第一章『出逢い』
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「ここは・・・―――」
夜、音井家の客室で眠りに就いていた瑠璃は、気がつくと真っ白な空間に佇んでいた。
いつも見る〝夢〟とは違う。
周囲を見回していた瑠璃は、ふとこちらに歩いてくる人影に気づいた。
遠目からでも目立つ、きらめくプリズムパープルの髪。
「―――やっと逢えたね、瑠璃」
現れたのは信彦と同じ年頃の少年だった。
にっこりと笑みを向けてくる少年を瑠璃は呆然と見つめた。
「・・・君が私を呼んでいたの・・・?」
どこで逢ったのか、思い出せないけれど・・・―――
(・・・やっぱり―――知っている・・・)
「―――瑠璃は『答』を知りたいんだよね」
「えぇ・・・」
「なら、これを受け取って」
差し出されたのは―――『プリズムパープルの鍵』
不意に昼間シグナルを見た時、無意識の奥で閃いた言葉が瑠璃の中に浮かび上がる。
―――ひとつ目の『記憶』の封印は彼らと出逢ったとき解き放たれる―――
「―――・・・君は・・・―――」
ゆっくりと少年に視線を向けると、少年は淡い光に包まれ、さらに幼い姿へと容姿を変えていた。
「―――瑠璃ちゃん、ぼくを目覚めさせて下さいね」
研究室でコンピューターに向かい、シグナルのプログラムを組む作業を行なっていた教授は、
ふと聞こえてきたノックの音にドアを振り返った。
「・・・誰じゃ?」
―――時刻は深夜を回っている。
現在、音井家に居るのは一緒に住むことになった孫の信彦。そして泊まってもらうことにした瑠璃である。
信彦だったらノックをした後すぐにドアを開けるだろう。
椅子から腰を上げ、教授はドアに向かう。
つまり、ノックの主は―――
「どうしたんじゃ、瑠璃さん」
「・・・音井教授、こんな時刻に申し訳ないのですが聞いて頂きたい大切なお話があります。
・・・少し、お時間を頂けませんでしょうか?」
目を伏せる直前に一瞬、瑠璃の視線が教授の後ろに広がる研究室の奥に向けられる。
研究室の奥―――そこにはまだ目覚めぬシグナルの姿が在る。
「・・・・・・」
眉を顰めていた教授は、ふと何ともいえない表情が瑠璃に浮かんだのに気づいた。
「瑠璃さん、リビングに行こうか。向うの方が落ち着いて話せるじゃろうしの」
僅かの間、思案するように瑠璃を見つめると、教授は静かに口を開いた。
リビングに来ると、教授はソファーに座るように瑠璃促し、その前にあるテーブルを挟み、向かいのソファーへと腰を下ろした。
「・・・私がこちらにお邪魔したのは、本当は見学をさせて頂きたいと思ったのとは別に、―――こちらに来れば
求めていた『答』が解るという予感があったからだったんです」
(―――『答』?)
