーの人が結構おってな。まぁ3年生はもう引退やけど、でもおもろい上に優しい人らばっかで人気高いんよ」
とくに財前先輩が!いやいや引退しちゃったけどやっぱり白石先輩が!と女子の間で論争が始まった。
なんだろう。すごくデジャヴ。テニス部人気は関東も関西も関係なくあるようだ。触らぬ神に祟りなし。
あ、と白熱していた女子生徒が何かを思い出したかのように、ちなみにと言葉を紡ぐ。
「神崎さんの左側で朝からずっと突っ伏して寝てる赤髪君もテニス部レギュラーやねんで」
「金!いい加減起きて転校生に挨拶せぇ!」
クラスの男子がどこから取り出したかわからないハリセンで赤髪君の頭頂部を勢いよく叩く。
その衝撃でようやく少し目を覚ました赤髪君はもぞもぞとスローで動き始める。
「んん、まだ眠……転校生?」
転校生というワードを拾い、しぶしぶといった様子でむくりと顔を起こす通称赤髪君。
まだ寝ぼけ眼な目と視線がゆっくりと合い始める。
赤く綺麗な髪と大きな瞳。シャツの隙間からは特徴のあるヒョウ柄のシャツが覗く。
はて、どこかで見覚えがある気がした。
ぴたりと視線が合うこと数秒、先に気づいたのは私だった。
私は、彼と一度会ったことがある。
あれから何年も経っていて、記憶の中の彼よりもだいぶ大人びてはいるが間違いない。
あの時の出来事は私にとって日常のほんの一部にすぎなく、今の今まですっかり記憶から抹消されていた。
「あれ…」
言葉を漏らしたのは彼の方だった。
んー、と何かを考えている様子で顔を覗き込まれた。距離感という概念がないのか、至近距離でまじまじと人の顔を見られる。
(目のやり場に困る…)
ややしばらく思考を巡らせていたようだが突如、あ!!!と大声をあげ赤髪君の大きな瞳がカッと見開かれた。
「あん時のねーちゃんや!ほら、前に東京で迷子になったん助けてくれた!なぁなぁわいのこと覚えとる?」
きらきらと今にも零れ落ちそうな大きな瞳が眩しく感じた。両手をぎゅっと握られ、さらに距離が縮まる。
自分のことを覚えているかという問いにこくこくと数回うなづけばニカッと真っ白な歯を出して笑った。
「嬉しいわーこんな偶然あるんやな!」
「そうだね、えっと…」
「遠山金太郎!よろしゅうな!」
さきほどまでの起き抜けから今に至るまでの急なテンションの差に私は呆気にとられていたが、彼はそんな私のことなどお構いなしのようで両手を握ったままブンブンと上下に勢いよく振られる。
そしてこの光景こそまさしくデジャヴだった。
お寺の一角にあるその学校の門は荘厳な雰囲気を醸し出しており、一見学校の正門には見えない。
効果音をつけるとしたら『ドドンッ』かな、などとくだらない思考が頭を駆け抜ける。
今朝は少し早めに自宅を出発したものの、その足取りは重く、門前まで来たところでぴたりと止まってしまった。
私の担任になるという先生と会う約束の時間は確実に刻一刻と近づいてきていた。
生まれてからのこの16年間の人生で、こんなに緊張する場面があっただろうか。
新しい場所、家、学校、人。まして転校の時期が微妙といった5拍子だ。
修学旅行などのグループ単位での行動が多い高校2年生よりはまだましだったかもしれないが、それにしたって高校1年生の秋といえば、入学し周りのことが見え始め、交友関係もおおよそ固まりかける時期である。
転校すると決めたときからわかりきっていたことではあるが、それでも自分は大丈夫だと言い聞かせてきた。しかし、やはりいざその時が近づくと不安に駆られる。
果たして自分はそんな中にこれから溶け込んでいけるのだろうか。
自分で言うのもなんだが、お世辞にも社交的な性格であるとは言えない。
今までは周りに恵まれて上手くやってこれただけだと思っているし、今度も上手くやっていけるかどうかなんていう保証はない。
転校生というのは良くも悪くも目立つ。漫画の読みすぎかもしれないが、実際転校先で悪目立ちし、いじめにあうというのも無くはないことだと思う。
考え出すときりがない。まだ校舎にすらたどり着いていないのに先が思いやられた。
秋とはいえまだ気温は高く、背中に汗が滲む。なのに、緊張からなのか指先だけが冷たくなっていた。
徐々に立っていることが辛くなり、道の端に僅かな日陰を見つけ、縁石に座り込む。
けたたましく鳴いているセミの声がやけに耳に響いた。
重い溜息を吐き、閉じた両膝と体の間に顔をうずめて目を瞑る。
浮かんでくるのは、今までの楽しかった思い出や友人たちの顔、そして大切な両親と大切な幼馴染。
あなたが残りたいなら、いいのよ残っても
差し伸ばされた手を、素直にとることの方が正しかったのだろうか。
ここに残らんか
じわりと熱いものが目に滲む。
幼馴染みは、私がこうなることを予想して引き留めてくれたのかもしれないな、とふとそんな考えが過る。
今更、戻りたいなど弱気なことは言えない。
何度も与えてくれた関東に残るという選択肢。
でも、それを断ったのは誰でもない自分自身だ。
私はこの新しい環境でも頑張れると自分で決めてここまで来た。
自分は大丈夫だと、何とかやっていくんだと言ったばかりじゃないか。
―…何かあったら、いつでも帰ってきんしゃい
大丈夫。大丈夫。私は
「私はここで、頑張るんだ」
絞りだした決意。すると急に胸の奥でつっかえていた何かがストンと落ちる音がした気がした。
言の葉、とはよくいったものだ。
鉛のように重くなってしまった脚に鞭打って、ようやくの思いで立ち上がる。
