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エマが俺たちの前に現れたのは、コラさんが俺の病気を治すためにドフラミンゴの許から連れ出してくれてから、1か月ほど過ぎた頃だった。
「…仮にもドンキホーテファミリーの一員がこんなところで野宿とは…若様も聞いて呆れるわ」
この頃、コラさんは俺と喋るのが当たり前になっていたからうっかり声を上げそうになっていたが、そこまでドジじゃなかったことに二人で安堵したものだ。
「治療費とエターナルポースを若様から預かってきたわ。…治療費は手付金程度ね。残りはローの病気が治ってから支払うって。…それで?医者は見つかったの?」
俺たちの表情を見てエマは察したようで、それ以上は聞かなかった。どうやって自分たちを見つけたのか聞くと、エマは呆れた様子で答えた。
「情報収集と解析は得意なのよ。…って言っても、まさかこんなに早く見付かるとは思わなかったわ。コラソン、あなた痕跡残しすぎなのよ」
それからエマはこう続けた。
「若様からは3か月以内にあなたたちを見つけるように言われてるのよ。見つからなくても3か月で帰ってこいってね。…だからそれまでは、私もローの医者探しを手伝うわ」
それから俺たちは3人で行動することになった。
街中を闇雲に動き回るのは俺の体に負担がかかるからと、昼の間はエマが率先して病院を探し回り、当たりを付けた病院へ俺とコラさんで行くーーそれが常套手段となった。
最初こそ戸惑い、何度もエマを帰そうとしたコラさんだったが、エマに段取りをしてもらったほうが正直言って効率がよく、無碍に返すことはできなかったようだ。
何よりコラさんはエマのことが好きなんじゃないか、と俺は傍で見ていて何となく思っていた。
「ロー、さっきの医者の言うことなんて真に受けちゃダメよ。医者のくせに私たちより見識ないんだから。世間知らずでイヤになっちゃう」
「コラソン、今日のところはもう休みましょう。寒くなってきたし、ローが風邪ひいちゃうわ」
「キッチンを借りられたから食事を作ってきたの。みんなで食べましょう」
エマは優しかったから、俺も好きだった。
3か月分の宿代をもらっていたエマはそれに自分の小遣いも足して、俺たちを宿に泊まらせてくれた。こうして3人で過ごしていると俺は父様と母様を思い出して、いつも寝たふりをしてこっそりと泣いていた。
コラさんは俺を寝かしつけると、自分はソファで寝てしまう。俺はコラさんを早く休ませてあげたかったから、すぐに寝たふりをして、コラさんがソファへ移動してからしばらくすると眠っていた。
そうしていつも通り寝たふりをしていたある夜のこと。
「…ローは寝たの?」
別のベッドで寝ていたはずのエマの声に、俺は内心どきりとした。エマの声色が聞いたこともないような酷く甘えたような音だったので、俺は起きていることが絶対にバレてはいけないような気がして、必死に寝たふりをしていたのを覚えている。
「ロシー…こうして二人きりになれたのに、何もしてくれないのね…」
エマが何を求めているのか、この時分の俺にはわかった。コラさんが緊張したように息を飲んだのも、エマが少し寂しそうな雰囲気だったのも、俺は鮮明に覚えている。
「………いくじなし」
でもそれからしばらくして、俺が本当に寝ている間に、二人に何かあったことはわかった。
俺の前であからさまにイチャつくことはなかったが、お互いを見る視線が優しくなっていたし、二人が並んでいるときの距離感がずっと近くなっていたからだ。
それでも二人は変わらず俺に優しくて、だからこそ二人の関係を秘密にされているのが少し寂しくもあったが、何よりも大好きな二人が上手くいってくれているのが俺は嬉しかった。
「私はそろそろ若様の許へ戻るわ。指示があればまた接触する。…向こうでも引き続き医者を探すから、ロー、もう少し頑張って」
尽力も虚しく、俺の病気を治せる医者が見つからないまま、約束の時間がきたエマは帰ってしまった。
