エースくんを甘やかしたい。
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これで98回目だ、と誰かが呟いた。
元スペードの海賊団船長、火拳のエースが白ひげ海賊団に敗北してからひと月弱、来る日も来る日も船長エドワード・ニューゲートの首を狙って返り討ちにあうこと98回。海に叩き落とされ、沈みゆく彼を拾うのがエマの役目になっていた。
「もうっ、いつまでこんなこと続ける気ですか。これじゃ、命がいくつあっても足りませんよ!」
海から拾い上げること50回を過ぎた頃から、エマは小言を言うようになっていた。エースは助けてもらった礼を言うどころか苛立った様子でエマを睨みつけ、すぐに自室へこもってしまう。
「あっ…もうっ」
「ほっとけほっとけ。そのうち飽きるさ」
そしてとうとう100回目が過ぎた頃のある晩、夕食という名の宴の最中、エースの姿が見えないことに気付いたエマは船内を探していた。いつも一人で夕食をとっていたエースは未だ馴染むことができず、宴の雰囲気についていけず、食いっぱぐれてしまうことを心配したのだった。
船尾の方で一人、頭を抱えて座り込んでいる姿を見つけ、エマはそっと近づく。最近は特に何か強い葛藤があるらしく、出会った頃よりも覇気がなくなっていることにエマは気付いていた。
「ご飯、食べましょう。今日のシチューは絶品ですよ」
「…腹減ってねぇし」
「でも」
「うるせぇな!なんで俺に構うんだよ、放っとけよ!」
「放っておきません!あなたは私の弟分です!弟の面倒は見るようにって、親父に言いつけられてますから!」
「………!!」
エースはまた苦々しそうに奥歯を噛み、エマから逃げるように立ち去ってしまった。
追いかけようとするエマを止めたのはマルコであり、彼はエマの手からシチューを奪うと、エースの後を追った。
ーーマルコの教誡もあり、エースは敗北を認め、白ひげの名を背負って生きていくことを決めた。
それからは少しずつ仲間たちに心を開きはじめたエースではあったが、ことエマに対しては苦手意識があるらしく、いつも距離をとろうとしていた。エマは姉貴分として甲斐甲斐しく世話を焼こうとするのだが、元々長男であり、かつては一船の船長をやっていたエースにとってエマのその好意は煩わしいものに他ならない。
グランド・ラインのとある島。そこは政府が介入していない所詮無法地帯であり、血の気が多い海賊たちが闊歩している。とはいえ町民に手を出せば街として機能しなくなり、酒場を楽しむことも物資の調達ができなくなることもわかっているので、堅気の人間には手を出さないというのが、無法地帯における海賊たちの暗黙のルールである。
血気盛んなエースは暴力のにおいがする街に興味を示し、一人で気ままに船を降りたのだが、
「エースくん、上陸するんですか?なら私も行きます!」
すかさずエマに発見され、気まずそうな表情を浮かべる。
「……なんでお前も来るんだよ」
「だって私は姉貴分ですから!エースくん、方向音痴そうだし」
「見た目で判断するなよ!大体、姉貴分たって俺ァ認めてねぇからな。俺より弱っちい奴に上に立たれるのは我慢ならねェ」
「強さは関係ないです!私の方が先に白ひげ海賊団に拾ってもらったんですから、私が姉なのは揺るがない事実です!」
「だから、そういうのがうざってェんだって!くそッ」
「あっ!待ってください、エースくん!」
エースはエマを振り切るように走り出した。慌てて追ってきたエマだったが、街中に入り、人混みに阻まれてエースの姿を見失ってしまう。
エマが諦めて一人で探索を始めたのをエースは民家の屋根の上から見届け、ひとまず安堵の息をついた。それからエースは飯屋に入り、客の海賊たちの噂話に耳を傾けながら食事をし、間に昼寝をはさんでから満腹になるまで食事を楽しみ、大した情報の収穫はなかったな、と思いながら店を後にする。
すれ違う男たちのほとんどが海賊と見られ、服の裾が触れただけでも喧嘩をふっかけてやらんと、飢えた獣のような眼で獲物を探している。
あからさまな敵意を向けてくる者。小柄なエースをバカにするような視線を送るも、その背中に彫られたマークを見て慌てて目線を外す者。面白そうな奴らがいるな、と心を躍らせるエースであったが、
「なあ、さっき女の悲鳴みたいなの聞こえなかったか?」
という物々しい噂を小耳に挟み、心がざわつく。
「さっきあっちで人攫いがあったって。それじゃねぇか?」
「攫われたのは海賊だろ?堅気なわきゃねぇ」
「無法者には容赦しねぇからな。海賊とはいえ、女が一人で歩いちゃいけねぇよ」
確かに、エースがこの街に来てから一人で歩いてる女は見かけなかった。女たちは用心棒代わりに屈強そうな男を従えている。
一人で歩いてるのなんて、エマしかいないのではないか?