ぱしぱしと両頬を叩き気合を注入して大きく深呼吸。
よし、ともう一度気合いを入れ直し、私は小一時間程かかってどうにかスタート地点を通過した。
校舎にたどり着くと、玄関先で一人の男性が立っており私を見つけるなり駆け寄って来た。
おそらくこの男性が担任の先生なのだろう、見た目は30代前半といったところだろうか。
応接らしき部屋に案内され、担任との会話が始まる。
1時間程で一通り話しを聞き終えたが、学校の歴史などの話は正直に言うと右から左であった。
関心をもった内容は、3点。
1点目は、この学校は部活動が盛んではあるが入部は強制しておらず、気が進まないのであればと入らなくてもいいこと。
2点目は、同じ敷地内にある系列の中学校からこちらに進学する組が多数いること。
3点目は、お笑いの授業があること。
1点目については、関東の方には全員何かしらの部に入部しなければならないという制約付きの学校もあったので、ここはそうではないことに心底ほっとした。
安心感に浸ったのもつかの間、担任のそろそろクラスへ移動しようか、という一声で一気に現実に引き戻される。
嫌だ嫌だと思うほど時間の流れは速く感じるもので、あっという間に自分のクラスへたどりついてしまい、担任に促されるまま教室へと足を進めた。
自己紹介をひとしきり済ませると、自分が思っていた以上に暖かい歓迎ムードでクラス中から男女問わず拍手が送られた。
指定された真ん中の列の一番後ろの席。ここがどうやら私に用意された座席のようだ。
歩きながら周囲に一通り軽く挨拶を済ませたが、左側の座席の男子は顔を机に突っ伏して熟睡している様子だったので起きてから挨拶をすることにした。
座るように指示され着席するなり、前の席と右の席の女子に話しかけられ怒涛の質問攻撃にあう。
さすが関西の人といったところか、勢いが凄すぎて静止する隙もない。
ただ、彼女たちからはとくに悪意などは感じられなく、はまさに興味津々といった様子だ。
担任の先生の静止の声がかかったのは、それからややしばらくしてからだった。
休み時間になると、クラスメイトが続々と私の周りの席を取り囲む。
聞きなれていない関西地方特有の方言が飛び交っていて少々怖くも感じたが、悪意ではないのは見て取れたので存外嫌な気はしなかった。
よく漫画などで転校生がいじめられるネタなどを見るが、現実は意外と優しいものなのかもしれない。
立海大付属から転校生がくるという噂はずいぶん前からあったらしい。
テニス部のことを知っている女子生徒が多いのには驚いた。
私の幼馴染の名前も話題に上ったが後々面倒なことになりたくなかったので知り合いだということは伏せておく。
「実は、うちの中・高のテニス部もな。めっちゃ強いんよ」
「そうそう。うちは中学からそのまま高等部に進学する組が多いんやけど、今の高等部には、中学時代全国大会に進んだレギュラーの人が結構おってな。まぁ3年生はもう引退やけど、でもおもろい上に優しい人らばっかで人気高いんよ」
とくに財前先輩が!いやいや引退しちゃったけどやっぱり白石先輩が!と女子の間で論争が始まった。
なんだろう。すごくデジャヴ。テニス部人気は関東も関西も関係なくあるようだ。触らぬ神に祟りなし。
あ、と白熱していた女子生徒が何かを思い出したかのように、ちなみにと言葉を紡ぐ。
「神崎さんの左側で朝からずっと突っ伏して寝てる赤髪君もテニス部レギュラーやねんで」
「金!いい加減起きて転校生に挨拶せぇ!」
クラスの男子がどこから取り出したかわからないハリセンで赤髪君の頭頂部を勢いよく叩く。
その衝撃でようやく少し目を覚ました赤髪君はもぞもぞとスローで動き始める。
「んん、まだ眠……転校生?」
転校生というワードを拾い、しぶしぶといった様子でむくりと顔を起こす通称赤髪君。
まだ寝ぼけ眼な目と視線がゆっくりと合い始める。
赤く綺麗な髪と大きな瞳。シャツの隙間からは特徴のあるヒョウ柄のシャツが覗く。
はて、どこかで見覚えがある気がした。
ぴたりと視線が合うこと数秒、先に気づいたのは私だった。
私は、彼と一度会ったことがある。
あれから何年も経っていて、記憶の中の彼よりもだいぶ大人びてはいるが間違いない。
あの時の出来事は私にとって日常のほんの一部にすぎなく、今の今まですっかり記憶から抹消されていた。
「あれ…」
言葉を漏らしたのは彼の方だった。
んー、と何かを考えている様子で顔を覗き込まれた。距離感という概念がないのか、至近距離でまじまじと人の顔を見られる。
(目のやり場に困る…)
ややしばらく思考を巡らせていたようだが突如、あ!!!と大声をあげ赤髪君の大きな瞳がカッと見開かれた。
「あん時のねーちゃんや!ほら、前に東京で迷子になったん助けてくれた!なぁなぁわいのこと覚えとる?」
きらきらと今にも零れ落ちそうな大きな瞳が眩しく感じた。両手をぎゅっと握られ、さらに距離が縮まる。
自分のことを覚えているかという問いにこくこくと数回うなづけばニカッと真っ白な歯を出して笑った。
「嬉しいわーこんな偶然あるんやな!」
「そうだね、えっと…」
「遠山金太郎!よろしゅうな!」
さきほどまでの起き抜けから今に至るまでの急なテンションの差に私は呆気にとられていたが、彼はそんな私のことなどお構いなしのようで両手を握ったままブンブンと上下に勢いよく振られる。
そしてこの光景こそまさしくデジャヴだった。