〝大切な話〟とは何なのか、問いかけることはせず、瑠璃が話し出すのを待っていた教授は、告げられた言葉に眉を顰める。
最近見るようになった―――誰かに呼ばれる夢。
求めていたのは―――夢の『答』。
夢に現れる人物の―――『もうすぐ逢えるよ』―――という言葉に導かれるように、乗っていた電車は目覚めたとき
『トッカリタウン駅』に到着した。
「―――瑠璃さん、『答』にはシグナルも関係しておったのかね?」
淡々と『答』について語った瑠璃に教授は問いかけた。
先程の研究室を訪れたときの様子、あれが意識の中で引っかかっているのだ。
「・・・おそらく関係していたのだと思います。
シグナル君を見せて頂いたのをきっかけに、夢の中で『答』は解けましたから・・・。
幼い頃に失った〝記憶の断片〟―――両親に買って貰った『TWIN SIGNAL』という本、それが私の中に在った『答』だったんです」
10歳のときに両親が事故で死んでしまい、そのショックで当時の記憶を一部、瑠璃は失くしてしまった。
今回思い出した〝記憶の断片〟は、その失った記憶の中の欠片である。
記憶は失っても、想いは消えることは無く、無意識の奥に存在していた。
だからこそ、これは起こった出来事なのだろうか。
伏せていた瞳を、ゆっくりと教授に向け、瑠璃は口を開いた。
「音井教授、信じていただけるか解かりませんが、おそらく私はこの世界の人間ではありません。
何故なら、この世界は『TWIN SIGNAL』の世界と酷似して・・・否―――同じだからです」
静かな、けれど真っ直ぐな瑠璃の瞳。
(・・・この娘の瞳に偽りの影は見えない・・・)
目を瞠り、呆然としながらも、見極めるように瑠璃を見つめ、教授は思う。
長年、研究者としてやってきて、色々な人と接してきたから、人を見る目は確かである。
そして、幼いながらもしっかりしている孫の信彦も、出逢ったばかりの瑠璃を慕っている。
「―――瑠璃さん、わしはお前さんの話を信じるよ」
「・・・ありがとうございます・・・」
内心では、かなり気持ちが張り詰めていたのだろう。
肩を下げ、小さく息を吐き出した瑠璃に、教授は微笑み、言葉を掛けた。
「―――それで瑠璃さん、これからのことなんじゃが、帰る方法が解かるまでは家で暮らすというのはどうかの?」
「え? そんな、ご迷惑をお掛けするわけには・・・」
「大丈夫じゃよ、瑠璃さん。―――ただ、その代わりに家事をお願いしたいんじゃ。
・・・本当のところ、わしはそういった類のことが苦手での」
苦笑交じりの教授の言葉に、瑠璃は目を瞬く。
両親が亡くなっていることから、一人暮らしをしていた瑠璃にとって家事は得意分野となるものだった。
だから誘われた夕食でも教授を手伝って、瑠璃は何品か料理を作っていた。
そして、それは教授や信彦にも好評だった。
ふわりと微笑を浮かべると、瑠璃は教授に頷いた。
「分かりました。―――音井教授、これからよろしくお願いします」
「いやいや。わしの方こそ、これからよろしく頼むよ」
ソファーから腰を上げた教授は、壁時計に視線を向けた。
「瑠璃さん、今日は色々あったことじゃし、明日の朝はゆっくりしてくれて構わんよ。
わしはこれから研究室に戻って、シグナルのプログラムの最後の仕上げをしてしまうが、おそらく完成する頃には朝になっとるじゃろう。
―――簡単なものならわしでも作れるから、信彦の分の朝食はその後、休む前にわしが用意しておこう」
教授に次いでソファーから腰を上げた瑠璃は、少し思案するような表情をすると口を開いた。
「すみません、音井教授、私も一緒に研究室に行ってもいいですか?
休む前にもう一度、シグナル君を見せていただきたいんです」
教授と一緒に研究室の前に来た瑠璃は、ふと眉を顰めた。
ドアの隙間から、煙が漏れだしている。
教授がドアノブに手を掛けようとした瞬間、研究室の中から爆風が吹き荒れ、扉が勢いよく開いた。
「なっ・・・何事じゃ!!」
目を剥いた教授の傍で、爆煙が流れ出てくる研究室から聞こえてくるくしゃみに目を凝らした瑠璃は、現れた人物を見て声を上げた。
「信彦君!?」
「あ―――死ぬかと思った―――」
「信彦、中で何を・・・シグナル!!」
一瞬、教授呆然としていたが、すぐに慌てた様子で研究室の中へ駆け込んで行った。
「シ・・シグナルは・・・」
バッ!と研究室に走りこんだ教授の目に映ったのは、見事に大破してしまった機材の数々。けれど、その中にシグナルの姿はなかった。
「うおおおお!! シグナルがな――――い!!」
「おちつけ! じいちゃん!!」
真っ青な顔で絶叫した教授に、信彦が声を掛ける。
そして、シグナルが立っていた調整台の後ろの壁に開いている穴を指差した。
「壁に穴があいてるけど、―――外に行っちゃったかも・・・」
「ばかこけ! シグナルはこんなチビじゃないわい」
ぽっかりと開いた小さな穴。何となく、引っかかるものを感じた瑠璃は教授に告げた。
「音井教授、私、庭の方に確認に行ってみます」
「あ、瑠璃さん俺も行くよ」
研究室を出て行く瑠璃の後について、信彦も歩き出す。
玄関のドアを開くと幼い子供の泣き喚く声が聞こえてきた。
「う・・・うるせえ」
庭の樹木の根元、そこに3歳ぐらいの幼児の姿が在った。
バタバタと両手を振りながら、力の限りに泣き喚く幼児に、両耳を手で塞ぎながら信彦は呻く。
(あの子!?)