今思えば、コラさんはもう帰らないことを決めていたのだろう。俺が見ていることも構わず、エマを抱きしめ、キスをした。
エマは驚いた様子だったが、キスをしたあと嬉しそうに笑い、だけれどもコラさんの顔を見ては、なんとも言えない不安げな表情を浮かべていた。コラさんは俺に背中を向けていたからどんな表情をしていたかはわからないが、きっと泣きたいような顔をしていたのだろうと想像できる。だから俺はエマが去ってしまうのが心細くて、寂しくなったのを覚えている。
そして――二人は、もう二度と会うことはできなくなった。
あれから13年の時が経ち、亡きコラさんの遺志を継いだ俺は今、ドフラミンゴの計画を転覆させるため、パンクハザードの研究所を壊滅させることに成功した。
やっと、やっとここまできた。
ドフラミンゴを王座から引きずり下ろすための王手に手をかけている。
そしてもう一つ、心に決めていたことがある。
「――ロー……何しに来たの…」
「お前を連れ出しに」
ドフラミンゴの許から、エマを脱却させる。
パンクハザード内で海軍G5を相手に抵抗していたエマを見つけ出したとき、彼女は相当な痛手を負っていて息も絶え絶えであった。だが、俺であればこの命を繋ぐことはできる。激しい戦火により今にも崩れ落ちそうな研究所からエマを連れ出そうとしたが、
「――やめて!!!」
エマは最後の力を振り絞って俺を突き飛ばし、抵抗した。
彼女は、崩れゆく研究所やヴェルゴ、モネたちとともに果てることを選んだのだ。
「やっとなのよ…。やっと彼のもとに行ける…。お願い…邪魔しないで…!」
「…そんなことコラさんが望むわけねェだろ!!あの人なら、アンタに生きてほしいと思うはずだ!!!」
「関係ないのよ、そんなこと!!私はドンキホーテファミリーよ。ファミリーを裏切ることはできない」
「…コラさんより、ドフラミンゴをとるってのかよ」
「……違う。でも私は許せなかった…。私たちを裏切ったあの人も…あの人の命を奪ったドフィも…!何よりも無知で無力な自分自身を!!」
俺は何も言えなかった。
13年前のあの日、エマは現場にいなかった。ドフラミンゴにはわかっていたからだ。あの場にエマがいたら、エマはきっとコラさんと一緒に死ぬ道を選んだだろう。
何もできず、何も知らぬうちに愛する人を失った。
誰を責め、誰を憎めば良いかもわからない。
エマは一体、どれほどの苦難と葛藤に縛られていたのだろう。
ここから連れ出して、俺は果たして彼女を解放してやることができるのか。
「……私、妬いてたのよ、あなたに」
ふと、エマは目に茶目っ気を浮かべて俺に言った。
「あの人、私よりあなたを選んだんだもの」
「そういうんじゃ、ねェだろ…」
「結果そうでしょ。だから――先にあっちで、あの人を独り占めしてやるわ」
そう言って微笑んだエマがあの頃と同じだったので、俺は胸が苦しくなって、子供みたいにわんわん泣き喚きたい衝動に駆られる。
そうだ、あの頃も、病院で心無い言葉を吐かれて傷ついた俺を、エマとコラさんはずっと傍で励ましてくれた。
でも俺はもうあの頃とは違う。病気も治ったし、強くもなった。
もう、引き返さねェと決めただろ。
「行きなさい、ロー。ここはもうもたないわ」
いよいよ研究所が建物としての形を保てなくなった。俺を探す仲間たちの声に気づき、エマは安心したような表情を浮かべる。
「――エマ!コラさんはアンタのこと…」
俺の言葉を最後まで聞かず、エマは「知ってる」と言った。
「彼、言ってくれたのよ。『愛してる』って」
――なんだよ、コラさん。
アンタ自分の口で、声で、ちゃんと想いを伝えてたのか。
ガキの俺に、余計な気ィまわさせるんじゃねェよ。
俺はこの旅路で、必ずドフラミンゴを討つ。
奇しくもコラさんが与えてくれた自由に、俺は自分で自分に鎖をかけた。
あの日、コラさんが引けなかった引き金を引いた時、やっと本当に自由を手に入れるのかもしれない。
エマも同じだったんだな。やっと自由を手に入れたのか。
崩れ行く研究所から脱出し、瓦礫と化す建物を眺めながら、あの日と同じ凍空に、あの日の復讐を固く誓った。