そう思い至った途端、エースは走り出していた。
血の気が引いていくのがわかった。心臓がドクドクと煩く囃し立て、つむじの先から嫌なあぶら汗が滲む。
エマが男たちに蹂躙される光景が頭を過ぎる。弄ばれ、最後は殺されるかもしれない。
――チクショウ!!俺のせいだ!!俺があいつを一人にしたから――!!
路地という路地、人気のない建物の影、治安の悪い街をいくつも見てきたエースは無法者共が好みそうな死角は心得ていた。
街の隅々まで走りまわり、ようやくエマを見つけた時には、
「あれ?エースくん、どうしたんですか?」
悪そうな男どもを返り討ちにしている真っ最中だった。
「こいつら、このお姉さんに乱暴しようとしてたんで、こらしめてやりました。あっ、お姉さん、明るいうちに仲間のところに帰ってください。あまり一人で出歩いちゃダメですよ」
「あっ…ありがとう…!!」
恐らく被害者と思われる女が泣きながら大通りの方へ駆けていく。
すでに気を失っている男の胸ぐらを離し、エマは女を笑顔で見送った。そしてエースは、
「…はぁぁぁぁ〜〜〜…」
力尽きたようにその場にしゃがみ込んだ。
脱力した。心の底から疲弊した。
そうだ、エマは弱いと言っても白ひげ海賊団。並の男に負けるはずがないのだ。
全力でマラソンしてきたのかと突っ込みたくなるほど汗だくになり、三日三晩決闘したくらいの疲労感に襲われるエースを見下ろし、ピンときたらしいエマは嬉しそうに顔を綻ばせる。
「もしかしてエースくん、心配してきてくれたんですか?」
そう言って、顔を覗き込もうと同じようにしゃがんだエマを、エースは抱きしめた。
想像だにしていなかった展開にエマは混乱し、慌ててしまう。
「えっ?えっ?ええ、エース、くん?」
「………よかった…!!無事でいてくれて…!!」
「ええ〜〜〜…」
抱きしめる、というよりは抱きつくに近い状態で胸に顔を埋めてくるエースにエマは恥ずかしいやら照れるやら、複雑な感情で頬を描くも、自分を見つけたときの必死な様子のエースを思い出し、優しい力で彼の頭を抱いた。
「うん、私は無事ですよ。心配してくれてありがとう、エースくん」
まるで幼子をあやすような口調にエースはムッとして顔を上げる。
「…ガキ扱いするなよ」
「してません。弟扱いをしてるんです」
「だから、それをやめろって言ってんだよ!!」
真っ赤になって怒り、エースはエマから離れた。
あれだけ毛嫌いされていると思っていたエースの殊勝な行動にエマは喜びを噛み締めてしまう。
「エースくんが心配してくれるなんて…嬉しいなぁ」
「あ!?」
「私、てっきり君には嫌われてると思ってたから」
「………」
「仲良くなりたくてついつい構いすぎちゃうの、悪いクセですね」
ぼそっとエースが何かつぶやいたことに気づき、エマが聞き返すと、彼は少しだけ頬を染め、言った。
「嫌い、じゃねェよ…。アンタがずっと俺を助けてくれてたのも知ってるし、ずっと気にかけて…諦めないで俺に話しかけてくれたのも…感謝してる」
気恥ずかしさから視線を逸らしたままボソボソと言葉を紡ぎ合わせるエースだったが、意を決したように顔を上げ、エマと目が合った瞬間、頬の赤みが増したような気がした。
「だから、俺は弟じゃなくて、男としてアンタに……え、泣いてる?」
何か大事なことを伝えようとしていたエースだったが、エマがそれどころではなくなってしまうほど涙ぐんでいたので次の言葉を飲み込んでしまう。
「エースぐぅぅん!!いいんですよ、ぞんなごど〜〜!!なかばになっでぐれでうれじいです〜〜!!」
再びエースの頭を掻き抱き、号泣するエマ。エースは言いたいことが最後まで言えずにもやもやしたが、顔に押し付けられた胸の柔らかさに意識が飛びそうになり、とりあえず今はこのままでいいか、と思った。
ーーそんな二人が恋人になるのは、あとちょっと先の話。
エースくんを甘やかしたい。
fin.