信彦の隣で瑠璃は呆然と幼児を見つめた。
―――夢に現れた少年が姿を変えた幼児。
「ほら、チョコやるからっ」
パジャマの上に羽織っていたコートの胸ポケットに、昼間教授から貰ったチョコレートを入れたままにしていたのに気づいた信彦は、
泣き止ませるために幼児の口の中にチョコレートを一粒放り込んだ。
「おいし―――チョコ―――」
泣き顔から笑顔に幼児の顔が変わっていく。
にこっと笑みを浮かべ、もっと欲しいと手を伸ばしてくる幼児に、現金なヤツと信彦は呟き、問いかけた。
「こんな夜中に人ん家の庭で泣き喚いてお前どこに住んでんだ?」
「知らないの」
「迷子か? 名前は?」
「シグナル!!」
(――――っ!!)
ザワリと、また心が騒ぐ。
それは記憶の断片を取り戻す前にあった感覚。
先の夢で瑠璃が取り戻した〝記憶の断片〟―――『本の内容』もまた全てを思い出したわけでなかった。
けれど少年が姿を変えた、あの幼児が告げてきた言葉。
〝―――瑠璃ちゃん、ぼくを目覚めさせて下さいね〟
あれは、まだ目覚めぬ『シグナル』のことを示しているのでは、という考えが瑠璃の中に存在していた。
だから、休む前にもう一度シグナルを見せてほしいと、瑠璃は教授に告げたのだ。
「わっ!!」
不意に信彦が悲鳴を上げた。
シグナルと名乗った幼児は、信彦がくしゃみをした瞬間、白光に包まれていた。
「信彦君!!」
幼児から信彦を瑠璃は距離を取らせると同時に、ボンッ! という音が響き、閃光が放たれる。
「チ・・・チビ!?」
顔を手で覆いながら信彦は声を上げる。
徐々に縮小していく光の中に、ゆら、と立ち上がった長身の影を見て、瑠璃は大きく目を見開いた。
(・・・あれは・・・)
ザッとなびく、腰よりも長い、きらめくプリズムパープルの髪。
カチリ、とパズルのピースがはめられるように、〝記憶の断片〟に新たなピースがはめ込まれる。
「愚か者への警告 ! 弱きものへの救援合図 ! そう! ぼくの名はシグナル!」
「・・・―――シグナル君」
信彦のくしゃみにより変身した幼児、それが研究室から姿を消していたシグナルだったのだ。
「誰だお前は」
ふと、シグナルが信彦を見据え口を開いた。
呆然と立ち尽くしていた信彦は、不意にシグナルに問われ「え?」と声を上げる。
「お・・・音井信彦だよ。君を造った音井信之介の孫の・・・」
「おといのぶひこ?」
顎に手をやり、シグナルは考え込む。
ぶつぶつと呟くと、次にハッとしたような表情になり、パチッと指を鳴らした。
「思い出したぞ! 信彦! 信彦だ」
晴れ晴れとした笑みを信彦に向け、シグナルは言う。
「ぼくはお前さんの『兄』としてプログラムされたSIGNAL ・・・シグナルだ! 以後よろしく」
「う―――・・・うん!」
信彦が頷くと、ふとシグナルは瑠璃に視線を移動させた。
「君は―――・・・」
目を瞠り、瑠璃を見つめたシグナルは、背後の樹木の上のほうから聞こえてきたカサッという音に素早く反応し、声を上げた。
