グロテスク・ロマンス
友人と共に、図書室を訪れたときのことだ。
本棚が崩れるのに気づかなかった広瀬康一は、後ろに立っていた普通科の生徒に首の襟を引かれ、難を逃れた。
命を救われたのだ。
もうもうと昇る埃の柱と、肌を震わせた紙の雪崩は、身に降りかかった刹那の危機をハッキリと想像させる。
「大丈夫?」と声をかける普通科の生徒に、康一は首を縦に振るしかできなかった。
その生徒のことを、康一はよく覚えている。
彼女は、康一が見上げなければいけないほど、背が高かった。手足は長く、凹凸に乏しい体つきだが、人をひとり引き倒しておいて全く疲労や体勢を崩す様子が見えない。
顔は逆光となっていて、よく分からない。一瞬、光の加減で赤錆のような褐色の瞳が見えた。
「怪我は?」
2回目の質問に、康一はようやく我に返った。
女性にしては低めの声が、康一の頭の中の霧を払ったのだ。
「な、ないよ。大丈夫……」
康一がそう返した途端、「グェッ」と、蛙を踏みつけたみたいな音が彼の喉から飛びだした。
同時に、息苦しさと浮遊感。
3秒もしないうちに、彼の足は地に着いた。
どうやら、襟を引っ掴んで無理矢理立たせたらしい。
(助かったけど、ずいぶん雑な人だな……)
康一は、何も言わずに貸し出しカウンターへ向かう女子生徒の背中を見つめる。人を呼びに行くのだろう。
康一を助けたのは、彼女が善意によって行動したという、紛れもない証拠だ。
けれど、最低限以下に切り詰めた言葉は、本当は「助けなければよかった」とでも思っているのではないか? と邪推してしまうほど素っ気ない。
義務だから助けたといわんばかりの、機械を相手にしているような感覚だ。
(悪い人ではなさそうだけど、よく分からないな)
彼女は、司書を連れて、すぐに戻ってきた。
司書は現場を見て、青い顔をさらに青くしていた。康一の身の安全を確認して、崩れた本棚を調べ始める。
生徒二人……康一と普通科の女子生徒に、図書室を出るよう言い渡して。
それで話は終わるはずだった。
「康一くん、大丈夫!?」
康一と共に図書室を訪れていた、山岸由花子が来なければ。
***
「それで、勘違いした由花子が普通科の生徒を襲ったってワケか?」
「そう……だね。原因はともあれ、スタンドで怪我をさせたことに変わりないよ」
ある日の昼休み。
康一は、友人の東方仗助に相談していた。
例の図書室の一件、それもあるが。
「でも、由花子さんが誰かを理由無く傷つけるなんて……」
「女の子つってもよ、お前を助けたんだから、プッツン由花子も礼の一つ言いそうなモンだけどな」
山岸由花子の暴走の謎である。
学生としての彼女は優等生。料理裁縫も得意で、しなやかな魅力を持つ美人。
目的のためには手段を選ばないときもあるけれど、たいていの動機は純粋なものだ。なんとなくとか、暇潰しだとか言って誰かを害することは決して無い。
だからこそ康一は、由花子があの女子生徒の右腕を折ったのを『異常』だと感じていた。
あのときの図書館に、ナニカがあったのだと信じていた。
「由花子さんも、ここ数日酷く落ち込んでいるんだ。やりたくてやったんじゃあないんだよ」
「まさか、お前と由花子の他にスタンド使いがいたって言いたいのか?」
「たぶん」
「ならよぉ、お前を助けた普通科のヤツがスタンド使いだったんじゃあねえか? 発現したてで制御できなかった、とか」
仗助の推理に、康一は内心首を傾げる。
同意したい気持ちはあった。筋も通っている。
康一と仗助は、スタンド使いであることが分かっていたため、最初から特別科だった。
だが、スタンドとは精神が具現化したもの。普通科の生徒が、入学した後にスタンドを得ることは少なくない。それが、事故を伴うのも。
スタンドは千差万別。誰も扱い方を教えてくれない。自分でコントロールできなければ、他人を傷つけるしかないのだ。
「でも、すごく落ち着いた人だったよ。僕を助ける余裕があるくらいだし、スタンドを制御できないなんてことあるのかな」
何故だろうか。普通科の彼女が、由花子の暴走の原因だと断じることができない。
白とも黒とも言えぬ気持ち悪さが、康一の頭の中に広がっていく。
気になる。
どうしても、気になる。
お礼をしたい気持ちを差し引いても、彼女自身への興味が止められない。
「そんなに気になるなら会ってみればいいだろ、康一。どんなやつでも、お前なら悪いことにはならないだろうし」
仗助の一言が後押しになって、結局、康一は人捜しをすることにしたのだ。
***
「ぜんっぜん見つからないな……」
例の生徒を探し始めて三日目。
康一はくじけそうになっていた。
情報が全く得られないからではない。その逆だ。
名前、学年、所属しているクラス、部活をしているかどうか。
特定はしているのに、本人に出会うことができない。
朝に校舎の入り口で待っても、授業の合間や昼休みに特別科の校舎を回っても、放課後にめぼしい場所を巡っても、目的の人はいない。
「あぁ~どうしようかなぁ。職員室にまで行ったのに……」
もどかしさに頭をかき回す。
放課後の廊下は寂しい。生徒も教師も、教室には残らない。
吹奏楽部が練習している音、グラウンドで運動部が出す声が、壁越しに聞こえるだけだ。
もしかして、彼女は自分を避けているのだろうか? ならば、これ以上の詮索はよすべきだろうか?