元スペードの海賊団船長、火拳のエースが白ひげ海賊団に敗北してからひと月弱、来る日も来る日も船長エドワード・ニューゲートの首を狙って返り討ちにあうこと98回。海に叩き落とされ、沈みゆく彼を拾うのがエマの役目になっていた。
「もうっ、いつまでこんなこと続ける気ですか。これじゃ、命がいくつあっても足りませんよ!」
海から拾い上げること50回を過ぎた頃から、エマは小言を言うようになっていた。エースは助けてもらった礼を言うどころか苛立った様子でエマを睨みつけ、すぐに自室へこもってしまう。
「あっ…もうっ」
「ほっとけほっとけ。そのうち飽きるさ」
そしてとうとう100回目が過ぎた頃のある晩、夕食という名の宴の最中、エースの姿が見えないことに気付いたエマは船内を探していた。いつも一人で夕食をとっていたエースは未だ馴染むことができず、宴の雰囲気についていけず、食いっぱぐれてしまうことを心配したのだった。
船尾の方で一人、頭を抱えて座り込んでいる姿を見つけ、エマはそっと近づく。最近は特に何か強い葛藤があるらしく、出会った頃よりも覇気がなくなっていることにエマは気付いていた。
「ご飯、食べましょう。今日のシチューは絶品ですよ」
「…腹減ってねぇし」
「でも」
「うるせぇな!なんで俺に構うんだよ、放っとけよ!」
「放っておきません!あなたは私の弟分です!弟の面倒は見るようにって、親父に言いつけられてますから!」
「………!!」
エースはまた苦々しそうに奥歯を噛み、エマから逃げるように立ち去ってしまった。
追いかけようとするエマを止めたのはマルコであり、彼はエマの手からシチューを奪うと、エースの後を追った。
ーーマルコの教誡もあり、エースは敗北を認め、白ひげの名を背負って生きていくことを決めた。
それからは少しずつ仲間たちに心を開きはじめたエースではあったが、ことエマに対しては苦手意識があるらしく、いつも距離をとろうとしていた。エマは姉貴分として甲斐甲斐しく世話を焼こうとするのだが、元々長男であり、かつては一船の船長をやっていたエースにとってエマのその好意は煩わしいものに他ならない。
グランド・ラインのとある島。そこは政府が介入していない所詮無法地帯であり、血の気が多い海賊たちが闊歩している。とはいえ町民に手を出せば街として機能しなくなり、酒場を楽しむことも物資の調達ができなくなることもわかっているので、堅気の人間には手を出さないというのが、無法地帯における海賊たちの暗黙のルールである。
血気盛んなエースは暴力のにおいがする街に興味を示し、一人で気ままに船を降りたのだが、
「エースくん、上陸するんですか?なら私も行きます!」
すかさずエマに発見され、気まずそうな表情を浮かべる。
「……なんでお前も来るんだよ」
「だって私は姉貴分ですから!エースくん、方向音痴そうだし」
「見た目で判断するなよ!大体、姉貴分たって俺ァ認めてねぇからな。俺より弱っちい奴に上に立たれるのは我慢ならねェ」
「強さは関係ないです!私の方が先に白ひげ海賊団に拾ってもらったんですから、私が姉なのは揺るがない事実です!」
「だから、そういうのがうざってェんだって!くそッ」
「あっ!待ってください、エースくん!」
エースはエマを振り切るように走り出した。慌てて追ってきたエマだったが、街中に入り、人混みに阻まれてエースの姿を見失ってしまう。
エマが諦めて一人で探索を始めたのをエースは民家の屋根の上から見届け、ひとまず安堵の息をついた。それからエースは飯屋に入り、客の海賊たちの噂話に耳を傾けながら食事をし、間に昼寝をはさんでから満腹になるまで食事を楽しみ、大した情報の収穫はなかったな、と思いながら店を後にする。
すれ違う男たちのほとんどが海賊と見られ、服の裾が触れただけでも喧嘩をふっかけてやらんと、飢えた獣のような眼で獲物を探している。
あからさまな敵意を向けてくる者。小柄なエースをバカにするような視線を送るも、その背中に彫られたマークを見て慌てて目線を外す者。面白そうな奴らがいるな、と心を躍らせるエースであったが、
「なあ、さっき女の悲鳴みたいなの聞こえなかったか?」
という物々しい噂を小耳に挟み、心がざわつく。
「さっきあっちで人攫いがあったって。それじゃねぇか?」
「攫われたのは海賊だろ?堅気なわきゃねぇ」
「無法者には容赦しねぇからな。海賊とはいえ、女が一人で歩いちゃいけねぇよ」
確かに、エースがこの街に来てから一人で歩いてる女は見かけなかった。女たちは用心棒代わりに屈強そうな男を従えている。
一人で歩いてるのなんて、エマしかいないのではないか?