「何者だ!!」
振り返りざまに勢いよく腕を振り上げ、樹木に向かってシグナルは拳を叩き込む。
その衝撃により樹木はビシッと音を鳴らし折れてしまった。
ズンと音を立て倒れた樹木をシグナルは見据えると、そこから猫が走り去って行く。
「なんだ猫か、つまらん」
あんぐりと口を開け、唖然とした表情でシグナルを見つめる信彦の隣で、瑠璃は苦笑を零す。
夜、音井家の客室で眠りに就いていた瑠璃は、気がつくと真っ白な空間に佇んでいた。
いつも見る〝夢〟とは違う。
周囲を見回していた瑠璃は、ふとこちらに歩いてくる人影に気づいた。
遠目からでも目立つ、きらめくプリズムパープルの髪。
「―――やっと逢えたね、瑠璃」
現れたのは信彦と同じ年頃の少年だった。
にっこりと笑みを向けてくる少年を瑠璃は呆然と見つめた。
「・・・君が私を呼んでいたの・・・?」
どこで逢ったのか、思い出せないけれど・・・―――
(・・・やっぱり―――知っている・・・)
「―――瑠璃は『答』を知りたいんだよね」
「えぇ・・・」
「なら、これを受け取って」
差し出されたのは―――『プリズムパープルの鍵』
不意に昼間シグナルを見た時、無意識の奥で閃いた言葉が瑠璃の中に浮かび上がる。
―――ひとつ目の『記憶』の封印は彼らと出逢ったとき解き放たれる―――
「―――・・・君は・・・―――」
ゆっくりと少年に視線を向けると、少年は淡い光に包まれ、さらに幼い姿へと容姿を変えていた。
「―――瑠璃ちゃん、ぼくを目覚めさせて下さいね」
研究室でコンピューターに向かい、シグナルのプログラムを組む作業を行なっていた教授は、
ふと聞こえてきたノックの音にドアを振り返った。
「・・・誰じゃ?」
―――時刻は深夜を回っている。
現在、音井家に居るのは一緒に住むことになった孫の信彦。そして泊まってもらうことにした瑠璃である。
信彦だったらノックをした後すぐにドアを開けるだろう。
椅子から腰を上げ、教授はドアに向かう。
つまり、ノックの主は―――
「どうしたんじゃ、瑠璃さん」
「・・・音井教授、こんな時刻に申し訳ないのですが聞いて頂きたい大切なお話があります。
・・・少し、お時間を頂けませんでしょうか?」
目を伏せる直前に一瞬、瑠璃の視線が教授の後ろに広がる研究室の奥に向けられる。
研究室の奥―――そこにはまだ目覚めぬシグナルの姿が在る。
「・・・・・・」
眉を顰めていた教授は、ふと何ともいえない表情が瑠璃に浮かんだのに気づいた。
「瑠璃さん、リビングに行こうか。向うの方が落ち着いて話せるじゃろうしの」
僅かの間、思案するように瑠璃を見つめると、教授は静かに口を開いた。
リビングに来ると、教授はソファーに座るように瑠璃促し、その前にあるテーブルを挟み、向かいのソファーへと腰を下ろした。
「・・・私がこちらにお邪魔したのは、本当は見学をさせて頂きたいと思ったのとは別に、―――こちらに来れば
求めていた『答』が解るという予感があったからだったんです」
(―――『答』?)