ぐるぐると、脳みそが答えを求める。
己の尾を己で追う、不毛な思索だ。
「康一くん」
「ウワッ!?」
康一は放たれたバネのように飛び上がる。
誰もいない廊下の端まで届くくらい大きな声が出た。
バッと後ろを振り返る。
「じょ、ジョルノくんか……。ごめん、びっくりさせて」
そこにいたのは金髪碧眼の美男子、ジョルノ・ジョバァーナだ。
康一があげた声に驚いたのか、目を見開いている。
「珍しく一人で悩んでいるみたいだったが、どうかしたのか?」
「ちょっと、人捜しをしていて。この前、図書室で起きた事故、知ってる?」
「触り程度には」
「そのとき、助けてくれた人にお礼がしたくて……深淵綺羅さんっていうんだけど、知らないかな? 最近、特別科に来たらしいんだけど」
康一の質問に、ジョルノは事もなげに答えた。
「ええ、知ってますよ。バイト先が同じなんです」
「ほ、ホントッ!?」
色めき立つ康一を見て、ジョルノはおおまかな事情を察したのだろう。
スマホを取り出し、メッセージアプリを起動する。
「彼女が来てくれるかは五分五分だが、話は通しておくよ」
***
十分もせずに彼女はやってきた。
女性にしては高い背丈が、夕陽の中で蝋燭の火のように揺らめきながら近づいてくる。
感情の波が見えない、人形のような顔で。
「……」
深淵綺羅は、康一を見下ろした。
言われたから来てやった、そう言わんばかりの無愛想ぶりだ。
「あ、あの……」
康一は切り出そうとして、口をつぐんでしまった。
悪寒、と言ってしまえば、彼女に失礼だ。それでも、康一は爪先から背中へ這い上るこの感覚に嘘をつけない。
不気味の谷だ。深淵綺羅の見た目が、ではない。容姿なら、とても整っている方だろう。
ロボットが人間に近づいた違和ではなく、人間がロボットの振りをしているという、本末転倒。
様々な変人と交流を持つ康一は、そのように直感した。
助け船を出したのは、ジョルノだった。
「綺羅さん、突然の連絡に応じてくれてありがとう。彼……広瀬康一くんが、あなたに礼を言いたいそうだ」
「……なら、言えばいいと思うけど」
どうやら、あちらも康一のことを覚えていたらしい。
ジッと、煌めく瞳を康一に向ける。
光の加減だろう。でも、康一は、怪物に品定めされている心地にいた。
「康一くんは、ずいぶん君を探したそうだが。君の方から会おうとはしなかったのか?」
「進んで地雷原に突っ込むほど、私は命知らずじゃあない」
「それは……」
ジョルノが眉間に皺を寄せて黙る。
山岸由花子のことだろう。
彼女の康一への偏愛っぷりとなりふり構わない入れ込みようは、公然の秘密なのだ。
「言うことがないなら、帰っていいかな。また腕をへし折られたら、たまったものじゃないし」
綺羅の言葉に、康一はバッと顔を上げた。
「ま、待って! 山岸さんは望んで貴女を襲ったんじゃあないんです! あのときは、彼女も様子がおかしくて……」
「私の知ったことじゃない」
綺羅はぴしゃりと康一の言葉を却下する。
「お友達の弁護もお前の懺悔も、私は聞かない。そこらの壁にでも話すがいい」
「綺羅!」
「ジョルノくん、君がわざわざ呼ぶから来たけど、こんなことで連絡しないでほしいな。どうでもいいヤツの罪悪感を解消してやるために、君と連絡先を交換したわけじゃないんだけど」
綺羅の矛先が、ジョルノに向けられる。
綺羅の声は、ずっとフラットだ。
図書室で康一を助けたとき、ジョルノに話しかけられたとき、康一が考え無しに口にした言葉を切り捨てたとき……。