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「…仮にもドンキホーテファミリーの一員がこんなところで野宿とは…若様も聞いて呆れるわ」
この頃、コラさんは俺と喋るのが当たり前になっていたからうっかり声を上げそうになっていたが、そこまでドジじゃなかったことに二人で安堵したものだ。
「治療費とエターナルポースを若様から預かってきたわ。…治療費は手付金程度ね。残りはローの病気が治ってから支払うって。…それで?医者は見つかったの?」
俺たちの表情を見てエマは察したようで、それ以上は聞かなかった。どうやって自分たちを見つけたのか聞くと、エマは呆れた様子で答えた。
「情報収集と解析は得意なのよ。…って言っても、まさかこんなに早く見付かるとは思わなかったわ。コラソン、あなた痕跡残しすぎなのよ」
それからエマはこう続けた。
「若様からは3か月以内にあなたたちを見つけるように言われてるのよ。見つからなくても3か月で帰ってこいってね。…だからそれまでは、私もローの医者探しを手伝うわ」
それから俺たちは3人で行動することになった。
街中を闇雲に動き回るのは俺の体に負担がかかるからと、昼の間はエマが率先して病院を探し回り、当たりを付けた病院へ俺とコラさんで行くーーそれが常套手段となった。
最初こそ戸惑い、何度もエマを帰そうとしたコラさんだったが、エマに段取りをしてもらったほうが正直言って効率がよく、無碍に返すことはできなかったようだ。
何よりコラさんはエマのことが好きなんじゃないか、と俺は傍で見ていて何となく思っていた。
「ロー、さっきの医者の言うことなんて真に受けちゃダメよ。医者のくせに私たちより見識ないんだから。世間知らずでイヤになっちゃう」
「コラソン、今日のところはもう休みましょう。寒くなってきたし、ローが風邪ひいちゃうわ」
「キッチンを借りられたから食事を作ってきたの。みんなで食べましょう」
エマは優しかったから、俺も好きだった。
3か月分の宿代をもらっていたエマはそれに自分の小遣いも足して、俺たちを宿に泊まらせてくれた。こうして3人で過ごしていると俺は父様と母様を思い出して、いつも寝たふりをしてこっそりと泣いていた。
コラさんは俺を寝かしつけると、自分はソファで寝てしまう。俺はコラさんを早く休ませてあげたかったから、すぐに寝たふりをして、コラさんがソファへ移動してからしばらくすると眠っていた。
そうしていつも通り寝たふりをしていたある夜のこと。
「…ローは寝たの?」
別のベッドで寝ていたはずのエマの声に、俺は内心どきりとした。エマの声色が聞いたこともないような酷く甘えたような音だったので、俺は起きていることが絶対にバレてはいけないような気がして、必死に寝たふりをしていたのを覚えている。
「ロシー…こうして二人きりになれたのに、何もしてくれないのね…」
エマが何を求めているのか、この時分の俺にはわかった。コラさんが緊張したように息を飲んだのも、エマが少し寂しそうな雰囲気だったのも、俺は鮮明に覚えている。
「………いくじなし」
でもそれからしばらくして、俺が本当に寝ている間に、二人に何かあったことはわかった。
俺の前であからさまにイチャつくことはなかったが、お互いを見る視線が優しくなっていたし、二人が並んでいるときの距離感がずっと近くなっていたからだ。
それでも二人は変わらず俺に優しくて、だからこそ二人の関係を秘密にされているのが少し寂しくもあったが、何よりも大好きな二人が上手くいってくれているのが俺は嬉しかった。
「私はそろそろ若様の許へ戻るわ。指示があればまた接触する。…向こうでも引き続き医者を探すから、ロー、もう少し頑張って」
尽力も虚しく、俺の病気を治せる医者が見つからないまま、約束の時間がきたエマは帰ってしまった。
今思えば、コラさんはもう帰らないことを決めていたのだろう。俺が見ていることも構わず、エマを抱きしめ、キスをした。