〝大切な話〟とは何なのか、問いかけることはせず、瑠璃が話し出すのを待っていた教授は、告げられた言葉に眉を顰める。
最近見るようになった―――誰かに呼ばれる夢。
求めていたのは―――夢の『答』。
夢に現れる人物の―――『もうすぐ逢えるよ』―――という言葉に導かれるように、乗っていた電車は目覚めたとき
『トッカリタウン駅』に到着した。
「―――瑠璃さん、『答』にはシグナルも関係しておったのかね?」
淡々と『答』について語った瑠璃に教授は問いかけた。
先程の研究室を訪れたときの様子、あれが意識の中で引っかかっているのだ。
「・・・おそらく関係していたのだと思います。
シグナル君を見せて頂いたのをきっかけに、夢の中で『答』は解けましたから・・・。
幼い頃に失った〝記憶の断片〟―――両親に買って貰った『TWIN SIGNAL』という本、それが私の中に在った『答』だったんです」
10歳のときに両親が事故で死んでしまい、そのショックで当時の記憶を一部、瑠璃は失くしてしまった。
今回思い出した〝記憶の断片〟は、その失った記憶の中の欠片である。
記憶は失っても、想いは消えることは無く、無意識の奥に存在していた。
だからこそ、これは起こった出来事なのだろうか。
伏せていた瞳を、ゆっくりと教授に向け、瑠璃は口を開いた。
「音井教授、信じていただけるか解かりませんが、おそらく私はこの世界の人間ではありません。
何故なら、この世界は『TWIN SIGNAL』の世界と酷似して・・・否―――同じだからです」
静かな、けれど真っ直ぐな瑠璃の瞳。
(・・・この娘の瞳に偽りの影は見えない・・・)
目を瞠り、呆然としながらも、見極めるように瑠璃を見つめ、教授は思う。
長年、研究者としてやってきて、色々な人と接してきたから、人を見る目は確かである。
そして、幼いながらもしっかりしている孫の信彦も、出逢ったばかりの瑠璃を慕っている。
「―――瑠璃さん、わしはお前さんの話を信じるよ」
「・・・ありがとうございます・・・」
内心では、かなり気持ちが張り詰めていたのだろう。
肩を下げ、小さく息を吐き出した瑠璃に、教授は微笑み、言葉を掛けた。
「―――それで瑠璃さん、これからのことなんじゃが、帰る方法が解かるまでは家で暮らすというのはどうかの?」
「え? そんな、ご迷惑をお掛けするわけには・・・」
「大丈夫じゃよ、瑠璃さん。―――ただ、その代わりに家事をお願いしたいんじゃ。
・・・本当のところ、わしはそういった類のことが苦手での」
苦笑交じりの教授の言葉に、瑠璃は目を瞬く。
両親が亡くなっていることから、一人暮らしをしていた瑠璃にとって家事は得意分野となるものだった。
だから誘われた夕食でも教授を手伝って、瑠璃は何品か料理を作っていた。
そして、それは教授や信彦にも好評だった。
ふわりと微笑を浮かべると、瑠璃は教授に頷いた。
「分かりました。―――音井教授、これからよろしくお願いします」
「いやいや。わしの方こそ、これからよろしく頼むよ」
ソファーから腰を上げた教授は、壁時計に視線を向けた。
「瑠璃さん、今日は色々あったことじゃし、明日の朝はゆっくりしてくれて構わんよ。
わしはこれから研究室に戻って、シグナルのプログラムの最後の仕上げをしてしまうが、おそらく完成する頃には朝になっとるじゃろう。
―――簡単なものならわしでも作れるから、信彦の分の朝食はその後、休む前にわしが用意しておこう」
教授に次いでソファーから腰を上げた瑠璃は、少し思案するような表情をすると口を開いた。
「すみません、音井教授、私も一緒に研究室に行ってもいいですか?
休む前にもう一度、シグナル君を見せていただきたいんです」
教授と一緒に研究室の前に来た瑠璃は、ふと眉を顰めた。
ドアの隙間から、煙が漏れだしている。
教授がドアノブに手を掛けようとした瞬間、研究室の中から爆風が吹き荒れ、扉が勢いよく開いた。
「なっ・・・何事じゃ!!」
目を剥いた教授の傍で、爆煙が流れ出てくる研究室から聞こえてくるくしゃみに目を凝らした瑠璃は、現れた人物を見て声を上げた。
「信彦君!?」
「あ―――死ぬかと思った―――」
「信彦、中で何を・・・シグナル!!」
一瞬、教授呆然としていたが、すぐに慌てた様子で研究室の中へ駆け込んで行った。
「シ・・シグナルは・・・」
バッ!と研究室に走りこんだ教授の目に映ったのは、見事に大破してしまった機材の数々。けれど、その中にシグナルの姿はなかった。
「うおおおお!! シグナルがな――――い!!」
「おちつけ! じいちゃん!!」
真っ青な顔で絶叫した教授に、信彦が声を掛ける。
そして、シグナルが立っていた調整台の後ろの壁に開いている穴を指差した。
「壁に穴があいてるけど、―――外に行っちゃったかも・・・」
「ばかこけ! シグナルはこんなチビじゃないわい」
ぽっかりと開いた小さな穴。何となく、引っかかるものを感じた瑠璃は教授に告げた。
「音井教授、私、庭の方に確認に行ってみます」
「あ、瑠璃さん俺も行くよ」
研究室を出て行く瑠璃の後について、信彦も歩き出す。
玄関のドアを開くと幼い子供の泣き喚く声が聞こえてきた。
「う・・・うるせえ」
庭の樹木の根元、そこに3歳ぐらいの幼児の姿が在った。
バタバタと両手を振りながら、力の限りに泣き喚く幼児に、両耳を手で塞ぎながら信彦は呻く。
(あの子!?)