怒っているのか、呆れているのか、はたまた嘲笑っているのか。何も読み取れない。
でも、一つだけ。
康一は、綺羅について分かっていることがある。
「深淵さん」
重心がある声音に、綺羅は康一を再び見やる。
「まず、図書室で僕を助けてくれたこと、本当に感謝しています。あなたがいなければ、僕は大怪我をしていました」
綺羅は何も言わない。
その沈黙を、話を聞いてくれると解釈して、康一は続ける。
「そして、僕の友人があなたに怪我をさせたことも、謝らせてください。さっきの、山岸さんが人を傷つけて楽しむような性格ではないっていうのもあるんですけど……僕は、彼女が何らかのスタンド攻撃を受けていたのではないかと考えています」
「そのスタンドが、私だとでも?」
「いいえ、いや、あなたがスタンドを制御できていないなら、その可能性があります。でも、僕たちは互いのことを何も知らない。だから、あの日の図書室で何が起こっていたのか、知りようがないんです」
綺羅の瞳が、眩しそうに細められる。
「深淵さん。どうか、山岸さんと会ってくれませんか。特別科で何が起ころうとしているのか、僕たちは明かさなければならない。学園で誰かに襲われる可能性をそのままにしておくことは、あなたも望むものではないでしょう」
康一の言葉を噛みしめるように、綺羅はゆっくりと瞬きをした。
たった三度。それが、永遠のように感じる。
「……広瀬くんが責任を持って居合わせるなら、その提案を飲むよ」
康一とジョルノは思わず顔を見合わせた。
綺羅の言葉が聞き間違いだったか、一瞬分からなくなるほどの衝撃だ。
「山岸とやらが襲ってきたら、広瀬くんを盾にするって意味だから。そのつもりで」
「うん。それで構わないよ、深淵さん」
綺羅が突きつけた重責を、康一は受け入れた。
綺羅が自分を助けようとした善意が真実だったことを、心のどこかで理解したからだ。
続く
本棚が崩れるのに気づかなかった広瀬康一は、後ろに立っていた普通科の生徒に首の襟を引かれ、難を逃れた。
命を救われたのだ。
もうもうと昇る埃の柱と、肌を震わせた紙の雪崩は、身に降りかかった刹那の危機をハッキリと想像させる。
「大丈夫?」と声をかける普通科の生徒に、康一は首を縦に振るしかできなかった。
その生徒のことを、康一はよく覚えている。
彼女は、康一が見上げなければいけないほど、背が高かった。手足は長く、凹凸に乏しい体つきだが、人をひとり引き倒しておいて全く疲労や体勢を崩す様子が見えない。
顔は逆光となっていて、よく分からない。一瞬、光の加減で赤錆のような褐色の瞳が見えた。
「怪我は?」
2回目の質問に、康一はようやく我に返った。
女性にしては低めの声が、康一の頭の中の霧を払ったのだ。
「な、ないよ。大丈夫……」
康一がそう返した途端、「グェッ」と、蛙を踏みつけたみたいな音が彼の喉から飛びだした。
同時に、息苦しさと浮遊感。
3秒もしないうちに、彼の足は地に着いた。
どうやら、襟を引っ掴んで無理矢理立たせたらしい。
(助かったけど、ずいぶん雑な人だな……)
康一は、何も言わずに貸し出しカウンターへ向かう女子生徒の背中を見つめる。人を呼びに行くのだろう。
康一を助けたのは、彼女が善意によって行動したという、紛れもない証拠だ。
けれど、最低限以下に切り詰めた言葉は、本当は「助けなければよかった」とでも思っているのではないか? と邪推してしまうほど素っ気ない。
義務だから助けたといわんばかりの、機械を相手にしているような感覚だ。
(悪い人ではなさそうだけど、よく分からないな)