エマは驚いた様子だったが、キスをしたあと嬉しそうに笑い、だけれどもコラさんの顔を見ては、なんとも言えない不安げな表情を浮かべていた。コラさんは俺に背中を向けていたからどんな表情をしていたかはわからないが、きっと泣きたいような顔をしていたのだろうと想像できる。だから俺はエマが去ってしまうのが心細くて、寂しくなったのを覚えている。
そして――二人は、もう二度と会うことはできなくなった。
あれから13年の時が経ち、亡きコラさんの遺志を継いだ俺は今、ドフラミンゴの計画を転覆させるため、パンクハザードの研究所を壊滅させることに成功した。
やっと、やっとここまできた。
ドフラミンゴを王座から引きずり下ろすための王手に手をかけている。
そしてもう一つ、心に決めていたことがある。
「――ロー……何しに来たの…」
「お前を連れ出しに」
ドフラミンゴの許から、エマを脱却させる。
パンクハザード内で海軍G5を相手に抵抗していたエマを見つけ出したとき、彼女は相当な痛手を負っていて息も絶え絶えであった。だが、俺であればこの命を繋ぐことはできる。激しい戦火により今にも崩れ落ちそうな研究所からエマを連れ出そうとしたが、
「――やめて!!!」
エマは最後の力を振り絞って俺を突き飛ばし、抵抗した。
彼女は、崩れゆく研究所やヴェルゴ、モネたちとともに果てることを選んだのだ。
「やっとなのよ…。やっと彼のもとに行ける…。お願い…邪魔しないで…!」
「…そんなことコラさんが望むわけねェだろ!!あの人なら、アンタに生きてほしいと思うはずだ!!!」
「関係ないのよ、そんなこと!!私はドンキホーテファミリーよ。ファミリーを裏切ることはできない」
「…コラさんより、ドフラミンゴをとるってのかよ」
「……違う。でも私は許せなかった…。私たちを裏切ったあの人も…あの人の命を奪ったドフィも…!何よりも無知で無力な自分自身を!!」
俺は何も言えなかった。
13年前のあの日、エマは現場にいなかった。ドフラミンゴにはわかっていたからだ。あの場にエマがいたら、エマはきっとコラさんと一緒に死ぬ道を選んだだろう。
何もできず、何も知らぬうちに愛する人を失った。
誰を責め、誰を憎めば良いかもわからない。
エマは一体、どれほどの苦難と葛藤に縛られていたのだろう。
ここから連れ出して、俺は果たして彼女を解放してやることができるのか。
「……私、妬いてたのよ、あなたに」
ふと、エマは目に茶目っ気を浮かべて俺に言った。
「あの人、私よりあなたを選んだんだもの」
「そういうんじゃ、ねェだろ…」
「結果そうでしょ。だから――先にあっちで、あの人を独り占めしてやるわ」
そう言って微笑んだエマがあの頃と同じだったので、俺は胸が苦しくなって、子供みたいにわんわん泣き喚きたい衝動に駆られる。
そうだ、あの頃も、病院で心無い言葉を吐かれて傷ついた俺を、エマとコラさんはずっと傍で励ましてくれた。
でも俺はもうあの頃とは違う。病気も治ったし、強くもなった。
もう、引き返さねェと決めただろ。
「行きなさい、ロー。ここはもうもたないわ」
いよいよ研究所が建物としての形を保てなくなった。俺を探す仲間たちの声に気づき、エマは安心したような表情を浮かべる。
「――エマ!コラさんはアンタのこと…」
俺の言葉を最後まで聞かず、エマは「知ってる」と言った。
「彼、言ってくれたのよ。『愛してる』って」
――なんだよ、コラさん。
アンタ自分の口で、声で、ちゃんと想いを伝えてたのか。
ガキの俺に、余計な気ィまわさせるんじゃねェよ。
俺はこの旅路で、必ずドフラミンゴを討つ。
奇しくもコラさんが与えてくれた自由に、俺は自分で自分に鎖をかけた。
あの日、コラさんが引けなかった引き金を引いた時、やっと本当に自由を手に入れるのかもしれない。
エマも同じだったんだな。やっと自由を手に入れたのか。
崩れ行く研究所から脱出し、瓦礫と化す建物を眺めながら、あの日と同じ凍空に、あの日の復讐を固く誓った。
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