信彦の隣で瑠璃は呆然と幼児を見つめた。
―――夢に現れた少年が姿を変えた幼児。
「ほら、チョコやるからっ」
パジャマの上に羽織っていたコートの胸ポケットに、昼間教授から貰ったチョコレートを入れたままにしていたのに気づいた信彦は、
泣き止ませるために幼児の口の中にチョコレートを一粒放り込んだ。
「おいし―――チョコ―――」
泣き顔から笑顔に幼児の顔が変わっていく。
にこっと笑みを浮かべ、もっと欲しいと手を伸ばしてくる幼児に、現金なヤツと信彦は呟き、問いかけた。
「こんな夜中に人ん家の庭で泣き喚いてお前どこに住んでんだ?」
「知らないの」
「迷子か? 名前は?」
「シグナル!!」
(――――っ!!)
ザワリと、また心が騒ぐ。
それは記憶の断片を取り戻す前にあった感覚。
先の夢で瑠璃が取り戻した〝記憶の断片〟―――『本の内容』もまた全てを思い出したわけでなかった。
けれど少年が姿を変えた、あの幼児が告げてきた言葉。
〝―――瑠璃ちゃん、ぼくを目覚めさせて下さいね〟
あれは、まだ目覚めぬ『シグナル』のことを示しているのでは、という考えが瑠璃の中に存在していた。
だから、休む前にもう一度シグナルを見せてほしいと、瑠璃は教授に告げたのだ。
「わっ!!」
不意に信彦が悲鳴を上げた。
シグナルと名乗った幼児は、信彦がくしゃみをした瞬間、白光に包まれていた。
「信彦君!!」
幼児から信彦を瑠璃は距離を取らせると同時に、ボンッ! という音が響き、閃光が放たれる。
「チ・・・チビ!?」
顔を手で覆いながら信彦は声を上げる。
徐々に縮小していく光の中に、ゆら、と立ち上がった長身の影を見て、瑠璃は大きく目を見開いた。
(・・・あれは・・・)
ザッとなびく、腰よりも長い、きらめくプリズムパープルの髪。
カチリ、とパズルのピースがはめられるように、〝記憶の断片〟に新たなピースがはめ込まれる。
「愚か者への
「・・・―――シグナル君」
信彦のくしゃみにより変身した幼児、それが研究室から姿を消していたシグナルだったのだ。
「誰だお前は」
ふと、シグナルが信彦を見据え口を開いた。
呆然と立ち尽くしていた信彦は、不意にシグナルに問われ「え?」と声を上げる。
「お・・・音井信彦だよ。君を造った音井信之介の孫の・・・」
「おといのぶひこ?」
顎に手をやり、シグナルは考え込む。
ぶつぶつと呟くと、次にハッとしたような表情になり、パチッと指を鳴らした。
「思い出したぞ! 信彦! 信彦だ」
晴れ晴れとした笑みを信彦に向け、シグナルは言う。
「ぼくはお前さんの『兄』としてプログラムされた
「う―――・・・うん!」
信彦が頷くと、ふとシグナルは瑠璃に視線を移動させた。
「君は―――・・・」
目を瞠り、瑠璃を見つめたシグナルは、背後の樹木の上のほうから聞こえてきたカサッという音に素早く反応し、声を上げた。
「何者だ!!」
振り返りざまに勢いよく腕を振り上げ、樹木に向かってシグナルは拳を叩き込む。
その衝撃により樹木はビシッと音を鳴らし折れてしまった。
ズンと音を立て倒れた樹木をシグナルは見据えると、そこから猫が走り去って行く。
「なんだ猫か、つまらん」
あんぐりと口を開け、唖然とした表情でシグナルを見つめる信彦の隣で、瑠璃は苦笑を零す。