彼女は、司書を連れて、すぐに戻ってきた。
司書は現場を見て、青い顔をさらに青くしていた。康一の身の安全を確認して、崩れた本棚を調べ始める。
生徒二人……康一と普通科の女子生徒に、図書室を出るよう言い渡して。
それで話は終わるはずだった。
「康一くん、大丈夫!?」
康一と共に図書室を訪れていた、山岸由花子が来なければ。
***
「それで、勘違いした由花子が普通科の生徒を襲ったってワケか?」
「そう……だね。原因はともあれ、スタンドで怪我をさせたことに変わりないよ」
ある日の昼休み。
康一は、友人の東方仗助に相談していた。
例の図書室の一件、それもあるが。
「でも、由花子さんが誰かを理由無く傷つけるなんて……」
「女の子つってもよ、お前を助けたんだから、プッツン由花子も礼の一つ言いそうなモンだけどな」
山岸由花子の暴走の謎である。
学生としての彼女は優等生。料理裁縫も得意で、しなやかな魅力を持つ美人。
目的のためには手段を選ばないときもあるけれど、たいていの動機は純粋なものだ。なんとなくとか、暇潰しだとか言って誰かを害することは決して無い。
だからこそ康一は、由花子があの女子生徒の右腕を折ったのを『異常』だと感じていた。
あのときの図書館に、ナニカがあったのだと信じていた。
「由花子さんも、ここ数日酷く落ち込んでいるんだ。やりたくてやったんじゃあないんだよ」
「まさか、お前と由花子の他にスタンド使いがいたって言いたいのか?」
「たぶん」
「ならよぉ、お前を助けた普通科のヤツがスタンド使いだったんじゃあねえか? 発現したてで制御できなかった、とか」
仗助の推理に、康一は内心首を傾げる。
同意したい気持ちはあった。筋も通っている。
康一と仗助は、スタンド使いであることが分かっていたため、最初から特別科だった。
だが、スタンドとは精神が具現化したもの。普通科の生徒が、入学した後にスタンドを得ることは少なくない。それが、事故を伴うのも。
スタンドは千差万別。誰も扱い方を教えてくれない。自分でコントロールできなければ、他人を傷つけるしかないのだ。
「でも、すごく落ち着いた人だったよ。僕を助ける余裕があるくらいだし、スタンドを制御できないなんてことあるのかな」
何故だろうか。普通科の彼女が、由花子の暴走の原因だと断じることができない。
白とも黒とも言えぬ気持ち悪さが、康一の頭の中に広がっていく。
気になる。
どうしても、気になる。
お礼をしたい気持ちを差し引いても、彼女自身への興味が止められない。
「そんなに気になるなら会ってみればいいだろ、康一。どんなやつでも、お前なら悪いことにはならないだろうし」
仗助の一言が後押しになって、結局、康一は人捜しをすることにしたのだ。
***
「ぜんっぜん見つからないな……」
例の生徒を探し始めて三日目。
康一はくじけそうになっていた。
情報が全く得られないからではない。その逆だ。
名前、学年、所属しているクラス、部活をしているかどうか。
特定はしているのに、本人に出会うことができない。
朝に校舎の入り口で待っても、授業の合間や昼休みに特別科の校舎を回っても、放課後にめぼしい場所を巡っても、目的の人はいない。
「あぁ~どうしようかなぁ。職員室にまで行ったのに……」
もどかしさに頭をかき回す。
放課後の廊下は寂しい。生徒も教師も、教室には残らない。
吹奏楽部が練習している音、グラウンドで運動部が出す声が、壁越しに聞こえるだけだ。
もしかして、彼女は自分を避けているのだろうか? ならば、これ以上の詮索はよすべきだろうか?