そう思い至った途端、エースは走り出していた。
血の気が引いていくのがわかった。心臓がドクドクと煩く囃し立て、つむじの先から嫌なあぶら汗が滲む。
エマが男たちに蹂躙される光景が頭を過ぎる。弄ばれ、最後は殺されるかもしれない。
――チクショウ!!俺のせいだ!!俺があいつを一人にしたから――!!
路地という路地、人気のない建物の影、治安の悪い街をいくつも見てきたエースは無法者共が好みそうな死角は心得ていた。
街の隅々まで走りまわり、ようやくエマを見つけた時には、
「あれ?エースくん、どうしたんですか?」
悪そうな男どもを返り討ちにしている真っ最中だった。
「こいつら、このお姉さんに乱暴しようとしてたんで、こらしめてやりました。あっ、お姉さん、明るいうちに仲間のところに帰ってください。あまり一人で出歩いちゃダメですよ」
「あっ…ありがとう…!!」
恐らく被害者と思われる女が泣きながら大通りの方へ駆けていく。
すでに気を失っている男の胸ぐらを離し、エマは女を笑顔で見送った。そしてエースは、
「…はぁぁぁぁ〜〜〜…」
力尽きたようにその場にしゃがみ込んだ。
脱力した。心の底から疲弊した。
そうだ、エマは弱いと言っても白ひげ海賊団。並の男に負けるはずがないのだ。
全力でマラソンしてきたのかと突っ込みたくなるほど汗だくになり、三日三晩決闘したくらいの疲労感に襲われるエースを見下ろし、ピンときたらしいエマは嬉しそうに顔を綻ばせる。
「もしかしてエースくん、心配してきてくれたんですか?」
そう言って、顔を覗き込もうと同じようにしゃがんだエマを、エースは抱きしめた。
想像だにしていなかった展開にエマは混乱し、慌ててしまう。
「えっ?えっ?ええ、エース、くん?」
「………よかった…!!無事でいてくれて…!!」
「ええ〜〜〜…」
抱きしめる、というよりは抱きつくに近い状態で胸に顔を埋めてくるエースにエマは恥ずかしいやら照れるやら、複雑な感情で頬を描くも、自分を見つけたときの必死な様子のエースを思い出し、優しい力で彼の頭を抱いた。
「うん、私は無事ですよ。心配してくれてありがとう、エースくん」
まるで幼子をあやすような口調にエースはムッとして顔を上げる。
「…ガキ扱いするなよ」
「してません。弟扱いをしてるんです」
「だから、それをやめろって言ってんだよ!!」
真っ赤になって怒り、エースはエマから離れた。
あれだけ毛嫌いされていると思っていたエースの殊勝な行動にエマは喜びを噛み締めてしまう。
「エースくんが心配してくれるなんて…嬉しいなぁ」
「あ!?」
「私、てっきり君には嫌われてると思ってたから」
「………」
「仲良くなりたくてついつい構いすぎちゃうの、悪いクセですね」
ぼそっとエースが何かつぶやいたことに気づき、エマが聞き返すと、彼は少しだけ頬を染め、言った。
「嫌い、じゃねェよ…。アンタがずっと俺を助けてくれてたのも知ってるし、ずっと気にかけて…諦めないで俺に話しかけてくれたのも…感謝してる」
気恥ずかしさから視線を逸らしたままボソボソと言葉を紡ぎ合わせるエースだったが、意を決したように顔を上げ、エマと目が合った瞬間、頬の赤みが増したような気がした。
「だから、俺は弟じゃなくて、男としてアンタに……え、泣いてる?」
何か大事なことを伝えようとしていたエースだったが、エマがそれどころではなくなってしまうほど涙ぐんでいたので次の言葉を飲み込んでしまう。
「エースぐぅぅん!!いいんですよ、ぞんなごど〜〜!!なかばになっでぐれでうれじいです〜〜!!」
再びエースの頭を掻き抱き、号泣するエマ。エースは言いたいことが最後まで言えずにもやもやしたが、顔に押し付けられた胸の柔らかさに意識が飛びそうになり、とりあえず今はこのままでいいか、と思った。
ーーそんな二人が恋人になるのは、あとちょっと先の話。
エースくんを甘やかしたい。
fin.
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