ぐるぐると、脳みそが答えを求める。
己の尾を己で追う、不毛な思索だ。
「康一くん」
「ウワッ!?」
康一は放たれたバネのように飛び上がる。
誰もいない廊下の端まで届くくらい大きな声が出た。
バッと後ろを振り返る。
「じょ、ジョルノくんか……。ごめん、びっくりさせて」
そこにいたのは金髪碧眼の美男子、ジョルノ・ジョバァーナだ。
康一があげた声に驚いたのか、目を見開いている。
「珍しく一人で悩んでいるみたいだったが、どうかしたのか?」
「ちょっと、人捜しをしていて。この前、図書室で起きた事故、知ってる?」
「触り程度には」
「そのとき、助けてくれた人にお礼がしたくて……深淵綺羅さんっていうんだけど、知らないかな? 最近、特別科に来たらしいんだけど」
康一の質問に、ジョルノは事もなげに答えた。
「ええ、知ってますよ。バイト先が同じなんです」
「ほ、ホントッ!?」
色めき立つ康一を見て、ジョルノはおおまかな事情を察したのだろう。
スマホを取り出し、メッセージアプリを起動する。
「彼女が来てくれるかは五分五分だが、話は通しておくよ」
***
十分もせずに彼女はやってきた。
女性にしては高い背丈が、夕陽の中で蝋燭の火のように揺らめきながら近づいてくる。
感情の波が見えない、人形のような顔で。
「……」
深淵綺羅は、康一を見下ろした。
言われたから来てやった、そう言わんばかりの無愛想ぶりだ。
「あ、あの……」
康一は切り出そうとして、口をつぐんでしまった。
悪寒、と言ってしまえば、彼女に失礼だ。それでも、康一は爪先から背中へ這い上るこの感覚に嘘をつけない。
不気味の谷だ。深淵綺羅の見た目が、ではない。容姿なら、とても整っている方だろう。
ロボットが人間に近づいた違和ではなく、人間がロボットの振りをしているという、本末転倒。
様々な変人と交流を持つ康一は、そのように直感した。
助け船を出したのは、ジョルノだった。
「綺羅さん、突然の連絡に応じてくれてありがとう。彼……広瀬康一くんが、あなたに礼を言いたいそうだ」
「……なら、言えばいいと思うけど」
どうやら、あちらも康一のことを覚えていたらしい。
ジッと、煌めく瞳を康一に向ける。
光の加減だろう。でも、康一は、怪物に品定めされている心地にいた。
「康一くんは、ずいぶん君を探したそうだが。君の方から会おうとはしなかったのか?」
「進んで地雷原に突っ込むほど、私は命知らずじゃあない」
「それは……」
ジョルノが眉間に皺を寄せて黙る。
山岸由花子のことだろう。
彼女の康一への偏愛っぷりとなりふり構わない入れ込みようは、公然の秘密なのだ。
「言うことがないなら、帰っていいかな。また腕をへし折られたら、たまったものじゃないし」
綺羅の言葉に、康一はバッと顔を上げた。
「ま、待って! 山岸さんは望んで貴女を襲ったんじゃあないんです! あのときは、彼女も様子がおかしくて……」
「私の知ったことじゃない」
綺羅はぴしゃりと康一の言葉を却下する。
「お友達の弁護もお前の懺悔も、私は聞かない。そこらの壁にでも話すがいい」
「綺羅!」
「ジョルノくん、君がわざわざ呼ぶから来たけど、こんなことで連絡しないでほしいな。どうでもいいヤツの罪悪感を解消してやるために、君と連絡先を交換したわけじゃないんだけど」
綺羅の矛先が、ジョルノに向けられる。
綺羅の声は、ずっとフラットだ。
図書室で康一を助けたとき、ジョルノに話しかけられたとき、康一が考え無しに口にした言葉を切り捨てたとき……。
怒っているのか、呆れているのか、はたまた嘲笑っているのか。何も読み取れない。
でも、一つだけ。
康一は、綺羅について分かっていることがある。
「深淵さん」
重心がある声音に、綺羅は康一を再び見やる。
「まず、図書室で僕を助けてくれたこと、本当に感謝しています。あなたがいなければ、僕は大怪我をしていました」
綺羅は何も言わない。
その沈黙を、話を聞いてくれると解釈して、康一は続ける。
「そして、僕の友人があなたに怪我をさせたことも、謝らせてください。さっきの、山岸さんが人を傷つけて楽しむような性格ではないっていうのもあるんですけど……僕は、彼女が何らかのスタンド攻撃を受けていたのではないかと考えています」
「そのスタンドが、私だとでも?」
「いいえ、いや、あなたがスタンドを制御できていないなら、その可能性があります。でも、僕たちは互いのことを何も知らない。だから、あの日の図書室で何が起こっていたのか、知りようがないんです」
綺羅の瞳が、眩しそうに細められる。
「深淵さん。どうか、山岸さんと会ってくれませんか。特別科で何が起ころうとしているのか、僕たちは明かさなければならない。学園で誰かに襲われる可能性をそのままにしておくことは、あなたも望むものではないでしょう」
康一の言葉を噛みしめるように、綺羅はゆっくりと瞬きをした。
たった三度。それが、永遠のように感じる。
「……広瀬くんが責任を持って居合わせるなら、その提案を飲むよ」
康一とジョルノは思わず顔を見合わせた。
綺羅の言葉が聞き間違いだったか、一瞬分からなくなるほどの衝撃だ。
「山岸とやらが襲ってきたら、広瀬くんを盾にするって意味だから。そのつもりで」
「うん。それで構わないよ、深淵さん」
綺羅が突きつけた重責を、康一は受け入れた。
綺羅が自分を助けようとした善意が真実だったことを、心のどこかで理解したからだ。
続く
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